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旅人

美しい男

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「~~っ?!」

「あ、わるい、つい……」

「は、なっ、せ!」

 ぐいぐいと押し返してくる手首を、反射的にタシュは掴んでしまう。まともな鍛錬も積んでいないだろう非力な体は、それだけで身動きが取れなくなる。

「逃げんなって、これでも必死でここに来たんだから」

「手を、離せっ」

「だから聞いてよ。あ、そうだ、あんた名前は?」

「離せと言っている!」

 わなわな唇を震わせる様子に、タシュの力が緩んだ。その隙に手を振り払うと、しばしの無音が二人の間に流れた。腕から雫が、ぽたり、ぽたりと浴槽に落ちる。

「ご、ごめん。そんなに怒……」

 振り払われた手を迷わせながら、強い拒絶に動揺したタシュが詫びを述べようとした時、慌ただしい多数の足音が近づいてきた。

 咄嗟にタシュの頭の中に嫌な予感が駆け巡る。いくら裕福な国とは言え、こんな立派な風呂がある屋敷に住むという事は、目の前の美しい男の身分はとてつも無く高いのではなかろうか。

「えーっと……す、すみませんでした!」

 チャラけて、ウインクをして頭を下げると、タシュは湯をかきわけ、侵入してきた進路を遡って駆け出した。

「トゥフタ様!ご無事ですか?!」

 武装した数人を引き連れてきた先頭の長い服を靡かせた背の高い女は、タシュの姿を目に捕らえると即座に後ろに指令を出した。

「侵入者だ!即刻捕えろ!」

 ガチャガチャと刀を擦り合わせながら、衛兵たちがタシュを追う。

「トゥフタ様、ご無事ですか?」

「ああ……」

「申し訳ありません、湯浴みのお邪魔をしてしまい。あの者即刻捕えクロレバ様の元へ連行します」

「エベツ、クロレバへは秘密にあの男を捕え、私の元へと連れてきてくれぬか?」

「は……?しかし……」

 エベツと呼ばれた長身の美女は、眉を寄せた。

「あの者アイムの名を口にしたのだ」

「アイムの……!」

「ああ、頼んだぞ」

 湯から体をあげたトゥフタの体に、金色の長髪が絡む。さながら神話の神々の彫像のような美しさに、エベツは深く頭を下げたのだった。
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