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葉次との再会

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 それから、1年以上秋沢葉次は全く見つからなかった。どこに隠れたのか、それとも顔を変えてどこかへ逃亡しているのか、見当もつかなかった。

 ある時、カルトの元に『命日は墓参りしないとな』というメールが届いた。知らないアドレスだったが、おそらく、送り主は秋沢葉次だろう。

 カルトはヨージがきっと来るだろうと思い、壮人と結の入る墓地に張り込んでいた。あれから1年がたつ。彼が一番執着していたのは真崎壮人だった。直接手を下し、暴力をしたのも真崎壮人にのみだった。壮人には殴る蹴るの暴力の跡があったが、それはヨージの仕業だと思われた。直接の死因ではないが、暴行していれば、充分逮捕の要因となる。ヨージは殺すとしても、暴力主義者ではない印象が強かった。自分の手で殴ることや蹴ることをすることを好まない印象があった。

 カルトは警察本部のほうに連絡を入れた。遠巻きにヨージが来たら、同行できるように指示を出していた。もちろん罠かもしれないが、行く価値はある。
 壮人の命日にカルトは朝からずっと待っていた。昼すぎに、ほとんど人がいない墓地に人影が見えた。ヨージだ。

 以前よりも頬がこけていた。あまり食べていないのだろうか。以前より、少しばかり髪の毛が伸び、痩せている。まるで真崎壮人のような金髪の姿となった美しい華奢な男性。遠目で見て、一瞬真崎壮人かと思う。しかし、よく見ると秋沢葉次だった。

 彼の消息が掴めなくなってから――秋沢葉次は世間的には殺人犯として指名手配を行うことはできない。警察で色々調べても彼の痕跡を見つけることはできなかった。やっと会えると意気込んだ。

 もちろん全国の自殺者や事故死人物も調べていた。しかし、その中にヨージはいなかった。きっとどこかで生きているとカルトは確信していた。ヨージは生きていた。一瞬、壮人と似た無気力感が伝わってきた。目は以前とは違う冷めきった澱んだ目をしていた。

 奇しくも友人の壮人と婚約者だった女の墓の前で再会を果たす。壮人は婚約者を略奪した男だ。でも、友達だ。

「久しぶりだね。カルト兄さん。俺にとっての兄さんは、カルト兄さんだけになっちゃったな。ソート兄さんが死んで1年経ったんだね」
 相変わらずヨージはにこりと笑う。でも、心がない笑みだった。堂々としており、警察から身を隠し逃亡していた人間とは思えない様子だった。

「あのメールはヨージだろ。墓参りに来るんじゃないかと思ってな」

 カルトはヨージに銃口を向ける。こんな日が来るなんて想定外だった。そんなことは想定したくもなかった。ヨージとカルトは笑いあって楽しい時間を共有した人間だった。年下のヨージには弟のような親しみすら感じていた。人懐っこいところもあり、人間らしさもある天才だと信じていた。でも、彼は誰にも気づかれないように心の闇を奥底にずっと秘めていたのかもしれない。

「呪いのアプリの創造主の幻人。つまり犯人は秋沢葉次だったんだな。ずっとおまえを探していた。結、壮人を殺したのも、全部お前が仕組んだのか。どうしてこんなことをしたんだ? 抵抗しようとすればこの銃を使う」

 カルトが真剣なまなざしで銃口を向ける。ヨージの様子は全然変わらない。ただ、にこにこしていた。きっと死ぬことが怖いとは思っていないのだろう。

「お前は、壮人に恨みを抱いてアプリを開発して、仲間のふりをして裏切った。威海操人の名前は真崎壮人と掛けていたのか?」
 強い口調で問い詰める。
 
「洒落だよ。いいかい、壮人、お前は操られている人間だってさ。簡単な答えなのに、意外と鈍感なのか全く気づかなかったよ。神童と言われた壮人も恋に目がくらんだ、ただの馬鹿だな」

 何もかも隠す様子もなく笑って話すヨージは元々大きな目を見開き笑う。彼は人とは違う狂気じみた面を時々垣間見せるとは感じていたが、彼の思考思っていた以上にぶっとんでいた。つまり、相当な狂気を正気で貫く人間らしい。

「壮人が死んで、ようやく一番になれると思った。でも、違った。俺はいないほうがいい子どもだった。でも、カルト兄さんがこんなに捜査にたけていたなんて想定外だよ。熱血漢で努力家のイメージが強いけど、思ったより優秀なんだね」

「努力は天才を超えることだってあると俺は思っている」
「そんなんだから、結さんは取られちゃったんだね」

 その場に座りこみ、澄んだ秋空を見上げて話し出す。今まで一度も語らなかったことを話し始めた。カルトは銃を構える姿勢を変えなかった。

「真崎壮人は俺の母親違いの兄だ。どんなに俺が頑張っても所詮は俺は浮気相手の子供さ。子供として認知はされて、お金を送るだけの存在の父。父にとって俺は所詮2番目。壮人は3年も留年しているし、努力家じゃない。でも、真崎家では一人息子で、父から見たら、1番という存在は変わらない。壮人がいなければ1番目のポジションにつけるんじゃないかと、アプリの話を持ちかけたんだ。あいつは、結という女に未練がましく執着していた。そのせいで、見た目も素行も悪くなっていった。このまま生きていてもしょうがない存在だって思ったよ。あいつは勉強はできても世間を知らなすぎる。人を信じすぎる。そういう人間は成功しない」

 ため息をついて空を見ながら話は続く。抵抗する様子は全くない。彼の真意を聞ける機会はそうそうない。思わず、銃を片手に左手でボイスレコーダーをオンにする。彼がずっと秘めていた心を始めて知る。遅すぎる彼の本音にもっと早く気づいてあげられなかったのだろうか。あまりにも演技上手な彼の本質に気づけなかった鈍感な自分にカルトはひどく後悔する。

「葉次という名前の由来は親父の二番目の子という意味で次という字を充てたらしい。葉のように光合成をして酸素を作り出していくかのような子になるようにって。世の中に酸素を作り出すような存在になってほしいと名付けたということを母親から聞いたよ。本当の母親も俺のことを愛してくれてはいなかった。いつも仕事ばかりだったし、誰か新しい男を作っては、別れてばかり。一番好きなのは俺の父親の真崎だと言っていた。馬鹿な人だ。だから、母親に愛着はない」

 天才と言われるヨージはたしかに見た目こそ派手だが、浪人も留年もすることなく、成績も優秀だ。家庭の話をあまりしなかったのは、母子家庭であり、正妻の子ではない二番目の子というコンプレックスがあったのかもしれない。笑顔の裏に隠された劣等感を天才で美しい容姿を兼ね備えた男が抱えていたことは意外だった。母親を含め、両親に心から愛されない。幼少期からずっと今まで、人を愛することができなかったのかもしれない。好きの反対は無関心。関心を持たれないけれど養育だけはされた。

 心の内なる孤独なスキマを埋めるかのようにアプリを作り出したのだろうか。一見愉快犯のように見えた彼は、孤独と退屈から逃れる手段をアプリを拡散することで実感したかったのだろうか。人々の絶望と悲壮感を見ることでしか生きる意味を見い出せないのは、人間として悲しい存在だ。

 これは、刑事事件として立件し、逮捕できるのだろうか。アプリを作ったということが確証されれば、刑務所で服役して更生できるのではないだろうか。カルトは思案する。

「結、壮人、夏本さぎり、その他の人間たちをアプリで殺したのはヨージだな。おまえを真崎壮人暴行の罪で逮捕する」

「逮捕しなくても大丈夫。幻人の手法で呪いのアプリをカルト兄さんに入れたんだ。つまり、カルト兄さんは、呪い主であり創造主を当てたわけだから、俺はもうすぐ死ぬよ。呪いの子どもにすぐに殺さないように言ってあるから、少しばかり話をしよう」

 吹っ切れたようなヨージは笑顔でただほほ笑む。死ぬということが本当ならば、普通はあの笑顔は無理だ。ヨージの本心は、自らが本当は死にたかったのか? もう彼を誰も止められないのか? 美しい金髪がなびき、シルバーリングのピアスがきらりと光る。空を見上げる。抵抗する素振りは微塵もない。

「俺、ずっと死んじゃおうって思ってた。母親は殺人犯になりたくないから俺を殺さないだけ。ただ生かされている感覚だったよ。俺は人を殺すことに、何も感じなかった。でも、一応罪人になるとこの世界じゃ生きづらいなって思ってさ。ゲーム感覚でアプリを作ったんだ。直接手を汚すことなく殺人できるアプリ。それも、条件付きで生きられるかもしれないって付加すると、みんな必死に生きるために何でもするんだよ。愉快だった。それに、一番の目障りな兄貴を消すこともできたしね。親父は愛人の子どもの存在を知られたくなかったらしくてね、会社の跡継ぎは血のつながらない奴を指名したんだ。俺は、結局ソート兄さんに勝てなかったんだ」

 さみしそうな顔をした。

「そんな秘めた心の内を今まで誰にも見せなかったのか? せめて俺に相談してくれたらよかっただろ。友達じゃないか」

「友達なんて青臭いことを言うのはカルト兄さんらしいな。そりゃあ、この世界、信用が第一でしょ。だから、ずっと殺人や自死への好奇心。俺の本心を持つことをひた隠していた。自分の作ったアプリで人が死ぬっていうのはとても刺激的でとても崇高な行為だと思った。だから、俺は更生できない。呪いの子ども、そろそろ死ぬ時間だ」

「創造主は正体がバレてしまった。つまり、ゲームオーバーだよ。開発者が死ねば、呪いのアプリ、呪いの子ども自体がこの世から消えるんだ」

 ヨージのスマホに入っているアプリの呪いの子どもが話し始めた。呪いのアプリを入れていたなんて。そして、そんな自分が死ぬというリスクの高い設定を行っていたなんて……。

「だめだ、呪いの子ども、ヨージを死なせるな。こいつは生きるべきだ」

「俺みたいなクズは生きてる価値はないから。ゲームはカルト兄さんの勝ちだよ。カルト兄さんの言葉で死にたかったんだ。1年経ってそう思った。本当は楽に死にたかったのは俺なのかもしれないな……だからこんなアプリを作ってしまったのかもしれない」

「俺は、ヨージに死んでほしくない。だから、呪いの子ども、死はなかったことにしてくれ!!!!」
 呪いの子どもに訴える。
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