冬月シバの一夜の過ち

麻木香豆

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一夜の過ち

第十一話 湊音の恩師

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 湊音は思い出す。

 教師になったばかりの頃。
 まだ20代前半。
 母校に赴任してすぐ元担任だった大島に剣道室に連れてかれた。

「湊音、剣道部の副顧問をやれ!」
「えええっ……僕はしばらく顧問はやらないつもりで」
 大島はジッと湊音を見る。

「元担任として、現上司としての命令だ」
「……め、命令?!」
 そういえばとさらに過去を思い出すとまだ湊音が高校生だった頃にも何度か剣道部に入れと勧誘されていたな、と。

「今度こそ流さないぞ。ここの高校は私立。よほどのことがない限り異動はない。俺と一緒に剣道部を盛り上げるぞ!!!」
「は、はい……」
「元気が足りない! 元気がないと教師はやっていけないぞ!!! 声を出せ!」
「はいっ!!!!」


 そうだ、この剣道室で……と汚れた畳の中でうずくまる湊音。

 体を起こしてもう帰らなくては、と立ちあがろうとするが力が出ないようだ。

「ごめんなさい。大島先生……」
 涙が止まらない湊音。

 そして体中に走る痛み。だがその痛みを懐かしく感じる。

 大島に初めて手ほどきを受けた時のものだ。剣道部就任したときに道場にも通い半年してからこの剣道室で初めて大島と一戦した時のこと。

 コテンパンにやられてしまった。あの頃受けた痛み、それに近い。

 大島が死んでからしばらく誰とも試合をしてなかった。

 久しぶりに試合をしたのがあのシバであった。

 手加減知らずはあの頃の大島そのものだった。

「大島先生……」

 懐かしい痛みに涙がまだ溢れる。

 両手には痛みだけではない。最後に湊音の手を握り締めた大島の大きな手。

『湊音、何かあった時は剣道部をよろしくな。俺の生徒だから、俺の部下だから大丈夫だよな?』

『何言ってるんですか。今大島先生はリハビリ頑張ってるし、こんなに掴む力あればなんとでもなります!また戻ってきてください!』

『ああ、その時は車椅子だが手加減はしないからお前も手加減するんじゃないぞ!』

『……はい』

『何泣いてるんだ! 返事は!』

『はい!!!』


 その数日後に大島がリハビリ中に転倒して死んだ。


「大島先生……」

 湊音の涙は止まらない。
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