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異世界急行 第一・第二

整理番号18:スイザラス鉄道ボイラー爆発事故(7・査問)

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 エドワードが王令査問所にたどり着いたのは、今まさに件の裁判が始まろうとしているその時だった。

「アリアル卿、平民の査問に遅刻してくるという事に関して、貴族であるあなたにいうべきは在りません。ですが、あなたがこの査問になんらかの影響を及ぼそうとしているなら話は別です。それも、事前の相談が無い案件とあらば」

 エドワード達は、それはもう冷ややかな目線で査問に迎え入れられた。いや、迎え入れられているかどうかも怪しい状況であった。

「失礼。実は、この件を調査している者どもが居りました。その者が事故の完全な真相を明らかにしたというので、参考人として連れてきた次第であります」

 アリアル卿の言葉に、裁判長らしき男は怪訝な顔になった。

「完全な真相? はて、この事故にそんなものがあったとは。アリアル卿はとても博識であるようだ」

 裁判長の皮肉にも、アリアル卿は動じなかった。アリアル卿はすっかり、元の姿を取り戻したようだった。

「ご無礼を失礼します。だが、このアリアル・エスパノにまさか間違いがありますまい」

 アリアル卿はわざとか無意識か、エスパノの部分をいやに強調したしゃべり方をした。すると、周りの者たちは面白いように口をつぐむ。
 エドワードは思わず、笑いを漏らしてしまった。

 裁判長らしき男が、不愉快そうに咳払いをした。

「よろしい。では、その彼に答弁をさせるがよかろう」

 裁判長から許可が出る。エドワードの心は踊った。

 見ると、どうやらスイザラス鉄道のお偉いサマも同席しているようだった。

 エドワードは思う。

―――気に食わないブルジョア共に一杯食わせるのは、今この時しかない!―――

 貴族嫌いのエドワードの気分は、これ以上ないくらいに高揚している。エドワードは上着を脱ぎ捨てて、用意された答弁台へと向かった。

 エドワードの頭の中では、闘いのゴングが鳴った音がした。









「裁判長! あなたはこの事件をどのようにお考えか?」

 エドワードは開口一番、そんな事を言い出した。エドワードはゆっくりと辺りを見渡してその反応を探る。
 エドワードの左側には、被告であろう乗務員二人が、驚いた表情でエドワードを見つめていた。エドワードはバレないように、その二人に目くばせをした。

「そんなもの、言うまでもあるかね」

 裁判長らしき男は、あざけるように答える。そんな裁判長を、エドワードはまるで睨みつけるように鋭い眼光で突き刺す。

「決まってる。機関助士のミスでボイラーが空焚きになった。機関士には、機関助士の監督責任がある」

 右手側から茶々を入れた奴がいた。見ると、どうやらスイザラス鉄道の幹部であるようだった。

「なるほど。ここにいる全員が、その様なお考えで?」

 エドワードはその鋭い眼光のまま、ぐるりと周囲を見渡した。だれも、首を横に振る者は居なかった。

「よろしい。では、今から真実をお話ししましょう」

 エドワードは淡々と、そして力強く、ただひたすらに語り始める。



「太陽暦447年第62日、スイザラス鉄道マーシー線第327列車はマーシー駅を折り返し、発車した。この時、機関車の向きは逆進、いわゆるバッキ運転の状態であった。
 さて、列車は平常通りダッシー駅に差し掛かる。この時、機関車に装備されている水面計の表示は、目盛り七分目であった」

「ちょっと待て! それは嘘だ!」

 一人がそう叫んだ。エドワードはその男をジロリと睨みつける。その男は一瞬たじろいだが、すぐに勢いを取り戻してエドワードに噛みついた。

「目盛り七分目は十分に適正な範囲内の水量だ。それなら事故は起きない!」

 隣に座っていた良い身なりの女も、それに同調した。エドワードはそれを右手一本で黙らせる。

「続けましょう。機関助士は、機関士から缶水への給水を節制するように指示されていた。だから、機関助士はボイラーへの給水を絞った」

 エドワードがそう言うと女は、それ見たことか、やはり原因は機関助士だと放言した。

 エドワードはそれには反応せず、淡々と説明を続ける。

「証言によれば、助士が水を節制した直後、マーシー駅通過時点での水面計目盛りは、八分目だった」

「あー、参考人。それは確かかね」

 裁判長は疑わし気に目を細める。確かに、ボイラーへの水量を絞ったのに目盛りが増えている、というのはおかしな話だ。

 この問いにも、エドワードは淡々と首肯した。

「水面計の目盛りは、確かに八分目にあったことでしょう。助士は、きちんと逐次確認していたようですから、間違いない」

「責任逃れの為にウソをついているのではないか!」

 男の野次を、エドワードはそのまま無視した。なぜなら、この先がこの話の肝だったからだ。

「さて、列車はダッシー駅構内からコクト駅へ向けて急な下り勾配へと差し掛かった。この時、水面計は正常に機能していた。が、水面計は缶水の量を正確には示していなかった」

「水面計が正確じゃない? どういうことだ?」

「まさかとは思うが、幹部の皆様方におかれては、全ての計器がいつでも正確に物事を指し示す、とでも勘違いしておられるかな?」

 戸惑う幹部達に向かって、エドワードは嘲笑うように鼻を鳴らした。

 ムッとした顔になる幹部に向かって、エドワードは吐き捨てる。

「とんでもない。条件が重なれば、計器は平気でウソを付く。今回の例でいえば、その条件とは勾配のことだ」

「勾配?」

「事故現場付近は連続した勾配で、最大で二度程度の勾配になる。さて、当該列車をけん引していたのは特二型機関車。この機関車は炭水車まで含めて約二十メートル。ボイラー長は十メートルに達する。あー、この国の単位だとどのくらいの長さだったかな?」

 アリアル卿はそれに対し、メートルでも十分だと答えた。

「ならいいんだ。さて、二度の勾配に十メートルのボイラーを持つ機関車が差し掛かった時、ボイラーの前後で約三十五センチ……あー、この国の単位に合わせると、二.三セル程度の差が生まれる」

 裁判官は一様に首を傾げた。エドワードは堪えきれず、一喝する。

「簡単に言えば、水面計が八分目を指していた時、ボイラー前部は八分目よりも低い位置に水面があったということだ!」

 裁判官は一様に目を見張った。それを見てエドワードは、まさかこの世界に三角関数が無いわけではないだろうなとひとりごちた。

「機関助士は適正に缶水を管理していた。しかし、この現象によって缶水の量は正確に示されていなかった。故に、事故が起きた。この事件の一つ目の真相は、局所的な水枯れによるボイラー破損である」

 裁判官も、役員たちも、一斉に息を呑んだ。エドワードはその空気に、だがしかしと楔を打つ。

「これが全てではない。問題は更に根深く存在する」

 ぶっきらぼうにそういい放つと、エドワードは話を続ける。

「局所的な水枯れを起こしたボイラーは、しかし溶け栓が作用し機関助士に危険を知らせるはずである」

 そう言うと、役員が勢い込んで主張を始める。

「そうだ! たとえボイラーに異常が起きても、溶け栓が正常なら……」

「正常なら、事故を防ぐ手立てをいくらでも講じることができる。しかし、もし正常ではなかったら?」

 そこまで言って、エドワードはアイリーンに説明を引き継いだ。

「僕は鍛冶士のアイリーン。溶け栓を作っている人間から言わせてもらえば、現場に残されていた溶け栓は、正常に作動、つまり、ボイラーが危険温度に達した際に、自らが溶けて機関助士に危険を知らせる構造にはなってなかった」

「なんだと!」

「間違いない。これは、機関士・機関助士が所属した第三機関区への聴取によって確認済みである。つまり機関助士は、水面計の特性により缶水の量を知ることができず、更にボイラーが危険温度に達していることさえ知ることが出来なかったことになる」

 エドワードの言葉に、アリアル卿が絶句した。

「じゃ、じゃあ、機関助士は事故の危険を全く察知できなかった……?」

「当然!」

 エドワードは声を大にする。

「このような状況で、機関助士は懸命に事態に当たり、最善を尽くした。もしこの件においてどうしても責任を追及したいというのであれば、機関助士に責任は無いと言える。当然、機関士にもだ!」

「ウソよ! でたらめよぉ!」

 女はとうとう金切り声で叫んだ。くるくるパーマで悪趣味な指輪をした女だった。エドワードはついつい、その女を敵意丸出しの顔で睨みつける。

「こんなの、責任逃れのでっち上げよ!」

「では、その証拠はおありかな? ご婦人」

 エドワードは煮えくり返る腸をなんとか宥めすかして、絞り出すような声で言った。

 小さな声だった人も関わらず、その声は良く響いた。エドワードの声色に女は何も言えず、ただその場で口をパクパクと開閉させることしかできない。

「なるほど。では、参考人はこの事故について、不幸な事故であるとお考えか?」

 役員の一人が、その場をとりなすように、エドワードを言いくるめるようにそんな発言をした。それが、エドワードの逆鱗にとうとう触れた。

「不幸な事故……? ふざけるな!」

 査問所に、エドワードの大きな声が響き渡る。

「なぜ、鍛冶士は溶け栓を動作させないように作り上げたか。あんたらにわかるかい?」

「そ、それは、現場が怠慢で……」

 女の声を、エドワードは怒声でかき消した。

「原因は現場に存在した、あまりにもひどい軋轢だ! 乗務員は溶け栓が作動することをひどく恐れていた。だから、溶け栓が溶けるたびに、乗務員は鍛冶士をひどく虐めていた。鍛冶士は、乗務員らの要求に屈服せざるを得なかった」

「では、原因は不適切な現場の風土ということ……」

 役員はあくまでも、根本に気が付かないフリを続ける。

 この査問が始まってから、ずっとエドワードの心をちくちくと刺していたわだかまりが、いまここになって爆発した。
 エドワードはついに怪気炎をあげる。

「べらぼうめ! まだわからんか!」

 エドワードはその手をわなわなと震わせながら、役員たちを睨みつけた。

「証言によれば、溶け栓は頻繁に作動していたらしい。それはなぜか? 答えは簡単だ。マーシー線の設備や環境が、あまりにも不適切だったからだ」

 役員が何かを言い返そうとする。だが、エドワードはそのいとまを与えない。

「マーシー線終点のマーシー駅には水の補給設備が無い。そして、運航計画によれば、必要な時機に必要なだけ水を機関車に補充するだけの機会も設けられていなかった。であるから、乗務員は恒常的に、水を極端に節制した状態で運転をしていた。だから、溶け栓の作動が頻発したんだ」

「あー、参考人。君はなにか勘違いしておられるかもしれないが、マーシー線は様々な事情がある路線で……」

 役員のそんな言い訳を、エドワードは無視した。

「更に言えば、先述の通り、列車は当時バッキ運転だった。もし仮に機関車が正位であれば、爆発は乗客に対しなんら危害を及ぼさなかっただろう。しかし、実際には、列車はバッキで運転された。故に、爆発は乗客を激しく加害した」

 エドワードはついに証言台から離れ、役員の方へ歩み寄った。そして、役員の中で一番偉そうな服を着ている者に目を合わせる。

「なぜ、マーシー駅に転車設備がなかった? マーシー駅にせめて転車設備があれば、少なくとも犠牲者はでなかった」

 エドワードの言葉に、その男はまともに答えなかった。
 終始、裁きを受けるべきは乗務員のほうだ、とか、なぜ我々が尋問されなくてはならないのか、とかをつぶやいている。

 エドワードの怪気炎はそこで終わった。彼は、とうとう力尽きてしまったのだ。がっくりと肩を落としたエドワードは、静かに証言台へと戻る。

「まとめましょう。この事故が発生した原因は、マーシー線の設備不足と不適切な運行計画である」

 エドワードはさっさと結論を出した。一刻も早く、この不愉快な現場から脱出したかったからだ。

 だが、最後に一つだけ、この言葉を付け加えざるを得なかった。

「私の元居た国の、元居た鉄道でも、同じような事故があった。その事故でも、全ての責任は乗務員二人に押し付けられ、そして裁かれた。押し付けた奴らは、みんなアンタらと同じような顔をしていた。だが、一つだけ違うところがある」

 エドワードは語気を強める。

「彼らは、当局は、事故の責任を押し付けた後、素知らぬ顔をしながら全ての原因を改善させた。今ではバッキ運転は全て解消され、余裕のない運行計画なども見返されるようになった」

 これは事実である。

 昭和八年に発生した大九州線ボイラー爆発事故。この事故も、山岳路線の終点に転車台、つまり機関車の向きを整える設備が無いことが原因で発生した。
 裁判では、鉄道に明るくない検察官が適当に乗務員二人を訴追し、裁判官もそれを認めた。
 その裏で、鉄道省は研究を重ねていた。そしてついには、国内からほとんどバッキ運転を解消することに成功している。

「今のアンタらは、かつての当局よりもひどい。それだけ言っておく」

 その言葉を最後に、エドワードの参考人としての仕事は、終わった。
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