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幼少期編

誕生祭 中編

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その後私たちは彫刻を見たのち、案内魔法道具の地図を確認しながら見たい場所だけ回っていった。
全ての部屋が解放されているという訳ではないのだが、それでも城ということでかなりの量がある。なので、ある程度は絞っておかないとあっという間に終わってしまう。

終日開催というわけではないのだけれど、私には一応外出禁止令が出ているので今日しか見て回れないのだ。

思い出すとまた申し訳ない気分になる。
これ、私が何もしてなかったらゆっくり見れたはずなんだよね…本当、ごめんなさい。

ちょっと辛くなってきたので話を変えよう。

どうやら展示系のものが奥に追いやられているらしく、今のところカフェのようなものは見ていない。
陶芸だったり、自作の魔法道具だったり、動く絵画だったり…異世界ならではの作品に年甲斐もなくはしゃいでしまった。

ルイも私が足を止めた作品の裏話とか背景とかしてくれて、楽しみ度は常時最高潮だった。

言っておくが、ティーナは既にいない。
「じゃ、妾は妾が見たいのを見てくるな!」と言って飛び出していった。本当に私たちを送るためだけに現れたらしく、それ以降は見ていない。

いやぁ…自由奔放という言葉がぴったりですね。
私たちとしてもルイが楽でいられるので全然OKだったので止めはしないけど。

飛んでいく行く前に人から見えなくする魔法とかないかと聞いたが、そんなのはないと笑われてしまった。
ファンタジーの世界なのに何で地味に現実的なんだ…。

ルイにも失笑されたのが一番傷ついた。味方だと思っていたのに裏切られた気分だった。いや、それは失礼だから撤回しよう。グリムと一緒にするのは、絶対だめだ。

そんなこんなで、数刻たったことで現在は休んでおります。

多分今回の祭りのためだけに配置されたであろうソファに座りながら体を伸ばす。

「うーん…久しぶりにずっと歩いてたからちょっと疲れたなぁ」

相変わらずひとけのない空間に私の声が響く。他の人たちの声さえも聞こえないので、ひょっとしているのは私たちだけなのかもとか考えてしまう。

飲み物を取りに行っていたルイが、私の独り言が聞こえたのか苦笑しながら隣に座る。

どこで取ってきたの!?とか思っているそこのあなた!深く考えてはいけない…は怒られそうなのでちゃんと言いますが、普通に中身が紅茶のウォーターサーバーが置いてあったからです。

…ウォーターサーバーとは言わないよね。なんていえばいいんだろう。誰か教えて。

「一気に回りすぎたか。ごめん、この後は少しペースを落とそう」
「いや大丈夫だよ。これは幸せ疲れ」
「…ん?」

大真面目に言い切ると、笑顔で頭に「?」マークを浮かべられてしまう。

「幸せな疲れなので幸せ疲れです。なので全く問題ないです」

罪人がこんなに幸せでいいのかは大きな問題だけど。

…ねぇなんでそこで後ろを向いて肩を震わせてるの?ちょっとこちらに顔を向けて御覧…って本当に従者とそっくりだな。真顔で振り向くんじゃない、ちょっと面白いだろう。

「そうか、幸せ疲れか…くくっ…」

笑い収まってないし。枷がないとこんなに笑い上戸なのか。

「なにかおかしかった?」
「いや、何も…くくっ…」

何もじゃ、ないんだよなぁ。絶対なにかツボを押したんだよなあ。

「ところでその紅茶美味しい?」

あからさまに話逸らした。いやまあ乗りますけど。このまま続けてても不毛ですから。

「うん、ウォーターサーバーのだからって舐めてた。普通に美味しいね。これは…ダージリンかな」
「あーダージリンか…」
「どうしたの?」

むむむ…と何か悩みだしたので尋ねると、予想外な答えが返ってくる。

「いや、俺基本レディグレイ以外の紅茶は苦手で。だから飲もうかどうか…」
「ルイって苦手なのあったんだ」
「マリーは俺の事なんだと思ってんだ?」

ナチュラルな呟きにナチュラルなツッコミが入る。

だって皆さんそうでしょう?
あのルイに紅茶が苦手という弱点があるとはちょっと意外でしょ?

そもそもあの完璧超人ぶりを見てたら苦手なのなんてないと思っちゃうでしょ!?

「それどうしても飲まないといけないときってどうするの?」
「…そもそもそういう場には出ないからな。分かんね」
「そっか」

なにやら闇を感じたのでそれ以上は聞かない。
聞いてあげたらという意見もあるだろうが、闇なんて一つや二つ普通あるでしょ。
それに聞くのが地雷かもしれない。踏んで困るのはお互いだ。

カップになみなみと入っている紅茶を恨めしそうに見つめているルイは諦めたように飲み干し、喉を押さえる。

「うげぇ…やっぱ無理だ…」
「大丈夫?無理して飲まなくても良かったんじゃ…」
「いや大丈夫、全然平気…」

そうは見えないけど…

言葉では強がっているけれど、かなり表情はしんどそうだ。
脂汗もうっすら浮かんでいるし、苦手というかアレルギー反応に近いのではなかろうか。

「サンキュ…取りあえずはこうやって対処しておくか。アレルギーも食べていたら治るっていうし」
「かなりの荒業。しかもそれかなり危険なやつ」

良い子は真似しないように。

確かにアレルギーも食べれば身体が慣れて治るけれど、最悪死んでしまうから医学的にも一番推奨していなかったはずだ。

いかに危険かと説いてみるが肝心のルイが全然聞かないので諦める。

さていつまでも座っていても仕方がないしそろそろ行きますか。

「じゃあカップを片付けて…え?」

待って、消えているんですが?

何故か行方不明になったカップに焦っていると、ルイのも突如として消える。

「え、なんで消えてくの?これはそういう仕様なの?」
「…飲み終わったらカップの底の温度が下がるから、その温度の条件で転移するようになっている、とか」
「あーなるほど。魔法って本当にファンタジーで凄いなぁ…」

何度も感心してしまう。

ただ便利ではあるけども、何か一つくらい書いておいて欲しかった。

「次はどこかな」
「近いのは…お、いいな」
「何?」
「合同展示会」

おや、一気に華やかになりましたか。
ちなみに展示している物は…え

「これ、ルイは楽しめないのでは?」
「そうか?」

画像に映っているの明らかにドレスですが?というかドレスしか見えませんが?

ええと、合同展示会っていうのは何かのテーマを軸にした企業が出展するのが一般的で、今回はドレスがテーマで、ハイブランドになるね。

商談だったり買い付けだったり活発に行われるんだけど、協業相談もあるらしい。

自社のアピールとか他社の情報リサーチが目的とされてる。
これに即売が加えられると実際に売買されるけど今回は買い付けになるからあとで届くということになる。

確かにこういうのがあると考えるとバッジはあるといいね。聞かなくても家紋で分かるし、どのように対応すればよいかもわかる。

ただ問題なのは、ドレスという事。
どう考えてもルイは退屈になるだろうし、私自身服をたくさん見たりするのは苦手。
というか更に箪笥タンスの氾濫に一歩近づいてどうするのか。

「違うところにしない?ほら、射的あるよ。景品の中に
「別に俺が退屈になるのを心配してるんだったらそれには及ばないぜ?」
「え」
「マリーに何かプレゼントしたいと思ってたから丁度いい。いいブランドも幾つか展示しているみたいだし何かしらはあるだろう」
「いや」
「お、隣には普通にブランドの店があるな。そっちも見て、フィッティングルームがありそうだから試着して決めるか」
「あの、」
「時間もかなり余裕があるな」
「ちょっと!?」
「じゃあ行こうか!」

勝手に決められた!こういうところは変わらないね!



手を引っ張られて早歩きに連れて行かれ、気が付いたら店の中にいた。

「ではここからここまで…」
「承知いたしました。サイズはこちらでよろしいでしょうか?」
「大丈夫です」
「では一週間後こちらの住所まで郵送いたします」
「よろしくお願いします」

ルイと店員さんの会話がどこか遠くのように聞こえる。
完全に意識外でもう内容も聞こえない。

なんか久しぶりにこんなに現実逃避したかもしれない。
逃避自体は良くするけど…意識が彼方へ飛ぶことはあまりない気がする。

私のドレスを買っているはずなんだよね?意見一つも聞いてこないのですが。
別に聞かれても困るんだけど、何となく納得がいかない。

ついでにルイの敬語が違和感しかない。なんでだろう、だんだんと笑いがこみあげてくる。

「…ふ」
「マリー?」
「!?」

微かな笑いが漏れたら、いつの間にか買い物を終わらせたルイが顔を覗き込んでくる。
思ったよりも顔が近くにあり、珍しく一瞬息が詰まる。

「…もう終わったの?」
「うん、一通りは。で、なんで笑ってたの?」

ドキッ

「ん?なんでもないヨ?」
「そっか。じゃあ次行こうか」
「他にも行くの?」
「隣の方に」

言われて見ると、なんとも私好みなドレスが並んでいるのが見える。
何か見覚えのある形だと思っていたら、ルイが説明してくれた。

「マリーが今来ているドレスもあそこで作ってもらったものだ。俺の国のブランドだが、他国にも支店を出し始めたようだな」

そう言うルイの横顔はどこか誇らしげだ。
確かに、私たちの国は決して大きいとは言えないけれど外国に店を出せるのは本当に凄い。

自分の国となるとそれは一層のものだろう。

「でもなんで?ここで買ったからいいんじゃないの?」
「マリーの着せ替えをしようと思って」

仰っている意味が分かりません。

はっ、どこぞのAI風の言葉が思わず出てしまった。

…本当にこの人何を言っているのやら。

「どういうこと?私を着せ替えって人形じゃあるまいし…」
「沢山試着しような」
「あーなるほどねえ!」

扱いは人形ですかぁ!

「なんで?買うだけなんだよね?別にする必要ないんじゃない?」
「マリーの色々な姿を見たいと思ったのもあるが…さっき誤魔化した仕返し」

あー、バレてたんですね。

悪戯っ子のような笑みは、さっき追求しなかったのも計算ということを語っている。

「…謝ったら許されない?」

にっこりスマイール!

…完敗です。

ここで断っても心の底から楽しいとはならないかもしれない。そうだ、ノリはよくあらないと。場を凍らせるわけにはいかない。

「…ルイも一緒にどう?男物もあるみたい」
「そうだな、そろそろ新しいものもいいかもしれない」
「でしょ?だから――」
「だが断る」
「そのネタどこで知った」

ここ、違う世界だよね?

「俺が参加したらマリーをちゃんと見れないだろう?」
「そんな理由で…」

どうでもいいと呆れていたらおでこに衝撃を受けた。

「~~!!」

痛みはそこまでじゃないんだけど無視は出来なくて、結果押さえてもだえるということになってしまう。

「マリーにとってくだらなくても、俺にとっては死活問題だ。いいから行くぞ」

また引きずられるようにして隣の区間に行き、ルイが店員に話しかける。

「ダリアさんはいるかな?」

お姉さんはルイのバッジを目にして一瞬目を見張らせたと思ったら、凄い速度で奥へと進んでいく。

「二コル様!でででで殿下が!殿下が!」

あれ、大人っぽい人だと思ったけど意外に愉快な人だったのかしら?

お姉さんが幕の中に消えると、入れ替わるように女性が現れる。
その女性の足取りは優雅で、かけている眼鏡からは知的さを感じられる。
白髪をきゅっと一つにまとめて背筋をシャキッと伸ばしているからか年齢は不詳。

強かな女性、というのが第一印象だった。

女性は綺麗なお辞儀をすると、ルイに優しく微笑みかける。

…聖母!

「殿下ご機嫌ようございます。この度はどういたしましたか?」
「今日は…というか今日もマリーの服を頼もうと思って」
「ふむ…ということはどの隣にいらっしゃるお嬢様がマリーベル嬢でしょうか?」
「そうだ…マリー、この人が店長のダリア・二コルさんだ」

この人がルイが誇っている人…確かに知らなくても尊敬する人だ。
人の上に立つべくして立つ人だろうな。

「初めましてマリーベル・ヒルディアです」

軽くカーテシーをすると、ガシッと手を掴まれる。

「へ?」
「マリーベル嬢…殿下から色々聞いていましたが実際に見るととても美しい…。それに、今着ていらしているのはひょっとしてわたくしが作った物でしょうか?」
「は、はい。そう聞いていますが…」
「…今日も買いにいらっしゃたのですよね、殿下?」
「ああ」

キラリと謎に光る眼鏡。
私の身長に合わせてかがんでいた姿勢を正すと、ダリアさんは店内を指さす。

「…ええ、ええ。是非似合うドレスをプレゼントさせてください。そして――是非そのお姿を店の看板写真として使わせてください!」

なんですと!?

断ろうと口を開こうとするが、それよりも先にルイが笑顔で答える。

「ああいいな。なら私の婚約者というの事実も加えてくれないか?」
「お任せください」
「じゃあこの話はまた後でするとして…」

私の人権は?

「マリーに似合う、既製品でいいから素晴らしいドレスを頼む」

その言葉を聞き、待ってました!とばかりにダリアさんは指を鳴らす。
すると両サイドから店員さんがそれぞれ限界までかけられているハンガーラックをひいて出てくる。

…まさか、この量を着るとか言わないよね…?私数着の予想だったんだけど…

引き攣った顔をルイに向けると、

「さぁマリー。この中で似合うのを探し出そうか」

あああああ…地獄!

***

「こちらは少女らしいマリンな服!」

「ううん…もう少し丈が長いのはないのか?」

***

「まるで人魚のように可憐!軽くフリルがあしらわれたドレス!」
「お、いいな…」

***

「ちょっと雰囲気を変えて、深紅のドレス!スタイルに合わせた薔薇のようになっております」
「こういうのもありだな…」

***

「髪色にそっくりなまるで粉雪のようなふんわりタイプのドレス!」
「悪くない」

***

「さてさて、最後に本物の花を使用したドレスです!パンジー、ひまわり、ユリ…様々な花が本人を彩ります!」
「……これ、本当にドレス、なのか?ダリアさん疲れてる?」

***

「「「「「ありがとうございました!」」」」」

約三時間後、私は店を後にできた。
その間ずっと店員さんにされるがままにドレスを着させられて、半分以降の記憶がほぼない。
一つアあるのは何やらギャラリー的な人たちがいたところか。何を見ていたんだろう。死んだ魚の目をしている令嬢かな。絶対面白くない。

そんなことを考えながらフラフラな足元で廊下に出ると、私と正反対に満足げな表情のルイが手を取る。

「お疲れ様。どこか座れそうなところに行こうか」
「お願いします…」

君が戦犯だろうと思うも、皮肉も言えないぐらい疲れ切っていたため素直に従う。

…三時間だって、笑っちゃうね。いや本当におかしいでしょ。あの服たち結局全部着たし。何着だろう。
最後のドレスなんて明らかに試着する必要なかったでしょ…。ルイが何やらツッコミを入れていたのが遠くで聞こえた気がするんだ。着るまでもなかった気がするんだ。

運のよいことに近くにベンチを見つけられ、足を休ませることが出来る。
ずっと立っているというのは予想以上に肉体的負担が大きかったらしくて、座ってみるとかなり楽になった。

「疲れた。無理、もう動けない…」
「いやぁ意外に深紅も似合うものだな。今度はそっち系統を探してみるのもいいか」
「勘弁して…」

もう二度とあんなお人形状態にはなりたくない。

ふえぇ…とよくわからないため息が漏れてしまいルイが軽く笑う。
今度はルイの番だよと言おうとすると、

――カツン

「―――――――」
「――」

話し声と靴の音。

…どうやら近くに人がいるらしい。

「…移動する?」
「そうだな。丁度三時だから喫茶に入ってもいいかもしれない」
「じゃあアイスのあるところを――」
「あ、兄上じゃないですか!?」

え?

突然高い声が響いたと思ったら、続いてどたどたと走る音が聞こえ始める。
振り向いてみるとルイにそっくりな白髪と、遠目からでも分かるほど輝く金色の瞳の少年がこちらに突進していくのが見えた。

…待って突進なのですが?ここ、一応だけど貴族の集まりなのですよ!?

もしかしたら平民の子が紛れ込んじゃったのかなーと予想外のスピードに一瞬脳が停止していると、隣で息を飲む音がした。

「なんで…」

乾いた声には動揺と、そして絶望が込められている。
さっきまでの、この世の全てを忘れられるような楽園はなくなり一気に地獄に落とされたような反応は明らかに少年を知っていた。そして、友好的に思っていないということも。

「ルイ、あの子知って――」
「兄上、こんな人気のないところにいたのですね!」

足はっやいな、おい。

情報を得る間もなく白髪金眼の少年は私たちの側にやってきた。
年齢的には私と同じくらいか、一つ二つしたぐらい。癖のない白髪はさらさらと揺れていて、一点の曇りのない表情は、太陽を連想させてくれる。

美少年ってことにはもう驚かない。てか言わなくても分かるでしょ。

それより今ルイのこと『兄上』って呼ばなかった?聞き間違い…な訳ないよね。
ということは…ルイの弟!?

理解した途端、ガシャーンと雷が落ちたような衝撃に包まれた。

いやいや待て、いるなんて聞いてないのですが!?
婚約者の弟という存在を知らなかったなんて言うのも驚きだよ!流石に家族構成は知り合って云々だから~とは言えないよ!?

絶叫が絶えない内心ですが、最も驚いている点はこの二人の温度差だ。
少年…いや十中八九ルイの弟は目を輝かせてせわしなく話しかけているのに対し、ルイはいつもの笑みのはずなのにどこかぎこちない様子で答えている。

何かがおかしいと、見ている誰もが気付ける。
だけど、もう一点不思議な点があって、ルイは弟自体を嫌っているわけではなさそうで、話しかけられても拒否はせず、「楽しい?」とも聞いてたりする。
気まずいという言葉が頭の中に浮かんだとき、ルイの弟が来た道から二つの影が伸びた。

目を向けると、無表情に近づいてくる男女がいた。

リゾークフィル陛下と、その正妻のカトレア王妃。つまり、ルイの両親。
これで会うのは初めてになるけれど…相変わらず覇者のオーラが溢れ出ている。

御二方が足を止め、若干の緊張を押し殺し優雅にカーテシーをする。

「ご機嫌よう、陛下、王妃様。お久しぶりでございます」
「ご機嫌ようマリーベル嬢。前に会った時よりまた一段と美しくなったようだな。ますますイグルイにもったいなく思えるよ」
「いえいえ、そんな」
「ええ本当に。いっそグローリエの――あら、ごめんなさい紹介するわ」

王妃様は口に手を当てて眉じりを下げると、ルイの弟の手を引っ張った。
送られてきた目線から”自己紹介をしろ”と感じたのか姿勢を正し、恭しくそれでいて可愛らしくお辞儀をして見せた。

「初めまして、僕はリゾークフィル王国第二王子のグローリエです。ヒルディア公爵令嬢は兄上のご婚約者様ということで、是非ファーストネームでお呼びください」
「マリーベル・ヒルディアと申します。私の事も、マリーベルとお呼びくださいませ」
「ではお言葉に甘えまして。あといずれ家族となるのですから様ではなく君付けで呼んでほしいです」
「是非」

…なんだこの可愛い生き物は!

表面上ではふんわりとした笑みを浮かべていたが、心の中ではポップコーンが飛んでます。ポンポーン!と弾けてます。

いやだってくりくりとした目で、可愛くお願いされたらお姉さん断れないよ!

天使がいた。この一言に尽きる。
ちょっと隣からの視線が痛いのですが、事実なので訂正しません。
国王夫妻もグローリエ君をいとしい目で見つめ、よくやったねと頭を撫でている。その時のふにゃりとした笑顔も天使です。

その後、二言三言言葉を交わすと天使が他のところを見て回りたいと言った。

「あ、僕この展示見に行きたいです。マリーベル義姉あね上、兄上も一緒に――」
「いいわね、行きましょうか。マリーベル嬢、ではまた。ご機嫌よう」
「あ、はい母上。では失礼します。兄上とマリーベル義姉上も楽しんでください」
「はい。グローリエ君も楽しんでください」
「…」

笑顔で遠ざかっていく背中を見つめ、こちらの声が届かなくなる距離になったところで仮面を外し、

「…ねえルイ。何で、何で王様と王妃様はルイに話しかけないで、無視していたの?」

そう、あの方々はルイの存在がないかのように私と会話していた。
初め来たときに挨拶をしなかったから少し違和感を感じていた。でも、家族だからそういう事もあるかと思った。

だけど、最後まで一度も目もくれず話しかけないとは思ってもいなかった。

一体どういうことなの。
私の問いにルイは表情をなくした顔で近づいてくる。

つかつかと、私よりも身長の高い人が無言&無表情で来るのは正直恐怖でしかない。

「あの、ルイ?なんでこっち来るの?怖いよ?あと、私の質問――」
「なぁマリー。俺は必要な存在なのか?こんな人格で本来持つはずのない紅眼の俺は、世界でイラナイ存在なのか?」

どこからその考えが出てきた?

本気で困惑していると思考で止まった身体を包まれる。
意味不明な行動に更に混乱が深まったのが伝わったのか、少しずつ言葉が降ってきた。

「…マリーの質問に答える前に、一つ尋ねさせてくれ。俺は化け物か?俺はこの世界で不必要な存在なのか?」

尋ねると言っているけれど、その内容は懇願としか言い表せない。
縋るように回した腕を強めた少年の全身からは”否定してほしい”とにじみ出ている。

俺の存在を肯定して。
俺が存在することを許して。

魂からの叫びは、この城に来たとき、馬車内でこの世への絶望を吐露したときのように、ルイはたった数十分もの出来事で心を闇に落とされた。
何でかは大体の予想はついているが、もしかしたら違うかもしれない。
だけどそもそもなぜ無視されていたのか。何故弟は見るからに愛されているのにルイは違うのか。

他にも聞きたいことは沢山ある。が、まずは私の気持ちを伝えるのが先だ。

「そんなわけがない。ルイが不要なわけがない。この世界でルイは必要な存在で、決してイラナイ訳がない。ね、ルイはその逆。宝なんだよ、この世界の」
「宝…?」
「だってそうでしょ?ルイの知識頭脳は大きな財産で神が与えた代物。そしてルイはルイという唯一無二な、何にも変えることのできない宝石で、最大の宝。不必要なんて言葉は真逆の評価だよ」



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