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正しい事
悲哀
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「トゥフタ様、そろそろ何か召し上がってください」
「……いらぬ」
エベツは赤い果物の皮をナイフで剥き終えると、ため息をついた。
「さあ、どれなら食べれられますか?」
「いらない」
「いらなくとも召し上がって下さい。疲労を回復するには食べないと」
「蜜玉は口に入れている」
「それだけで賄えません!」
口元に果物を押し付けそうな程近づける。甘い果物の香りが一息吸うたびに感じられたが、トゥフタは無言で押し戻すだけだった。
「トゥフタ様――!」
「……タシュの安否が分かるまで、何もいらない」
トゥフタの言葉に、エベツはそれ以上食い下がれなかった。
タシュがクロレバに連れていかれ二晩を越えたが、その後の話は何も聞こえてこなかった。少なくともトゥフタとエベツが知る限り。
さすがに死体を捨てるなら、人手が必要だからどこかから話が入って来る筈だ。だから、まだきっとタシュは生きている。生きている筈だし、生きていてくれなくては困る。
考えれば考える程不安でいっぱいになる。タシュの名を口にするだけで、その不安は何倍にも膨れ上がってしまう。
「私は、間違えてしまったんだろうか」
不安を吐き出したくて、トゥフタは口を開いた。
「トゥフタ様……?」
「どこからが間違いだったのだろう。タシュをここに住まわせた時か?お前に探すよう命じた時?それともあの時湯浴みをしていたのがいけなかったのか」
「そんな、間違いだなんて……」
「王になったのも間違いだったのかもしれぬ。――私のような軟弱者には、この仕事は務まらない」
「何を、何を言うのです?」
「エベツよ。教えておくれ。王の引退は、どうすれば出来る?」
「――本気、ですか?」
窓の外を見つめるのみだったトゥフタが、やっとエベツの方を見た。青い瞳は悲しみに濡れ、深海のように深く沈んでる。悲しみに深く落ちた人は、こんな目をするのかとエベツの背に冷たいものを感じた。
「……ウユチュのように引退した女王はいるんだ。引退した王はいないのか?」
「……私は知りません。聞いた限りで、そのような王はいません」
「そうか……前王と話してみたかったな」
前王は、死ぬその前日まで王としての職務を全うしたらしい。歴代の王全てそうだ。エベツも会った事は無いから彼らが幸せだったのかは分からない。記録に残っているのは、歴代全ての王が死ぬまで王であったという事だけだ。
「……引退出来たら、どうするおつもりですか?」
エベツの問いかけに、トゥフタの瞳に僅かに光が宿ったのが見えてほっとする。
「海を見てみたい。海のように大きな湖もあるらしい。食べた事の無い料理を食べてみたい。自分の足で歩き、いきたい所へ行きたい。ああ、後、私はラクダにも乗ったことが無いからな。乗ってみたい」
「それは、一人で、ですか?」
楽し気に微笑んだトゥフタの動きが一瞬、ぎこちなくなる。今彼が口にした事は、全てタシュが今までの旅の思い出としてトゥフタに歌い聞かせていたものだ。
二人の目線が、部屋の隅に置かれたままになっているタンドールに向けられる。
「タシュと、タシュと行きたいんだ。こんなにも会いたい。タシュに会いたいんだ私は」
トゥフタの言葉を嬉しく思うと同時に、少しの切なさを感じ、エベツが緩く微笑んだ。
その時だった。扉の向こうがにわかに騒がしくなったのは。何やら声が聞こえ、衛兵が走る音だけが聞こえた。何かあったのだろうと、警戒したエベツが扉へと近づいた。
扉に手を掛けた時、体の分だけ扉を開けてするりと一人の女官が部屋に入って来た。
「……いらぬ」
エベツは赤い果物の皮をナイフで剥き終えると、ため息をついた。
「さあ、どれなら食べれられますか?」
「いらない」
「いらなくとも召し上がって下さい。疲労を回復するには食べないと」
「蜜玉は口に入れている」
「それだけで賄えません!」
口元に果物を押し付けそうな程近づける。甘い果物の香りが一息吸うたびに感じられたが、トゥフタは無言で押し戻すだけだった。
「トゥフタ様――!」
「……タシュの安否が分かるまで、何もいらない」
トゥフタの言葉に、エベツはそれ以上食い下がれなかった。
タシュがクロレバに連れていかれ二晩を越えたが、その後の話は何も聞こえてこなかった。少なくともトゥフタとエベツが知る限り。
さすがに死体を捨てるなら、人手が必要だからどこかから話が入って来る筈だ。だから、まだきっとタシュは生きている。生きている筈だし、生きていてくれなくては困る。
考えれば考える程不安でいっぱいになる。タシュの名を口にするだけで、その不安は何倍にも膨れ上がってしまう。
「私は、間違えてしまったんだろうか」
不安を吐き出したくて、トゥフタは口を開いた。
「トゥフタ様……?」
「どこからが間違いだったのだろう。タシュをここに住まわせた時か?お前に探すよう命じた時?それともあの時湯浴みをしていたのがいけなかったのか」
「そんな、間違いだなんて……」
「王になったのも間違いだったのかもしれぬ。――私のような軟弱者には、この仕事は務まらない」
「何を、何を言うのです?」
「エベツよ。教えておくれ。王の引退は、どうすれば出来る?」
「――本気、ですか?」
窓の外を見つめるのみだったトゥフタが、やっとエベツの方を見た。青い瞳は悲しみに濡れ、深海のように深く沈んでる。悲しみに深く落ちた人は、こんな目をするのかとエベツの背に冷たいものを感じた。
「……ウユチュのように引退した女王はいるんだ。引退した王はいないのか?」
「……私は知りません。聞いた限りで、そのような王はいません」
「そうか……前王と話してみたかったな」
前王は、死ぬその前日まで王としての職務を全うしたらしい。歴代の王全てそうだ。エベツも会った事は無いから彼らが幸せだったのかは分からない。記録に残っているのは、歴代全ての王が死ぬまで王であったという事だけだ。
「……引退出来たら、どうするおつもりですか?」
エベツの問いかけに、トゥフタの瞳に僅かに光が宿ったのが見えてほっとする。
「海を見てみたい。海のように大きな湖もあるらしい。食べた事の無い料理を食べてみたい。自分の足で歩き、いきたい所へ行きたい。ああ、後、私はラクダにも乗ったことが無いからな。乗ってみたい」
「それは、一人で、ですか?」
楽し気に微笑んだトゥフタの動きが一瞬、ぎこちなくなる。今彼が口にした事は、全てタシュが今までの旅の思い出としてトゥフタに歌い聞かせていたものだ。
二人の目線が、部屋の隅に置かれたままになっているタンドールに向けられる。
「タシュと、タシュと行きたいんだ。こんなにも会いたい。タシュに会いたいんだ私は」
トゥフタの言葉を嬉しく思うと同時に、少しの切なさを感じ、エベツが緩く微笑んだ。
その時だった。扉の向こうがにわかに騒がしくなったのは。何やら声が聞こえ、衛兵が走る音だけが聞こえた。何かあったのだろうと、警戒したエベツが扉へと近づいた。
扉に手を掛けた時、体の分だけ扉を開けてするりと一人の女官が部屋に入って来た。
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