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幼少期編

終わらない戦い

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その小さな姿からは想像もできないような憤怒を溢れさせ、完全に目の前に立つ姿はまるで私を庇うよう。



視界を遮る背中を見て、まず最初に思ったのはなんで彼がここにいるかという事だった。

この廃墟はどれくらいか分からないが、かなりの距離があった。体感的には十キロだが…まぁ、そんな距離を来るわけがないのでもう少し短いだろう。



私の場所が分かったというよりも、偶々来たと考えるのが現実的だ。

…いや、だけど前に追跡魔法とかかけてるとか言っていたし。遠隔視もつけていたし。



これらの魔法できたんだろうなぁぁ!



だけど、冷静にしているつもりでいても混乱しているのは間違いないらしい。



「…え?」



呆然。この一言に尽きる。漫画だったら確実に「ポカーン」と書いてあるだろう。

実際に助けが来るなんて思ってもなかった。そんなものは幻想だと知っていたから。



自分の目を信じてないわけではないのだが…現実とは思えない。もしかして私は死んで、都合のいい夢を見ているんじゃないかとさえ思えてくる。

試しに頬をつねるが、当然痛かった。だが脳が麻痺しているのだろう。未だ夢心地のまま事が進んでいくのを見ている事しか出来ない。



「もう一度尋ねる。私の婚約者に何をしてくれている」



目を細めたルイが、怒気を含んだ声で尋ねる。

しかし、ミライは一切の纏う空気を揺らがせない。



「真理を見出す某は噂の輝き人といったところか。何の真似だ。まさか運命を捻じ曲し者に染まるつもりか」



何を言っているかの理解は出来ないけれど、舐めているのは分かる。



「まさか俺・は至極当然のことをしているだけさ。婚約者が危険にさらされれば、助けるのは当たり前だろう?」

「同意を示そう」



…ふと、引っかかるものがあった。

ミライの言葉の中ではない。ルイの中に、何か違和感があった。



凄く細かいことだが…一人称が“俺”になっている。

大したことではない。だが、仮にだが、なにに対しても涼やかで余裕なルイが感情を乱したとしていたら。皇太子として気を付けなければならなことを忘れるほど、怒りで我を忘れているとしたら。



今、角度が変わり能面のような表情をしているのがその証拠だとしたら



『八つ当たりで国を一つ沈めるってどんな力があるの』

『冒険者のランクでいうと…Sぐらいかな?」



リオンとの会話が蘇る。

それは、丁度僅かに残っていた教会の塔が一つ崩れた時だった。幾人かの悲鳴と呻きが微かに聞こえる。誰かが潰されたのだろう。味方でないことを祈るばかりだ。



「…は?」



見ると、ルイが剣を構えている。そう、まるで何かを斬り終わってゆっくりと体勢を整えるように…



え、嘘だよね?



ミライが視線を向けて、大袈裟に驚いて見せた。



「なるほど、一太刀で建物を切り崩すか。我の敵人には相応しいようだな」



嘘じゃなかった



「しかし、剣で我に勝利を収められるとでも誠に思うのか?」

「当然だ。貴様らの種族はそろそろ表から身を引くべきだと思わないか?」

「笑止。もとより最強な我らが陰にいる理由など欠片も存在せぬ」



もう二人の会話についていけませぬ



「…さて、こちらの姫が混乱しているようなのでそろそろ始めるとしよう」



ミライに引っ張られたのかルイの言動がおかしくなり始めた時、その言葉を火蓋に二度目の戦闘を開始した。



始まった二人の動きは、まさに超人そのもの。はっきり言って化け物。そんな戦いを私が勝敗を見極めることなどできない。



剣と拳が衝突しているはずなのに、何故か音は金属音。全くもって意味不明である。

目で追えるが、私が入れる隙間など微塵もない。手負いで、しかも想像でもついていけない私はきっと入っても足手まといになるだけだ。



「…っ!」



悔しくて歯噛みする。



もっと私が上手く事を回していれば。

いや、そもそもこの世界に関わろうとしなければよかった。何もせず、大人しくしていればよかった。



今更気づくなんて愚かの極みだ。



少し離れたところでは、うさ耳さんが佇んでいる。どう考えても助けを呼びに行くことも出来ない。



私が見ているのに気が付いたのか、視線を合わせ首を傾げてくる。憎々しい。

そんなうさ耳さん、指令がないからかじっと見ているだけ。いや、もしかしたら勝つことを疑っていないから、傍観で決めているのか。



反対にグリムはその隣でそわそわしているように見える。あいつは知らん。勝手に入ってそして巻き添えを食らってしまえ。



「ミライ――様!助太刀を――」

「無用だ」



膝から崩れ落ちた。



ざまぁ



もう一度二人に焦点を変える。



…スピードアップしてた。なんかもう残像しか見えない。



ミライはきっと手加減していたのだろう。私との戦闘時はグリムがいた。流れ弾が当たったら危険だと判断し、じわじわと追いつめてきたのだ。



そんなミライに一歩も引いていないルイは何者かと疑いたくなる。



「…」



息一つ乱さず攻撃を受け流し反撃をしているのに、安心した。

…この様子じゃ、大丈夫かな。



息を吐き、空を見る。心なしか澄んで見えた。



「マリー様…!」



突然、声がかけられた。

警戒などしない。それが誰かなんてすぐに判断が付くから。



「ギィ!…それにギーアも!」

「おまけみたいに言うな」



意識が戻ったのだろう。疲労しきって儚い笑みを浮かべながら、よたよたと歩み寄ってきている。

その肩には、ちょっと不貞腐れた感じのギーアが支えられている。



「声がしなかったから…って」



怪我、してる。



「――!」



明らかに足の向きがおかしい。あり得ない方向に曲がっている。

…あのうさ耳だよね。



いつか絶対に復讐する…



密かに心に誓いつつ、ろくな詠唱もせず回復魔法をかける。まとめてギィにもし、二人は地面に寝転がった。



「…サンキュー」

「ありがとうございます」

「うん…」



痛みが引き、幾分か楽になったんだろう。その表情は先ほどよりも穏やかだ。

ほっとして自然と頬が緩む。



他の人たちも、ルイの介入に驚きつつも素早く帰還する準備を始めている。ええと…赤竜の集いだったかな?その人たちはほとんどが我ら、紫音によってやられている。流石です。



あとはルイが勝利を収めるだけ――



「…は」



いったい何度、私に大切な人が傷つくのを見させれば済むのだろうか。誰が、なんてない。現実が見せてくる。



「…ぃやだ、それは違う!違う違う違う!」



ルイが膝をついていた。



その事実に、一体少し目を離したすきに何があったのか悟る。

ルイでも敵わなかったのだ。S級が敗れたのだ。私たちが敵う相手ではない。



「…ゲームではこんなキャラいなかったのに」



なんでいんのよ。



こぼれた言葉は誰かが拾うことは無かった。誰もが戦場の中心の二人に息を飲み、絶望し、自分に精いっぱいだからだ。



「…やはり、退屈なものだ。所詮は人間ということだな」

「…っ!」



ルイを見下ろし放たれた言葉は決して私にとって無視できるものではなかった。

それは、ルイを侮辱することだったから。



ゆらりと身体が揺れる。

そして、ルイとミライの間に割り込んだ。



「マリー!」

「は!?」

「マリー様!?」



驚愕の声があちらこちらから上がる。

下がれと言う。貴方様が死ぬなという。ここは素直に負けようという。



ルイの命と引き換えに。



…それは違う!



「違うの!」



関係なかった。私たちの問題だった。

だけど駄目だったから伸ばされた手に甘えた。



だけど、それでルイがなくなる理由はない!傷つくこともなく終わるはずだったのに、私が…!



意味不明に叫んだ私に、ミライの笑い声がする。



「そうかそうか。違うのか。何が正しいんだ?何が違うというのか?」



全てが違う



「すべてが違うの。ルイが傷つく必要はないの。ただ助太刀をしただけで、これは私が死ぬことが最も正しかったの」

「…ック……ックハハハハ!…そうか、こやつが死ぬのが違うのか」



…分かってくれているわけではない。その絶対強者の視線にまだ縛られていることが何よりも雄弁にそれを表す。



「…だが、世界などすべてが間違いなようなものだ」



希望を捨てよ



その囁きが最後と言うように、ミライは何も言わなくなった。



…今度こそ最後だと悟った。

庇ってくれる人はいない。例えいたとしても突き飛ばし、関係のない人に戻すだろう。

ギィとギーア、そして紫音の悲鳴がする。



…ごめんね、少ししか面倒見れなかったや

次は転生しないでゆっくり死の世界にいたいなぁ…



せめてルイが生き残れるように、と回復をかけ抱きしめる。



もしも奇跡が起こるのなら、守ってくれるようにと。



「…そういえば、リュウ様に会いたかったな」



未練もそのぐらい。会いたい人に会えたから。



しかし――



ゴオォォォォォォォォォォン



天からやはり何者かが落下してきた。



…どうやら神はまだ私を見放さないらしい
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