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第二十六話 釣り

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 トンボが寄ってこないようにバットを振るい、しかしそのたびに沼へと引きずられていく身体。
 ヤゴの大きさは50cmほど。私の身体が大人の男、せめて年齢相応の大きさならまた結果は異なっていたのだろうが、小学生並みの身体では容易に引き込まれてしまう。 

 必死に抵抗するが、泥は私の足を掬うばかりで何の役にもたちはしない。
 てかてか輝く金属光沢のピンク、その中心に座すどす黒い複眼が、私にニヤリと嘲笑を投げる。
 こいつだけじゃない。よく見てみればてらてらと、水中から私を見つめる無数のヤゴたち、その黒々とした瞳が揺蕩っている。

 あの中に落ちてしまえば一巻の終わりだ。 

 蹴ってだめなら…… 

「……引っこ抜くぅ! 『ステップ』!」
 
 そばに生えている蓮の茎を握りしめ『ステップ』を発動、導きによって左足だけは泥を力強く蹴飛ばし、それにつられて右足へ噛みついたヤゴも一緒に沼の中から引きずり出された。

 どうだ、ざまあみろ。
 
 まさか引きずり出されるとは思っていなかったのだろう、空中を抵抗もなく舞うヤゴ。
 さらに驚きからか、顎は私の足から外れている。 耐久高いし多分こいつも堅いだろう。ちょうどいい、小石の代わりになってもらおう。
 また死ぬのかって、正直めちゃくちゃ怖かったんだからな。


 ちゃーらっちゃっちゃー

 ピッチャーフォリア選手、再登板です!
 
「ぶっとべ 『ストライク』!」

 ミチィッ!

 弾ける甲殻、吹き出す白い中身。
 蝉の幼虫は揚げると表面はサクサク、中はトロッとして美味しいらしい。
 ヤゴも体の構造は大体同じらしく、硬い表面とは逆に中は随分柔らかそうであった。

 バラバラになった体、特に下顎が吹き飛んだ先はトンボの元。
 尻の先にそれがかみつき、悶えつつ飛翔。
 ヤゴの存在は確かに厄介ではあったが、沼に近づきさえしなければどうってことはない。

 空中で一回転した後地を這い、超低空飛行でこちらの足を切り裂こうと近づくトンボ。
 限界まで引き寄せてからジャンプ、横に生えていた腕より太い蓮の茎がトンボの翅に切り裂かれ、どうっと泥をまき散らして倒れる。
 その茎を踏んで跳躍、今度は私が背後からの襲撃だ。

「『ストライク』!」 

 最期の一撃はあまりにあっさりしたもの。
 翅のど真ん中、胴体への痛撃を叩き込まれ羽虫は沈黙した。
 
 消えて魔石になる直前、スキル累乗の対象を元に戻す。
 
『レベルが2上昇しました』

 これでレベル46。
 今日はさほどダメージを受けていないが、ちょっと疲れた。
 前もってナメクジどもをシバいておいてよかった。ヤゴの魔石はいくらになるか分からないが、トンボ以下と考えればあまりいい金額にはならないだろう。

 ちらりと奥を覗けば、まるでコロシアムの様に巨大な蓮の葉が、ぷかりと水上に浮かんでいる。
 きっとあれが『麗しの湿地』におけるボスエリアなのだろう、今はまだ行こうとは思えないが。
 果たしてどんなボスが待ち受けているのか、気になりこそすれど、今の私が確実に倒せる保証はない。

 花咲ダンジョンもそうだったが、一人で戦う場合適正レベルの上限は気にしない方がよさそうだ。
 Gランクダンジョンなら最低+10程度あって、ようやく安心して戦えるほど。
 さらにレベルが上がるほど、多少のレベル差は誤差となる。

 いい方法を思いついたから、明日からはナメクジ以外でレベル上げをしよう。





「ほいっ」

 87匹目のナメクジが溶けた。

 今日も今日とてナメクジ狩り。しかし今までと違うのは、経験値や魔石が狙いではなく……

「きた、なめくじ肉」

 泥の上に転がったのは、ぷりぷりと真っ白に輝く美味しい奴。
 そう、ナメクジ肉だ。

 

 今日は運がよく、すでに五個落ちている。
 大きなビニール袋にそれを詰め込んで、リュックの中へ放り込む。
 今日のリュックに詰め込まれているのはそのナメクジ肉と、大量に持ち込んだ小石、そしていくつかに切られたピンク色のロープだ。
 ピンク色のロープはいろんな店を探してようやく見つけた。息の荒いおっさんに後をつけられたりしたが、まあその話は置いておこう。

 
 目標の数が集まったのでリュックを背負い、ダンジョンの奥へと進む。
 着いたのは昨日と全く同じ場所。切り倒された蓮も残っている。

 ピンクのロープはかなり頑丈なもので、大体10mほどの長さで切られている。
 その上にナメクジ肉を括り付け、反対側はしっかり立っている蓮の茎へ巻き付けてから、ぎっちり縛り付けた。
 そして勢いをつけてナメクジ肉を投擲、沼の奥へと無事着水。
 これを合計五回繰り返す。

 

 すべてが終われば、あとはのんびりしておくだけ。 切り倒された蓮の茎、その上にある葉っぱへ腰とリュックを下ろし、カリバーを握って奇襲に気をつけつつ休む。

 もう大体わかるだろう、釣りだ。
 まったく探索者に人気のないこのダンジョン。恐らくあのヤゴたちの主なエサは、沼の奥から出てくるピンクナメクジ。
 しかもピンク色をした沼の中に、よく目立つ純白の肉が放り込まれたとあれば……

 クンッ、クンッ

 来た来た。
 わっさわっさと蓮の葉が揺られ、ぴんっとロープが張る。
 一気に引っ張り上げれば予想通り、いや期待以上の成果。五匹ほどのヤゴが一つの肉に食らいつき、沼の奥底から引きずり出された。
 勿論逃がすわけがない。びったんびったん暴れるそいつらの頭へ、丁寧にカリバーを振り下ろす。

 そして食いついたヤゴが居なくなった肉は沼へ投擲、廃棄がなくてエコだね。
 

 引っ張る。

 叩き潰す。

 『レベルが上昇しました』

 完璧だ……!
 想像以上にうまくいった永久機関は、わずか十分ほどで私のレベルを上昇させた。
 ちなみにヤゴの魔石は700円だったので、一回の釣りで三千五百円の稼ぎ。

 ふと、ひもを結んでいないはずの蓮が揺れた。
 勿論それを見逃すわけにはいかない、トンボが飛んできた合図だから。

 多分ではあるがこいつら、群れで行動しているわけではなく、同じ獲物を狙った場合協力するのだと思う。
 この釣りをする前に散策したのだが、最初は一匹が後ろから着いてきては隙を狙っていて、気付かない振りをしていたら数匹寄ってきた。
 そしてある程度集まったところで、一気に襲ってくるのだ。
 逆にこちらが気付くと、数が集まっていなくとも襲ってくる。


 つまり放置して長引かせるほど、ほかのトンボたちが飛んできては協力して厄介になる。
 一匹見つけたらすぐに殺すのが大切だ。
 傍らに置いてあったリュックから石ころを五つ取り出し、手のひらでぐっと握る。

「『スキル累乗』対象変更、『ストライク』!」

 ファン、とかすかな音を立てこちらへ飛び込んでくるトンボ。
 もうあきた、私は学習する賢いゴリラだぞ。
 いやゴリラは元から賢いんだったか、まあどうでもいい。

「うほうほ、『ストライク』!」

 石ころによる散弾が突き刺さり、地面へと転がるトンボ。
 『ステップ』で一気に肉薄、そしてカリバーで頭を叩き潰す。

 『レベルが上昇しました』

 ふっ。
 『麗しの湿地』、他愛もないな。
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