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異世界急行 第一・第二

整理番号17:スイザラス鉄道ボイラー爆発事故(6・現場)

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聞き取り調査と実験で、二つの疑問点が浮かび上がった。

 一つは、なぜ溶け栓が正常に動作しなかったか。

 もう一つは、なぜ乗務員は自らの運転が適正であると感じていたか。



 一つめに関しては、比較的速やかにその真相にたどり着くことができた。それは、スイザラス鉄道第三機関区、つまり、事故を起こした乗務員と機関車が所属していた機関区に抜き打ちで調査に行った時のことである。

 実験の翌日、エドワードたちが機関区に立ち入ると、そこでは大喧嘩が起きていた。エドワードはびっくりして止めにかかる。

「なにごとだ!」

 見ると、機関士と思しき男が、鍛冶士と思しき男を殴りつけていた。

 エドワードは思わず、その江戸っ子の血を沸き立たせてしまう。
 火事と喧嘩は江戸の華。純然たる江戸っ子だったエドワードは、猛然と駆けだすと、アイリーンの制止も振り切って喧嘩の渦中へと入っていった。

「てやんでい! やめないか!」

 エドワードはそう叫ぶと、多数の鉄道員相手に大立ち回りを始めた。

「この機関士が何をしたって言うんだ。無益なことはやめないか」

「なんだと、この外様野郎! すっこんでろ!」

「べらぼうめ! 外様もへちまもあるか!」

 そういいながら、エドワードは機関士を殴りつけた。エドワードの拳が血で染まる。

 その瞬間、他の機関士たちがいきり立った。とんでもないことになる、とミヤが確信した瞬間、一人の男が機関士を一喝した。

「聞け、聞かんか! 男一匹が今まさに話そうとしているのだから、きちんと話を聞かんか!」

 彼の言葉で場は何とか収まった。が、依然として機関士たちは怒り狂っている。そんな機関士たちを鎮めながら、男はエドワードににじりよった。

「すまないね。ところで、君は何者だい?」

 そう聞かれて、エドワードは素直に「アリアル卿の命でやってきた事故調査官だ」と告げた。すると、機関士たちはいっせいにバツの悪い顔をした。

「ああ、あの事故の。そろそろ来る頃合いだとは思ってたよ」

「と言うと、なにか引っかかっていることでも?」

「それは、この鍛冶士に聞けばいいんじゃないかな」

 その男がそう告げた瞬間、周りの機関士たちが一斉にその場を去った。

 これ幸いと、エドワードは聞き込みを始める。

「申し訳ない。少し話をいいかな」

 エドワードの言葉に、鍛冶士は黙って肩を震わせていた。だが、しばらくしてとつとつと語り始めた。

「私は、機関士たちに要望されて、溶け栓を通常より溶けにくく作っていました」

 その言葉に、アイリーンは大きく目を見開いて口をあんぐりと開けた。まるで、そんなこと有り得ない! とでも言いたげだった。
 だが反対に、エドワードの顔は冷静だった。

「それは、なぜ?」

 エドワードはきわめて穏当に先を促した。すると、鍛冶士は少しだけ顔を上げた。

「マーシー線は最近できた路線で、設備が十分ではありません。そして運行計画も厳しいので、特に水の補給に難渋します。それにマーシー周辺はかなりの高山地帯ですから、気圧の関係で缶水が拭きあがったりします。それを避けるためにみな、通常より缶水の量を減らして運転するのですが……」

 そこまで言って、少しだけ言い淀んだのちに、鍛冶士は再び語り始める。

「すると、良く溶け栓が溶けるのです。なので、いけないこととはわかっていながら、溶け栓に使う金属の配合を変えて、少しだけ溶けにくく作っていました」

「それは、事故のあった汽車も同様に?」

「ええ、もちろんです」

 その言葉に、アイリーンが激昂した。

「君に鍛冶士のプライドは無いか! 鍛冶士は、その安全を一手に握っているんだぞ!」

 そういきり立つアイリーンの肩をきつく抱き留めて、エドワードは彼女を止めた。

「要求を呑まなければ、彼らに乱暴された。それこそ、先ほどの様に。ちがうか?」

 エドワードの言葉に、アイリーンはハッとした。鍛冶士を見ると、彼は力なくうなづいていた。

「すまない……」

「いえ、あなたが正しい。私は、暴力に屈した情けない男だ」

 彼は背中を丸めて、それだけ呟いた。



 エドワードにとっては、これだけ聞くことができれば十分だった。彼らはその場を後にしようとする。

 だがその前に、エドワードは一言だけ機関士たちに告げた。

「闘う相手を、間違えるなよ!」









 現場百遍とは、よく言ったものである。全ての捜査・調査の基本は、現場である。と、先人たちはこの言葉にこの真実を託したのである。
 エドワードはその言葉を先人から受け取り、そして自身もそれを体現する一人だった。だから、最後の謎を解き明かそうとするエドワードの姿は、当然だが事故現場にあった。

「さて、最後の疑問点だ」

「なぜ、缶水が適正値に収まっていたのにも関わらず、事故が起きてしまったか。だね」

「ああそうだ。が、まずは最初の疑問点のおさらいと行こう」

 エドワードはそういって、機関車の残骸に取り付いた。

「まず最初の疑問。なぜ、溶け栓の作動と爆発がほぼ同時だったか、だが……」

 エドワードはアイリーンを手招きすると、機関車の残骸を見せた。すると、アイリーンは顔をしかめる。

「これは、溶け栓の残骸かな? この辺りは原型が残っているから、たぶんそうであると推測して差支えないだろうね」

「じゃあ、この溶け栓の成分はわかるか?」

「流石に詳しいことはわからないけれど、鍛冶士のカンで言わせてもらえば、これは正しい手順、材料、想定で作られた溶け栓じゃあない。明らかに溶けにくいように細工されている」

 アイリーンは力強く答えた。

「ええっと、つまりどういうことでしょう?」

 ミヤの声に、エドワードが答えた。

「すなわち、ボイラー内が危険温度にまで達したのにも関わらず、溶け栓が溶けないように細工されていた。そのせいで、爆発と溶け栓の作動がほぼ同時だったわけだ」

「通常、溶け栓はボイラーを構成する金属よりもっともっと低い温度で融解するように設計されているからね。ボイラーの金属とほぼ同時に溶けたんじゃぁ、溶け栓の意味がない」

「然り。機関助士が、それが危険温度である、空焚きであると認識してから、何らかの措置を講じるまでの十分な時間が必要だからな」

 人間の反応速度は約0.2秒。そしてそこから、実際に行動を起こすまでの時間を併せると、実際には数秒以上の時間が必要である。

 もし、その時間が得られなかったとしたら。溶け栓は何の役にもたたなかったということである。

「しかし、これではなぜ事故が起きたかの説明にはならない。なぜならば、機関助士がきちんと水面計を確認して水量を調整していれば防げた事態だからだ」

「それが最後の謎に繋がるんだね?」

 エドワードは首肯した。

「証言によればこうです。爆発直前、つまりダッシー駅通過直後には缶水の量は八分目だったと。これが最後の謎ですね?」

「ありがとうミヤ。まさにその通りだ」

 エドワードは事故発生地点まで歩く。そして、そこからダッシー駅の方を睨んだ。両地点の間は、そこまで離れているようには見えなかった。

「汽車に乗った体感では、ダッシー駅から事故発生地点まで、おおよそ一分もかからなかった。つまり、事故発生前の一分前には少なくとも水面計は八分目を示していたことになる」

 そして、それは決して危険水域ではない、とエドワードは加えた。

「さすがに、その証言はウソなんじゃないかな」

 それに対し、アイリーンは露骨に証言を疑う姿勢を見せた。それは証言を記憶しているミヤも同じで、コロコロと変わる証言の内容に不信感を抱いているようだった。

「私も、そう思います。なんだかあの人たち、変でした」

「ハハッ。ミヤにもそう言わせるとは、彼らもなかなかだな」

 思わず、エドワードは笑ってしまった。まさか、人を疑うということを知らなさそうなミヤからそんな言葉が出るとは思わなかったからだ。

「だが、彼らの言葉を信じてみるとすると、どうだろう?」

「それはつまり、水面計がウソをついていたということになるね」

 アイリーンはそういいながら不満げだった。鍛冶士であり、すなわち機関車を整備する女工である彼女からしてみれば、計器や機関車そのものへの疑義は耐えがたいものがあるだろう。と、エドワードは考えた。

「そうだね。では、水面計がウソをつくとは、どういう状況だろう?」

 だが、エドワードはそこで引かなかった。アイリーンに、一つの疑問を問いかける。

「それは……、水面計が故障していたということかい?」

 その答えに、エドワードは少しだけ微妙な顔をした。その顔は、遠からずとも近かからず、といった顔だった。

「なんだい、その顔は。勿体ぶらずに教えてくれよ」

 アイリーンは抗議の声を上げる。エドワードは、わかったわかったと手を広げた。

「水面計が示しているとは、どの水面だろう?」

「それは……。ボイラーのうち、一番運転台に近いところの……」

「そう。運転士から見て一番手前にあるところの水面だ。これは、水面計が水圧と蒸気圧のつり合いで水面を表示していることからも明らかだ」

 アイリーンは先を促すようにエドワードの眼をまっすぐ見据えた。そんな彼女に、エドワードは新たな問いを投げる。

「では、水面はボイラー内において、常に一定だろうか?」

「……どういうことだい?」

 わからない、という表情の彼女に、エドワードはにやりと笑った。そして人差し指を立てて、ここが今日の最大の問題だ、と言い放った。

「例えば、水面計=ボイラー手前の水面が仮に九分目のところにあったとしよう。では、この時、ボイラー内の水面高さは必ず均一に九分目であろうか?」

「……あれ? どうなんだろう」

 アイリーンはしばし考えた末に、眼を大きく見開いた。

「いや、そうはならない。まさか……!」

 ぽかんとしているミヤに、エドワードは易しく言い換えてあげた。

「水の入ったコップを想像してごらん」

 ミヤは、手の中に架空のコップを作り出し、頭の中でそれに水を入れる。

「それを傾けてみたら?」

 ミヤは言われた通りにコップを傾ける。すると、コップのフチと水面は、必ずしも並行では無くなってしまった。

「これと同じことが、ボイラーの中で起きたんだ。見てみろ」

 エドワードが指をさしたのは、ダッシー駅から事故現場に至るまでの線路だった。

「この場所の勾配はかなり急だ。このような勾配を機関車が通過するとき、ボイラー内の水は前後どちらかに偏ることになる」

 つまり、コップが傾いた時と同じ状況が発生しているというわけだよ。と、アイリーンが付け加えた。

「すると、ボイラーの中で、水の量が多いところと少ないところが生まれてしまう。そして今回の事故では、水が多い方が運転台側で、水が少ない方が客車側だった」

 そこまで言って、ミヤは合点が行ったとばかりに膝を打った。

「わかりました! 運転台側の水面高さを示す水面計では、奥の方の水面高さがわからない。水面計ではきちんと水量があるように見えて、実は奥の方の水面はずっと低かったんですね」

 エドワードは、満点! とばかりに大きく両手で丸を作った。

「この勾配で七分目だと、完全に露出していた可能性すらある。それに、ダッシー駅を含め、マーシー駅からこの先コクト駅までは、長い長い下り勾配だ。缶水と水面計の異変に気が付かなかったとしてもおかしくはない」

「じゃあ、この事故は……」

 そう聞かれて、エドワードは目を瞑った。

「不幸が重なった偶然。そう思うかい?」

 アイリーンは、そう言いかけた口をつぐんだ。先にその言葉を言ったエドワードの眼が、今まで見たことが無いほどに険しく、そして哀しそうだったからだ。

「事故は偶然の産物ではない。怠慢、見落とし、認識不足。なんらかの連鎖的な出来事の結果でしかない。そこには、不幸も偶然もないんだ」

 エドワードの言葉は、重かった。それは事故を追い続けた人間として、そして事故を起こしてしまった人間としての、言葉だった。

「この事故を防ぐ方法はたくさんあった。だが、その全ては見過ごされた。その結果がこれだ。これは、防げなかった事故じゃない。防がなかった事故だ」

「だけれど、乗務員には防ぎようが……!」

 アイリーンは抗議する。機関士でもある彼女にとって、こんな状況下で乗務員が責め立てられていることに、納得がいかなかった。
 エドワードはその言葉を途中で遮った。

「それもまた真実だ、アイリーン。この事故は、機関助士の責任じゃない。そして当然、機関士の責任でもない。彼らは、防ぐ手立てを持っていなかった」

 彼らが最後にマーシー駅を出発したその瞬間、列車は事故を運命づけられていた。エドワードはそう結論付ける。
 ミヤはその言葉を、ノートに記した。

「しかし……」

 アイリーンはエドワードの顔を見てため息をつく。

「君には、なんでもお見通しのようだね」

 ちょっとの羨望と、そしてある種の諦観をないまぜにしたような彼女の嘆息に、エドワードは涼しい顔で何のことは無いと答えた。

「俺の国の先人たちが以前に全て研究しつくした事を、俺はただ偉そうに垂れているだけにすぎん。俺の国は偉大ではなかったが、俺の先輩たちは、とんでもなく偉大だった。それだけさ」

 エドワードは少しだけ寂しそうに、そう言った。

「東の国から来たんだっけ?」

 アイリーンの問いに、少しだけどぎまぎしながらエドワードは首肯する。

「ああ、そうだ。ずっと、ずっと東にある国だ」

「ふーん。そういえば、最初石炭が何だと言っていたけれど、君の国では石炭で機関車を動かすのかい?」

「ああ。機関車はとりあえず燃やすものがあれば動くだろう?」

「そうだね。でも、石炭で動く機関車ははじめて聞いたな」

 アイリーンはそういいながら目を輝かせた。

―――知識欲の凄まじい女だ―――

 エドワードは、そんなアイリーンの姿勢に、ただただ舌を巻いた。



 ところで、事故の全ての原因は解き明かされた。

「じゃあ、最初から順を追ってみよう」

 アイリーンがそういいだした時、エドワードは駅の方から人影が走ってくるのを見た。

 その人影は慌てた様子のアリアル卿だった。エドワードは意外な人物の登場に驚く。

「やあ君たち! 進捗はどうだい?」

 アリアル卿は余裕の無い表情でそう問うてきた。エドワードは面食らいながらも答える。

「事故の全容は、無事解明された」

 すると、アリアル卿はエドワードの手をはっしと掴んだ。そしてその手を引き寄せると、いつもの涼しい顔はどこへやら、差し迫った顔でひとつのお願いをしてきた。

「今から、査問会へ出てもらう……!」









「機関区の人間に聞いたら、ここにいると聞いたものでね」

 アリアル卿は少しだけ元の気障な表情を取り戻しながらそう言った。しかし、その手は細かく震えている。
 一行はダッシー駅から列車に乗り、帝都へと急いでいた。

「それで、何用で?」

 エドワードの言葉にも、いつもなら余裕しゃくしゃくの笑顔で答えるのに、今はなんだかよそよそしかった。しかし、その口ぶりは確かなものだ。

「君には、今から査問会に出てもらおうと思う」

「査問会?」

 エドワードが頭にハテナを掲げていると、はす向かいのアイリーンが裁判所のようなものだと教えてくれた。

「この国では、貴族を裁く弾劾査問会と、平民を裁く王令査問会がある。聞き取り調査の時に身分を答えさせるのは、実はここに理由がある」

「なるほど。それで、なぜ我々がその査問会とやらに?」

 エドワードはアリアル卿の言葉を半ば聞き流しながら、わかりきったことを問い質した。

「件の機関士と機関助士の査問会がこれから開かれることが決まった。彼らは、今から事故を起こした責任を問われる」

 スイザラス鉄道や当局は、この事故を二人の乗務員の責任問題だと考えている。エドワードは、当局がこの裁判でそれを確定的かつ名分のものにするだろうと考えた。

「それで? 私に何をしてほしい」

「査問会で証言してほしい」

 アリアル卿はなんの駆け引きも無く、そう答えた。エドワードは訝しがる。

「それは、私に、この事故は乗務員二人の責任だ、と答えろと言っているのか?」

 エドワードは少しだけ語気を荒らげた。アリアル卿は何も答えず、ただ黙ってエドワードを見据えた。それが、エドワードの癪に障る。

「申し訳ねえが、俺は元居た国で機関士の長をやっていたんだ。そこでいろんな事故をみて、いろんな調査や研究をした。そして……」

 エドワードはアリアル卿を睨み返す。そしてまるで仇敵に戦線を布告するかの如く、最後通牒を突き付けた。

「俺はいついかなる審判でも、真実しか吐いたことがない」

 それが、エドワードをエドワードたらしめる生真面目さであり、国鉄員としての自分だけの誇りだったから。

 アリアル卿はそれを聞いて、元の気障な雰囲気を完全に取り戻した。そして、憎らしい笑顔で言葉を返した。



「私は真実を求めている」
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