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幼少期編
最悪の報告
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感傷に浸っていると、突然人の気配を感じ取った。振り向くと、遠くから走ってくるディルドの姿。
…そういえばすっかり忘れてた。いつの間にかいなくなってたね。
「ここに居たんですか…。」
息を整えているディルドは私を探していたみたいだ。確かに護衛対象がいなくなったから、そりゃあ焦るわ。
私は悪くないよ?魔法を使う為に撒いたのは置いておいて。
「お嬢、あまり好きに行動をしないで下さい。先ほどまではリオン様や殿下がいたから良かったですが、本来なら一人で動いてはいけないんですから」
「ごめんなさい。今後は気をつけるわ」
「そうして下さい。本当、リアナに怒られますから」
私はディルドの言葉に、内心で溜息を吐いた。
リアナ、意外と調査が長引いているのかな。唯見てくるだけなのに。
「…そういえばリアナは何をしにいっているんでしょう?」
「…さあ?取り敢えず私は部屋に戻るから。」
「分かりました…って言ったそばから!何故俺から逃げるんですか!?」
ディルドの叫びを無視して、私は闇に身体を馴染ませて自室へと戻った。
子供がギリギリ通れるぐらいの通路を抜け、行き止まりと見える壁を押す。すると、よく見える景色へと変わった。
これが私が作った秘密の通路。誰にも看破出来ないだろう、いざという時の為のものだ。
ベッドへダイブし、ディルドによって邪魔された思考を再開させる。
「…ルイは政略結婚なんかじゃなくて、本心から“マリーベル”と結ばれるのを望んでたんだ」
だけど、それは私であって私じゃない。今の人格は前世なのだから。それに、私が今やるべきこともわかった。
「ルイは私と一緒に居て良い人じゃない。眩しすぎるぐらいに。」
物理的に光っていたが。
まあそれは置いておいて。今やるべきこと。それは私がルイから離れて、下町へ移る。そうすれば私のことも忘れてくれるし、お互いの為だ。
「あとはヒロインに押し付ければ良い。」
誰でも落とせるヒロインならきっとルイも心を開くはずだ。
ルイの話を聞いて更に決心が固くなった。私は――
「庶民となって普通に生きて、生涯独身で終わろう」
丁度宣言した時、ノックが掛かった。
「入室しても良いでしょうか?」
…ディルドかな?しかし、聞こえてきた声は女性のものだった。だけど私の知り合いにそんな声は…。
「ああ、この声でしたから分かりませんか。リアナです、今は魔法をかけて貰っているので声質が少々変わっております」
「リアナ!?…ええ、入って頂戴。」
「失礼します。」
入ってきたリアナの格好は、少し変わっていた。
まず、髪型がおさげになっており、町娘の服を着ている。公爵家が用意した高級ではないものだ。だけど一番の目を引くのは――
「…え?」
腕に巻かれた包帯だ。
「だ、大丈夫!?」
慌てて駆け寄り、包帯へ手を伸ばす。しかし、リアナは驚くような身のこなしで避けた。
「…リアナ、ちゃんと見せて。怪我をしているなら手当をしないと」
「いえ、ほんのかすり傷です。お嬢様に見せるものではありません」
目を細めた。つまり、“見せられない”程酷いのだろう。私には見せられない傷を負っているのだ。
…仕方ない。
「……!」
【跳躍】でその場を飛び、慣れた動きでリアナの背後に回る。そのまま肩を掴もうとしたが、その手は空を切った。
「…驚いた。独学でも自信はあったのに」
「一つ聞いて良いですか?何でお嬢様がその芸を出来るんですか!?」
腕を押さえているリアナは、少し距離が開いたところに立っている。だが、荒い息をしているところを見るにかなり酷い状態のはずだ。
「…リアナ、傷が悪化する前に見せて。体力だって厳しいでしょう?」
「お嬢様に見せるようなものではないです。それより先に、報告をしてもよろし――あ」
再び近づくが、予想通り動きが鈍っている。ほんの少し身体を捩っただけだった。
私はリアナの包帯を手に取り解く。ハラリと隠しくいた壁が無くなり、傷が露わになる。見た感想は痛々しいというものだった。
「あー…結構深く刺されてるね。【ヒール】」
「え?え?」
混乱しているリアナを放り、私はすぐさま回復をかける。こういう時、本当に光属性で良かったと思う。
【ヒール】を使えるのは、練習したのだ。流石にあの馬鹿みたいな範囲回復しか使えないというのは不味いから。
リアナの傷は、ナイフで抉られたようだった。
元仲間がよくこうなってた。元仲間というのは、私が少しの間…一、二年、だったかな?暗殺者をしていた時代のことだ。一応その時は高校生で、全てを投げ出していた時。やりたい事をひたすらしていた時だ。
懐かしいことを思い出し、頰が綻ぶ。遠慮も何もいらない、良い友人だった。あの後どうなったんだろう?いつも言っていた、『主人のために死にたい』は達成できただろうか。
「よし、これでOK。」
「…あの、お嬢様。なんで回復が?」
「私どうやら光属性みたいだから、回復魔法が使えるの」
「…え?」
リアナさっきから「え?」としかいってない。余程混乱しているのだろう。
「…大丈夫?」
「そうですね、驚きすぎてオーバーヒートしそうです。」
「しっかりして!?」
倒れるのはだめだよ!
わちゃわちゃしていると、またノックがかかる。
「…お嬢、いますか」
この声はディルドだ。
どうしよう。
リアナと顔を見合わせた。うん、もう彼は用済みだよね。
「ディルド、よね?リアナが帰ったから戻って良いわよ」
「……………承知いたしました」
すっごい間があったけど、取り敢えず帰ってもらった。とても申し訳ない気分になる。後で何か差し入れに行こう。
「…で、リアナの報告ね。どうだった?」
改めて尋ねると、ディルドなんて知らないというように話し始めた。少しくらい気にしてあげようと私が思うのは、多分間違ってる。
「はい。まず、私が下町に着いた時、人だかりが出来ていました。何かあったのかと見にいったところ、血まみれの人が倒れていたのです。その後、お嬢様と同じぐらいの子が顔を青ざめさせて保護してました。」
私の脳裏にイベントがよぎる。
血まみれの人?少女が助けた?
「……ふざけんな!」
「お、お嬢様!?」
思わず叫んでしまった。驚いているリアナに謝り、私は何か物を壊したい衝動を堪える。
つまり、ヒロインはギーアルートに入ってしまったのだ。あの、人がバタバタ死んでいくルート。
――思い出した。詳細を。
ギーアルート。通称死人ルート。
この呼び方は、何回もいっているけれど、沢山死人が出るからだ。
殺される一人目はヒロインとの再会。
私たちの国の方の王子に過保護にされているせいで“マリーベル”を筆頭に令嬢たちの反感を買い、殺されそうになる。
しかし、ギーアが助けるのだ。令嬢の血飛沫と共に。
ヒロインは助けられたが、その瞬間にいじめていた令嬢はギーアによって殺される。
ヒロインは助けられたことに感謝も言えず、ただ怯えていた。更にこのことを誰かに言ったら殺すと脅されてしまう。
ヒロインは顔を真っ青にさせて頷くしかなかった。
暗殺者であるギーアが何故ヒロインを助けたのか?それは、初めて会ったときのことを覚えていたからだ。
そして再び会うのは教会。
孤児に毎週会いに行っているヒロインは、通り魔に襲われる。しかし、またギーアに助けられる。再び一つの命と引き換えに。
何も言わず去ろうとするギーアをヒロインは呼び止める。
真っ青な顔をしながらも言うのだ。『お礼をさせて』と。
二人は近くの喫茶に入り、話し込んだ。そして一つの約束をする。またこの事がないように毎週護衛をしてくれと。ギーアは少し悩み、食べ物を何かしら毎回持ってくることを条件に引き受けた。
毎週の会話で好感度を上げていくのがギーアルートだ。これ、ツボが難しいから攻略サイトみてクリアした。
ちなみにヒロインは学園でのイジメが続いているが、ギーアとの触れ合いを心の支えにしているのだ。好意を持っているのに放ったらかしの王子、かわいそう。
その中ギーアは遂に指名手配をされた
。暗殺者である彼は、ヒロインとの関わりを断つべきかと悩むが、何も知らないで笑みを浮かべているヒロインを見て、絶対に守るから少しでも一緒に居たいと思うようになる。
ここでなにかが起こるのが乙女ゲーム。
いつものように二人がいると、暗殺者の一人がやってきて、美少女であるヒロインに手をかけようとする。しかし、ギーアはその手を払いのけ、『俺のもの』と自分の方に引き寄せ言うのだ。
抱き寄せられたヒロインは顔を真っ赤にする。しかし、嫌がっていない様子に、暗殺者は閃いた。
もしかしたら正体を知らないのか。
そして、ギーアを暗殺者であり、死神の二つ名を持っていると暴露する。その瞬間、ギーアの手が暗殺者の首を捉えた。
しかし、ヒロインが間に飛び込むことで止めた。人の目もあるよ、と震えながら言い、その暗殺者は去っていくのだ。
だが二人の間には気まずい空気が流れた。
孤児を訪れた後二人は別れた。重い空気を残して。
しかし、そんな渦の中でも忘れてはいけないのが“マリーベル”だ。殿下に毎日構われるヒロイン。
だが、全く相手にしない。
嫉妬に歪んでいく“マリーベル”は、本気でヒロインを潰しにかかる。
ヒロインの屋敷を燃やしたのだ。
火をつけられ、燃え上がるヒロインの屋敷。逃げ場を失い、死ぬかとか絶望したところへギーアが慌てた様子で駆けつける。
しかし、指名手配をされているギーアは道中に騎士などに追われる。邪魔をするものは全て殺して進み、遂にヒロインの元へ辿り着く。
ギーアはヒロインを助けようと血に濡れた手を伸ばすが、肝心な本人は躊躇する。一刻と迫る時間の中、一陣の風が吹いた。風に靡かされ前髪から覗いたのは、何度も助けられた時に見た明るい緑の目。伸ばされた手に捕まり、ヒロインは助けられた。
この事件により、殺人を筆頭に沢山の罪状が並べられ“マリーベル”は処刑。ちなみに、一定以上の好感度がないと、これは失敗する。バッドエンドとなり火事で焼け死ぬのだ。
その後、ヒロインは死んだこととなって、ギーアと共に暮らしていく。これがハッピーエンド。そして、塔へ閉じ込められる。その時の台詞がこちら。
『お前は俺のものだ。ここから一歩も出させない』
見事なヤンデレですね!ハッピーエンドってなんだよ!
思い出して最大級のツッコミを脳内で叩き込んで、ヒロインのためにもどうするか考える。
「…リアナ、明日から私は下町に通うわ。」
住む当てを探すついでに。そして、ノーマル攻略者の中で最もヤンデレ(ヤンデル)であるギーアの調査ついでに。
…暗殺者ギルドに立ち寄って、ギーアとコンタクトを取るのもアリかな。
しかし、リアナの顔は顰められた。
「…話を最後まで話しますから、絶対にマリーベル様は行かないでください。私が手となり足となり目にもなりますから」
「ごめん、今回は私がいかないとダメなの。あぁ、護衛は大丈夫。私、そこらの相手には絶対に負けないから」
「お嬢様の強さは先ほど私が一本取られたのでわかりました。ですが、万が一があると大変なので、私が行きます」
平行線だ。
「…分かった」
「分かっていただけて何よりで――」
「私を離さなかったら、ね」
「え?」
呆気にとられているリアナに微笑む。どうにかして私は周りを巻き込むルートを防ぎたい。
「私は屋敷を抜け出しでも行く。もしも私を捕まえられたら大人しく“その日は”室内にいるけど、捕まえられなかったら私の勝ち。下町に行くね」
「そっそんなの!」
「って言うわけで。話をどうぞ」
促すと、何かいいかけていたリアナの口が止まる。そして、渋々話し出した。
「………私が危惧しているのは、暗殺者ギルドです」
「…へぇ」
いきなりお目当の話だ。
「私がこの傷を負ったのと遅くなったのは、そのせいです。ちょっと隠させて頂きますが、私は暗殺者と少し前にゴタゴタがありまして。恨みをもっていた数人の暗殺者に襲われました。」
正面から行くのか。暗殺者なんだよね?もっと影からやろうよ。あとリアナ、君本当に何者?
「時間はかかりましたが一応勝ち、少し休もうとしたらいつのまにか寝ていて。貧血と疲労で倒れていたら、少女が助けてくれました。その子は前日に血まみれの人を助けた子と同じでした。この包帯もその子に巻いてもらったんです。」
私は笑顔を保った。表面上は。
…は?ヒロインリアナも助けたの?ヤバイって。もう聖女じゃん。
「…というのがあったので、お嬢様を行かせたくないのです。差し出がましいながら、考え直してくださらないでしょうか?」
確かに、そんな危ないことがあると行かせたくなくなるね。だけど…
「ごめんね、行くよ。」
「今の話を聞いてですか!?」
「うん。戦闘の話なら【身体強化】さえ取得したら良い話だよ。それに私はやることがあるから。絶対に行かないと。」
「…どうしてもですか?」
「どうしても。」
にっこり笑う。内心では大量の冷や汗をかきながら。
私だって多少なりとも恐怖はある。実際にやり合うのなんて久し振りなんだから。
それでも普通に…いや、誰も傷つけないために、前世の罪の分周りとの関わりを絶つために私はやらなきゃならない。
それが転生した私の出来ることだから。
…そういえばすっかり忘れてた。いつの間にかいなくなってたね。
「ここに居たんですか…。」
息を整えているディルドは私を探していたみたいだ。確かに護衛対象がいなくなったから、そりゃあ焦るわ。
私は悪くないよ?魔法を使う為に撒いたのは置いておいて。
「お嬢、あまり好きに行動をしないで下さい。先ほどまではリオン様や殿下がいたから良かったですが、本来なら一人で動いてはいけないんですから」
「ごめんなさい。今後は気をつけるわ」
「そうして下さい。本当、リアナに怒られますから」
私はディルドの言葉に、内心で溜息を吐いた。
リアナ、意外と調査が長引いているのかな。唯見てくるだけなのに。
「…そういえばリアナは何をしにいっているんでしょう?」
「…さあ?取り敢えず私は部屋に戻るから。」
「分かりました…って言ったそばから!何故俺から逃げるんですか!?」
ディルドの叫びを無視して、私は闇に身体を馴染ませて自室へと戻った。
子供がギリギリ通れるぐらいの通路を抜け、行き止まりと見える壁を押す。すると、よく見える景色へと変わった。
これが私が作った秘密の通路。誰にも看破出来ないだろう、いざという時の為のものだ。
ベッドへダイブし、ディルドによって邪魔された思考を再開させる。
「…ルイは政略結婚なんかじゃなくて、本心から“マリーベル”と結ばれるのを望んでたんだ」
だけど、それは私であって私じゃない。今の人格は前世なのだから。それに、私が今やるべきこともわかった。
「ルイは私と一緒に居て良い人じゃない。眩しすぎるぐらいに。」
物理的に光っていたが。
まあそれは置いておいて。今やるべきこと。それは私がルイから離れて、下町へ移る。そうすれば私のことも忘れてくれるし、お互いの為だ。
「あとはヒロインに押し付ければ良い。」
誰でも落とせるヒロインならきっとルイも心を開くはずだ。
ルイの話を聞いて更に決心が固くなった。私は――
「庶民となって普通に生きて、生涯独身で終わろう」
丁度宣言した時、ノックが掛かった。
「入室しても良いでしょうか?」
…ディルドかな?しかし、聞こえてきた声は女性のものだった。だけど私の知り合いにそんな声は…。
「ああ、この声でしたから分かりませんか。リアナです、今は魔法をかけて貰っているので声質が少々変わっております」
「リアナ!?…ええ、入って頂戴。」
「失礼します。」
入ってきたリアナの格好は、少し変わっていた。
まず、髪型がおさげになっており、町娘の服を着ている。公爵家が用意した高級ではないものだ。だけど一番の目を引くのは――
「…え?」
腕に巻かれた包帯だ。
「だ、大丈夫!?」
慌てて駆け寄り、包帯へ手を伸ばす。しかし、リアナは驚くような身のこなしで避けた。
「…リアナ、ちゃんと見せて。怪我をしているなら手当をしないと」
「いえ、ほんのかすり傷です。お嬢様に見せるものではありません」
目を細めた。つまり、“見せられない”程酷いのだろう。私には見せられない傷を負っているのだ。
…仕方ない。
「……!」
【跳躍】でその場を飛び、慣れた動きでリアナの背後に回る。そのまま肩を掴もうとしたが、その手は空を切った。
「…驚いた。独学でも自信はあったのに」
「一つ聞いて良いですか?何でお嬢様がその芸を出来るんですか!?」
腕を押さえているリアナは、少し距離が開いたところに立っている。だが、荒い息をしているところを見るにかなり酷い状態のはずだ。
「…リアナ、傷が悪化する前に見せて。体力だって厳しいでしょう?」
「お嬢様に見せるようなものではないです。それより先に、報告をしてもよろし――あ」
再び近づくが、予想通り動きが鈍っている。ほんの少し身体を捩っただけだった。
私はリアナの包帯を手に取り解く。ハラリと隠しくいた壁が無くなり、傷が露わになる。見た感想は痛々しいというものだった。
「あー…結構深く刺されてるね。【ヒール】」
「え?え?」
混乱しているリアナを放り、私はすぐさま回復をかける。こういう時、本当に光属性で良かったと思う。
【ヒール】を使えるのは、練習したのだ。流石にあの馬鹿みたいな範囲回復しか使えないというのは不味いから。
リアナの傷は、ナイフで抉られたようだった。
元仲間がよくこうなってた。元仲間というのは、私が少しの間…一、二年、だったかな?暗殺者をしていた時代のことだ。一応その時は高校生で、全てを投げ出していた時。やりたい事をひたすらしていた時だ。
懐かしいことを思い出し、頰が綻ぶ。遠慮も何もいらない、良い友人だった。あの後どうなったんだろう?いつも言っていた、『主人のために死にたい』は達成できただろうか。
「よし、これでOK。」
「…あの、お嬢様。なんで回復が?」
「私どうやら光属性みたいだから、回復魔法が使えるの」
「…え?」
リアナさっきから「え?」としかいってない。余程混乱しているのだろう。
「…大丈夫?」
「そうですね、驚きすぎてオーバーヒートしそうです。」
「しっかりして!?」
倒れるのはだめだよ!
わちゃわちゃしていると、またノックがかかる。
「…お嬢、いますか」
この声はディルドだ。
どうしよう。
リアナと顔を見合わせた。うん、もう彼は用済みだよね。
「ディルド、よね?リアナが帰ったから戻って良いわよ」
「……………承知いたしました」
すっごい間があったけど、取り敢えず帰ってもらった。とても申し訳ない気分になる。後で何か差し入れに行こう。
「…で、リアナの報告ね。どうだった?」
改めて尋ねると、ディルドなんて知らないというように話し始めた。少しくらい気にしてあげようと私が思うのは、多分間違ってる。
「はい。まず、私が下町に着いた時、人だかりが出来ていました。何かあったのかと見にいったところ、血まみれの人が倒れていたのです。その後、お嬢様と同じぐらいの子が顔を青ざめさせて保護してました。」
私の脳裏にイベントがよぎる。
血まみれの人?少女が助けた?
「……ふざけんな!」
「お、お嬢様!?」
思わず叫んでしまった。驚いているリアナに謝り、私は何か物を壊したい衝動を堪える。
つまり、ヒロインはギーアルートに入ってしまったのだ。あの、人がバタバタ死んでいくルート。
――思い出した。詳細を。
ギーアルート。通称死人ルート。
この呼び方は、何回もいっているけれど、沢山死人が出るからだ。
殺される一人目はヒロインとの再会。
私たちの国の方の王子に過保護にされているせいで“マリーベル”を筆頭に令嬢たちの反感を買い、殺されそうになる。
しかし、ギーアが助けるのだ。令嬢の血飛沫と共に。
ヒロインは助けられたが、その瞬間にいじめていた令嬢はギーアによって殺される。
ヒロインは助けられたことに感謝も言えず、ただ怯えていた。更にこのことを誰かに言ったら殺すと脅されてしまう。
ヒロインは顔を真っ青にさせて頷くしかなかった。
暗殺者であるギーアが何故ヒロインを助けたのか?それは、初めて会ったときのことを覚えていたからだ。
そして再び会うのは教会。
孤児に毎週会いに行っているヒロインは、通り魔に襲われる。しかし、またギーアに助けられる。再び一つの命と引き換えに。
何も言わず去ろうとするギーアをヒロインは呼び止める。
真っ青な顔をしながらも言うのだ。『お礼をさせて』と。
二人は近くの喫茶に入り、話し込んだ。そして一つの約束をする。またこの事がないように毎週護衛をしてくれと。ギーアは少し悩み、食べ物を何かしら毎回持ってくることを条件に引き受けた。
毎週の会話で好感度を上げていくのがギーアルートだ。これ、ツボが難しいから攻略サイトみてクリアした。
ちなみにヒロインは学園でのイジメが続いているが、ギーアとの触れ合いを心の支えにしているのだ。好意を持っているのに放ったらかしの王子、かわいそう。
その中ギーアは遂に指名手配をされた
。暗殺者である彼は、ヒロインとの関わりを断つべきかと悩むが、何も知らないで笑みを浮かべているヒロインを見て、絶対に守るから少しでも一緒に居たいと思うようになる。
ここでなにかが起こるのが乙女ゲーム。
いつものように二人がいると、暗殺者の一人がやってきて、美少女であるヒロインに手をかけようとする。しかし、ギーアはその手を払いのけ、『俺のもの』と自分の方に引き寄せ言うのだ。
抱き寄せられたヒロインは顔を真っ赤にする。しかし、嫌がっていない様子に、暗殺者は閃いた。
もしかしたら正体を知らないのか。
そして、ギーアを暗殺者であり、死神の二つ名を持っていると暴露する。その瞬間、ギーアの手が暗殺者の首を捉えた。
しかし、ヒロインが間に飛び込むことで止めた。人の目もあるよ、と震えながら言い、その暗殺者は去っていくのだ。
だが二人の間には気まずい空気が流れた。
孤児を訪れた後二人は別れた。重い空気を残して。
しかし、そんな渦の中でも忘れてはいけないのが“マリーベル”だ。殿下に毎日構われるヒロイン。
だが、全く相手にしない。
嫉妬に歪んでいく“マリーベル”は、本気でヒロインを潰しにかかる。
ヒロインの屋敷を燃やしたのだ。
火をつけられ、燃え上がるヒロインの屋敷。逃げ場を失い、死ぬかとか絶望したところへギーアが慌てた様子で駆けつける。
しかし、指名手配をされているギーアは道中に騎士などに追われる。邪魔をするものは全て殺して進み、遂にヒロインの元へ辿り着く。
ギーアはヒロインを助けようと血に濡れた手を伸ばすが、肝心な本人は躊躇する。一刻と迫る時間の中、一陣の風が吹いた。風に靡かされ前髪から覗いたのは、何度も助けられた時に見た明るい緑の目。伸ばされた手に捕まり、ヒロインは助けられた。
この事件により、殺人を筆頭に沢山の罪状が並べられ“マリーベル”は処刑。ちなみに、一定以上の好感度がないと、これは失敗する。バッドエンドとなり火事で焼け死ぬのだ。
その後、ヒロインは死んだこととなって、ギーアと共に暮らしていく。これがハッピーエンド。そして、塔へ閉じ込められる。その時の台詞がこちら。
『お前は俺のものだ。ここから一歩も出させない』
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思い出して最大級のツッコミを脳内で叩き込んで、ヒロインのためにもどうするか考える。
「…リアナ、明日から私は下町に通うわ。」
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…暗殺者ギルドに立ち寄って、ギーアとコンタクトを取るのもアリかな。
しかし、リアナの顔は顰められた。
「…話を最後まで話しますから、絶対にマリーベル様は行かないでください。私が手となり足となり目にもなりますから」
「ごめん、今回は私がいかないとダメなの。あぁ、護衛は大丈夫。私、そこらの相手には絶対に負けないから」
「お嬢様の強さは先ほど私が一本取られたのでわかりました。ですが、万が一があると大変なので、私が行きます」
平行線だ。
「…分かった」
「分かっていただけて何よりで――」
「私を離さなかったら、ね」
「え?」
呆気にとられているリアナに微笑む。どうにかして私は周りを巻き込むルートを防ぎたい。
「私は屋敷を抜け出しでも行く。もしも私を捕まえられたら大人しく“その日は”室内にいるけど、捕まえられなかったら私の勝ち。下町に行くね」
「そっそんなの!」
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促すと、何かいいかけていたリアナの口が止まる。そして、渋々話し出した。
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「…へぇ」
いきなりお目当の話だ。
「私がこの傷を負ったのと遅くなったのは、そのせいです。ちょっと隠させて頂きますが、私は暗殺者と少し前にゴタゴタがありまして。恨みをもっていた数人の暗殺者に襲われました。」
正面から行くのか。暗殺者なんだよね?もっと影からやろうよ。あとリアナ、君本当に何者?
「時間はかかりましたが一応勝ち、少し休もうとしたらいつのまにか寝ていて。貧血と疲労で倒れていたら、少女が助けてくれました。その子は前日に血まみれの人を助けた子と同じでした。この包帯もその子に巻いてもらったんです。」
私は笑顔を保った。表面上は。
…は?ヒロインリアナも助けたの?ヤバイって。もう聖女じゃん。
「…というのがあったので、お嬢様を行かせたくないのです。差し出がましいながら、考え直してくださらないでしょうか?」
確かに、そんな危ないことがあると行かせたくなくなるね。だけど…
「ごめんね、行くよ。」
「今の話を聞いてですか!?」
「うん。戦闘の話なら【身体強化】さえ取得したら良い話だよ。それに私はやることがあるから。絶対に行かないと。」
「…どうしてもですか?」
「どうしても。」
にっこり笑う。内心では大量の冷や汗をかきながら。
私だって多少なりとも恐怖はある。実際にやり合うのなんて久し振りなんだから。
それでも普通に…いや、誰も傷つけないために、前世の罪の分周りとの関わりを絶つために私はやらなきゃならない。
それが転生した私の出来ることだから。
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