5 / 27
事実が消える消しゴム
しおりを挟む
小学生のケイタ少年がたそがれ時に強く願った。ケイタは全く都市伝説のうわさばなしを知らなかったのだ。ぐうぜんねがった時間がたそがれ時だったということで、夕陽屋にきてしまったらしい。ケイタはキョロキョロしながら店を見上げる。
ぐうぜんは運をも左右することがある。たまたま不思議なお店に来てしまうこともあるということだ。
「ここはどこ?」
ケイタは目の前に現れた店に入る。というかそれ以外の店も行く場所もこの世界にはなく、夕陽屋に入るしかなかったという状態だった。
「いらっしゃい」
「ここはどこですか?」
「たそがれ時にあらわれる夕陽屋というお店だよ」
「たそがれどきって?」
「夕方、日が沈む前の時間にしかここに来ることはできないんだ」
「ぼく、帰れないの?」
「大丈夫。この店を出ればもどることができるよ。せっかくだから何か買っていけば? ここにはめずらしい商品があるからさ」
「おにいさん、この消しゴムは何?」
「これは、事実を消す消しゴムだよ。1回しか使えないけどな」
「なんだよそれ?」
「いやなことがあったら文字に書いたものを消せば、なかったことになるんだ」
「たとえば0点をとったとして、0点をなかったことにできるということ?」
ケイタはおどろきながら夕陽を見上げた。
「どんな場所でもいい。どんなペンで書いてもこの消しゴムは消すことができるんだ。ボールペンや油性ペンでも消すことができるよ。紙がなければかべに書いて消しても効果はあるよ」
「本当? 面白そうだね」
「でも、使い方しだいで悪いことになることもあるから気をつけるんだ。以前、友達をなかったことにした人間もいた。普通の消しゴムだと思って、家族が勝手にもちぬしの名前を消してしまったこともあったな。存在をなかったことにされた人もいるから、消しゴムの管理はとても大事だな」
「なかったことになってしまった人がいたの? それが本当ならば怖い話だよ、やっぱり怖いから帰るよ」
ケイタはとても怖がりで慎重な性格だった。でも、正義感が強くヒーローに憧れていた。
「あれ? さっきヒーローになりたいって強く願っただろ。だから君はここに来た」
「たしかにそうだけれど……」
「この消しゴムの使い方次第でどんな強敵にもピンチにも立ち向かうことができるすごいアイテムなんだぞ」
「こんなに小さいのに、最強ってこと?」
「そうさ、最強だよ」
ケイタは小さな消しゴムを見つめてにっこり笑う。そのたくましい笑顔につられて夕陽もにっこり笑う。
「笑顔ってつながっているんだぞ。君が笑えば俺も笑う。いいことが起きるように、人のために何かをすれば、世界中が笑うようになるってことだ」
「なんかかっこいいセリフだね。ヒーローが出てくるテレビ番組のナレーションみたい」
「君は選ばれた人間だから、ここに来たんだよ」
「選ばれた人間ってヒーローってこと?」
「そうだな。君ならばきっとヒーローになるってことさ」
「消しゴムはいくら?」
「10円だよ」
「普通の消しゴムより安いね」
その値段におどろきをかくせない少年は表情が豊かでうそをつけないタイプだということがわかる。
「この消しゴムは1回きりしかつかえないから安いんだよ。使ったら消えてしまうんだ。さっきいったように、消しゴムの管理と使い方はよく考えるんだな」
「ありがとう」
そう言って少年は帰った。少年はヒーローに憧れていた。だから、この店を呼び寄せてしまったのだろう。
少年が店を出ると周りの景色が変わる。急に元の住んでいる町に戻った。少年はスキップをしながら鼻歌を歌う。そして、楽しい気持ちになって自宅に向かう。心は無敵だった。
夕暮れどきは空も薄暗くなっていた。気づくと、黒い服を着ていると車から見えにくい時間帯になっていた。そんなとき、ただでさえ小さくて見えにくい小学校1年生くらいの背の低い子供が道路を渡っていた。そこは横断歩道ではない。でも、その道路を通ったほうが近道で、渡りたくなる気持ちはよくわかる。しかし、運悪く来た車に少年はひかれてしまった。ケイタは自分より背の低い子供を目の前で助けることはできなかった。交通事故だ。
ヒーローならば、危機一髪という瞬間に助けるものだと思う。しかし、消しゴムの力はそういったことには使えない。ただ、ぼーっとして様子をながめていると――心のどこかで、さきほどのおにいさんの声が響く。
「今だろ、ヒーロー」
「今、僕にできること……」
ケイタ少年は急いで持っていた紙とペンを出す。そして、急いで文字を書いた。
「僕は、戦って助けるとか、危ない場面で助けることはできないけれど――」
ひとりごとをいいながらケイタは文字を書いた。
『こうつうじこ』
急いだせいで、雑な字になってしまったが、なんとか書いた。そして、いそいで文字を消す。
すると――不思議なことに、消しゴムを当てるとペンの文字がすうーっときえた。
その瞬間、世界が巻き戻された感覚になる。それはテレビの録画を巻き戻した瞬間と同じようだった。時間が逆に戻るというはじめての感覚だった。でも、さっきとは違い、事故にあうはずの小さな子供はちゃんと横段歩道橋のほうに歩いて行った。だから、事故にあわずに済む。そして、事故はなかったことになった。目立たないし、誰にも感謝されないけれど少年はヒーローになったのだ。少年の手ににぎられていたはずの消しゴムは消えてしまっていた。1回しか使えないというのは本当だったらしい。
ヒーローは目立つものだと思っていたけれど、感謝されなくても平和を作っていくことが真のヒーローだということを少年は強く感じた。そして、少年は大人になってもそのこころを忘れない、真のヒーローになっていた。
ぐうぜんは運をも左右することがある。たまたま不思議なお店に来てしまうこともあるということだ。
「ここはどこ?」
ケイタは目の前に現れた店に入る。というかそれ以外の店も行く場所もこの世界にはなく、夕陽屋に入るしかなかったという状態だった。
「いらっしゃい」
「ここはどこですか?」
「たそがれ時にあらわれる夕陽屋というお店だよ」
「たそがれどきって?」
「夕方、日が沈む前の時間にしかここに来ることはできないんだ」
「ぼく、帰れないの?」
「大丈夫。この店を出ればもどることができるよ。せっかくだから何か買っていけば? ここにはめずらしい商品があるからさ」
「おにいさん、この消しゴムは何?」
「これは、事実を消す消しゴムだよ。1回しか使えないけどな」
「なんだよそれ?」
「いやなことがあったら文字に書いたものを消せば、なかったことになるんだ」
「たとえば0点をとったとして、0点をなかったことにできるということ?」
ケイタはおどろきながら夕陽を見上げた。
「どんな場所でもいい。どんなペンで書いてもこの消しゴムは消すことができるんだ。ボールペンや油性ペンでも消すことができるよ。紙がなければかべに書いて消しても効果はあるよ」
「本当? 面白そうだね」
「でも、使い方しだいで悪いことになることもあるから気をつけるんだ。以前、友達をなかったことにした人間もいた。普通の消しゴムだと思って、家族が勝手にもちぬしの名前を消してしまったこともあったな。存在をなかったことにされた人もいるから、消しゴムの管理はとても大事だな」
「なかったことになってしまった人がいたの? それが本当ならば怖い話だよ、やっぱり怖いから帰るよ」
ケイタはとても怖がりで慎重な性格だった。でも、正義感が強くヒーローに憧れていた。
「あれ? さっきヒーローになりたいって強く願っただろ。だから君はここに来た」
「たしかにそうだけれど……」
「この消しゴムの使い方次第でどんな強敵にもピンチにも立ち向かうことができるすごいアイテムなんだぞ」
「こんなに小さいのに、最強ってこと?」
「そうさ、最強だよ」
ケイタは小さな消しゴムを見つめてにっこり笑う。そのたくましい笑顔につられて夕陽もにっこり笑う。
「笑顔ってつながっているんだぞ。君が笑えば俺も笑う。いいことが起きるように、人のために何かをすれば、世界中が笑うようになるってことだ」
「なんかかっこいいセリフだね。ヒーローが出てくるテレビ番組のナレーションみたい」
「君は選ばれた人間だから、ここに来たんだよ」
「選ばれた人間ってヒーローってこと?」
「そうだな。君ならばきっとヒーローになるってことさ」
「消しゴムはいくら?」
「10円だよ」
「普通の消しゴムより安いね」
その値段におどろきをかくせない少年は表情が豊かでうそをつけないタイプだということがわかる。
「この消しゴムは1回きりしかつかえないから安いんだよ。使ったら消えてしまうんだ。さっきいったように、消しゴムの管理と使い方はよく考えるんだな」
「ありがとう」
そう言って少年は帰った。少年はヒーローに憧れていた。だから、この店を呼び寄せてしまったのだろう。
少年が店を出ると周りの景色が変わる。急に元の住んでいる町に戻った。少年はスキップをしながら鼻歌を歌う。そして、楽しい気持ちになって自宅に向かう。心は無敵だった。
夕暮れどきは空も薄暗くなっていた。気づくと、黒い服を着ていると車から見えにくい時間帯になっていた。そんなとき、ただでさえ小さくて見えにくい小学校1年生くらいの背の低い子供が道路を渡っていた。そこは横断歩道ではない。でも、その道路を通ったほうが近道で、渡りたくなる気持ちはよくわかる。しかし、運悪く来た車に少年はひかれてしまった。ケイタは自分より背の低い子供を目の前で助けることはできなかった。交通事故だ。
ヒーローならば、危機一髪という瞬間に助けるものだと思う。しかし、消しゴムの力はそういったことには使えない。ただ、ぼーっとして様子をながめていると――心のどこかで、さきほどのおにいさんの声が響く。
「今だろ、ヒーロー」
「今、僕にできること……」
ケイタ少年は急いで持っていた紙とペンを出す。そして、急いで文字を書いた。
「僕は、戦って助けるとか、危ない場面で助けることはできないけれど――」
ひとりごとをいいながらケイタは文字を書いた。
『こうつうじこ』
急いだせいで、雑な字になってしまったが、なんとか書いた。そして、いそいで文字を消す。
すると――不思議なことに、消しゴムを当てるとペンの文字がすうーっときえた。
その瞬間、世界が巻き戻された感覚になる。それはテレビの録画を巻き戻した瞬間と同じようだった。時間が逆に戻るというはじめての感覚だった。でも、さっきとは違い、事故にあうはずの小さな子供はちゃんと横段歩道橋のほうに歩いて行った。だから、事故にあわずに済む。そして、事故はなかったことになった。目立たないし、誰にも感謝されないけれど少年はヒーローになったのだ。少年の手ににぎられていたはずの消しゴムは消えてしまっていた。1回しか使えないというのは本当だったらしい。
ヒーローは目立つものだと思っていたけれど、感謝されなくても平和を作っていくことが真のヒーローだということを少年は強く感じた。そして、少年は大人になってもそのこころを忘れない、真のヒーローになっていた。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
呪配
真霜ナオ
ホラー
ある晩。いつものように夕食のデリバリーを利用した比嘉慧斗は、初めての誤配を経験する。
デリバリー専用アプリは、続けてある通知を送り付けてきた。
『比嘉慧斗様、死をお届けに向かっています』
その日から不可解な出来事に見舞われ始める慧斗は、高野來という美しい青年と衝撃的な出会い方をする。
不思議な力を持った來と共に死の呪いを解く方法を探す慧斗だが、周囲では連続怪死事件も起こっていて……?
「第7回ホラー・ミステリー小説大賞」オカルト賞を受賞しました!
怪談居酒屋~幽へようこそ~
弾
ホラー
コインロッカーベイビーにベッドの下男、はたまたターボババアまで。あんな怪異やこんな怪談に遭遇した人が助けを求めて駆け込む場所があった。それが怪談居酒屋『幽』
優しい美人女将といつも飲んだくれている坊主が貴方の不思議の相談にのります。
今宵も店には奇怪な体験をした人が現れて……
怪談や都市伝説を題材にしたちょっと怖くてちょっといい話。ホラーあり都市伝説講座ありの小説です。
ゴーストバスター幽野怜
蜂峰 文助
ホラー
ゴーストバスターとは、霊を倒す者達を指す言葉である。
山奥の廃校舎に住む、おかしな男子高校生――幽野怜はゴーストバスターだった。
そんな彼の元に今日も依頼が舞い込む。
肝試しにて悪霊に取り憑かれた女性――
悲しい呪いをかけられている同級生――
一県全体を恐怖に陥れる、最凶の悪霊――
そして、その先に待ち受けているのは、十体の霊王!
ゴーストバスターVS悪霊達
笑いあり、涙あり、怒りありの、壮絶な戦いが幕を開ける!
現代ホラーバトル、いざ開幕!!
『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』
不穏ラジオ−この番組ではみんなの秘密を暴露します−
西羽咲 花月
ホラー
それはある夜突然頭の中に聞こえてきた
【さぁ! 今夜も始まりました不穏ラジオのお時間です!】
私が通う学校の不穏要素を暴露する番組だ
次々とクラスメートたちの暗い部分が暴露されていく
そのラジオで弱みを握り、自分をバカにしてきたクラスメートに復讐を!!
禁踏区
nami
ホラー
月隠村を取り囲む山には絶対に足を踏み入れてはいけない場所があるらしい。
そこには巨大な屋敷があり、そこに入ると決して生きて帰ることはできないという……
隠された道の先に聳える巨大な廃屋。
そこで様々な怪異に遭遇する凛達。
しかし、本当の恐怖は廃屋から脱出した後に待ち受けていた──
都市伝説と呪いの田舎ホラー
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる