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A05運行:国鉄三大ミステリー①下田総裁殺人事件
0068A:それでも我々は、我々を信じている
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時間は室蘭に戻る。その人物は笹井に向けて容赦なく引き金を引いた。その瞬間。井関は笹井の首根っこをつかむ。そして、思いっきり線路の向こう側へ投げ飛ばした。井関も転がるようにして線路の向こうへと身を隠す。
舌打ちの音が聞こえた。そして第二発が装填された音がする。井関は身を低めた、その時。
線路を揺らす轟音、鋭い汽笛。貨物列車が二人と男の間に割り込んだ。その列車は重く、長い。更に機関士は動転したのか、その場で列車を停止させた。井関と笹井はこれ幸いとその場を後にする。
「まったく、これじゃボクまで悪者だな」
井関はそう言って笑った。今の構図は明らかに、証拠品を強奪した笹井とそれを阻止しようとする正義の輩、である。
「しかし、どういうわけだい」
「ワシはジョーと名乗る人間に助けられた。ジョーはあの証拠品が犯人に監視されているから、あれをエサにして犯人を釣り上げようとしたんだ」
「なるほど、その試みは成功したようだな」
「しかし、この状況は我々に一方的に不利だ」
「なんせ、まさか犯人が……」
「堤下局長! こんなところでどうされましたか」
すぐ近くで、水野の声がした。二人は立ち止まって、物陰からその声のする方を覗く。すると、先ほどまで二人を追い回していた人間と水野が、相対していた。
(まずいぞ水野……! 逃げろ……っ!)
その相手とは、下田総裁に随行していた堤下元運転局長だった。そして彼は、水野の元上司でもある。
水野は堤下を信頼しきっているのか、不用意に彼に近づく。だが、彼の持つ拳銃からは、細い煙が伸びていた。
「おお、確か……水野君、だったかな。どうした、こんなところで」
「いえ、事件の調査で……」
「そうかそうか、奇遇だねえ!」
堤下は笑顔で水野を受け入れた。
「実は私も、この事件を調べていたんだ。すると、証拠品が強奪されそうになっていることに気が付いてね……」
そういうと、堤下は水野にじわりと近づいた。
「先ほど、すんでのところまで追い詰めたのだが、逃げられてしまったよ」
「犯人は、どんな人間でしたか?」
すると一転、堤下は残念そうな顔になった。
「残念なことに、我々もよく知っている人物だ」
「良く知っている人物?」
「笹井くんだよ」
その瞬間、水野の瞳孔が開いた。そして何かを抑えるように、ぎゅっと胸のあたりを強くつかむ。
「そんな……」
「私は今から、国鉄の責任を以て彼らを捕まえる。彼らは法の裁きを受けなければならない。危ないから君は下がっていなさい」
堤下はそう言うと、水野に背を向けた。そして今まさに井関達がいる方へと足を向ける。その時だった。
水野が、堤下の前に立ちはだかった。
「……なんのマネだい?」
「一つ、質問させてください」
「なんだね、いま急いでいるというのに……」
堤下が不機嫌そうな顔になるが、それでも水野は口を開いた。
「なぜ一介の国鉄マンである貴方が、拳銃を持っているんですか?」
水野の指摘に、堤下は逆に面白がるような顔になった。
「……いいところに気が付いたね」
「なぜですか」
「これは海軍の将校に頂いた米国の有名な拳銃だよ。この辺りは危ないからね、念のため持参したが正解だったようだ」
「そうでしたか……。ではもう一つ。射撃許可は誰がお出しになりましたか?」
水野は手帳を素早く取り出し、ノールックで国鉄規則の章を開く。
「拳銃等携帯規則……。拳銃の形態自体は所管の管理局の許可が有れば可能です。しかし、発砲に際しては所轄の運転課並びに地元公安機関の指定する者でない限り、総裁と鉄道会議の承認が必要です」
水野はページをめくる。
「改正鉄道院法第二条(業務)の6を根拠としています。ではお聞きしますが、運転局長の発砲にかかる法的根拠はどちらですか」
水野はここまで言い切ると、手帳を仕舞った。堤下は答えず、そのまま歩みを進めようとする。そんな彼と距離を取りながら、水野は食らいつく。
「局長!」
「急迫不正の事態である! それが私の法令根拠だ! どきたまえ水野君!」
堤下は水野を怒鳴りつける。水野の右足が小さく後ずさった。だが、それでも彼は懸命に立ち尽くした。
「君は、笹井君を信じるのかね」
一転、声音が優しくなった。
「だが、聞くところによれば、彼は連絡室で大いなる不正に手を下したようじゃないか」
奥で小さく、笹井が息を呑んだ。水野もそれを言われて、うつむくことしかできない。
「彼は所詮、そういう人間だったんだよ」
水野は動けない。堤下はそのまま笹井のいる方へ向かおうとする。
「もし、例えそうだったとしても……」
水野はか細い声でそうつぶやいた。堤下はそれを無視していこうとする。その時、水野が吠えた。
「彼がたとえ人の道を踏み外したとしても、私はその判断を尊重します!」
「なんだとぉ……」
「彼なら、その時にできる最も善い判断ができるはずです。それがこの世界を滅ぼすことなら、我々は地獄の果てまで付き合います」
水野の言葉は力強かった。
「我ら一蓮托生、東京高校四人組を舐めないでいただこう!」
そう言って、彼は再び堤下の前に立ちふさがる。
「ここから先は、行かせません」
決意を込めた目線で、水野は堤下を睨みつける。堤下は一瞬呆れたような顔になったあとで、おもむろに銃口を水野に向けた。
「じゃあ、君から死んでもらおう」
堤下が引き金を引く。
「水野ー!」
井関が、笹井が飛び出した、その瞬間。
横から黒い影が飛び出してきた。それはそのまま堤下のわき腹に直撃し、大きく横に吹き飛んだ。
「お前、小林!」
その黒い影は小林だった。彼は照れ隠しに鼻をこすると、そっぽを向いた。
「まったく、お前たち三人だけいいかっこしやがって。俺も仲間に入れろってんだ」
「何を言ってる。お前を入れて、東京高校四人組だ」
井関は近くに転がっていたディスコン棒を手に持つと、堤下の喉元に突きつけた。
「ここまでだ、堤下ぁ!」
舌打ちの音が聞こえた。そして第二発が装填された音がする。井関は身を低めた、その時。
線路を揺らす轟音、鋭い汽笛。貨物列車が二人と男の間に割り込んだ。その列車は重く、長い。更に機関士は動転したのか、その場で列車を停止させた。井関と笹井はこれ幸いとその場を後にする。
「まったく、これじゃボクまで悪者だな」
井関はそう言って笑った。今の構図は明らかに、証拠品を強奪した笹井とそれを阻止しようとする正義の輩、である。
「しかし、どういうわけだい」
「ワシはジョーと名乗る人間に助けられた。ジョーはあの証拠品が犯人に監視されているから、あれをエサにして犯人を釣り上げようとしたんだ」
「なるほど、その試みは成功したようだな」
「しかし、この状況は我々に一方的に不利だ」
「なんせ、まさか犯人が……」
「堤下局長! こんなところでどうされましたか」
すぐ近くで、水野の声がした。二人は立ち止まって、物陰からその声のする方を覗く。すると、先ほどまで二人を追い回していた人間と水野が、相対していた。
(まずいぞ水野……! 逃げろ……っ!)
その相手とは、下田総裁に随行していた堤下元運転局長だった。そして彼は、水野の元上司でもある。
水野は堤下を信頼しきっているのか、不用意に彼に近づく。だが、彼の持つ拳銃からは、細い煙が伸びていた。
「おお、確か……水野君、だったかな。どうした、こんなところで」
「いえ、事件の調査で……」
「そうかそうか、奇遇だねえ!」
堤下は笑顔で水野を受け入れた。
「実は私も、この事件を調べていたんだ。すると、証拠品が強奪されそうになっていることに気が付いてね……」
そういうと、堤下は水野にじわりと近づいた。
「先ほど、すんでのところまで追い詰めたのだが、逃げられてしまったよ」
「犯人は、どんな人間でしたか?」
すると一転、堤下は残念そうな顔になった。
「残念なことに、我々もよく知っている人物だ」
「良く知っている人物?」
「笹井くんだよ」
その瞬間、水野の瞳孔が開いた。そして何かを抑えるように、ぎゅっと胸のあたりを強くつかむ。
「そんな……」
「私は今から、国鉄の責任を以て彼らを捕まえる。彼らは法の裁きを受けなければならない。危ないから君は下がっていなさい」
堤下はそう言うと、水野に背を向けた。そして今まさに井関達がいる方へと足を向ける。その時だった。
水野が、堤下の前に立ちはだかった。
「……なんのマネだい?」
「一つ、質問させてください」
「なんだね、いま急いでいるというのに……」
堤下が不機嫌そうな顔になるが、それでも水野は口を開いた。
「なぜ一介の国鉄マンである貴方が、拳銃を持っているんですか?」
水野の指摘に、堤下は逆に面白がるような顔になった。
「……いいところに気が付いたね」
「なぜですか」
「これは海軍の将校に頂いた米国の有名な拳銃だよ。この辺りは危ないからね、念のため持参したが正解だったようだ」
「そうでしたか……。ではもう一つ。射撃許可は誰がお出しになりましたか?」
水野は手帳を素早く取り出し、ノールックで国鉄規則の章を開く。
「拳銃等携帯規則……。拳銃の形態自体は所管の管理局の許可が有れば可能です。しかし、発砲に際しては所轄の運転課並びに地元公安機関の指定する者でない限り、総裁と鉄道会議の承認が必要です」
水野はページをめくる。
「改正鉄道院法第二条(業務)の6を根拠としています。ではお聞きしますが、運転局長の発砲にかかる法的根拠はどちらですか」
水野はここまで言い切ると、手帳を仕舞った。堤下は答えず、そのまま歩みを進めようとする。そんな彼と距離を取りながら、水野は食らいつく。
「局長!」
「急迫不正の事態である! それが私の法令根拠だ! どきたまえ水野君!」
堤下は水野を怒鳴りつける。水野の右足が小さく後ずさった。だが、それでも彼は懸命に立ち尽くした。
「君は、笹井君を信じるのかね」
一転、声音が優しくなった。
「だが、聞くところによれば、彼は連絡室で大いなる不正に手を下したようじゃないか」
奥で小さく、笹井が息を呑んだ。水野もそれを言われて、うつむくことしかできない。
「彼は所詮、そういう人間だったんだよ」
水野は動けない。堤下はそのまま笹井のいる方へ向かおうとする。
「もし、例えそうだったとしても……」
水野はか細い声でそうつぶやいた。堤下はそれを無視していこうとする。その時、水野が吠えた。
「彼がたとえ人の道を踏み外したとしても、私はその判断を尊重します!」
「なんだとぉ……」
「彼なら、その時にできる最も善い判断ができるはずです。それがこの世界を滅ぼすことなら、我々は地獄の果てまで付き合います」
水野の言葉は力強かった。
「我ら一蓮托生、東京高校四人組を舐めないでいただこう!」
そう言って、彼は再び堤下の前に立ちふさがる。
「ここから先は、行かせません」
決意を込めた目線で、水野は堤下を睨みつける。堤下は一瞬呆れたような顔になったあとで、おもむろに銃口を水野に向けた。
「じゃあ、君から死んでもらおう」
堤下が引き金を引く。
「水野ー!」
井関が、笹井が飛び出した、その瞬間。
横から黒い影が飛び出してきた。それはそのまま堤下のわき腹に直撃し、大きく横に吹き飛んだ。
「お前、小林!」
その黒い影は小林だった。彼は照れ隠しに鼻をこすると、そっぽを向いた。
「まったく、お前たち三人だけいいかっこしやがって。俺も仲間に入れろってんだ」
「何を言ってる。お前を入れて、東京高校四人組だ」
井関は近くに転がっていたディスコン棒を手に持つと、堤下の喉元に突きつけた。
「ここまでだ、堤下ぁ!」
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