上 下
21 / 257

第二十一話 置き逃げ

しおりを挟む
 戻ってきてからコップに牛乳を注ぎ、一気飲みする穂谷さん。
 それではどうしようもなかったのかパックへ口づけし、そのまま飲み干した。

 冷凍庫を開き、様子見とばかりに小さなアイスを一つ頬張り

「だめね、なんも味感じないわ」

 それでもだめだったらしく、今度は薄いピンクな液体の詰まった小瓶を棚から引っ張り出し、無言で一気飲み。
 聞いたことがある見た目なので恐らくポーションだろう、色が濃いほど高品質なのでそこまで高くはないはず。
 漸く味覚が治ったらしく、アイスを食べて安堵の表情を浮かべた。

 することもないし暇なので、それを鑑賞しつつ希望の実を齧っていたのだが、穂谷さんに変なものを見る目で見られた。
 ひどい。
 不味いと分かっていて、慣れていないのに一気に食べる方が悪いと思う。

「大丈夫?」
「こっちのセリフよ。あんた味覚本当に大丈夫? 味蕾死んでない?」

 味覚と未来に何の関係があるのだろう。
 希望の実のあまりのまずさに、思考回路まで狂ってしまったのか。

 未来に関しては、間違いなく最強のルートが開いてはいる、
 勿論その過程で死なない、という前提があるが。
 問題は割と死にかけまくっていることだ、果たして私はいつまで生き残れるのだろう。

「未来? 未来はすでに掴んでる」
「いやそうじゃなくて……まあいいや。希望の実ばっかじゃなくて、たまには美味しいもの食べなさいよ。美味しい食事は万物の基本だからね」
「うん」

 命を張っているだけあって、探索者というのは恐ろしいほど儲かる。
 まあピンクナメクジを超効率よく狩る人間は私くらいなので、Gランクで一日数万稼ぐことはなかなか難しい。
 しかしFランクの上位、4,500レベルにもなれば魔石の買取価格も上がり、パーティで活動していたとしてもお金に困ることはないだろう。
 それだけ魔石という突然世界に生まれたアイテムは、とんでもない価値を秘めているのだ。

 稼ぎも増えてきた今、食事にもある程度お金を回す余裕はある。
 料理なぞ出来ない私は彼女の言う通り、外食というものをするべきなのだろう。
 しかし希望の実はなんとなく、今後も食べていく気がする。
 あのまずさが癖になるのだ。

「さ、食事も終わったし服選びましょ!」
「う……」

 遂に来てしまったか……



「やだ、すっごい似合ってるじゃない! 今度はこっちも着てみて! はいこっち向いてポーズ!」

 妹の物だという服を着せられ、その姿をテンション高く撮影する穂谷さん。
 チェックのスカートにブラウンのトップスなど、もしかしてこれ小学生用の服ではないのか。
 いや、可愛いのだが何だろう、この敗北感。

 うちの妹より似合うわー! と高々に笑う彼女。
 妹さんは現在高校一年、私と同年代らしい。
 同年代なのに……同年代なのに、彼女が小学生の時の服がぴったり……
 私の母は身長もスタイルも良かったはずなのだが、遺伝より成長期の食事の方が大切というわけだ。
 つらい。

 これも、これも、ついでにこれも、と、どんどん積み重なっていく服の山。
 流石にここまで盛られると、持って帰ることが出来ない。

「あんたどこに住んでるの? 持って行ってあげるわ」
「ネットカフェ」
「……っ!」

 一瞬目を見開き、そのあと目を伏せた穂谷さん。

 そんな驚くことかな、いや、驚くことなのかもしれない。
 ホテルなんかよりも安いし、それが当たり前すぎて気にしたことがなかった。
 ……もうそろそろ、どこか家を借りる方がいいのかもしれない。
 アイテムボックスも将来的に習得する予定ではあるが、それまでに武器ドロップなどしたら置いておく必要があるし。

 これ持って行きなさい、といって手渡されたのは、大きなリュックサック。
 あちこちにひもだのベルトだのがついていて、結構ごちゃごちゃしている。

「登山用リュックよ。元々あたし登山部でね、山登りの体力つけるために探索者始めたの。今のアンタには必要でしょ、ぶっちゃけダンジョンの方が山登りより面白いから使わなくなったし、持って行きなさい」
「え……いいの」
「いいの! ビニール片手にダンジョン探索するなんて聞いたことないわよ!」

 そのあとは彼女と相談して、可愛らしい見た目の服より、パーカーや短パンなど運動に適したものをリュックへ詰めていった。
 本当は可愛いの入れたいと渋られたのだが、ダンジョンの探索でボロボロになってしまうので、気が引けると断ったのだ。

 背負ってみれば随分と大きいが、長さの調整できるベルトのおかげでしっかりと身体に固定できるし、そこまで運動の邪魔にはならなそう。
 本格的な戦闘の前には外してどこかに置いておくだろうが、登山用なだけあってしっかりした作りだし、ダンジョンの過酷な環境でも十分使えるだろう。

 お礼をしたい。
 こんな私にあれこれくれるなんて、それに登山用リュックなんて絶対高い。
 
 ……手元には、十万円ある。

 きっと彼女に手渡そうとしても、断られてしまうだろう。

「ふぃー、お疲れ! ちょっと待ってなさい、お菓子持ってくるわ!」

 鼻歌交じりに奥へと消えていく穂谷さん。
 ふむ……



「おまたせー! ってあれ? フォリアちゃーん?」

 ポテチとジュースを用意してリビングに戻ると、金髪の少女、フォリアちゃんはリュックと共に忽然と消えていた。
 

 フォリアちゃんは私が落葉ダンジョンでパーティと探索をしていた時に、気絶していたところを拾った少女。
 ちなみに名前は拾ったときに『鑑定』で覗かせてもらった。死んでるか生きてるかの確認をする必要があったので、仕方のないことだった。
 うん。

 服装を見たり話を聞く限りなかなかに壮絶な生活を送っていたようで、髪は傷んでいて雑な切り方だし、表情はあまり変わらないが多分いい子だ。
 どうにも放っておくと死んでしまいそうで気にかけていたのだが、久しぶりに見かけたので家まで拉致した。
 うちの随分生意気に育った妹の服を押し付け、あれこれと世話を焼き、割と素直で可愛いから何ならうちで養ってもよかったのだが……

「あら? こりゃまた……」

 机の上に置かれていたのは、いつも机の上に放置されているメモ帳と、その下に挟まれた十万円ほどある札束。
 メモに残された文は要約すると、あれこれと世話を焼かせるのが心苦しいので、勝手ながら去らせてもらいますとのこと。
 十万円はそのお礼だと、綺麗な文字で書かれていた。

 はてさて、困った。
 恐らくこの十万円は彼女が稼いだお金なのだろうが、流石に服数着とリュック程度のお礼としては多すぎる。
 まあ確かにいいリュックではあったが、それでも服と合わせて五万円が良いところだろう。

「……また会ったら、その時に返してあげればいいかな」

 それまでこの十万円は、大切に保存しといてあげよう。
 マーカーで文字を書いた袋に入れたあと、アイテムボックスに仕舞いこんで、彼女の無表情に隠された食事時の笑顔を思い出す。

 フォリアちゃんはいつか死んでしまいそうな儚さはあれど、どこか強烈に魂を燃やす輝きもあった。
 探索者は危険がつきものだし、安全マージンを取って自分のレベルより数段階下のダンジョンで、小遣い稼ぎに土日だけ戦う者も多い。
 私もそうだ。私のレベルは七万程度あるが、危険なCより安全に稼げるF、D級ばかり潜っている。
 それでも一回の探索で数万円になるし、メンバーで分配しても十分な稼ぎだ。

 ……けれど、彼女を見ているとなんだか、自分ももう少し前に進もうという青臭い感情が湧いてくる。
 今度メンバーに相談してみようかなぁ……
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

スキル『モデラー』で異世界プラモ無双!? プラモデル愛好家の高校生が異世界転移したら、持っていたスキルは戦闘と無関係なものたったひとつでした

大豆茶
ファンタジー
大学受験を乗り越えた高校三年生の青年『相模 型太(さがみ けいた)』。 無事進路が決まったので受験勉強のため封印していた幼少からの趣味、プラモデル作りを再開した。 しかし長い間押さえていた衝動が爆発し、型太は三日三晩、不眠不休で作業に没頭してしまう。 三日経っていることに気付いた時には既に遅く、型太は椅子から立ち上がると同時に気を失ってしまう。 型太が目を覚さますと、そこは見知らぬ土地だった。 アニメやマンガ関連の造形が深い型太は、自分は異世界転生したのだと悟る。 もうプラモデルを作ることができなくなるという喪失感はあるものの、それよりもこの異世界でどんな冒険が待ちわびているのだろうと、型太は胸を躍らせる。 しかし自分のステータスを確認すると、どの能力値も最低ランクで、スキルはたったのひとつだけ。 それも、『モデラー』という謎のスキルだった。 竜が空を飛んでいるような剣と魔法の世界で、どう考えても生き延びることが出来なさそうな能力に型太は絶望する。 しかし、意外なところで型太の持つ謎スキルと、プラモデルの製作技術が役に立つとは、この時はまだ知るよしもなかった。 これは、異世界で趣味を満喫しながら無双してしまう男の物語である。 ※主人公がプラモデル作り始めるのは10話あたりからです。全体的にゆったりと話が進行しますのでご了承ください。

大切”だった”仲間に裏切られたので、皆殺しにしようと思います

騙道みりあ
ファンタジー
 魔王を討伐し、世界に平和をもたらした”勇者パーティー”。  その一員であり、”人類最強”と呼ばれる少年ユウキは、何故か仲間たちに裏切られてしまう。  仲間への信頼、恋人への愛。それら全てが作られたものだと知り、ユウキは怒りを覚えた。  なので、全員殺すことにした。  1話完結ですが、続編も考えています。

俺は不調でパーティを追放されたがそれは美しい戯神様の仕業!?救いを求めて自称美少女な遊神様と大陸中を旅したら実は全て神界で配信されていた件

蒼井星空
ファンタジー
神の世界で高位神たちは配信企画で盛り上がっています。そんな中でとある企画が動き出しました。 戯神が尻もちをついたら不運な人間に影響を与えて不調にしてしまい、それを心配した遊神が降臨してその人間と一緒に戯神のところへ向かうべく世界を巡る旅をする、という企画です。 しかし、不運な魔法剣士であるアナトは満足に動けなくなり司令塔を務めるパーティーから強引に追放されてしまいます。 それでもアナトは遊神との旅の中で、遊神に振り回されたり、罠にはまったり、逆に遊神を文字通り振り回したり、たまにちょっとエッチなことをしたりして、配信の視聴者である神々を爆笑の渦に巻き込みます。 一方でアナトを追放したパーティーは上手くダンジョン探索ができなくなり、様々な不幸に見舞われてしまい、ついにはギルドから追放され、破滅してしまいます。 これは、不運な魔法剣士アナトが神界を目指す旅の中で成長し、配信されたご褒美の投げアイテムによって最強になり、自称美少女女神の遊神やとても美しい戯神たちとラブコメを繰り広げてしまう物語です。 ※なおアナトは配信されていることを知りませんので、ご注意ください。

禁忌だろうが何だろうが、魔物スキルを取り込んでやる!~社会から見捨てられ、裏社会から搾取された物乞い少年の(糞スキル付き)解放成り上がり譚~

柳生潤兵衛
ファンタジー
~キャッチコピー~ クソ憎っくき糞ゴブリンのくそスキル【性欲常態化】! なんとかならん? は? スライムのコレも糞だったかよ!? ってお話……。 ~あらすじ~ 『いいかい? アンタには【スキル】が無いから、五歳で出ていってもらうよ』 生まれてすぐに捨てられた少年は、五歳で孤児院を追い出されて路上で物乞いをせざるをえなかった。 少年は、親からも孤児院からも名前を付けてもらえなかった。 その後、裏組織に引き込まれ粗末な寝床と僅かな食べ物を与えられるが、組織の奴隷のような生活を送ることになる。 そこで出会ったのは、少年よりも年下の男の子マリク。マリクは少年の世界に“色”を付けてくれた。そして、名前も『レオ』と名付けてくれた。 『銅貨やスキル、お恵みください』 レオとマリクはスキルの無いもの同士、兄弟のように助け合って、これまでと同じように道端で物乞いをさせられたり、組織の仕事の後始末もさせられたりの地獄のような生活を耐え抜く。 そんな中、とある出来事によって、マリクの過去と秘密が明らかになる。 レオはそんなマリクのことを何が何でも守ると誓うが、大きな事件が二人を襲うことに。 マリクが組織のボスの手に掛かりそうになったのだ。 なんとしてでもマリクを守りたいレオは、ボスやその手下どもにやられてしまうが、禁忌とされる行為によってその場を切り抜け、ボスを倒してマリクを救った。 魔物のスキルを取り込んだのだった! そして組織を壊滅させたレオは、マリクを連れて町に行き、冒険者になることにする。

職業・遊び人となったら追放されたけれど、追放先で覚醒し無双しちゃいました!

よっしぃ
ファンタジー
この物語は、通常1つの職業を選定する所を、一つ目で遊び人を選定してしまい何とか別の職業を、と思い3つとも遊び人を選定してしまったデルクが、成長して無双する話。 10歳を過ぎると皆教会へ赴き、自身の職業を選定してもらうが、デルク・コーネインはここでまさかの遊び人になってしまう。最高3つの職業を選べるが、その分成長速度が遅くなるも、2つ目を選定。 ここでも前代未聞の遊び人。止められるも3度目の正直で挑むも結果は遊び人。 同年代の連中は皆良い職業を選定してもらい、どんどん成長していく。 皆に馬鹿にされ、蔑まれ、馬鹿にされ、それでも何とかレベル上げを行うデルク。 こんな中2年ほど経って、12歳になった頃、1歳年下の11歳の1人の少女セシル・ヴァウテルスと出会う。凄い職業を得たが、成長が遅すぎると見捨てられた彼女。そんな2人がダンジョンで出会い、脱出不可能といわれているダンジョン下層からの脱出を、2人で成長していく事で不可能を可能にしていく。 そんな中2人を馬鹿にし、死地に追い込んだ同年代の連中や年上の冒険者は、中層への攻略を急ぐあまり、成長速度の遅い上位職を得たデルクの幼馴染の2人をダンジョンの大穴に突き落とし排除してしまう。 しかし奇跡的にもデルクはこの2人の命を救う事ができ、セシルを含めた4人で辛うじてダンジョンを脱出。 その後自分達をこんな所に追い込んだ連中と対峙する事になるが、ダンジョン下層で成長した4人にかなう冒険者はおらず、自らの愚かな行為に自滅してしまう。 そして、成長した遊び人の職業、実は成長すればどんな職業へもジョブチェンジできる最高の職業でした! 更に未だかつて同じ職業を3つ引いた人物がいなかったために、その結果がどうなるかわかっていなかった事もあり、その結果がとんでもない事になる。 これはのちに伝説となる4人を中心とする成長物語。 ダンジョン脱出までは辛抱の連続ですが、その後はざまぁな展開が待っています。

さんざん馬鹿にされてきた最弱精霊使いですが、剣一本で魔物を倒し続けたらパートナーが最強の『大精霊』に進化したので逆襲を始めます。

ヒツキノドカ
ファンタジー
 誰もがパートナーの精霊を持つウィスティリア王国。  そこでは精霊によって人生が決まり、また身分の高いものほど強い精霊を宿すといわれている。  しかし第二王子シグは最弱の精霊を宿して生まれたために王家を追放されてしまう。  身分を剥奪されたシグは冒険者になり、剣一本で魔物を倒して生計を立てるようになる。しかしそこでも精霊の弱さから見下された。ひどい時は他の冒険者に襲われこともあった。  そんな生活がしばらく続いたある日――今までの苦労が報われ精霊が進化。  姿は美しい白髪の少女に。  伝説の大精霊となり、『天候にまつわる全属性使用可』という規格外の能力を得たクゥは、「今まで育ててくれた恩返しがしたい!」と懐きまくってくる。  最強の相棒を手に入れたシグは、今まで自分を見下してきた人間たちを見返すことを決意するのだった。 ーーーーーー ーーー 閲覧、お気に入り登録、感想等いつもありがとうございます。とても励みになります! ※2020.6.8お陰様でHOTランキングに載ることができました。ご愛読感謝!

異世界転移「スキル無!」~授かったユニークスキルは「なし」ではなく触れたモノを「無」に帰す最強スキルだったようです~

夢・風魔
ファンタジー
林間学校の最中に召喚(誘拐?)された鈴村翔は「スキルが無い役立たずはいらない」と金髪縦ロール女に言われ、その場に取り残された。 しかしそのスキル鑑定は間違っていた。スキルが無いのではなく、転移特典で授かったのは『無』というスキルだったのだ。 とにかく生き残るために行動を起こした翔は、モンスターに襲われていた双子のエルフ姉妹を助ける。 エルフの里へと案内された翔は、林間学校で用意したキャンプ用品一式を使って彼らの食生活を改革することに。 スキル『無』で時々無双。双子の美少女エルフや木に宿る幼女精霊に囲まれ、翔の異世界生活冒険譚は始まった。 *小説家になろう・カクヨムでも投稿しております(完結済み

異世界に転生したら?(改)

まさ
ファンタジー
事故で死んでしまった主人公のマサムネ(奥田 政宗)は41歳、独身、彼女無し、最近の楽しみと言えば、従兄弟から借りて読んだラノベにハマり、今ではアパートの部屋に数十冊の『転生』系小説、通称『ラノベ』がところ狭しと重なっていた。 そして今日も残業の帰り道、脳内で転生したら、あーしよ、こーしよと現実逃避よろしくで想像しながら歩いていた。 物語はまさに、その時に起きる! 横断歩道を歩き目的他のアパートまで、もうすぐ、、、だったのに居眠り運転のトラックに轢かれ、意識を失った。 そして再び意識を取り戻した時、目の前に女神がいた。 ◇ 5年前の作品の改稿板になります。 少し(?)年数があって文章がおかしい所があるかもですが、素人の作品。 生暖かい目で見て下されば幸いです。

処理中です...