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第百八話
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もはや初陣を祝う会どころか唯の酒盛り場と化した店内。
食べたいものも食べたし、周囲の人々は酔いが回ってまともな言葉も話せていない。見知った人が多いからまだだいぶましではあるが、それでも大人数で話して疲れたので、いい加減ホテルへ帰ろうと立ち上がった時だった。
「帰るのか?」
「うん、ごちそうさま」
スキンヘッドの上から下まで茹蛸よろしく赤に染まった筋肉が話しかけてきた。
「そうか、これ土産の弁当だ。明日にでも食え」
「わ、ありがと」
ずいと突き出された弁当箱をありがたく受け取る。
持ち上げればずしりと伝わる確かな重さ、彼が出してくるのだから中身には期待していいのだろうか。
個々のお肉は確かにおいしかった……といっても私はそこまであれこれと食べたこともないので、どこがどう良かったのかを上手く言うことはできない。美味しかった、それだけだ。
いや、そもそも美味しかったのだが、あまり話したことのない人にバンバン話しかけられて正直しっかり味わえなかったというのも本当のところ。
これなら一人でゆっくり楽しめるだろうし嬉しい。
「それと明後日……そうだな、午後に協会裏へ来い」
「え?」
「言っただろ? 訓練だよ訓練、ビシバシ行くから明日はしっかり休んでおくんだぞ」
「……! うん、じゃあお休み!」
◇
協会裏の練習場、その端に設置されたちゃちな休憩用の椅子に座り、机を挟んで私たちは対面していた。
「まずはなんで俺がこの前戦いを中断したか、だな」
カラリ
冷えた麦茶を一気に飲み干し筋肉が口を開く。
まるで動物園の猛獣だ、正面にするとその膨張した筋肉の威圧感が一層凄まじいことになる。
見慣れている私だから大丈夫だが、そんなことをしないと分かっていても一般人ならいつ首をねじ切られるか気が気でないのではないだろうか。
「話聴いてるか?」
「……も、もちろんダヨ?」
「ったく……いいか、もっかい聞くぞ。お前普段一人で戦ってるだろ」
「うん」
事情を知っている琉希と時々戦うことはあれどその通り、私は基本的に一人で戦うことが多い。
それは私だけに許されるレベルアップ速度の異常な仕組みを隠すため。別に他の人すべてを疑っているわけではない、ただ知られない方が良いに決まっているからだ。
勿論最初のトラウマのせいで他の人と組むのが怖いのもほんのちょっとだけ、一ミリくらいはある。
でも一人は危ない、当然そんなことわかっている。
動けなくなれば誰も助けてくれない、生き延びなければ金だ力だと言えない探索では何よりも大きな欠点だ。
筋肉だって勿論それがセオリーだと知っているだろうし……
「……やっぱり他の人と戦った方がいいって言うの?」
「いや、構わん。お前の戦い方はかなり三次元的、縦横無尽に動き回るからな。下手に他人と組んでも同士討ちを引き起こしかねん。それに……」
「お前、隠し事あるだろ」
「……!」
「カマかけてみたがやっぱりか。そう身構えるな、何かやろうとしてるならわざわざこんなこと言わんだろうが。ほら座れ」
麦茶お代わりいるか?
私の返答も聞かずじょぼじょぼ勝手にグラスへ麦茶の追加を注ぎだす彼。
人の秘密をカマかけで言い当てた割になんと適当な事か、悪びれる様子もなく座るよう諭されてしまえば渋々腰を下ろさざるを得ない。
ストローで麦茶を吹き、納得いかない頬をぐにぐにと押し上げ睨む。
「ふぁんふぇふぁふぁっふぁふぉ?」
「麦茶をぶくぶくするな、行儀悪いぞ。レベルアップ速度がまず第一に、最初の頃は少し速い程度だと思ってたんだがな、持ち込んでる魔石のランクが急激に上がり過ぎだ。その上崩壊した炎来で探索者になってまだ半年の人間が生き残っていたとなれば……」
必然、ひっかるものはある、と。
「まあ安心しろ、気付いてるのはお前が探索者に志願してきたときから見ていた俺と園崎姉くらいだろう。あいつはあいつで隠し事があってな、お前のそれも言いふらさんだろ」
普段受付であくびをしたりしている穏やかな園崎さんであるが、何か隠し事があるらしい。
人は見かけによらないということなのだろうか、むしろ隠し事一つない人間の方が変なのか?
だがここで私の頭にピンとくるものがあった。
「それってもしかして本食べてたのと関係ある?」
そう、以前私は偶然であるがそれを目撃したことがあった。
本人はスキルだと言っていたが、思い返せばちょっと焦っていたようにも見えたのだが、気のせいではなかったというわけだ。
「なんだ、知ってたのか」
「うん、誰もいないからってここで食べてた」
「ああ……何度か注意したんだが、どうせ田舎の昼間協会に人なんて来ない。日向ぼっこしながら食べるのが最高なんですよなんて言ってたな……結局見られてるじゃねえか……他にも見られてねえだろうなあいつ……」
先ほどの余裕綽々とした表情はどこへ行ったのやら、顔を覆い小さくつぶやく筋肉。
気のせいか普段つややかなスキンヘッドすらしわがれているように見える、もしかしてあの人結構自由気ままにやっていたのでは。
「……まあそれだけならいいか。ともかく、お前も隠し事がある以上無理に他人と組む必要はない。だが一人なら一人で戦うなりの知識を持っておけ」
と、若干ズレた会話の方向を本筋へ無理やり戻した筋肉によって、漸く講習(?)が始まった。
食べたいものも食べたし、周囲の人々は酔いが回ってまともな言葉も話せていない。見知った人が多いからまだだいぶましではあるが、それでも大人数で話して疲れたので、いい加減ホテルへ帰ろうと立ち上がった時だった。
「帰るのか?」
「うん、ごちそうさま」
スキンヘッドの上から下まで茹蛸よろしく赤に染まった筋肉が話しかけてきた。
「そうか、これ土産の弁当だ。明日にでも食え」
「わ、ありがと」
ずいと突き出された弁当箱をありがたく受け取る。
持ち上げればずしりと伝わる確かな重さ、彼が出してくるのだから中身には期待していいのだろうか。
個々のお肉は確かにおいしかった……といっても私はそこまであれこれと食べたこともないので、どこがどう良かったのかを上手く言うことはできない。美味しかった、それだけだ。
いや、そもそも美味しかったのだが、あまり話したことのない人にバンバン話しかけられて正直しっかり味わえなかったというのも本当のところ。
これなら一人でゆっくり楽しめるだろうし嬉しい。
「それと明後日……そうだな、午後に協会裏へ来い」
「え?」
「言っただろ? 訓練だよ訓練、ビシバシ行くから明日はしっかり休んでおくんだぞ」
「……! うん、じゃあお休み!」
◇
協会裏の練習場、その端に設置されたちゃちな休憩用の椅子に座り、机を挟んで私たちは対面していた。
「まずはなんで俺がこの前戦いを中断したか、だな」
カラリ
冷えた麦茶を一気に飲み干し筋肉が口を開く。
まるで動物園の猛獣だ、正面にするとその膨張した筋肉の威圧感が一層凄まじいことになる。
見慣れている私だから大丈夫だが、そんなことをしないと分かっていても一般人ならいつ首をねじ切られるか気が気でないのではないだろうか。
「話聴いてるか?」
「……も、もちろんダヨ?」
「ったく……いいか、もっかい聞くぞ。お前普段一人で戦ってるだろ」
「うん」
事情を知っている琉希と時々戦うことはあれどその通り、私は基本的に一人で戦うことが多い。
それは私だけに許されるレベルアップ速度の異常な仕組みを隠すため。別に他の人すべてを疑っているわけではない、ただ知られない方が良いに決まっているからだ。
勿論最初のトラウマのせいで他の人と組むのが怖いのもほんのちょっとだけ、一ミリくらいはある。
でも一人は危ない、当然そんなことわかっている。
動けなくなれば誰も助けてくれない、生き延びなければ金だ力だと言えない探索では何よりも大きな欠点だ。
筋肉だって勿論それがセオリーだと知っているだろうし……
「……やっぱり他の人と戦った方がいいって言うの?」
「いや、構わん。お前の戦い方はかなり三次元的、縦横無尽に動き回るからな。下手に他人と組んでも同士討ちを引き起こしかねん。それに……」
「お前、隠し事あるだろ」
「……!」
「カマかけてみたがやっぱりか。そう身構えるな、何かやろうとしてるならわざわざこんなこと言わんだろうが。ほら座れ」
麦茶お代わりいるか?
私の返答も聞かずじょぼじょぼ勝手にグラスへ麦茶の追加を注ぎだす彼。
人の秘密をカマかけで言い当てた割になんと適当な事か、悪びれる様子もなく座るよう諭されてしまえば渋々腰を下ろさざるを得ない。
ストローで麦茶を吹き、納得いかない頬をぐにぐにと押し上げ睨む。
「ふぁんふぇふぁふぁっふぁふぉ?」
「麦茶をぶくぶくするな、行儀悪いぞ。レベルアップ速度がまず第一に、最初の頃は少し速い程度だと思ってたんだがな、持ち込んでる魔石のランクが急激に上がり過ぎだ。その上崩壊した炎来で探索者になってまだ半年の人間が生き残っていたとなれば……」
必然、ひっかるものはある、と。
「まあ安心しろ、気付いてるのはお前が探索者に志願してきたときから見ていた俺と園崎姉くらいだろう。あいつはあいつで隠し事があってな、お前のそれも言いふらさんだろ」
普段受付であくびをしたりしている穏やかな園崎さんであるが、何か隠し事があるらしい。
人は見かけによらないということなのだろうか、むしろ隠し事一つない人間の方が変なのか?
だがここで私の頭にピンとくるものがあった。
「それってもしかして本食べてたのと関係ある?」
そう、以前私は偶然であるがそれを目撃したことがあった。
本人はスキルだと言っていたが、思い返せばちょっと焦っていたようにも見えたのだが、気のせいではなかったというわけだ。
「なんだ、知ってたのか」
「うん、誰もいないからってここで食べてた」
「ああ……何度か注意したんだが、どうせ田舎の昼間協会に人なんて来ない。日向ぼっこしながら食べるのが最高なんですよなんて言ってたな……結局見られてるじゃねえか……他にも見られてねえだろうなあいつ……」
先ほどの余裕綽々とした表情はどこへ行ったのやら、顔を覆い小さくつぶやく筋肉。
気のせいか普段つややかなスキンヘッドすらしわがれているように見える、もしかしてあの人結構自由気ままにやっていたのでは。
「……まあそれだけならいいか。ともかく、お前も隠し事がある以上無理に他人と組む必要はない。だが一人なら一人で戦うなりの知識を持っておけ」
と、若干ズレた会話の方向を本筋へ無理やり戻した筋肉によって、漸く講習(?)が始まった。
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