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戸籍の真実と死

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 カルトがまりかを送っていく。

 まりかと結の連絡先一覧に入っていた謎の人物、威海操人についてまりかは考察していた。
「秋沢は知り合いに呪われたと言っていましたね。あえて呪われてみたような感じですよね。でも、私と結さんはなぜか知らない人の名前が入っていて、なぜか呪いのアプリが入っていた。秋沢の仕業だと思います」

「何を言っているんだ? たしかにあいつの精神は結構普通じゃないようにも思える。でも、心根はいい奴だ」
「いい奴という基準は?」
 腕を組むまりかは少しばかり怒っているように思えた。

「一緒に遊んだり、青春時代を謳歌した仲というか……」
 あまりにもいい奴の基準が曖昧で自分勝手な解釈であることに気づき、言葉が続かない。

「殺人犯もずっと嫌な人ではないんです。あなた、刑事ですよね? わかっているでしょ? 一見普通の人が残忍な事件を起こすことはかなりあるはずです。彼らには日常があります。殺人犯は普通に笑い、ご飯を食べて普通に友達と過ごしている。でも、ふとした時に、人を殺めてしまう。もちろん、殺人犯にも青春だって学園生活だって恋愛の想い出だってあることをわかっていますか? 日常の延長に殺人事件は起きるんです」

「わかった。私情は捨てるよ。秋沢葉次について少し調べてみよう」
 まりかの気迫にカルトは観念する。

「秋沢のお父さんのこと、気になりますね」

「俺も、さっき、ヨージの地雷が父親かもしれないと思ったよ。一瞬あいつの目が怖かったというか、一瞬背筋が凍ったよ」

「そうです。人には地雷があります。闇が深ければ深いほど、弱点を隠そうとします。でも、それを背負うのではなく、何かの形で他人を呪うことは充分ありうると思います。秋沢の呪いのアプリの入手は多少強引です。それに、刑事の友達に取り入って捜査本部に出入りできるように仕組んでいるようにも思えます。捜査をかく乱したり、捜査状況を把握したいのではないかと思います。彼は天才であり、一筋縄の人間ではない。これに岡野さんは気づいていますよね」

 年下なのに、先生に怒られているかのような錯覚に陥る。まりかは歳よりもしっかりしており、天才の裏をかこうとするような性格だ。

「威海操人という謎の人物の連絡先が勝手に他人のスマホに入れられているのならば、ネットで噂の仲介人、幻人くらいしか今のところ可能な人物はいないはず。つまり、勝手に私たちに入れたのはアプリの創造主だと思うのです。そして、創造主は秋沢と関連していると思っています」

「なんか、名探偵みたいだな」
 カルトは感心する。

「あなたがこんなんだから、頼りにならないんです。だいたい、私と結さんが死ぬことで悲しむのは、岡野さんと、兄である芳賀瀬。関連して考えると……もしかしたら、真崎壮人とも関係があるかもしれません。これから役所に行って調べてみましょう」
「そうだな」
「実質、捜査本部の捜査員は岡野さんと城下さん。でも、彼はパソコン関係に詳しいので、IT担当で配属された。実質捜査しているのは、岡野さん、あなただけなんです」

 一見ごく普通の女子高生に問いただす。
「もし、14日後に死ぬとしたら、まりかは怖くないのか?」

 ずっと不思議だと思っていたことを役所に向かう並木道でカルトは質問する。
「知らない人に恨まれながら生きるほうが怖いです。それならば、ちゃんと真相を知りたい」

 黒い大きな瞳の視線の先はぶれていない。実質相棒のような存在の登場になんだか調子が狂う。

「秋沢葉次がただの被害者ならば協力者として充分頼りになる存在となるだろうって思う。あいつは凄い奴だからさ」

「知ってます。だから、敵じゃない確証がほしいんです」
 腰に手を当て、説教モードの女子高生と刑事。デコボコないびつなコンビだ。いびつな自分たちに対して少しばかり笑うカルト。

「何笑っているんですか? 不謹慎ですよ」
「ごめん。でもさ、年下のまりかに刑事の俺が尻に敷かれてる感じが、なんだかおかしくって」
 くすっと吹き出す。

「尻に敷かれるなんて、私は女房じゃありませんけどっ」
 珍しく、少し頬が染まったように思う。歳相応の所もあることに安堵する。歳が離れている分、話しやすい。元々カルトは異性と話すのが苦手だった。同世代は結以外の異性のことは知らない。

「ごめんってば」
 カルトは手を合わせて謝る。なんだか、色々な意味で、まりか自身もいびつな二人だと思う。刑事と女子高生が対等に、それ以上に関わり合い、助言する。普通はできないことだ。偶然、同じ事件を捜査するために手を組んだ瞬間を感じる。

 気づくと目の前には役所がそびえたつ。目的の役所に来ていた。戸籍は警察という職権があると比較的容易に他人の個人情報を見ることができる。

 秋沢葉次の戸籍を調べてみる。母親は秋沢葉子。仕事ばかりだという愛情のない母親の名前だろうか。さびしい話だが、愛情がなくても母親にはなれるのかもしれない。

 父親は――認知と書かれており、真崎真人と書いてあった。真崎といえば、壮人と同じ苗字。壮人と関係があるのかを辿る。すると、壮人の父親は真崎真人であり、同一人物だった。戸籍なんて滅多に見るものではないし、壮人は父親に隠し子がいることに気づいていない可能性はある。しかし、秋沢葉次の方は、自分の本当の父親が気になり調べる可能性は充分にある。

 秋沢が真崎壮人のことを母親違いの兄だと知って、近づいた可能性は充分にある。奇しくも二人が知り合ったのは中学生の頃。同時期に岡野カルトへも秋沢は接触していた。もちろんカルトの両親が秋沢と関係があったわけではない。しかし、秋沢葉次が一方的に真崎壮人に恨みを抱いていたら――周囲の人間を不幸にするために近づいてきたのなら――。

 まりかの台詞が今更刺さる。もしかして、絶対に違うという根拠が持てない。父親が真崎壮人の父親であり、お金に困っていないことは理解できた。でも、全く息子として愛されていなかったら――心は満たされていなかったら。歪んだ精神が間違えた方向に動いてしまうかもしれない。

 ヨージは冷めた目で愛されていないと言っていた。彼は両親どちらからも愛されていなかったとしたら――。壮人だけが父親から愛されていたとしたら――。性格は歪み、湾曲してしまうだろう。

 偽善者になりたいというネット上の幻人の思想と重なり合う部分を感じる。幻の人と言う名前は、彼なりの自己分析から来る名前なのだろうか。秋沢葉次はアプリを創造した張本人という疑惑は捨てられなくなっていた。

 絶対的に信頼していた人物が別な顔を持っていたら? その別な顔のほうが本当だったら? カルトは本音を隠し続けていたヨージのことが心配であり、怖くもあった。昔から、少しばかり考え方がずれていたり、面白い奴だと思っていた。でも、純粋無垢に愛情飢餓で、それ故、ヨージがよからぬ方向に行ってしまったら――。考えても仕方がないことはわかっていたが、最悪の事態を考えると不安しかなかった。

 秋沢葉次は、真崎壮人に対して何を思う?
 唯一の兄弟に対してどう思う?
 母親からも父親からも愛情が注がれなかったらどう育っていく?

「秋沢に動機が充分にあり、黒です。絶対にしっぽをつかみましょう」
 まりかはじっくりカルトを見つめる。

「でも、それは多分難しい。ヨージは賢いからな」
 半ば諦めの感情がカルトを支配する。

「アプリはたまに創造主が直接話すときがあります。秋沢のアリバイがあるときに、その事実が確認できれば彼は創造主じゃないってことになりますかね」
「でも、AI応答機能があるからな」
「秋沢を直接問い詰めれば、本人が認めることってないでしょうか」
「あいつはずる賢いからなぁ。一筋縄じゃいかないよ」

 カルトは拳をにぎる。拳が震える。
「でも、信じたくねーよ」
「秋沢がシロであってほしいということですか?」
「そうだな。そうであってほしい。あいつにはいい仲間であってほしいからさ」

「少し、秋沢のことを聞かせてください。あそこの、喫茶店でコーヒーでも飲みませんか。岡野さん、おごってくださいね」
「はいはい。大人ですからね」
 時々ほほ笑むまりかは普通の女子高校生だ。喉が渇いたのも事実だった。
 そして、心も体も相当疲れていることに気づく。多分、まりかも疲れているだろう。彼女は呪いにより死ぬリスクを抱えている。それも大きなストレスだ。

 アイスコーヒーにソフトクリームが乗ったものをまりかは美味しそうに食べる。ちょっと意外だった。いつも真面目な顔で常に真実を追いかけているまりかがソフトクリームを頬張る姿は今までの彼女の姿とはギャップがあり、意外だった。普通の女子高校生だ。にこりと美味しそうにソフトクリームの先端を食べる。一番上の部分は一番おいしいのが鉄則だ。スイカも一番上の三角の部分が一番おいしい。ビールの一口目のおいしさに似ているとも感じる。

「ソフトクリームの一番上って神味だよね」
 まりかがにこりとしながら語る。

「それ、すげーわかる。すいかの一番上の角ばった部分とか、ビールの一口目とかさ」

「それ、すごーくわかる」
 まりかが納得する。同じことを感じる共有感は悪くない。

「ビールが飲みてえな」
 ため息をつくカルト。喉を炭酸水で潤す。

「なによ、それ」
「ソフトクリームを頬張る姿を見ていたら、無性にビールが飲みたい気分になったんだよ。ここんとこ、忙しかったからな。仕方ないからコーラを頼んでみたんだけどな。やっぱり炭酸はうめぇ」

 カルトの言葉を遮るように、まりかの強い視線を感じる。

「あなたが知っている秋沢のことを教えてください」
「お、ソフトクリーム唇の横についてるぞ」
 カルトが拭き取ろうと手を延ばすと、まりかが少し恥ずかしそうに自分で拭こうとし、カルトの手を拒む。

「じゃあ、秋沢葉次との想い出を聞いてくれ。何かヒントがあるかもしれないだろ」

「ききましょうか」
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