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第七十話 と〇やのずんだ

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 突然訪れた意識の急浮上は、船酔いにも似た気持ち悪さがあった。

「……んあ」

 よく思い出せないが、なんだか嫌な夢を見ていた気がする。

 狭く暗いうろの中で最初に感じたのは、そんな微妙に思い出せない違和感。
 リュックを蹴っ飛ばして蓋を外し飛び降りれば、既に星が昇ってきた太陽の光によって薄れてきた空。

 少し寝過ぎたか? いや、それでも2,3時間ほどしか経ってないはず。
 そう満足いく環境でも時間でもなかったが、我慢ならないほどの眠気は随分と消え、もう少しだけなら頑張ることが出来そうだ。

 もしゃもしゃになった髪を軽く手で梳き、寝ているうちに垂れていた涎と涙を袖で拭う。
 変な場所で寝たからだろう、少しばかり違和感のあった関節も、暫し伸ばしてやれば直ぐに元へ戻った。

 軽い嘆息。

 マラソンというものは疲労感しか感じないが、終わりの見えないマラソンはなおの事辛い。
 正直泣きそうだ。
 今すぐこの場で手足をじたばた振り回し、髪を振り乱して叫び、どうにもならない現実に狂ってしまいたい。
 だってそうだろう、崩壊時のレベルなんてどれくらい上昇するか、さっぱり分からない。
 どこまでレベルを上げればいいのか、どこまで準備をすればいいのか……考えれば考えるほど、どうしたらいいのか分からなくなってくる。

 背後から現れた巨大な蛾。
 寝起きで頭が働いていないからか、その接近に気が付くのが遅れる。
 しかし休憩もなしにレベルを上げ続けた結果、あれだけ苦しめられたその針も、もはや肌に刺さることはない。

「……『ステップ』」

 草葉を蹴り飛ばしてその背後に回り、引っ掛けるように伸ばしたカリバーで殴りつける。
 貧弱な私の攻撃力ではあるが、レベル差が開いたのと蛾本体の装甲の薄さもあり、一撃で光へと変わった。

 しかしレベルは……上がらない。

「『ステータスオープン』」

―――――――――――――――――

結城 フォリア 15歳
LV 3157

HP 3011/6232 MP  4035/15575
物攻 5709 魔攻 0
耐久 18961 俊敏 22058
知力 3157 運 1

SP 3540

スキル

スキル累乗 LV3
悪食 LV5
口下手 LV11
経験値上昇 LV4
鈍器 LV4
活人剣 LV1
ステップ LV1
アイテムボックス LV3

―――――――――――――――――

 今までなら一体でレベルが上がらなくなってからも、暫くは同じ敵と戦っていた。
 慣れないモンスターと苦労して戦い勝つより、慣れた方が安全だから。
 けれど今は安全マージンだとか、余裕を保ってだなんて甘いことは言ってられない。

 虎屋に入らなければずんだ餅は食えないのだ。
 だからこそできる限りのことはしておく。

 ここは当初の予定通り、『経験値上昇』をLV6へ。
 そして必要SPの問題で上げてこなかった『活人剣』を、一気に10まで上げる。
 消費SPは合計で、えーっと……2340となった。

 活人剣を上げたのは、何も勢いではない。
 今までほとんど効果を感じることのなかったこれだが、琉希との共闘、そして今回の針による細かな怪我で、回復の重要性を一段と噛み締める結果になった。

 またずっと悩んでいたのだが、これ以上『スキル累乗』を上げた場合、私の身体はもう持たないだろう。
 特に『スカルクラッシュ』、これを使うたびに、腕が引きちぎれるような激痛が脳天を殴りつけ、視界がくらむのだ。
 もう本当に辛い。めっちゃ痛い。
 けれど私は魔攻が伸びないので、『強化魔法』だとか、『回復魔法』の類は効果がないし、使うたびにポーションを飲んでいたら破産してしまう。
 SP効率は恐ろしく悪いが、渋々『活人剣』を上げることにしたというわけだ。

 そして次、活人剣のレベルを更に上げようとした時だった。

「5000!? ……あっ、そっか」

 500とばかり思っていた必要SPであったが、突然一桁跳ね上がっていることに仰天し、すぐに納得する。
 そういえばスキルは10上げる度に、次の必要SPが10倍へ増えるんだった。
 スキルレベル10なんて遠い未来のことだと思っていたが、案外あっという間にたどり着いてしまったようだ。
 残念ながら次の階段を上るには、またレベルを相当上げる必要がありそうだが。

 レベルが上がったことで実質的には減ってしまったHPだが、活人剣LV10によって吸収量は1%から10%にまで上がった。
 元が元とはいえ効率は10倍、これなら直ぐに回復できるだろう。

「……っ」

 遠くから微かに見えた太陽、緋色の光線が目を突き、軽いめまいに体が震える。

 宵闇は既に空を去った。
 あとどれだけ余裕が残されている?
 レベル上げが終わった後にもすべきことがあるし、のんびりしている暇はない。

 サクサクと実をいくつか食べ、簡単に食事を終えてからカリバーを握り、リュックを背負う。
 緩んできた靴紐をキュッと握れば、だいぶ頭もはっきりしてきた。

 ……私で、私が何とかしないと。

―――――――――――――――――――――――
今回から言い間違いは最後に解説を置いていこうかと思います。
虎屋に入らないとずんだ餅は食えない:虎穴にらずんば虎子を得ず

意味 危険を冒さなければ大きな成功は得られない
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