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A07運行:国鉄三大事故①

0077A:実証実験とは、実際に近い形でやらねばなるまい

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「しかし、どうするんでしょうか」

 御手洗は心配そうに言う。

「C63形蒸気機関車並びにC64形蒸気機関車は、圧倒的にその数が足りていません」

「そういえば、そういう話でしたよね。だから代替としてC59形蒸気機関車134号機を手配したのですよね」

「ええ。ですから、どうするのかと……」

 御手洗が心配そうにしていると、係員が井関達を呼び出した。

「皆さん、試験列車が到着しました」

 呼び出された先へ向かうとそこには、とんでもない列車が待っていた。

「C63+C64+10系客車……。それも全部ピカピカ……。まさか!」

 目の前にあったのは、事故列車をそっくりそのまま再現した列車だった。

「ああ、井関さん。お久しぶりです」

 列車から嶋が降りてくる。……と思った矢先、その後ろからゾロゾロと黒服に身を包んだ人間が降りてきた。井関は目を回すしかない。

「し、嶋技師長! これはどういうことですか!?」

 井関は緊張でギチギチになりながら問いかける。すると、嶋はなんでもないことのように平然と答えた。

「ああ、車輛が足りないとのことだったので、製造元に掛け合って新車を持ってきてもらいました」

 そう言うと、嶋は後ろの黒服を紹介した。

「こちらは蒸気機関車の製造を担当した神崎重工さん。それから、神崎重工さんに技術供与を行った米国のA社さん。客車の製造を担当された飯田重工さん。飯田重工さんに技術供与をされた米国のP社さん」

 日本人作業員から外国人技術者、それから偉そうな総責任者まで。あらゆる人間の目線が井関に注がれる。
 そんな中で米国人の一人が、朗らかにこう言い放った。

「本件を我々が技術供与した機関車の所為にされては叶いませんからな」

 その日本語はわざとらしくカタコトだった。井関の胃をまたしても強烈な痛みが襲う。と、嶋がこっそり近づいてきて耳打ちした。

「ことに日本の事故調査にかかる環境というものは、未熟でイイカゲンなものです。このように利害関係者による調査への干渉をいともたやすく許してしまう。これからもこういうことが続くでしょうから、まあ練習だと思いなさい」

 嶋はそう言って片目をつむった。

―――責任はすべて私に在ります。ドーンとやんなさい―――

 そんな声が聞こえた気がした。

「はい。もとより、覚悟の上です」

 事故原因を完全に究明するための試験走行が今、始まった。



「御堂、出発進行!」

 沼宮内駅を過ぎ、御堂駅を通過するといよいよ十三本木峠だ。ここから一気に坂を上る。並走する国道を眼下に見ながら、列車はいくつもの信号所を通過する。
 やがて、いつのまにか頭上まで登っていた国道が目の前を横切ると、坂は突然終わりを告げる。そしてここから、地獄のように長い坂が始まる。

「機関士さん、補給制動でお願いします」

「禁止されているのでは?」

「ウデに自信がないのであれば、中止しても構いませんよ」

 井関がそう言うと、機関士は鼻を鳴らした。

「こちとらもう何年も、このやり方でやってますや」

 坂を下る。機関士は一気にブレーキレバーを”常用ブレーキ”位置に叩き込む。ブレーキ管から空気が抜ける音がする。

「このレバーを”常用ブレーキ”位置に持ってくると、ブレーキ管から空気が抜かれる。それを検知してブレーキが動作する仕組み、ですね?」

「そうです。また、非常ブレーキを掛けると、常用ブレーキよりもっと早く空気が抜けます。この急速な減圧を検知して、ブレーキの動作ももっと急に、もっと強くなります」

 機関士はそう言いながら、ブレーキレバーを”保ち”位置に戻す。

「この位置では、ブレーキ管内の空気圧は基本的に変動しません。ですが、パッキン・・・・の隙間などから少しずつ空気が漏れるため、実際にはブレーキ力が徐々に高まっていきます」

 機関士の言う通り、運転台に付けられた気圧計はちょっとずつ減っていっているように見えた。

「なので、このようにします」

 機関士は、ブレーキハンドルを”保ち”と”運転”の間の微妙な位置に置いた。気圧計を見ると、丁度ピッタリ圧力が一定に保たれているのがわかる。

「これが補給制動、ですか」

「ええ。見誤ると、気が付かないうちにブレーキが抜けて暴走します。が、今日は大丈夫でしょう」

 機関士は嶋の方を向いた。

「今日は後ろにつながっているすべての車輛に気圧計を取り付け、それぞれ随時モニタリングされています」

 嶋は難しい横文字を使いながら説明する。

「では、空気圧に異常な変動があればすぐわかる、と」

「ええ。さあ、もうすぐですよ」

 列車は小繁駅を通過した。事故現場まで、あと少し。

「機関士さん。私がイマ! と言った瞬間に、非常ブレーキを叩き込んでください」

「ガッテン承知!」

 下り坂がキツくなる。それでも列車のスピードは変わらない。時速95キロを巧妙にキープしながら進む。
 いくつかの急なカーブを抜けた先に、信号機が見えた。その信号機は赤を示している。だが、まだだ。

 井関達が見つけたブレーキ痕には印がつけられている。係員がそこに立って旗を振っている。列車がまさにそこを通りかかったその時……。

「イマ!」

「制動!」

 ブレーキが非常位置に叩き込まれる。同時に機関士は、足元のペダルを強く踏み込んだ。

 ボ、ボ、ボ、ボ、ボ、ボーーーーー!

 短く五回。それから全力で長く一回。お手本のような非常汽笛を鳴らす。

 しかし列車は停まらない。

 600m、500m、400m……。事故現場はどんどん近づいてくる。なのに列車は一向に速度が緩む気配がない。
 事故現場まで300mを切る。本来なら、ここで停車して良いはずである。しかし、まだ列車はそれなりの速度で動いている。
 300m、200m、100m……。そしてついに、本来停車すべき位置を大きく飛び越えた。

「今、何キロ!」

「時速32キロ!」

 事故現場に、そのままの速度で差し掛かる。耳をつんざくような金属音が辺り一面に響く。

 結論から言えば、この試験列車が、事故列車のように脱線するようなことはなかった。この試験のために、盛鉄局が線路を100m伸ばしておいたからだ。

 しかし、列車はその伸ばした100m分の余裕を完全に使いつぶした。

 列車が停まり、井関が先頭へ立ってみると、先頭機関車の鼻先が車止めに掠っている。合計800m、列車は停まれなかったという計算になる。

「本当に、重連だとここまで制動距離が延びるんだ」

 水野は驚きを以てその事実を受け入れた。その横で井関はハッとする。

「問題は原因だ。空気圧……、ブレーキ管気圧はどうなっている!」
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