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異世界急行 第一・第二 異世界事故調編

整理番号26:大雨と線路(2)

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「盛土の不備か、なるほど!」

 エドワードは膝を打つ。それと同時に、ある疑問がわいてきた。

「しかし、そんなことがよくわかったな」

 彼はエスの顔をまじまじと見つめてそう言った。エスは少しギクリとしながらも、よどみなく答える。

「ああ。実は、こういうのに詳しい友人がいてね。スケッチを見せたら、一発だったよ」

「さすがブンヤだ。こういう時の分野を横断したフットワークの軽さは、ブンヤに限る」

 彼は手放しでそうほめたたえた。



 さて、エドワード達は事故を起こしたサルジコルジ鉄道の本部にやってきていた。今日は、ここで話を聞くことになっている。

 出迎えてくれたのは、鉄道の幹部の一人だった。彼に事故原因と推察される盛土の不備について話すと、彼は驚いたような、それでいて納得がいったような顔になった。

「ああ、なるほど。だからうちの鉄道は築堤崩壊が多かったんですね」

 その言葉に、エドワードはピクリと反応する。

「以前から、このようなことは多かったと?」

「ええ。うちはなにぶん、雨の多い地方を走りますからね。こういうことは、しょっちゅう」

 エドワードの顔が急に固くなる。そして、次々と質問を飛ばし始めた。

「それで、対策かなにかは?」

「お恥ずかしい話、対策と呼べるものは採っておりませんでした。なぜなら、今こうしてお話を聞くまで、築堤崩壊の解決法が見当たらなかったもので」

「では、以前もこんな事故を?」

「いえ、それはありません」

 幹部はそう言い切る。

「降雨時には、築堤区間が存在するすべての路線の列車を抑止、つまり運転を見合わせるよう通達を出しています。なので、今まではこんな事故ありませんでした」

 その言葉に、エドワードは目を見開いた。

「雨が降ったら、列車はお休みですか」

「ええ、そうです」

「なら、なぜこんな事故が」

 彼がそう尋ねると、幹部は険しい顔になって声を潜める。

「実はですね、それがようわからんのです」

 幹部はそう言って首を横に振った。

「部内で調査を進めていますが、いかんせんはっきりしない。事故の数日前から雨はやむことなく降り続いていましたから、列車は手前の駅で運転を見合わせているはずなんです」

 彼は酷く狼狽した表情でそういう。彼のひたいには汗が噴き出していた。

「もう、こちらでは調査のしようがありません。エドワードさん、申し訳ないのですが……」









「一件落着と思いきや、だね」

 アイリーンの言葉にエドワードはうなづく。ただ、その横でエスは飄々としていた。

「ま、ここからが鉄道屋さんの面目躍如、ではないですかね?」

 彼はわざとらしくそういうと、メモをエドワードに寄越した。

「もし幹部の話が本当なら、どのように列車を止めるシステムになっていたかが気になります。それを追いましょう」

 エドワードはそれを受け取りながら、こう答える。

「じゃあ、まずは機関士に話を聞こう」



 サルジコルジ鉄道の機関士は、当然のことながら機関区にたむろしていた。前回のように殴りかかられる事もなく、彼らはスムーズにこちらの問いに答えてくれる。

「雨が降った時の対処は?」

「築堤区間の直前の駅の駅長が、白旗か黒旗を振ることになってました」

「白旗と黒旗、ですか」

「ええ。昼間は白旗だと見づらいので黒旗を。白旗、もしくは白い灯りは暗くて黒旗が見えない時に使います」

 これはサン・ロードの標準的な停止合図なのだろうとエドワードは思う。思い返せば、シク鉄の停止合図も、白旗若しくは黒旗であった。

 問題は、それがきちんと見えるかどうかであった。

「それは、運転中にはっきりと視認できますか?」

 そう聞かれると、機関士はギクリと身を震わせた。

「あー、いや、見えるはずですよ。ええ、間違いありません」

 彼は明らかに動揺しているようだった。エドワードは畳みかける。

「申し訳ない。列車抑止の基準はご存じですか?」

「もちろん。雨が降ったら、です」

「それはどの程度の雨の場合?」

「えっと、程度にかかわらず、雨が降ったら運転は見合わせ、です」

 彼は目を白黒させながらそう言い切った。そしてしばらくすると、困ったように手を挙げる。

「イヤだなぁ。もしかして俺、なんか疑われてます?」

 そう言って彼は不快感をあらわにする。エドワードは慌てて取り繕った。

「そう捉えられたのなら申し訳ない。これは、ほんの確認です。では……」

 エドワードはそう言ってその場を去った。

「なあ、どう考えても怪しいよ。あれ」

 アイリーンの言葉に、エドワードは同感である。

「しかし、彼が一体なにをしたというんだろう?」

 エスはそう言った。その言葉にミヤも同調する。

「あの、わたし、あの人がわるい人には思えませんでした……」

 エドワードはその言葉を、否定しなかった。

「そうかもしれないね。もしかしたら、何かを隠し、かばっているかもしれない」

「隠しているって、何を……?」

 彼は、歩き出す。

「それを今から、探しに行くんだよ」










 数時間後、彼の姿は駅にあった。その駅はソロガン第三、という駅だった。

「この駅が、当該列車が最後に通過した駅か」

「そう。そして、証言が正しければ、当該列車に対して停止の指示を出さないといけない駅でもある」

 アイリーンはそういいながら、駅事務室の扉を叩いた。

 中から、初老の男が出てきた。その男はアイリーンを一瞥すると、何かを察したのか一行を中に入れた。

「この間の事故の件ですか?」

「ええ。よくわかりましたね」

「こんなところに来る人は、それぐらいしかいないだろうと思いましてね」

 彼はそういうと、暖かい飲み物をエドワードたちに出してくれた。天気は再び、いまにも泣きだしそうになっていた。

 彼は駅長だと名乗った。そんな彼に、エドワードは問いただす。

「それで、伺いたいのは一点。事故当日、当該列車に停止指示は出しましたか?」

 そう聞くと、駅長は鼻をフンと鳴らした。

「出したって、列車は停まりはしませんよ」

 彼はそういうと、飲み物をすすった。

「どういうことですか?」

 エドワードはその言葉を問いただす。すると、駅長はやり切れないような、そんな顔になった。

「雨が降ったら運転見合わせ。我々は列車に旗を振ります。ですが、列車はまだまだ走れるという。確かに、小雨程度なら運転に支障はありません」

「しかし、降雨時の運転抑止は築堤の保護が目的だったはずで……」

「存じてます。だから、我々も必死になって列車を止める。ですが、彼らは聞く耳を持たない。事故の日もそうでした」

 彼は吐き捨てるように言った。

「待ってください。あなたは当該列車に対し、停止の合図をした。だが、列車はそれに対し、無視をして走り続けた。そういうことですか?」

 エドワードの確認に駅長は黙って頷き、ただ一言だけ言葉を発した。

「自業自得ですよ。彼らのね」








 エドワードは機関区に戻り、先ほどの機関士を探した。すると彼はすぐに見つかり、そしてこちらに申し訳なさそうな愛想笑いを見せた。

「こんどは、正直に話していただけますか?」

 エドワードがそうすごむと、彼はぺらぺらと話し出す。

「だいたいさ、雨が降ったらお休みで、なんてちゃんちゃらおかしいと思わないかい?」

 彼はそう言っておどけて見せる。

「しかし、それが規則だった」

「ああ、まあそう言われちゃあおしまいなんだな、これが。だけど、そんなものを守る機関士はほとんどいなかったよ」

「それはなぜ?」

「列車を止めたら、客から文句を言われる。それに、特にあの区間は起伏があることもあって、速度を出してとっとと走り抜けたいところさ」

 彼はひょうひょうとそう言ってのけた。だが、言った後で彼はその表情を変える。

「……本当は、イケナイってわかってた。だけれど、そういう雰囲気じゃなくてさ」

 彼は、空気に流された、と主張する。そして、言い訳のようにこんな言葉を付け加えた。

「ホラ、俺ってダイヒの人間だからさ。ダイヒって、規則に従うのはカッコ悪いっていうか、モテないっていうか……」

 彼はそういいながら、自らの過ちに気が付いた。彼は首を垂れる。

「……いや、そういう問題じゃねえ。どこの人間かなんて関係なく、俺はきちんと規定に従うべきだったんだ」

「自分で気が付けたなら、結構」

 エドワードはそこで調査を終わらせた。真実は、全て判明したからだ。

「最後にこの言葉を送る。『規定の遵守は、安全の要件である』。以上」









 本件事故は、築堤区間における盛土崩壊に起因する、脱線事故である。

 当該列車は事故当日、ソロガン第三駅を通過した。この時、ソロガン第三駅長は沿線の降雨を確認、列車に対し停止を指示する白旗を掲示した。

 だが、列車は通過した。当務機関士はおそらく、普段から降雨による運転取りやめ指示を無視していたものと思われる。事故当日も同様に、この信号を故意に無視したと考えられる。

 列車は冒進し、築堤区間へと進入する。築堤区間では折からの降雨により地盤が緩み、盛土の法面が崩壊を起こしていた。

 列車は崩壊か所に進入、そして脱線。


 直接的な事故原因は、法面の崩壊であると考えられる。盛土は排水機構などが不十分であり、従前から崩壊しやすかったことが指摘されている。

 しかしながら鉄道は、この事実を確かに認識していた。そして事故の防止のため、降雨時は危険カ所において運転を取りやめる、という措置を講じていた。

 問題は鉄道の機関士たちがこの規定を無視したことにある。
 聴取によれば、機関士たちは恒常的にこの規定を無視し、降雨時でも運転を強行していたと思われる。(この際、文書としての記録はない)

 本件事故に際し、盛土の崩壊のしやすさはさしたる問題ではない。
 それは鉄道の技術レベルを考えれば有効な対策を採りうることは不可能に近かったであろうし、さらに言えば、鉄道は満足な安全意識のもと、降雨時のマニュアルまで定めている。

 問題は機関士である。彼らは規定を無視し、自己判断で列車を走らせた。彼らがもし規定に従い列車を停止させていれば、事故は免れたであろう。



 そこまで書いて、エドワードは報告書を書く筆を止めた。

 訝しがるアイリーンに、エドワードは苦い笑みを浮かべる。

「あまり、現場を悪く言うような文言は書きたくなくてね」

 そういうと、アイリーンは少しムキになる。

「幹部の側にも、問題はあったんじゃないか? 少しでも雨が降ったなら運転見合わせ、なんて、現場を無視した一方的な規定だと捉えられても仕方ないだろう」

 その言葉に、エドワードは首を振る。

『規定の遵守は、安全の要件である』

 彼は、ノートにそう書いた。

「これが、鉄道における絶対だ」

「それは、君の世界では正しかったかい?」

 アイリーンはしっかりとその両目を見据える。エドワードは、その目をそらさなかった。

「ああ。それはある意味で正しかったさ」

 その言葉は、硬かった。
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