上 下
68 / 257

第六十八話 モスバスター

しおりを挟む
 最後に普段より重い・・・・・・リュックを背負い、拘束ベルトをしっかりと嵌めていく。
 上半身ほどあるとはいえぴったりフィット、これで準備は完了だ。

 ……が、

「んー……微妙」

 手足を軽く捻り動かし調子を確かめるが、どうも落ち着かない。
 その原因は私の足を包み込む青いアレ、ジーンズのせいだ。

 あの蛾の何より厄介なのは、手足に張り付く鋭い毛や鱗粉。
 動きやすく足を守れるものということで選んだのだが、聞いていた話と違ってってとても硬い。
 ごわごわを通り越してごわってぃだ。
 なんだあの店員は、どうしてプロテインといい店員は嘘をつくのか。

 不満に合わせてカリバーをぶんぶん振り回し、数時間ぶりの『炎来』、その門へと足を運ぶ。

 時刻は既に夕方。
 あれだけいた人々も既に去った後のようで、辺りには人っ子一人いない。
 子供も間違えて入ってしまえば危険だからだろう、昼間はなかった柵が突き立てられていた。

 濡れ内容にだろう、シートの被せられた台から地図を一枚抜き取れば、そこには適当に描かれた円形の図。
 門を中心として広がった円形の森、それが『炎来ダンジョン』の基本的な形らしい。
 それにしたってあまりに簡素過ぎてどうなんだ。まあ書くことが特にないほど、ただの広々とした森ということなのかもしれないが。

 ぐにゃりと歪んだ門の先、昼間の様に明るい燃え盛る木々。
 一応空は次第に暗くなっているのだが、こうも明かりが周りにあればそんなのは関係ない、ということなのだろう。
 景色はまだ特に変化なし、ダンジョンの崩壊がこの先起こるかもしれないだなんて、この風景を見慣れた人間には思いもよらない……かもしれない。

「……よし」

 パチパチと炎が爆ぜる音を背に、緊張からかピクピクと勝手に動く瞼をぎゅっと閉じ、胸の奥底に溜まった息を吐きだす。

 大丈夫だ、大丈夫。
 ダンジョン崩壊が起こる確証なんてないんだ、落ち着いてレベルを上げよう。
 あそこが崩壊するかも、なんて虚言は日々あちこちで飛び交っていて、今回のそれだって起こらない可能性の方が、起こる可能性よりも何倍も高い。
 第一助けてくれた人が言った話とはいえ、証拠もないのに完全に信じるだなんて狂ってる。
 このレベル上げはハレー彗星の噂話を信じた人が、無駄にタイヤを買い込んだのと同じで、いつか笑い話としてネタになるかもしれないからやるだけ。

 お腹の奥底にこびり付いた不気味な確信を覆い隠すように、自分の気持ちを軽くするように、いくつもの言い訳を積み重ねていく。

 暫しそうやって自己暗示をしていると、何か柔らかなものがこすれ合う音が鼓膜を叩いた。

 ……来た。

 音のする方向へ首を傾け、こちらへゆらゆらと近寄ってくる蛾を睨みつける。
 
――――――――――――――――

種族 モスプロード
名前 コットン

LV 1200
HP 4323 MP 3021
物攻 376 魔攻 4542
耐久 377 俊敏 199
知力 650 運 38

――――――――――――――――

「『ステップ』! 『ストライク』! 『ステップ』!」

 地面を蹴り飛ばし、スキルの導きに逆らって蛾へ飛び掛かる。
 以前と違って積極的に私が攻撃へ向かったからだろう、ゆらりゆらりと、ゆっくり旋回してその場から立ち去ろうと行動を始めた。

 やっぱり、遅い。

 思った通りの行動。
 そのままストライク走法でその身を抜き去り・・・・、真正面へと立ちふさがる。

 確かにこいつの爆ぜる針は厄介だ。
 だが効果が発揮されるのには時間がかかるし、その前に行動を終えれば何の価値もない。
 私の高い俊敏値と危険な走法の組み合わせは、同レベル帯では比肩する者がいないだろう。
 最初こそ気を抜いていたが、魔攻に特化したこいつのステータスでは、いくら逃げたくとも逃げられまい。

「『巨大化』! ……っ! せやっ!」
 ドンッ!

 上昇して逃げるより素早く振るわれ、その身に届くほど長く伸びたカリバーが打ち据え、鈍い水音を響かせる。
 そのまま遠心力に身体を振り回され、二度、三度と激しく地面の草を飛び散らす。
 翅は折れ曲がり、ヤシの葉じみた触角は千切れ、その柔らかな腹は大きく凹んで透明な体液をたらりとこぼしてた。


――――――――――――――――

種族 モスプロード
名前 コットン

LV 1200
HP 2034/4323 MP 3001/3021

――――――――――――――――

 初手さえ取ってしまえばなんてことはない、耐久の低さも相まって蠢くサンドバックだ。

「『ストライク』」

 叩き付けられた衝撃だろう、蛾の周りに舞っていた金色の粒子を吹き飛ばし、むやみに針が刺さらぬようゆっくりと近づく。
 それでもやはり残っているものが多少はあるようで、チクチクとささくれるような不快感が、顔やむき出しの掌へ纏わりついた。

 この程度なら十分許容範囲だ。
 なんたって私には……

「『スカルクラッシュ』!」

 『活人剣』で、十分カバーできる。

 微かな手ごたえとどこか気の抜けるような音。
 手や顔にあった刺激がゆっくりと消える。
 脳天を叩き潰された蛾は微かに脚を振るえさせ、直後光となって風に流されていった。

『レベルが73上昇しました』

「よし!」

 カッと熱くなり、全身から高揚感が沸き上がる。
 危険こそあれど流石はDランクダンジョン、レベルの上がり幅もかつてないほど。
 これなら崩壊までに間に合うかも……

 いや違う違う、崩壊なんて起こらないかもしれないんだ。

 ごろりと転がったのは、蛾の毛と同じく赤橙色の魔石。
 どれほどの値段になるか気になるし、今から協会で確認したいところではあるが、今回はこれも貴重な武器になるかもしれないので、リュックの中へ放り込む。

 ……もっと、レベル上げないと。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

結婚できない男

ムーワ
ライト文芸
モテル男の特徴として三高という言葉を聞いたことはありますか? 高学歴・高身長・高収入。 1980年代のバブル景気に女性が結婚するなら三高の男性を求めていました。 しかし、今回は低学歴・低身長・低収入の男の人生を描いた「結婚できない男」をテーマにした小説を書いてみようと思いました。 主人公のダメ男はすでに40代半ば。ダメ男は高校を中退し、フリーターとして会社を転々として過ごす。途中でこれではいけないと大検を受ける決意をするも失敗して、結局フリーターとして40代半ばまで来てしまった・・・

(ちょい変)JCと(ちょい変)母親の(ちょっと変な)日常

りんりんご
ファンタジー
ちょい変JC(娘)+ちょい変母親=ちょっと変な日常 ファンタジーだけど魔法が使えるだけで世界の形とか文明は一緒。そんな世界に生きる家族(特にJCと母親)の日常。父と弟の目にはJCと母親はどう写るのか。そんな事を描いてる小説です

白鷹の貴公子、大海を往く~豊臣秀頼冒険異聞~

氷室龍
歴史・時代
白鷹の旗印の元、船団を率いる一人の若武者がいた。 死んだはずの勇将・豪傑を率いて大海原をかけるその若武者の名は豊臣秀頼 太閤の遺児でありながら、その枠に収まることなく大伯父・織田信長が夢見た異国の地を目指し旅立った。 これはその半生と冒険の記録である。 *この物語はフィクションです。  実際の人物・事件・団体等とは一切関係ありません。

世界樹を巡る旅

ゴロヒロ
ファンタジー
偶然にも事故に巻き込まれたハルトはその事故で勇者として転生をする者たちと共に異世界に向かう事になった そこで会った女神から頼まれ世界樹の迷宮を攻略する事にするのだった カクヨムでも投稿してます

最優テイマーの手抜きライフ。悪役令嬢に転生しても、追放されても、私は辺境の地でこの魔物たちと仲良く暮らします。

西東友一
ファンタジー
白川桜の好きな物は、動物と乙女ゲーム。 新作の乙女ゲームを買った帰り道、トラックに轢かれそうになったネコタンを助けたら死んでしまった。 せっかく買った乙女ゲームをやる前に死んでしまった無念の桜だったけれど、異世界に転生していた。 転生先はなんと乙女ゲーム内の悪役令嬢のサクラ・ブレンダ・ウィリアムだった。 サクラ・ブレンダ・ウィリアムは冷酷な最強テイマーだったけれど、心優しい桜は・・・ 「こんな、きゃわいい子たちを、戦わせるなんて無理!!」 そんなこんなで、期待された役割を果たせない桜は王家から追放されて、のんびりスローライフを始めます。

世界は俺を求めないが、俺は世界に救いを求める

齋藤御春
青春
ネガティブ高校生・青木 葵(あおき あおい)。 何にも期待せず、常に生きている意味がなんなのか考えてる。そんな彼の日常のひとコマ。

処理中です...