鬼怒川さんと坊

花田トギ

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逃亡先の安らぎ

風邪で寝込む2

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「失礼します」
 鍛えられた上腕二頭筋を使い、前川は扉を再び開ける。一瞬気を緩めた鬼怒川の落ち度だ。
「おい?!」
「ちょっとおでこ触りますね」
 手早く靴を脱ぎ揃えた前川は、竜児の横にちょこんとお行儀よく座った。
「んー……」
「熱高そうです。薬は?」
「――ある……って不法侵入ですよ?!」
「俺と竜児さん友達なんで、友達が家に入っても何も問題ないでしょう?」
「……っ!そんな訳がないでしょう!?」
「アンタの手のがあついじゃん」
 薄く目を開いた竜児が、辛そうに笑った。
「そういやオレ体温高いんでした」
 ほのぼのとした前川の返事に、鬼怒川の苛立ちが募る。
 大切な竜児が風邪を引くだなんて自分の不徳の致すところだ。とはいえ、それを他人様に見られたくはない。
「おい、はよのけやボケ。坊に触んな」
 前川の胸倉を掴みかからんとする鬼怒川のおでこには、青筋が浮いている。見た目からして強面なのに、その筋の人にしか見えない。
「俺の友達だってば。大事にしろよきぬ」
「――なっ?!」
「薬あるならもうちょいしたらオレ仕事終わるし、栄養剤とかも買ってきますよ」
「あー。じゃあブドウのゼリーも頼める?」
「ええ、もちろん」
 二人の仲良さげなやり取りに、青筋が浮いていた額には冷や汗が滲みだした。
「じゃ、また後で来ます」
 竜児に挨拶した後、鬼怒川にもぺこりと頭を下げる。
「うん、ありがと前川サン」
 手を振って、にこやかな笑みを浮かべたまま、前川は部屋を出ていった。
「坊……どういうこってぇ?」
 奥歯を噛み締めながらの鬼怒川の問いかけに、竜児は一瞥をくれるだけだ。
「あー……ちょっとしゃべって疲れたなぁ。前川サン来るまで寝てていいよね?」
「――っ!坊ちゃん、質問に答えて下さい」
「眠い時に寝ないとね、熱下がらないから」
 そう言って布団を頭の上まで被る竜児の横で、鬼怒川は頭を抱えた。
――全てを知っていた筈の相手なのに。いつの間にあの男とのつながりが出来たのだろう。
 引っ越さなくてはならない。
 竜児が寝息を立てたのを確認して、鬼怒川は知人の賃貸業者へと電話をし始めた。
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