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第百四十九話

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 一般的におよそ三十年前、ダンジョンは世界へ同時多発的に現れたと言われている。
 しかし正確にはダンジョンの先鋒とでも言うように真っ先に現れたのが『碧空』と名付けられた、空を貫く蒼の摩天楼だ。

 ガラスのような材質ではあるが決して砕けることもなく、宇宙からの観測結果では先端が不気味に消滅している謎の塔。
 連日あちこちで特集が組まれていたものの、結局しばらくすれば人々は興味を失い、一部の学者や政府などの調査を除き、謎は謎のまま暫く放置されることとなる。

 それから三年後、『碧空』に酷似した謎の塔があちこちへ突然現れるようになり、暫くして世界の各地へ現在『ダンジョン』と呼ばれる、奇妙な空間へつながる扉が生まれ出した。
 最初はスキルなども確認されておらず・・・・・・・・、物理的な戦いばかりであったが、いつしか人々はステータスの存在に気付き・・・、現在の世間にも知られているダンジョンシステムを獲得することとなる。

 新たな資源に移り行く世界、真っ先に動いた人間がいた。

「やあ剛力君、君がここに来るなんて珍しいね。私に何か話したいことがあるらしいが」

 ガラス張りから覗く蒼の塔。
 満ち溢れた輝きを背に立つ細い目をした彼は、現在の『探索者協会』を一人で作り上げた怪物。

「お久しぶりです、ダカールさん」
「『さん』なんて寂しいこと言わないでくれ、君と私の仲じゃないか」

 剛力が声をかけたのはあまりに若い、ともすれば二十代にも見える程の男。
 彼は今から二十年以上前から姿かたちが変わっていない、存在を知る人々からは吸血鬼だ妖怪だとはやし立てられている。

 はっきり言って探索者協会という物はあまりに荒のある組織だ。
 しかしこの存在が世界各地へ幅を利かせている理由は、ダンジョンという存在の出現による混乱のさなか、彼が迅速に各国の中枢へと食い込んだことで、迂闊に手出しをするにはあまりに影響力が大きくなってしまったため。

 極論彼の身に何かあれば、彼に恩義のある直属の探索者達が殺到し、地図から一国が消える。

 彼が言うには日本のオタク文化に嵌まっていたおかげで思いついたとのことだが、明らかにそれだけで現状を作り上げることは出来ない。
 常に物事の先手を打ち、未来を知っているかのような行動には舌を巻く。

「いやはや、こんな組織迂闊に作ってしまったせいで日々頭を悩ませているよ。全く勘弁してもらいたいものだ」
「ご冗談を、貴方ほど若々しい方もそうはいませんよ」
「そうかい? 嬉しいねぇ。日々の努力が実っているという物だ、実は去年からアルコールの類を控えていてねぇ」

 不意にダカールの姿がぶれ、一つの影が剛力の首元へと伸びた。
 剛力は飛んできたそれを軽く叩き落とすと、足元へ転がった長剣をちらりと見る。

「……いきなり物騒ですね、剣ですか。随分と大きな見た目ですが、その割には軽い」
「いやなに、これは現在安心院の所と共同で開発中の兵器でね、魔石を使用して起動させるんだ。女子供でも容易く扱え、君たちの言うレベル一万程度なら容易く屠ることが出来る。まさか三十年足らずでここまで到達してしまうとは、人の好奇心はつくづく恐ろしい」

 ちなみに組み替えることで銃にもなるらしい、一発試してみるかい?

 促されるまま拾い上げ、刃に手を添え軽く力を入れるも、彼の掌には傷一つ刻まれることもなかった。
 ダカールの言う通り一万程度の相手になら通じるのかもしれないが、それ以上の存在には全く通ることはなさそうだ。
 その上変形の代償というべきか衝撃もあまり得意ではないのだろう、鈍器として扱うにも不適合と。

 一個人として疼く物はあるが、今から話すことに比べれば大したものでもない。

「少し好奇心は刺激されますが、今はそれよりも大切な用事が」
「ああ、そうだったそうだった! もしかして君がわざわざ片田舎に引きこもっているのも、それが理由なのかな?」

 含みを持たせたダカールの言葉、しかし剛力も素直に全てを言うわけではない。

「――いえ、それとはまた別の話ですよ。端的に言えば、人類の……いや、この世界の危機かもしれないということです」
「ふ……ハハハ! 随分と大きく出たねぇ!」



「このことを把握しているのは?」
俺一人・・・だけですね。昨日実はロシアで『人類未踏破ライン』の崩壊がありましてね、その時初めて気付いたんですよ」

 剛力が告げたのは七割の真実。
 ダンジョンの崩壊によって起こる消滅、そして消滅の先にある記憶の書き換えだけ。

 フォリアと美羽の存在は限界まで隠す、たとえそれが組織のトップであろうと。
 組織の人間としては背信行為だが、二人の立場は非常に繊細であり、小さな綻びであっても容易く失われてしまう。
 真に必要であれば二人を紹介してもいいが、あえて危険な境遇へ晒す必要もなく、それならば力も地位もある己が盾になれば良い。

 あくまでリスクを背負うのは己だけ、それが剛力の選択であった。

 用件は済んだ剛力は冷え切った茶をぐいと飲み干し、ダカールへ首を下げると席を立った。
 今回の件についてはやはり内密、実態を本格的に解明するまで、組織のトップである彼が動くことはない……表では。

「それならば私は裏でその、記憶を保持しているかもしれない人間を探らせてみよう」
「助かりますダカールさん、今は貴方の力が最も得難いものかと」
「なに、私は常に世界のためを思って動いているんだ。世界を導き、救うのが使命であり運命だと思っている。そのためなら何でもするさ」

 首を下げ、部屋から立ち去る剛力。

「なるほどなぁ……人類全ての危機ねぇ、ふふ、困ったなぁ。本当に、これは困った」

 摩天楼を見上げ見開かれたダカールの瞳は、緋と翡翠色に染まっていた。
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