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第百三十一話
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不気味な動きだ。
くい、くい、と焦らす様に前後へ揺れながらチロチロ舌を出し、ゆっくりと進む歩き方は見ていてイライラする。
単純に動く速度が遅いのかと思えばちょっと目を離した隙に、先ほどの動きは何だったのかと思えるほど機敏に走り寄ろうとしてくるから厄介だ。
ともかく睨み合っていては戦いが進まない。
互いにどんな攻撃をするのか観察しあっている途中、まずは一発叩き込んで反応を見てみよう。
狙いは大きい分隙の見える脇、あそこなら鱗も少なそうだ。
「スゥ……ハッ!」
深く空気を吸い込み、胸に溜まった空気を吐き出すのと同時に土がはじけ飛んだ。
速い!
その巨体にあるまじき速度で全身を回転させたトカゲは、鞭というにはあまりに太い尾を叩きつけ脇へ滑り込もうとした私を牽制する。
たまらず『ステップ』で無理やり体を後退させ再び互いに硬直、さながら侍映画の睨み合いといえそうな静けさに周囲が沈んだ。
スキルを使わずとも速度には相当の自信があったのだが、まさか速度へ反応した上で攻撃まで入れてくるとは。
普段は遅くともやるときはやる男というわけだ、野球漫画でキャッチャーでもしてそうじゃないか。
やるしかない。
強固な鱗という鎧を身にまとったこの巨獣、見た目に則さぬ速度といい中々の強敵だ。
出そうと思えばもう少し速度を出すことも出来るし、無理やり潜り込むことも可能だろうがあまりしたくない。
先ほど口から洩れた毒や大きな体に巻き込まれて潰されでもしたら、逃げる手段ははっきり言って皆無だからだ。
未だに完璧に慣れたとは言い難いスキルではあるし、まだ他のモンスターがいる可能性も考えればあまり切りたくなかったが、『アクセラレーション』を使わざるを得ない。
『シュ、シュ、シュ』
黄色の瞳をぐりぐりと蠢かし、歪な笑いがトカゲの鼻から洩れる。
私が攻めあぐねていることに気付いているのか、さあ出来るものなら殴ってみろと言わんばかりに腹を見せつけ、ぐるぐると私の周りを歩き始めた。
舐めやがって、後悔させてやるからな。
「『アクセラレーション』」
この先何があるか分からない、出来る限りMPを温存したい以上長く使っている余裕はない。
試しに一撃を叩きこんで素早く撤退、与えたダメージを見つつ作戦を練り直す。
まず狙うべきは最大の弱点、つまり目!
加速した世界で反動を堪えられる程度かつ最高の威力を出す、それに最も適した攻撃は――
「はああっ! 『ストライク』っ!」
走りながらスキルを使って叩きつける、私が探索者になってからずっとやっている戦い方!
体に染みついたその動きは、しかし引き延ばされた時間の中で繰り出された速度は熾烈の一言、ただのスキルとも思えぬ突破力をもって縦に割れた瞳へ打ち付けられることとなる。
本来柔らかく感じる瞳の感触でも、この勢いで叩きつけられれば抵抗自体が大きく上がりカチカチだ。
けれどこちらの勢いだって負けてはいない。こちらからすればゆっくりと、向こう側からすればどうしようもない勢いでめり込んでいくカリバーが、その白く濁った眼孔奥深くへと無理やり
「『解除』っ! はああああ……あ……な……はぁっ……!?」
突きこまれることもなく弾き返された。
想定外の結果に困惑することも出来ず、自分で生み出した勢いを止める暇もなく校舎のコンクリートへ背中を叩きつけられる。
嫌な鈍い音が聞こえた気がした。
「うげ……ぇ……!?」
全身の激痛を追い、とろみのある鉄臭い液体が鼻奥に広がる。
立とうとするも膝に力が入らず、上なのか下なのか分からない。視界には半透明の赤い何かがはい回り、雑音すらも耳は捉えることが出来なくなっていた。
不味い不味い不味い不味いっ!
何が起こった? 何で弾き返された?
なんで? 解除したから? そんなはずはない、解除したって私の身体の勢いは止まらないし、あの一撃なら間違いなく目玉くらい潰すことが出来た。
「ひっ」
生臭い息が顔を潰す。
頭上へ浮かぶのは私など一口で飲み込める巨大な咢。
恐怖。けれど私が最も目を引かれたのはその牙でも、鋭い棘でもない、目だ。
白い膜……!?
瞬きをすることで入れ替わる瞳の色、鮮やかな橙色と薄ぼんやりとした黄色はその表面に何か薄く白い膜が掛けられることで変化しているらしい。
これを瞬膜といい、モンスターに限らず地球でも目を守るために様々な動物が持っていることを知るのは少し先の話だ。
背後は校舎、逃げ道はない。
今さら立ち上がったところでこの妙に俊敏かつ敏いトカゲはすぐに反応して私の逃げ道を潰し、また甚振ることを再開するだろう。
じりじり、押してもどうにもならない壁へ背中を必死に擦り付け、土を蹴り払い逃げようと画策する。
だが当然どうしようもない。
ああ、地獄へ続く大顎ががっぽりと開かれ、この小さな頭を……
「はん、ばーか。『巨大化』」
メチッ
咬み潰す前に、ナナメ下からにょきっと伸びたカリバーが顎をしかと打ち据え、勢い衰えず巨体をひっくり返した。
もんどりうったトカゲは手足を激しく藻掻き立ち上がろうとしているが、その大きな体ではなかなか起き上がりにくいらしい。
どうにか足が地面についたかと思えば丸みのある背中と重さですぐに仰向けへ戻ってしまい、無様に腹を見せて踊っているようにしか見えない。
少し重くきつかったが背中が壁なのが助かった、カリバーを手に取りスッと立ち上がる。
別に逃げようと思えば『アクセラレーション』で逃げられたが、それでは戦いが振出しに戻るどころか反撃を食らって怪我した私の不利だ。
手元のカリバーと手足が下に向いているトカゲの姿を間近で観察して思いついた方法は、期待以上の大成功を収めてくれた。
今の一発で痛みも少し引いた、そしてこれからの一撃で大体無くなる予定。
「さってと、お前可愛いお腹ががら空きだな?」
土に塗れた白い鱗が赤く染まるまで、あと十秒。
くい、くい、と焦らす様に前後へ揺れながらチロチロ舌を出し、ゆっくりと進む歩き方は見ていてイライラする。
単純に動く速度が遅いのかと思えばちょっと目を離した隙に、先ほどの動きは何だったのかと思えるほど機敏に走り寄ろうとしてくるから厄介だ。
ともかく睨み合っていては戦いが進まない。
互いにどんな攻撃をするのか観察しあっている途中、まずは一発叩き込んで反応を見てみよう。
狙いは大きい分隙の見える脇、あそこなら鱗も少なそうだ。
「スゥ……ハッ!」
深く空気を吸い込み、胸に溜まった空気を吐き出すのと同時に土がはじけ飛んだ。
速い!
その巨体にあるまじき速度で全身を回転させたトカゲは、鞭というにはあまりに太い尾を叩きつけ脇へ滑り込もうとした私を牽制する。
たまらず『ステップ』で無理やり体を後退させ再び互いに硬直、さながら侍映画の睨み合いといえそうな静けさに周囲が沈んだ。
スキルを使わずとも速度には相当の自信があったのだが、まさか速度へ反応した上で攻撃まで入れてくるとは。
普段は遅くともやるときはやる男というわけだ、野球漫画でキャッチャーでもしてそうじゃないか。
やるしかない。
強固な鱗という鎧を身にまとったこの巨獣、見た目に則さぬ速度といい中々の強敵だ。
出そうと思えばもう少し速度を出すことも出来るし、無理やり潜り込むことも可能だろうがあまりしたくない。
先ほど口から洩れた毒や大きな体に巻き込まれて潰されでもしたら、逃げる手段ははっきり言って皆無だからだ。
未だに完璧に慣れたとは言い難いスキルではあるし、まだ他のモンスターがいる可能性も考えればあまり切りたくなかったが、『アクセラレーション』を使わざるを得ない。
『シュ、シュ、シュ』
黄色の瞳をぐりぐりと蠢かし、歪な笑いがトカゲの鼻から洩れる。
私が攻めあぐねていることに気付いているのか、さあ出来るものなら殴ってみろと言わんばかりに腹を見せつけ、ぐるぐると私の周りを歩き始めた。
舐めやがって、後悔させてやるからな。
「『アクセラレーション』」
この先何があるか分からない、出来る限りMPを温存したい以上長く使っている余裕はない。
試しに一撃を叩きこんで素早く撤退、与えたダメージを見つつ作戦を練り直す。
まず狙うべきは最大の弱点、つまり目!
加速した世界で反動を堪えられる程度かつ最高の威力を出す、それに最も適した攻撃は――
「はああっ! 『ストライク』っ!」
走りながらスキルを使って叩きつける、私が探索者になってからずっとやっている戦い方!
体に染みついたその動きは、しかし引き延ばされた時間の中で繰り出された速度は熾烈の一言、ただのスキルとも思えぬ突破力をもって縦に割れた瞳へ打ち付けられることとなる。
本来柔らかく感じる瞳の感触でも、この勢いで叩きつけられれば抵抗自体が大きく上がりカチカチだ。
けれどこちらの勢いだって負けてはいない。こちらからすればゆっくりと、向こう側からすればどうしようもない勢いでめり込んでいくカリバーが、その白く濁った眼孔奥深くへと無理やり
「『解除』っ! はああああ……あ……な……はぁっ……!?」
突きこまれることもなく弾き返された。
想定外の結果に困惑することも出来ず、自分で生み出した勢いを止める暇もなく校舎のコンクリートへ背中を叩きつけられる。
嫌な鈍い音が聞こえた気がした。
「うげ……ぇ……!?」
全身の激痛を追い、とろみのある鉄臭い液体が鼻奥に広がる。
立とうとするも膝に力が入らず、上なのか下なのか分からない。視界には半透明の赤い何かがはい回り、雑音すらも耳は捉えることが出来なくなっていた。
不味い不味い不味い不味いっ!
何が起こった? 何で弾き返された?
なんで? 解除したから? そんなはずはない、解除したって私の身体の勢いは止まらないし、あの一撃なら間違いなく目玉くらい潰すことが出来た。
「ひっ」
生臭い息が顔を潰す。
頭上へ浮かぶのは私など一口で飲み込める巨大な咢。
恐怖。けれど私が最も目を引かれたのはその牙でも、鋭い棘でもない、目だ。
白い膜……!?
瞬きをすることで入れ替わる瞳の色、鮮やかな橙色と薄ぼんやりとした黄色はその表面に何か薄く白い膜が掛けられることで変化しているらしい。
これを瞬膜といい、モンスターに限らず地球でも目を守るために様々な動物が持っていることを知るのは少し先の話だ。
背後は校舎、逃げ道はない。
今さら立ち上がったところでこの妙に俊敏かつ敏いトカゲはすぐに反応して私の逃げ道を潰し、また甚振ることを再開するだろう。
じりじり、押してもどうにもならない壁へ背中を必死に擦り付け、土を蹴り払い逃げようと画策する。
だが当然どうしようもない。
ああ、地獄へ続く大顎ががっぽりと開かれ、この小さな頭を……
「はん、ばーか。『巨大化』」
メチッ
咬み潰す前に、ナナメ下からにょきっと伸びたカリバーが顎をしかと打ち据え、勢い衰えず巨体をひっくり返した。
もんどりうったトカゲは手足を激しく藻掻き立ち上がろうとしているが、その大きな体ではなかなか起き上がりにくいらしい。
どうにか足が地面についたかと思えば丸みのある背中と重さですぐに仰向けへ戻ってしまい、無様に腹を見せて踊っているようにしか見えない。
少し重くきつかったが背中が壁なのが助かった、カリバーを手に取りスッと立ち上がる。
別に逃げようと思えば『アクセラレーション』で逃げられたが、それでは戦いが振出しに戻るどころか反撃を食らって怪我した私の不利だ。
手元のカリバーと手足が下に向いているトカゲの姿を間近で観察して思いついた方法は、期待以上の大成功を収めてくれた。
今の一発で痛みも少し引いた、そしてこれからの一撃で大体無くなる予定。
「さってと、お前可愛いお腹ががら空きだな?」
土に塗れた白い鱗が赤く染まるまで、あと十秒。
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