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事件
スーツに見合う中身
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伏せた目をした侑吾に言葉を掛けたのは老紳士だった。
「中身なんて、外を取り繕えば後からついてくるものでございます。鷹司様だって昔は口だけのぼんぼんでございました……失礼少々言い過ぎました。ほら、今では立派になられましたから」
「そうなんですか?」
「――まあ、そういう時期もあったという話だ。さあ、そのスーツで良いなら一旦彼に預けてくれ」
珍しく目を合わせない鷹司の頬が、少し赤くなっているのが見える。なるほど、幼いころからこの店に通っている鷹司は蕗谷には色々と知られているらしい。想像もしていなかった可愛らしい部分に、スーツで緊張していた肩の力が抜けてきた。
少し詰めるからと老紳士にスーツを渡すと、直しを待つ間の二人に紅茶が出された。一口飲んだところで、ブブ、とスマホのバイブレーションが鳴った。
「少しスマホを確認しても良いですか?」
「……ああ、もちろん」
そこには近藤からの『大丈夫ですか?無理しないでください』という文面が映し出されている。『よろしくお願いします。こちらは大丈夫です』とだけ返信し、再び視線を鷹司へ戻した。
「失礼しました」
「良いんだ。目を伏せた侑吾も美しいからね」
「またそんなことを……」
「侑吾、今日はふりだけれど本当に私は君と恋人同士になれれば良いと思っているんだ。――この店は私のとっておきでね、社内で優秀な者しか本来なら連れてこないんだ」
いつもの茶番かと、茶化そうとした侑吾の言葉を遮る熱視線に息を飲む。
「それは……」
「仕事においては早さが求められるが、恋愛には時間をかけるタイプなんだ。例え……今君が近藤と距離が近くても、私には諦める気は無いからね」
初めて、鷹司の今までの言葉が本気だったのだと侑吾は感じ取った。一旦理解してしまえば今まで言われてきた言葉がどんどんと頭の中に溢れてくる。いつもこんなにも真剣な表情で言われていたのかと思うと、顔が熱くなってくる。
鷹司の事をそういう対象として見たのはこれが初めてだから仕方がない。
「そんな……俺にはそこまで言って貰うような価値は無いです。近藤さんだって、いつ心変わりするかもわかりませんし……」
「侑吾、それは――」
「お待たせいたしました。超特急で仕上げてまいりました」
何かを言いかけた鷹司の横から、足音も無く蕗谷が美しく仕上げたスーツ一式を差し出してきた。鷹司と蕗谷にエスコートされ、侑吾は試着室の中で出来上がったスーツに手を通す。
やはり、少し詰めただけなのにフィット感が違う。先程でも十分素晴らしいと感じたが、少し直すだけでこんなにも違うのかと、匠の技を感じた。
試着室から出る時に侑吾の靴が無く、きょろきょろしていると、鷹司が片膝をついてきた。
「鷹司さん?!」
「足をあげてごらん」
言われた通り片足を持ち上げると、光沢のある皮の靴が履かされる。フィット感がすごい。
「ちょ、ちょっとこれ……?」
「スーツだけじゃあ足りないだろう。仕上げはやはり靴だよ」
「い、いやいや……これ多分高い靴ですよね?」
「値段なんて関係ない。侑吾に似合うか似合わないかだ。ほら、こっちに立ってご覧」
引っ張られた侑吾は、全身鏡の前に立たされた。肩幅のある鷹司が着るスーツは威厳に溢れているが、侑吾がまとうスーツからは少し違う雰囲気が溢れていた。例えるなら、夜の香りとでも言えるだろうか。
「――これはたまらないね。侑吾、一杯だけそのままで付き合ってくれないか?」
着ていた服は蕗谷によって美しくたたまれ、紙袋に入れられていた。紙袋を持った鷹司の言葉は高価なモノを頂いてしまってい手前、断る事の出来ない誘い文句だった。
「中身なんて、外を取り繕えば後からついてくるものでございます。鷹司様だって昔は口だけのぼんぼんでございました……失礼少々言い過ぎました。ほら、今では立派になられましたから」
「そうなんですか?」
「――まあ、そういう時期もあったという話だ。さあ、そのスーツで良いなら一旦彼に預けてくれ」
珍しく目を合わせない鷹司の頬が、少し赤くなっているのが見える。なるほど、幼いころからこの店に通っている鷹司は蕗谷には色々と知られているらしい。想像もしていなかった可愛らしい部分に、スーツで緊張していた肩の力が抜けてきた。
少し詰めるからと老紳士にスーツを渡すと、直しを待つ間の二人に紅茶が出された。一口飲んだところで、ブブ、とスマホのバイブレーションが鳴った。
「少しスマホを確認しても良いですか?」
「……ああ、もちろん」
そこには近藤からの『大丈夫ですか?無理しないでください』という文面が映し出されている。『よろしくお願いします。こちらは大丈夫です』とだけ返信し、再び視線を鷹司へ戻した。
「失礼しました」
「良いんだ。目を伏せた侑吾も美しいからね」
「またそんなことを……」
「侑吾、今日はふりだけれど本当に私は君と恋人同士になれれば良いと思っているんだ。――この店は私のとっておきでね、社内で優秀な者しか本来なら連れてこないんだ」
いつもの茶番かと、茶化そうとした侑吾の言葉を遮る熱視線に息を飲む。
「それは……」
「仕事においては早さが求められるが、恋愛には時間をかけるタイプなんだ。例え……今君が近藤と距離が近くても、私には諦める気は無いからね」
初めて、鷹司の今までの言葉が本気だったのだと侑吾は感じ取った。一旦理解してしまえば今まで言われてきた言葉がどんどんと頭の中に溢れてくる。いつもこんなにも真剣な表情で言われていたのかと思うと、顔が熱くなってくる。
鷹司の事をそういう対象として見たのはこれが初めてだから仕方がない。
「そんな……俺にはそこまで言って貰うような価値は無いです。近藤さんだって、いつ心変わりするかもわかりませんし……」
「侑吾、それは――」
「お待たせいたしました。超特急で仕上げてまいりました」
何かを言いかけた鷹司の横から、足音も無く蕗谷が美しく仕上げたスーツ一式を差し出してきた。鷹司と蕗谷にエスコートされ、侑吾は試着室の中で出来上がったスーツに手を通す。
やはり、少し詰めただけなのにフィット感が違う。先程でも十分素晴らしいと感じたが、少し直すだけでこんなにも違うのかと、匠の技を感じた。
試着室から出る時に侑吾の靴が無く、きょろきょろしていると、鷹司が片膝をついてきた。
「鷹司さん?!」
「足をあげてごらん」
言われた通り片足を持ち上げると、光沢のある皮の靴が履かされる。フィット感がすごい。
「ちょ、ちょっとこれ……?」
「スーツだけじゃあ足りないだろう。仕上げはやはり靴だよ」
「い、いやいや……これ多分高い靴ですよね?」
「値段なんて関係ない。侑吾に似合うか似合わないかだ。ほら、こっちに立ってご覧」
引っ張られた侑吾は、全身鏡の前に立たされた。肩幅のある鷹司が着るスーツは威厳に溢れているが、侑吾がまとうスーツからは少し違う雰囲気が溢れていた。例えるなら、夜の香りとでも言えるだろうか。
「――これはたまらないね。侑吾、一杯だけそのままで付き合ってくれないか?」
着ていた服は蕗谷によって美しくたたまれ、紙袋に入れられていた。紙袋を持った鷹司の言葉は高価なモノを頂いてしまってい手前、断る事の出来ない誘い文句だった。
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