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四年目

第六十八話 トクさん…無題

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 俺はハナの過去はどうでもいいと思いつつも、無視していた週刊誌の報道や記事を解散後に目を通した。体も動かずただ部屋の中で横になったスマホでずーっと眺めていた。

 本名は森巣花、旧姓は恵土。夫はギタリストの森巣馨《もりすけい》。マスターの息子だ。写真見たら似てはいないが彼のことを書いたサイトでは187センチの長身とあり、マスターも190超えているから体型は父親譲りなのだろう。
 頭を強く打ち死亡、この意味を知ってる俺にとってはハナたちのショックは計り知れない。
 二人が所属してきたビジュアル系バンドの映像も見たが、派手なメイクとゴスロリの金髪のハナ。他のメンバーもすごい格好だが、音楽が女性ボーカルの外国のバンドのEvanescenceみたいだと思ったら和製Evanescenceとみだしが書かれた雑誌の画像が出てきた。
 すごく力強く伸びの良いハナの声、当時は『edo』だが、この時よりも少し柔らかくなってるが多分わざとだ。アイドル向けにハナは歌い方を変えていたんだ。とてもいいバンドなのにもったいない。
 他にも卒業アルバムや子供の頃の写真とか家族が離散していることや何もかも俺は見た。
 俺の知らないハナを知った気持ちはもちろん複雑だったが、その過去を捨てアイドルに賭けていたのか?
 でもこの部屋の荷物の少なさ、もしかしてアイドル時代も捨てようとしているのか? それだけはやめてくれ。
 どのハナも好きだ。いや、君は……。

「……ハナ」
 俺はキスをした。夢でも妄想でもないよな? 目の前にいるのは本物だよな?

 口に放り込ませたピスタチオアイス。冷たいハナの舌。俺は舌を絡ませると彼女も上手に絡ませた。夫に調教されたのか、その舌遣いはっ!!
 すごく吸い付いてくる。柔らかい唇……いつもライブでベタベタにグロス塗って、最後の方に落ちてるとか思いながらも彼女の唇に吸い付きたい、いや酷い時は吸われたい俺のナニを、とか思ったこともある。

 本当に柔らかい、柔らかい。わざとチュッチュって音を立てるのは何だ? わざとか? あざといぞ、こんな時まで。興奮するではないかっ!
 俺は鼻息荒くなってヤベェと思った。さらにキスをし、押し倒した。
 胸が、ハナの胸があたる。俺はこれを触りたかった。もう問答無用で今触っているのだが、服越しに、想像以上に柔らかい。ハナは
「トクさんっ」
 と甘い声を出す。その声、そそられる。ますます興奮してきた。服の下にある胸が見たい! と、俺がシャツをめくろうとすると……腕を掴まれた。
「……暗くして」
 恥ずかしいのか? 何を今更。俺は首を横に振ると、彼女は俺の腕を離して自分からお腹を見せた。

 ……俺は電気を消せばよかった。

「私ね、事故の時に妊娠していたの。夫は多分気付いていたけど私が言うまで聞かずにいてくれた。もし言っていれば、この子は助かっていたかもしれない。出血が酷くてすぐお腹を切って措置をしたけど……死んでいたわ」
 彼女のお腹には大きな傷。彼女がグラビアでお腹だけは隠していた理由だ。あまりにも大きな傷である。
「阿笠先生は子供を助けたい一心でって……少し赤ちゃんの心拍があったらしいの。夫が死んだから、最後の望みとして……」
「ごめん……」
「トクさん、これは私と阿笠先生とマスターしか知らないことなの」
「体は大丈夫か? その、なんというか……」
「生理はちゃんときてるし、子供はできるって。アイドルの時はピル飲んでて体調整えていたの」
 子供っ!! その発言でこっから先に進んでいいってことなのか? なのか?
 俺はハナのお腹の傷を恐る恐る撫でた。
「ハナが気にするなら着たままでもええよ……」
「トクさん、見たいでしょ? 私のおっぱい」
 ドーーーーン!!!! 見ぬかれてるやん!!! いや、みたいですもちろん。

 と思ったら。
「ダメです、ここまでです」
「は?」

 ピロン

 聞き覚えのある音。ハナのスマホから。

「あ、下にタクシーが来たみたい。さっきタクシーのアプリ使ったの。簡単ね、こういうの疎い私でもできちゃった」

 ここまできてタクシーで返されるの?! 俺の何はあーなってこーなってるのに?!
 ああ、タクシーアプリは便利だよ、便利。俺が作ったんだよ、そうだよ誰でも使えるよ……!

 と思ってる間にもハナは俺の荷物を袋にまとめて渡してきた。
「キスしちゃったけどさ、ここまで」
「なんでだよ! ここまでって!」
「……だって」
 だってだなんて。俺はここで押し倒して彼女をメチャクチャにすることはできる。
 だが彼女の笑顔で俺はロックされた。握手会の時もそうだ。このまま抱きつきたい、キスしたいと思っても彼女のその笑みでそれ以上いかなかったのだ。

「これ以上越えてしまったら、もうトクさんと私の関係は変わってしまう……」
「もうキスしちゃったやん」
「最上級のサービス」
 10000近く払っての、てことか? いやアイドル時代にはこれ以上払った! でも握手、会話……。
 お前は男にお金を積まれたらキスをするのか? それ以上のことするのか? だったら俺は金を……てなんか違うか。

「これくらいの距離が一番いい。私も、トクさんも」
「このくらいの距離……」
 ハナに手を握られた。

「また、私を推してください。それがあなたの活力になるし、私の生きる希望になります」
 その手はあの頃よりもしっかりしててでも芯は暖かい。

 ……そうだ、この手の温もりが欲しくて彼女を応援してきたんだ。
 この手の温もりのために自分を変えた、変わった、仕事も頑張った、頑張れた。

「私も、がんばる。またトクさんに推してもらえるように」
 ハナ……。

「さーて、行った行った! もう先にアプリで入金したの。阿笠先生からもらった10000円で……あ」
「アガサせんせ……」
 なに、ハナを置いていった男はアガサなのか? まさかアガサと付き合ってるからもうこれ以上俺とはしないのか? 
「いくら積まれた、あの男に!! どこまで何をした、この胸を見せたのか?!」
 ついついボルテージが上がる。ハナは首を横に振った。

「阿笠先生ったらトクさんの行動把握してるんだから……」
「アガサが?!」
 マジかよ。まぁたまに家まで来てくれてるけども……探偵かよあいつ。
「毎日あの時間にトクさんがコンビニ行ってることをしてて私と合わせるように仕向けたってメールが」
 俺はハナのスマホをマジマジとみた。確かに。それを知ってて俺とハナを鉢合わせに?!

「もー、なにやってんだか。はいはい、では早く寝なさいね」
「あわわっ!!」
 俺は押し出されるように玄関まで押し出された。ファン現役の時だったら体力があったのだがすっかり体力も落ちてた。

「待たせてるから、早く」
 見下ろすとタクシーが本当に来ていた。

「……トクさんの生きる希望になれるよう、私も頑張る」
「生きる……希望……」
 ……てか君はもうアイドルじゃない。付き合って君を推す、それじゃダメなのか?

「またここに来ていいか」
「ダメです。今はまだ」
「……ハナぁ……!!!!! うああああああっ!!!」
 俺はハナのアパートから全速力で走り去った。タクシーはもういい、走って帰る! なんとなくこの場所はわかる! 走らないともうおさまりきらないこの感情と下のアレの欲望が止まんねぇんだよぉ!!!!

 俺は叫びながら、全速力で走った。絶対不審者だ。職務質問されなかっただけでも奇跡だ。

 ああ、ハナとキスした。お腹まで見た。あと少しだった。

 くそぉおおおおおおっ!!!


 なんだったらこれは夢だ、夢だっ! 夢だっ!! 俺はよく妄想という夢を見た。
 だからこれは夢なんだっ!!!!

 今はダメ、だったらいつかはいいんだよな?! お前はアラサーだ、もう結婚しなかんだろ!!!
 俺と結婚、いつかしてくれるんだよなぁ!!! 
 わけわからん、あああああああっ、スキダァ、スキダァ、ハナが好き、どこの誰よりもハナが好き!!!
 ハナともっと親密に、結婚するまで俺は推し続ける! 推し続けさせてくれ! 
 ハナは俺の生きる希望だ!!!!!
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