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第5話 気持ちは変わってしまうから
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※
竜胆が出て行ってから、五分ほど待って空き教室を出た。
これで俺たちがさっきまで一緒にいたと思う奴はいないだろう。
「凛華ぁ~最近付き合い悪くね?
たまにはうちらとご飯してくれてもいいじゃん」
クラスに戻って直ぐに聞こえてきたのは、竜胆の友人である岬《 みさき》 美愛《 みあ》の拗ねた声だった。
竜胆と同じグループのギャルで、容姿も整っていてスタイルもいい。
二人が並んでいると、ここが教室内であるということを忘れてしまうくらい華やかな空間に見えた。
「ごめん! でも、お昼はどうしても外せなくてさ。
お詫びに、放課後はカラオケでも行かない?
美愛、行きたがってたでしょ?」
「マジ!? 行く行く! 凛華、ちょ~好き! ちゃんと覚えててくれたんだ」
岬のテンションが一気に上がった。
こういうちょっとした気遣いができる辺り、竜胆のコミュ力の高さが伺える。
「カナンも行くっしょ?」
「ん……竜胆と岬が行くなら。
それに、カラオケは好き」
小さく頷く小柄な少女。
名前は小鳥遊《 たかなし》カナン。
竜胆と同じグループの生徒だ。
自己紹介で自らが口にしていたことだが、母親がロシア人らしい。
肌が雪のように白く、地毛が銀髪なのでこれまた目立つ女の子だ。
容姿は整っているというよりも精緻な印象で、作り物のように美しい。
「本当に……三人とも綺麗だよね」
「うん……同性なのに見惚れちゃうくらい」
「竜胆さんと……友達になりたいなぁ……」
女子生徒たちがうっとりとした表情で竜胆たちを見つめている。
中には溜息を漏らす生徒もいた。
それはまるで恋煩い。
もしくは自身に対する落胆か、同性への嫉妬か。
ただそこにいるだけで、何らかの感情を抱かせてしまうほど、竜胆たちの容姿が優れている。
「マジでいいよなぁ……竜胆さん」
「なぁ。あんな子と付き合いてぇ……!」
「バカ! オレらじゃ釣り合わねぇよ」
これは男子生徒たちの会話だった。
青春を謳歌したい男子生徒にとっては、女の子――彼女の存在というのはなくてはならないもので、それが竜胆であったらとは想像する生徒は多そうだ。
「凛華~、男子も誘うっしょ?」
「男子? まぁ、いんじゃん。美愛に任せるよ」
ちらっと視線が向く。
この状況でこっちを見ないでほしい。
だが、竜胆が俺を見ていると思った生徒はどうやらいないようだ。
「ごくっ……」
「い、今、こっちを見なかったか?」
男子生徒たちが固唾を飲んだ。
どうやら皆、竜胆が自分たちを誘ってくれることを期待しているようだ。
「ならいつも通り、翔也たちでいいっしょ? カナンもいいよね?」
「あたしはOKだよ」
「ん……いいよ」
だが夢見る少年たちの希望は儚く砕け散った。
「翔也~、放課後、カラオケ行くんだけど、みんなでどう?」
岬に呼ばれて黒髪の男子が振り返った。
飛世翔也《 とびせしょうや》――男子のクラス内ヒエラルキートップの生徒だ。
当然のようにイケメンなのは説明するまでもないだろう。
「カラオケ? そうだな……部活の後でもいいか?」
飛世は爽やかな笑みを浮かべ返事をする。
イケメンというだけではなく、見るからにいい人オーラが出ているのが飛世の特徴だろう。
一年生にしてバスケ部のレギュラーでエースと、この時点でモテる要素しかない。
「翔也が来てくれるなら何時でもOKだし!
山城と浦賀も来るっしょ?」
「当然。
楽しいことすんならオレらがいないと始まらないべ?」
「僕たちも部活があるから、それが終わった後で合流するよ」
山城と浦賀は同じ野球部で、ポジションはピッチャーとキャッチャー。
中学時代からバッテリーを組んでいて、それなりの成績を残してきた二人らしい。
「ぐふふ……やっぱいいよね、あの二人。
絶対デキてるよねぇ」
「ほんと尊い……」
近くの席の女子二人の会話が聞こえる。
体格が良く大柄な山城と線の細い美少年の浦賀のコンビは、一部の女子からも大人気のようだった。
「んじゃ、決定ね。
うちら、適当に時間潰してるから終わったら連絡してね」
岬がそう告げたところで、昼休み終了のベルが鳴った。
これがうちのクラスのヒエラルキー最上位の六人。
類は友を呼ぶというが、竜胆を始め一軍は目立つ生徒ばかりで、カーストの最上位らしくクラスで圧倒的な発言権を有している。
二軍の生徒は優れた特徴があるわけでもないが可もなく不可もなくな生徒たちで、一軍の取り巻きに近い。
三軍の生徒は、オタクやコミュ力の低い陰キャのグループ。
こういった派閥に属してない生徒もいるにはいるが、学校が集団生活の場である以上、そういった生徒は稀で少し特殊だった。
※
午後の授業が始まった。
が、途端に一つトラブルが起こった。
「あ……せんせー、教科書、家に忘れてきちゃった……」
「仕方ないな。
隣の生徒に見せてもらえ」
「はーい」
竜胆に対して、クラス担任の真間舞香《 まままいか》先生が淡々と答えた。
29歳独身、恋人はなし。
最近ではマンションを買おうか真剣に悩んでいるらしい。
ちなみに担当教科は数学だ。
「てわけだから、皆友くん……よろしくね」
ガタガタと机をくっ付けて、椅子をこちらに寄せてくる。
「近すぎるだろ?」
「そ?」
小声で話し掛けると、竜胆は小悪魔めいた微笑を浮かべた。
明らかにわざとなのが見て取れるが、あまり騒いでは教室に目を付けられる為、俺は教科書を真ん中に置いた。
「ねぇ、皆友くん。
もっとくっ付かないと教科書見づらくない?」
言って竜胆は、さらに俺に身体を寄せてくる
途端に女の子の甘い香りが鼻腔をくすぐった。
「っ……」
「顔、赤くなってる?」
「なってねえよ」
「あたしのこと、女の子として意識してくれてるんだ?」
それは……しないわけがない。
俺も健康な高校生男子だ。
竜胆ほどの美少女にこれほど接近されたら、色々とその……意識してしまうのは間違いない。
というか、胸元が開き過ぎだ。
「今、胸見たっしょ?」
「――っ」
返事を拒んだが内心は心臓が跳ねた。
動揺が顔に出てしまったようで、竜胆は嬉しそうに微笑む。
「皆友くんなら……いいよ?」
何がいいのか?
そんな誘惑を堂々とするなんて、竜胆の貞操観念には問題があるんじゃないか。
「竜胆の為に言っておくが、そういうことを言うのはやめておいたほうがいい。
男はお前が思っている以上に馬鹿な生き物だから、直ぐに勘違いされるぞ?」
「へぇ、そうなんだ。
なら、もっと言っちゃおうかな?」
「あのな……」
俺が流石に呆れかけた時だった。
「言っておくけど、皆友くんにだけだから」
「えっ……」
「こんなこと、他の人には言わない。
だから、勘違いしてくれて、いいよ」
竜胆の小悪魔めいた表情が、途端に真面目なものに変わった。
その瞳はうっすらと潤み、頬は熱を帯びている。
俺はそんな竜胆の顔から目を離せなくなっていた。
同時に胸が熱くなり、鼓動が強くなっていくのを感じる。
心に渦巻くこの感情は果たして何のなのか……いやそれを考える必要はない。
人の気持ちなんて直ぐに虚ろう幻想のようなもので、安易に信じていいわけがないのだから。
「だから冗談は――」
「次の問題を……皆友、できるか?」
「……え?」
突然名指しされて、思わず抜けた声が漏れた。
黒板には問題が刻まれていて、真間先生がチョークで黒板をトンと叩いた。
俺は前に出ると直ぐに解答を記入した。
「ん、正解だ」
真間先生が満足そうに頷く。
いきなり名前を呼ばれたのは驚いたが、正直……俺は安心していた。
俺と竜胆を包んでいた甘ったるい空気がなくなっていたから。
「……冗談じゃないから」
席に戻った俺に竜胆が囁いた。
また鼓動が強く脈打つ。
これ以上、竜胆と話せばペースに飲み込まれてしまう。
それはダメだ。
俺の精神衛生上、問題がある。
何も返事はしない。
竜胆の方を見ない。
ただ授業に集中してこの時間が過ぎていくのを待った。
そして、この時間は竜胆もこれ以上は口を開くことはなかった。
竜胆が出て行ってから、五分ほど待って空き教室を出た。
これで俺たちがさっきまで一緒にいたと思う奴はいないだろう。
「凛華ぁ~最近付き合い悪くね?
たまにはうちらとご飯してくれてもいいじゃん」
クラスに戻って直ぐに聞こえてきたのは、竜胆の友人である岬《 みさき》 美愛《 みあ》の拗ねた声だった。
竜胆と同じグループのギャルで、容姿も整っていてスタイルもいい。
二人が並んでいると、ここが教室内であるということを忘れてしまうくらい華やかな空間に見えた。
「ごめん! でも、お昼はどうしても外せなくてさ。
お詫びに、放課後はカラオケでも行かない?
美愛、行きたがってたでしょ?」
「マジ!? 行く行く! 凛華、ちょ~好き! ちゃんと覚えててくれたんだ」
岬のテンションが一気に上がった。
こういうちょっとした気遣いができる辺り、竜胆のコミュ力の高さが伺える。
「カナンも行くっしょ?」
「ん……竜胆と岬が行くなら。
それに、カラオケは好き」
小さく頷く小柄な少女。
名前は小鳥遊《 たかなし》カナン。
竜胆と同じグループの生徒だ。
自己紹介で自らが口にしていたことだが、母親がロシア人らしい。
肌が雪のように白く、地毛が銀髪なのでこれまた目立つ女の子だ。
容姿は整っているというよりも精緻な印象で、作り物のように美しい。
「本当に……三人とも綺麗だよね」
「うん……同性なのに見惚れちゃうくらい」
「竜胆さんと……友達になりたいなぁ……」
女子生徒たちがうっとりとした表情で竜胆たちを見つめている。
中には溜息を漏らす生徒もいた。
それはまるで恋煩い。
もしくは自身に対する落胆か、同性への嫉妬か。
ただそこにいるだけで、何らかの感情を抱かせてしまうほど、竜胆たちの容姿が優れている。
「マジでいいよなぁ……竜胆さん」
「なぁ。あんな子と付き合いてぇ……!」
「バカ! オレらじゃ釣り合わねぇよ」
これは男子生徒たちの会話だった。
青春を謳歌したい男子生徒にとっては、女の子――彼女の存在というのはなくてはならないもので、それが竜胆であったらとは想像する生徒は多そうだ。
「凛華~、男子も誘うっしょ?」
「男子? まぁ、いんじゃん。美愛に任せるよ」
ちらっと視線が向く。
この状況でこっちを見ないでほしい。
だが、竜胆が俺を見ていると思った生徒はどうやらいないようだ。
「ごくっ……」
「い、今、こっちを見なかったか?」
男子生徒たちが固唾を飲んだ。
どうやら皆、竜胆が自分たちを誘ってくれることを期待しているようだ。
「ならいつも通り、翔也たちでいいっしょ? カナンもいいよね?」
「あたしはOKだよ」
「ん……いいよ」
だが夢見る少年たちの希望は儚く砕け散った。
「翔也~、放課後、カラオケ行くんだけど、みんなでどう?」
岬に呼ばれて黒髪の男子が振り返った。
飛世翔也《 とびせしょうや》――男子のクラス内ヒエラルキートップの生徒だ。
当然のようにイケメンなのは説明するまでもないだろう。
「カラオケ? そうだな……部活の後でもいいか?」
飛世は爽やかな笑みを浮かべ返事をする。
イケメンというだけではなく、見るからにいい人オーラが出ているのが飛世の特徴だろう。
一年生にしてバスケ部のレギュラーでエースと、この時点でモテる要素しかない。
「翔也が来てくれるなら何時でもOKだし!
山城と浦賀も来るっしょ?」
「当然。
楽しいことすんならオレらがいないと始まらないべ?」
「僕たちも部活があるから、それが終わった後で合流するよ」
山城と浦賀は同じ野球部で、ポジションはピッチャーとキャッチャー。
中学時代からバッテリーを組んでいて、それなりの成績を残してきた二人らしい。
「ぐふふ……やっぱいいよね、あの二人。
絶対デキてるよねぇ」
「ほんと尊い……」
近くの席の女子二人の会話が聞こえる。
体格が良く大柄な山城と線の細い美少年の浦賀のコンビは、一部の女子からも大人気のようだった。
「んじゃ、決定ね。
うちら、適当に時間潰してるから終わったら連絡してね」
岬がそう告げたところで、昼休み終了のベルが鳴った。
これがうちのクラスのヒエラルキー最上位の六人。
類は友を呼ぶというが、竜胆を始め一軍は目立つ生徒ばかりで、カーストの最上位らしくクラスで圧倒的な発言権を有している。
二軍の生徒は優れた特徴があるわけでもないが可もなく不可もなくな生徒たちで、一軍の取り巻きに近い。
三軍の生徒は、オタクやコミュ力の低い陰キャのグループ。
こういった派閥に属してない生徒もいるにはいるが、学校が集団生活の場である以上、そういった生徒は稀で少し特殊だった。
※
午後の授業が始まった。
が、途端に一つトラブルが起こった。
「あ……せんせー、教科書、家に忘れてきちゃった……」
「仕方ないな。
隣の生徒に見せてもらえ」
「はーい」
竜胆に対して、クラス担任の真間舞香《 まままいか》先生が淡々と答えた。
29歳独身、恋人はなし。
最近ではマンションを買おうか真剣に悩んでいるらしい。
ちなみに担当教科は数学だ。
「てわけだから、皆友くん……よろしくね」
ガタガタと机をくっ付けて、椅子をこちらに寄せてくる。
「近すぎるだろ?」
「そ?」
小声で話し掛けると、竜胆は小悪魔めいた微笑を浮かべた。
明らかにわざとなのが見て取れるが、あまり騒いでは教室に目を付けられる為、俺は教科書を真ん中に置いた。
「ねぇ、皆友くん。
もっとくっ付かないと教科書見づらくない?」
言って竜胆は、さらに俺に身体を寄せてくる
途端に女の子の甘い香りが鼻腔をくすぐった。
「っ……」
「顔、赤くなってる?」
「なってねえよ」
「あたしのこと、女の子として意識してくれてるんだ?」
それは……しないわけがない。
俺も健康な高校生男子だ。
竜胆ほどの美少女にこれほど接近されたら、色々とその……意識してしまうのは間違いない。
というか、胸元が開き過ぎだ。
「今、胸見たっしょ?」
「――っ」
返事を拒んだが内心は心臓が跳ねた。
動揺が顔に出てしまったようで、竜胆は嬉しそうに微笑む。
「皆友くんなら……いいよ?」
何がいいのか?
そんな誘惑を堂々とするなんて、竜胆の貞操観念には問題があるんじゃないか。
「竜胆の為に言っておくが、そういうことを言うのはやめておいたほうがいい。
男はお前が思っている以上に馬鹿な生き物だから、直ぐに勘違いされるぞ?」
「へぇ、そうなんだ。
なら、もっと言っちゃおうかな?」
「あのな……」
俺が流石に呆れかけた時だった。
「言っておくけど、皆友くんにだけだから」
「えっ……」
「こんなこと、他の人には言わない。
だから、勘違いしてくれて、いいよ」
竜胆の小悪魔めいた表情が、途端に真面目なものに変わった。
その瞳はうっすらと潤み、頬は熱を帯びている。
俺はそんな竜胆の顔から目を離せなくなっていた。
同時に胸が熱くなり、鼓動が強くなっていくのを感じる。
心に渦巻くこの感情は果たして何のなのか……いやそれを考える必要はない。
人の気持ちなんて直ぐに虚ろう幻想のようなもので、安易に信じていいわけがないのだから。
「だから冗談は――」
「次の問題を……皆友、できるか?」
「……え?」
突然名指しされて、思わず抜けた声が漏れた。
黒板には問題が刻まれていて、真間先生がチョークで黒板をトンと叩いた。
俺は前に出ると直ぐに解答を記入した。
「ん、正解だ」
真間先生が満足そうに頷く。
いきなり名前を呼ばれたのは驚いたが、正直……俺は安心していた。
俺と竜胆を包んでいた甘ったるい空気がなくなっていたから。
「……冗談じゃないから」
席に戻った俺に竜胆が囁いた。
また鼓動が強く脈打つ。
これ以上、竜胆と話せばペースに飲み込まれてしまう。
それはダメだ。
俺の精神衛生上、問題がある。
何も返事はしない。
竜胆の方を見ない。
ただ授業に集中してこの時間が過ぎていくのを待った。
そして、この時間は竜胆もこれ以上は口を開くことはなかった。
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