91 / 108
A09運行:国鉄ミステリー②蒲須坂事件
0091A:列車は東京へ向かって走った。走ってしまったのである
しおりを挟む
「ええ、ええ。そうです。確かに事故は解決いたしました。では、今から特急で東京へ戻ります」
すべてが終わり、本庁に電話を入れる。電話口に出たのは嶋技師で、彼は「よくやりました。東京へ戻っていらっしゃい」と言った。
井関はすべての肩の荷が降りた気がした。
列車は東北本線を南へ南へと走る。仙台から白石、福島、郡山と過ぎていく。
「福島を越えると、なんだか関東に戻ってきたような気がしてしまうね」
郡山駅を発車すると、井関がそんな感想を漏らす。
「そろそろ白河、それを過ぎると御用邸がある那須野で、そこまでくるともう宇都宮ですね」
「なんだ、まだまだ東京は遠いじゃないか」
「ボクたちは今までどこに居たと思う?」
「俺は思うに、仙台と樺太を比べちゃいけないねえ……」
二等車のゆったりとした座椅子に腰かけながら、そんな他所事を語り合う。仙台発車がだいぶ夜遅く、既に時刻は午前になっている。運転士は途中で降りてしまい、二等車内は自分たち以外に人気がない。
こうなってしまっては、おしゃべりに興じるほかない。どうせガタガタと煩く眠れない時間。そんな時でも、四人の間に会話があれば、それほど苦でもない……。
夜を徹して無駄話をする光景に、井関はまるで学生時代の頃の様だと笑った。
「変わらんな、我々は」
「そう言うもんじゃないかな。変わるのはいつだって時代で、我々じゃない」
「それでいい、それでいいよ」
列車は白河駅を過ぎ、黒磯へ。ふと車窓に目を凝らすと、駅で寝ている普通列車の看板に”東京行”と書いてある。東京が、実感として足音を立てて近づいてくる。
「宇都宮まで行くと、もう国電が見えるのかな?」
「そうだね。そうすると本当にもう、”首都圏”だ」
「長かったねえ、東京まで」
「日本は広いということですね」
黒磯駅発車。東那須野駅を通過して、西那須野駅へと至る。停車時間は一分。すぐに発車する……はずだった。
だが、発車時刻になっても列車は発車しない。
おかしいな、と訝しんでいると、駅員が車内に飛び込んできた。
……どうにも、嫌な予感がする。
「なあ、まさか……」
それを言う前に、駅員は井関に頭を下げた。
「失礼します。”臨時”特殊事故調査掛の方とお見受けいたします」
やはり、我々を探していたようだ。井関は苦い表情を噛み殺しながら敬礼する。
「はい……。井関ですが……」
「本庁から緊急の命令です。”臨時”特殊事故調査掛は急行を西那須野駅で下車し、至急事故調査へ向かえ、と」
「なんだって、聞いていないぞ!」
やっと帰れると思っていた小林は喚く。だが、命令は変えられない。慌てて荷物をまとめて列車を降りると、駅員が車掌に合図を出した。
車掌は合図と、そして四人が確実に列車を降りたことを確認してからゆっくりと出発の合図を出す。
「東北下り134レ、西那須野発車ー」
「134レ、発車!」
汽笛が鳴る。機関車が先へ一歩踏み出す。飛び移れば乗れそうなほどにゆっくりとした速度で、列車は東京へと過ぎ去る。
「ああ、ああ……」
東京への望郷の念を捨てきれない小林は、一人崩れ落ちた。
「まあ、なんだ。そう気を落とすなよ」
「久しぶりに母ちゃんに会えると思ったのに……」
小林の実家の近くでは、そろそろ東京タワーという名前の電波塔が建つらしい。東京を離れて早二年。小林の忍耐はそろそろ限界を向かえていた。
「あのタフネス小林がこうも崩れるとは。東京人は東京に弱いのかね」
「まあボクみたいな東北人は、家を出たら二度と親の顔を見ることはできない覚悟だけど、関東人はそうじゃないんだろう」
「……私にもちょっとわからないですね、それは」
うなだれる小林をどうにかこうにか宥めすかして、四人は駅長室へと向かった。
すべてが終わり、本庁に電話を入れる。電話口に出たのは嶋技師で、彼は「よくやりました。東京へ戻っていらっしゃい」と言った。
井関はすべての肩の荷が降りた気がした。
列車は東北本線を南へ南へと走る。仙台から白石、福島、郡山と過ぎていく。
「福島を越えると、なんだか関東に戻ってきたような気がしてしまうね」
郡山駅を発車すると、井関がそんな感想を漏らす。
「そろそろ白河、それを過ぎると御用邸がある那須野で、そこまでくるともう宇都宮ですね」
「なんだ、まだまだ東京は遠いじゃないか」
「ボクたちは今までどこに居たと思う?」
「俺は思うに、仙台と樺太を比べちゃいけないねえ……」
二等車のゆったりとした座椅子に腰かけながら、そんな他所事を語り合う。仙台発車がだいぶ夜遅く、既に時刻は午前になっている。運転士は途中で降りてしまい、二等車内は自分たち以外に人気がない。
こうなってしまっては、おしゃべりに興じるほかない。どうせガタガタと煩く眠れない時間。そんな時でも、四人の間に会話があれば、それほど苦でもない……。
夜を徹して無駄話をする光景に、井関はまるで学生時代の頃の様だと笑った。
「変わらんな、我々は」
「そう言うもんじゃないかな。変わるのはいつだって時代で、我々じゃない」
「それでいい、それでいいよ」
列車は白河駅を過ぎ、黒磯へ。ふと車窓に目を凝らすと、駅で寝ている普通列車の看板に”東京行”と書いてある。東京が、実感として足音を立てて近づいてくる。
「宇都宮まで行くと、もう国電が見えるのかな?」
「そうだね。そうすると本当にもう、”首都圏”だ」
「長かったねえ、東京まで」
「日本は広いということですね」
黒磯駅発車。東那須野駅を通過して、西那須野駅へと至る。停車時間は一分。すぐに発車する……はずだった。
だが、発車時刻になっても列車は発車しない。
おかしいな、と訝しんでいると、駅員が車内に飛び込んできた。
……どうにも、嫌な予感がする。
「なあ、まさか……」
それを言う前に、駅員は井関に頭を下げた。
「失礼します。”臨時”特殊事故調査掛の方とお見受けいたします」
やはり、我々を探していたようだ。井関は苦い表情を噛み殺しながら敬礼する。
「はい……。井関ですが……」
「本庁から緊急の命令です。”臨時”特殊事故調査掛は急行を西那須野駅で下車し、至急事故調査へ向かえ、と」
「なんだって、聞いていないぞ!」
やっと帰れると思っていた小林は喚く。だが、命令は変えられない。慌てて荷物をまとめて列車を降りると、駅員が車掌に合図を出した。
車掌は合図と、そして四人が確実に列車を降りたことを確認してからゆっくりと出発の合図を出す。
「東北下り134レ、西那須野発車ー」
「134レ、発車!」
汽笛が鳴る。機関車が先へ一歩踏み出す。飛び移れば乗れそうなほどにゆっくりとした速度で、列車は東京へと過ぎ去る。
「ああ、ああ……」
東京への望郷の念を捨てきれない小林は、一人崩れ落ちた。
「まあ、なんだ。そう気を落とすなよ」
「久しぶりに母ちゃんに会えると思ったのに……」
小林の実家の近くでは、そろそろ東京タワーという名前の電波塔が建つらしい。東京を離れて早二年。小林の忍耐はそろそろ限界を向かえていた。
「あのタフネス小林がこうも崩れるとは。東京人は東京に弱いのかね」
「まあボクみたいな東北人は、家を出たら二度と親の顔を見ることはできない覚悟だけど、関東人はそうじゃないんだろう」
「……私にもちょっとわからないですね、それは」
うなだれる小林をどうにかこうにか宥めすかして、四人は駅長室へと向かった。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
アイリーンはホームズの夢を見たのか?
山田湖
ミステリー
一人の猟師が雪山にて死体で発見された。
熊に襲われたと思われるその死体は顔に引っ搔き傷のようなものができていた。
果たして事故かどうか確かめるために現場に向かったのは若手最強と言われ「ホームズ」の異名で呼ばれる刑事、神之目 透。
そこで彼が目にしたのは「アイリーン」と呼ばれる警察が威信をかけて開発を進める事件解決補助AIだった。
刑事 VS AIの推理対決が今幕を開ける。
このお話は、現在執筆させてもらっております、長編「半月の探偵」の時系列の少し先のお話です。とはいっても半月の探偵とは内容的な関連はほぼありません。
カクヨムweb小説短編賞 中間選考突破。読んでいただいた方、ありがとうございます。
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
王が気づいたのはあれから十年後
基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。
妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。
仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。
側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。
王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。
王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。
新たな国王の誕生だった。
学園ミステリ~桐木純架
よなぷー
ミステリー
・絶世の美貌で探偵を自称する高校生、桐木純架。しかし彼は重度の奇行癖の持ち主だった! 相棒・朱雀楼路は彼に振り回されつつ毎日を過ごす。
そんな二人の前に立ち塞がる数々の謎。
血の涙を流す肖像画、何者かに折られるチョーク、喫茶店で奇怪な行動を示す老人……。
新感覚学園ミステリ風コメディ、ここに開幕。
『小説家になろう』でも公開されています――が、検索除外設定です。
ARIA(アリア)
残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる