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A08運行:はつかり、がっかり、じこばっかり

0087A:手は尽くした。それでもわからなければ、本人を問い詰めるまでだ

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 近衛が松島を満喫し終わると、時刻はとうに夕刻になっていた。

「しまった、今から東京に帰るのは具合が悪いから、今日はこっちに泊まりこもうかな」

 そういうと、近衛はとっとと五人分の部屋を抑えてしまった。井関は苦笑いしながらついて行くが、内心”これは都合がいいぞ”とほくそ笑んだ。

 目線だけで合図して、四人は近衛が寝静まった深夜にロビーへ集合した。

「やあ、遅かったじゃないか」

「君は目くばせを二回しただろう。だから集合は午前二時のはずだろう」

「ばかいえ。左目くばせ一回、右目くばせ一回で午後十一時だ」

「鉄道マンとも有ろう人間が、十二時間表記なんて使うんじゃないよ!」

「二十年前ぐらいまでは十二時間表記だっただろう!」

「先輩、みっともない諍いはやめてください。そんなことより笹井先輩、どうでしたか?」

 井関と小林をそう一蹴すると、水野は二人を無視して笹井の方を向く。

「ああ、そのことなんだが……」

 笹井はメモ帳を取り出しなが微妙な顔になった。

「まず、製作所関連。驚いたことだが、彼がどこかと癒着あるいは対立しているという情報はなかった。というか、ほぼほぼ関係が無いと思われる」

 メモ帳にはDMH17の開発又は製造を担当した製作所が一覧になって載っていた。八菱重工、神崎重工、大阪エンジン……。大手から中小まで、国鉄にエンジン部品を卸しているほとんどのメーカーが参加していた。

「そうか……。DMH17はそもそも鉄道省が戦前に大手メーカーと共同開発したシロモノだから、ここに利権など発生するはずもないのか」

「だが同時に、DMH17に失敗の烙印が押されると困る者たちがこれだけいる、ということにもならないか?」

 小林がそう指摘したが、しかし笹井は首を振った。

「DMH17の対抗馬……。DMF31というエンジンだそうだ。ワシはよく知らんが、どうやら倍近い出力があるらしい。これの開発を担っていたのは……」

 笹井は一覧に”+プレアデス重工”と書き足した。

「つまり、DMF31の製造にもこれら数社は関わっているということか」

「では、プレアデス重工の参入を防ぎたい、という意志が働いた可能性は?」

「いや、それはないだろう」

 井関がそれを即座に否定する。

「プレアデス重工は陸海空軍がバックにある老舗だ。そもそも、日本でイチ、ニ番目にエンジンを作り始めた重工だぞ」

「そんなところを除け者にしても得られるものはない……。というより、出来ないか。プレアデスにケンカを売れば陸海空軍がそれぞれ足並みも合わせず波打つように襲い掛かってくるぞ」

「そうとわかっていてケンカを売るアホは官僚にはいないね」

「では、DMF31陣営を追い落としたい思惑もない、か……。あとほかには?」

「米国製エンジンを搭載する案があったはずだ」

 と、井関は言う。だがそれに対し、水野は難色を示した。

「あの案は運転局が断固拒否するはずです。外製エンジンは部品の調達が面倒なので……」

「水野の言う通り、その件は運転局と総裁連絡室が断固として反対した。もっとも、未だに米C社からの売り込みはやってくるようだが」

 笹井は苦い顔で言いながら、メモ帳に線を引いた。

「ともかく、企業間の力学は関係がなさそうだ」

「どこかに見落としがあるんじゃないか。あんだけ意固地にDMH17を求めているんだ。裏に何か……」

「しかし、ヤツの口座を洗っても何も出なかった」

 次のページには、近衛の口座情報がびっしり。水野は目を丸くした。

「こんなのどうしたんですか!?」

「ああ、内務省とのコネクションでちょっとゴニョゴニョしたのさ。ともかく、確認できるヤツの口座には、不審な点はない」

 小林が一つ一つ確認していくが、それでもやはり突然どこかからお金が振り込まれていたとか、同じ時期に複数の口座で残額が増えていたとかは確認できない。

 それどころか……。

「技師って給料安いんだなぁ」

「我々とちょっとしか変わりませんよ」

「国鉄、というか官庁は職責ごとに均一年俸だから、課長級はみなこの程度の給与だろう」

「夢が無い……。こりゃ、現場の人間が給料に文句を言うのも頷ける」

 現実にげんなりすることしかできなかった。

「しかしなあ。あの態度はどこかに不正を隠しているとしか思えんが」

 小林の言葉に全員が賛同した。特に、井関は壊れた首振り人形かのごとく頷いた。

「一般的な技師であれば当然持ち合わせているべき判断力が欠如しているとしか思えない杜撰さ、としか言い表しようがない彼の行動。あれは不正を背にしてつじつまが合わなくなった人間の行動そのものだ」

「君から見ても、そう思うかい?」

「ボクが言うんだから間違いない」

 井関の言葉を聞くまでも無く、彼らの想いは一つだった。

「じゃあ、どうするか?」

「決まっているでしょう」

 水野がニヒルな笑みを浮かべる。

「ああ、そうだね。本人に吶喊しよう」
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