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雪月風花の残りの寿命

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 時羽は心の中で引っかかる言葉がずっと胸の中から消えなかった。誰もいない時間に喫茶店のパソコンで顧客取引の履歴を読む。すると、雪月風花のデータが出てきた。

 残り少ないと言っていたが、どういう意味だろう。普通顧客に残りの寿命を教えないことが多い。たまに同情の意味を込めて教えることもあるが、詳細までは教えられないことになっている。

【雪月風花 見える力を寿命20年分と取引。取引後の寿命。18歳の3月】

 なんてことだ。時羽は息を呑む。てのひらに冷や汗のようなものがじわりとにじんだ。嫌な予感はこれだったのか……。このデータが示すことから、18歳の高校を卒業する頃に雪月は死んでしまう。本人はどの程度知っているんだろう。多分、あと3年足らずだということは知っているような発言だった。しかし、幻想堂からは詳しい残りの寿命を話さないことが多い。本人は1年だと思っているかもしれないし、3年程度と思っているのかもしれない。時羽は頭を抱えて悩んでいた。

 今までの経験から若い客で、寿命が残り少ない場合はおおよその残りの寿命を教えることが多い。それによって取引を思いとどまってもらうことも多い。本人がまさか20年程度の寿命を差し出すことで死ぬとは思わないことも多いからだ。その場合は、もっと少量の寿命で取引できる商品を提案することが多い。

 実際、映像で心の中が見える力は一生もので他人のプライバシーも見るので、いただく寿命は多い。そんなに寿命が縮んでも彼女は見える力を得たいと思ったのだろうか。思い悩み決断を下した人間はたくさん見てきた。どんなに寿命が短くなろうとも残り少ない時間で満足がいくように能力を手にするものが多い。それは、追い詰められたゆえの決断なのかもしれないし、怨みや怒りから来る短絡的な決断だということもある。しかし、どんな理由でも客が望むのならば取引をするのが幻想堂の掟となっている。

 時羽は今までの雪月の振る舞いを見て、ピエロのような滑稽さと気の毒さと彼女の宿命に同情した。先が短いとわかっていて前向きに明るく振る舞う雪月の行動が理解に苦しむものであり、雪月が、空元気を出している表情のないお面をかぶったピエロのようにも見えてきた。もっと、素直に悲しい顔をしたり苦しい顔をするほうがずっと自然だ。若い時に、自分を犠牲にしてまで、死んだ人間のために何かをしようという行動自体間違っているような気がした。

 本来、客に対してそのような思いを抱くことは滅多にないのだが、今回は時羽のクラスメイトで身近な人の話のせいか、珍しく時羽は少々苛立ちすら感じていた。時羽の母親はなぜ止めなかったのだろう。犯人を捕まえたとしても、死人は生き返らない。証拠がなければ、逮捕は難しい。それなのに命を犠牲にして映像として心の中を見る力を手に入れた雪月のお人好しの馬鹿さ加減にあきれるばかりだった。

 受験勉強なんかやっても大学に行く前に死んでしまう。定期試験の勉強をしても、あと3年以内で死ぬのだ。高校を卒業することに意味を感じない。むしろ卒業と同時に死が待っている。

 時羽はいつも一生懸命になんでも引き受ける雪月の気持ちがさっぱり理解できなかった。どうせ死ぬのに図書委員なんかやるのか……。時羽は久々に自分で淹れたコーヒーを飲んで苛立ちを抑える。

 そして、ふと我に返る。あれ? どうして俺はあんなにイライラしていたんだろう。そんな自分に不可解さを感じて時羽はスマホをタップして、好きな漫画を読み始めた。そうだ、俺らしいことをしていれば、俺らしくない気持ちは消えるだろう。そう思い、好きな漫画の続きを読んで没頭する。

 創作の物語は素晴らしい。普通の人ができないことをいとも簡単に成し遂げるのが創作のキャラクターだ。一般的に存在しない容姿の美しい人間が創作の世界にはあふれるほど存在している。

 一見難解な言葉で感想を並べているが、これは時羽のお気に入りのバトルアクションのギャグ漫画の感想だ。時羽はギャグ漫画すらも小難しく感想を唱えることが得意だ。それは別の言葉で言うと、非常に面倒くさいタイプの人間だということでもある。一見インテリジェンスに満ち溢れているようで、実はサブカルチャーにしか興味がない人間だということを身近な人間は良くわかっているのだが、本人は無自覚だ。

 人間の記憶というのは厄介で、一度インプットされたものはそうそう簡単に忘れられるものではない。これから雪月を見るたびに、時羽は寿命を心配してしまうのかもしれないし、取引をした彼女に対して苛立ちを感じるのかもしれない。明るく振舞う彼女を見て馬鹿みたいだという罵る気持ちになるかもしれない。いずれにしても胸糞悪い気持ちが浮かぶだろうということは確定された。そんなやり場のない憤りに時羽はどうすることもできないでいた。それは、人に対して初めて抱く感情であり、幻想堂の店員としてではなく、初めて身近な人間に抱いた感情だったからかもしれない。

 放課後、時羽が帰宅すると、雪月は追いかけるようにやってくる。これは、新手の嫌がらせかもしれないと時羽は思った。しかし、残りの寿命のことを雪月本人に確認するチャンスでもある。しかし、彼女が残りの寿命を知らなければそれでいいと時羽は思っていた。知らないほうが彼女のためだ。

 しかし、どちらにしても彼女の寿命を延ばすことはできない。契約だから、見える力を返すから寿命を戻してと言われてもそれは不可能だった。なんて、不便な取り引きだろうか。返品不可能の取り引きは物品では当たり前だが、この場合、命の取り引きだ。しかし、例外を勝手に作ることもできないし、勝手に返品することはシステム上どんなに頑張ってもできない。目の前にいる人が死ぬということをわかっていながらどうにもできないということは、思った以上にストレスだった。

「ねぇ、今日は大きな公園に寄って行かない? あそこの夕陽がきれいなんだよね」
「なんで、俺にかまうんだ? 俺は気の利いたことは何もできないし、クラスでも友達がいないのは、君も知っているだろう」
「時羽君に友達がいないから、友達になってあげようかと思って」
「俺は友達なんかいらない」
 わずかなプライドで虚勢を張る。

「いつも、人と接するときバリアを張るでしょ。あれ、同級生に時羽バリアって言われているんだよ」
「別に張っているつもりはないけどな」
「無意識にバリアを作って、人を寄せ付けないの得意だよね。でも、嫌われているわけじゃないんだよ。話しかけにくいだけ」
「なぐさめかよ」
「本当はかなり友達欲しいと思っているでしょ?」
「心を盗み見たのか?」
「読まなくても、顔に書いてあるよ」

 いたずらに微笑みながら腕を後ろに組んで下から見上げられると、時羽は自分の顔に本当に文字が書いてあるような気がして、思わず自分の顔を触る。そして、自分のペースが保てなくなっていることでテンパってしまう。
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