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第百七十八話

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「それで、アストロリアの様子はどうなんだい?」
「――っ!?」

 アストロリア。
 それはダンジョン内のモンスターがドロップした物から散見する、数ある国名の一つだ。
 歴史上のどの点を置いても存在しない奇妙な国家、これこそが根強い人気を誇る、ダンジョンが異世界由来の存在……異世界起源説と呼ばれるものの根拠の一つになる。

 剛力自身その説について耳にしたことはあり、なにより偶然出会った姉弟が恐らく異世界から来たという奇妙な経験をしているため、表立っての支持こそしていないものの、異世界の存在については確信していた。

 しかしこの二人については誰にも話していない。
 それは当然ダカール相手であろうと例外ではなく、二人の存在はいくら調べようと親戚の子、果ては拾い子という情報にまでしかたどり着くことはできないだろう。

 しかしどういうわけだろう?
 まるで目の前で話す二人はアストロリアが、異世界に存在するとされる王国がまるで実在し、今現れた女性がまるで先ほどまでそこにいたかのような口ぶりだ。

 気が付けば剛力は自分の顎を撫で、二人の会話を聞き入っていた。

 己の知るダカールは冗談を口にすることはあっても、決して空想を現実のように語る人間ではなかったはずだ。
 いわば異世界の存在は一般的に、古代核戦争やムー大陸などと同じオカルトの類、一笑に付す都市伝説。
 そういった類へ熱中しがちな小学生や中学生ならまだしも、それを真剣な顔で額を突き合わせ話す人間というのは、変人奇人の類として大衆から距離を取られかねない。

「そうか、皆元気にしているか、素晴らしいことだ。こっちの話だがロシアの幻魔天楼は無事消滅したよ、ご苦労様」
「いえ、全てはクレスト様のお力あってのこと」

 奇妙な会話は続く。
 今まで聞いたことのない名前の存在が次から次へと現れ、先日一部が崩壊し消滅したと美羽から伝え聞いた、ロシアの存在までもが会話に出てきた。

 深まる疑惑。

 世界の消滅については美羽や己などの協力者を除き、知る者がいない……それが共通認識のはずだ。
 当然以前クレストへ相談した時も彼は驚いた素振りを(多少は)しており、やはり彼も聞き覚えがないのだとばかり思っていた。
 だが今の口ぶり、無事消滅したの言い様は、まるで観測していたかのようではないか。

 それが出来るのは世界の消滅を認識することが出来る人間だけのはずなのに。

「ただ、認識した人物が一人」
「……剛力ですか」
「ああ、また・・彼だったよ。カナリア君も結城君も六年前……ああいや、もう七年になるのかな? 七年前に処分したはずなのに、今度は自力で気付いてしまったらしい」

 唐突に飛び出す己や、見知った人物の苗字。

「なにっ……!?」

 流石に剛力と言えどこれには驚愕せざるを得なかった。

 『また』、とは一体どういうことだ? これではまるで、以前も己がダンジョンの消滅について気付き、何か行動を起こしていたみたいではないか。
 そんな事実は存在しない。
 いや、確かに一人でダンジョンの崩壊について調べ回っては居たが、それについてとはまた様子が違う。

 それに結城とは。

 剛力の脳裏を過ぎるのは知識こそ未熟そのものではあるが、良く頭の回る少女……ではない。
 七年前と言えばかつて己が師事した大学教授、結城奏ゆうき かなでの失踪事件があった頃ではないか?

 今も交流のある大学の同期であり研究者の剣崎、彼女が現在研究している内容の基礎を作り上げたのも彼だ。
 いわば未知の魔法技術を解析し、現代の物とした先駆者がかの人物であり、魔石がエネルギー源として広く活用されるように至ったのも奏の功績が大きい。
 研究者の例に漏れず変人奇人の類ではあったが、決して人を不快にするような人間ではなく、どちらかと言えば愛される狂人とでもいうべき存在。

 そして彼もまた、世界の消滅を知る者の一人であった。
 美羽から話を聞き調査を始め数日、一人の力では現状を打開するのは不可能だと悟った剛力は、己が知る現状最も『ダンジョン』というものを知る人物……つまり結城奏と、その元で研究を行っている剣崎を頼った。

 そう、剣崎、園崎、そして剛力。
 新たに加わったフォリアを合わせて四人しかいない協力者たちも、かつてはもう幾人かいた……はずであった。
 結城の名の下秘密裏に集まった同志たちは皆、何らかの分野に秀でた専門家。
 しかしダンジョンに関わる人間というもの、特に協会の支部長として所属するものは常に危険と隣り合わせであり、志半ばで若くして命を散らす者も多い。

 やはりというべきか、エキスパートであっても些細なことで命を散らすのが戦いの世界。
 義務や好奇心からモンスターという化け物へ立ち向かう協力者たちも、やはりダンジョン内外で命を落とし、或いは失踪を遂げるものが出てくる。

 結城教授もその一人……だと、この日まで思っていた。

 奥さんのアリアさんも協力者であったが、時として奇怪なことわざを口に出す彼女は、結城教授と日本に住む為、僅か一年で日本語を習得するほど熱意のあった人物なのだ。
 噂されている様な痴情の縺れなどあり得ないほど仲の良かった二人、恐らくダンジョン内で想定外のモンスターに襲われ、アリアさんは心を病んでしまったのだろう。

 それが剣崎と剛力の出した結論。

「だがこれは……まるで……」

 かの人物が姿を消したのは、ダカールが手回しした故のようではないか。

 港の明かりに照らされ朗々と話すダカールの顔に、曇りや良心の呵責などはない。
 まるでここ最近の天気など日常的な会話をするように、至極当然といった表情でつらつらと謳う彼。
 そしてクラリスと呼ばれた彼女も決して困惑せず、そう、彼女にとっても周知の事実であり、何か言う必要もないといった様子で頷いている。

 事実なのだ。
 結城奏が姿を消した事件は、ダカールとクラリス……あるいはその関係者によって行われたというのが、この二人にとって当然の事実、議論するにも値しない自明の理。

 仮に結城奏の裏の顔が冷酷無比なシリアルキラーであり、苦渋の決断だが混乱を招かぬよう裏で手を回したとでも言うのなら、歯を食いしばり仕方のなかったことだと頷くだろう。
 しかし二人の様子からはそういったことは読み取れない。

『結城奏を処分したにもかかわらず剛力が気付いた』

 言い換えれば彼らは何か碌でもないことを企み、剛力に『世界の消滅』が気取られぬよう前もって裏から彼を殺したのだ。
 何故彼らが己に世界の消滅を気取られぬよう動いているのか、何故彼らがそもそも認識できているのか、そしてカナリアなる人物は一体何者なのか、疑問は尽きない。

 だがはっきり言えることが一つだけあった。

 ダカールとクラリスは、この二人は、間違いなくろくでもない存在の部類に入る。
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