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13章 過去の真実【4】

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 禁断の地・ルグイア。古い言い伝えに残る、遠い昔に滅びた文明の跡地。アトル村では魔の領域と呼ばれ、そこへ踏み入ることを強く禁じられていた。

「魔の領域?」
「かつてその文明は、魔神を呼び出そうとして滅びた……。そう伝えられている故に、村では魔の領域と呼んでいるのさ」
「魔神か。アトル村の子供はそれを聞かされて、怖がってルグイアへは近寄らないようにしていたな。まさかそんな場所に本当に異界の存在、なんてものが現れるとはな」
「言い伝えは本当、なんですかね。……! みんな、モンスターよ」

 言葉を交わしながらの山中行軍、イセシアの一声に全員が戦闘態勢を取る。現れたのはコボルトやスライムなどの混成群だった。

「さっさと蹴散らして目的地へ向かうぞ!」
「あぁ!」「えぇ!」「了解だ!」

 ヤッシュの掛け声に全員が応え、それぞれに別々のモンスターへと仕掛けて行く。襲い掛かるコボルトの懐に素早く潜り込み、手にした剣を横に一閃。崩れ落ちる敵の横をすり抜け背後のコボルトにもそのままヤッシュが斬りつけていく。

「ウィンドカッター!」

 左右に動きながら這い寄るスライムに向けて、ギースの魔法が撃ち出される。無数の刃となった風に斬り裂かれ、地面に溶け広がるスライムの肉体。魔法を放った直後のギースを狙って、 別の個体が飛び掛かるが……

「ライトニングアロー!!」

 イセシアに放った雷撃の矢に射抜かれ、スライムは弾け散る。

「はああっ!!」

 フラッドは気合いの声を上げながら、数体で隊列を成して突っ込んでくるウルフたちに向かっていく。戦闘の一匹が直前で横に跳び、その後ろからタイミングをズラしてフラッドへ大きく口を開けて飛び掛かる。
 が、開かれた口内目掛け繰り出された剣の切っ先がそのまま獣の頭を貫いていく。そこへ横あいから、二匹のウルフが襲い掛かるが。

「ふんっ!」
「ファイアーボール!」

 飛び込んできたヤッシュが振り下ろした剣と、ギースの放つ炎の弾丸がそれぞれ打ち倒した。その間にフラッドは獣から剣を引き抜き、戦いはそれで終わりを迎えた。
……かに思えたが。

「ほぅ、侵入者がいるのは知っていましたが、なかなかやりますね」
「何者!? きゃあっ!」
「イセシア!?」

 突然聞こえてきた声にイセシアが振り向こうとして、悲鳴と共にその身体が大きく吹き飛ばされる。声を上げ、イセシアに駆け寄るギースだったが。

「クックックッ、隙だらけだぞ」
「ぐあぁっ!!」

 宙を裂いて飛び来た矢に左足を貫かれ、大地に転がってしまう。続けて放たれた二、三本の矢はしかしギースとイセシアの前に立ちはだかったヤッシュとフラッドの剣によって、敢えなく打ち落とされた。

「誰だ、お前は」

 キッとヤッシュが睨みつける視線の先には、黒いローブに身を包んだ怪しい雰囲気の男の姿。そしてその傍らには大柄なトロルと、弓を携えたゴブリンが付き従っていた。

「我が名はウーノム。こことは違う世界より召喚されし者よ」
「まさか、お前が異界の……!?」

 ウーノムの言葉にヤッシュが戸惑いの声を上げる。その背後では倒れたギースとイセシアの元へ、フラッドが素早く駆け寄っていく。

「二人とも、大丈夫か!?」
「くっ、すまないフラッド。足に矢が……」
「うっ……くぅ……っ」

 ギースは左足の大腿に深々と矢が食い込み、立ち上がるのも困難な様子だった。イセシアの方はしたたかに身体を打たれたのか、激痛に喋ることもままならない状態。

「いかにも……と言いたいが、我は異界の神たる魔竜に召喚された身に過ぎんよ」
「魔竜、だと?」
「左様。貴様らも耳にしているのではないか? 我が主の響かせし咆哮を」

 ウーノムの語りに、ギースとイセシアの応急処置をしていたフラッドの手が止まる。竜もまた精霊と同じく、おとぎ話でしか知らない存在だった。

「いったい何が目的だ?」
「くくくっ、我はただこの力を試したいだけ。そして我が主は、完全なる肉体を得ること……この世界に破壊をもたらす為にな」
「なるほどな。ってことは、まだその魔竜とやらは不完全な状態な訳だ」

 不気味な笑みを浮かべながら言ったウーノムに、ヤッシュが不敵な笑みを見せながら言う。その一言に、ウーノムの表情は険しい物へと変わった。

「……フラッドくん、後はわたしが」
「大丈夫か、イセシアさん」
「えぇ、精霊様の加護のおかげかな。とにかく治癒魔法でギースを……ホーリーエール!」

 言ってイセシアが唱えると、ギースを中心に優しい光が広がりイセシアとフラッド、そしてヤッシュまでも包み込んでいく。

「イセシア、これは……?!」
「凄い、いつもと同じに唱えたのにこれほどの回復力だなんて」
「ほう! これは素晴らしいな。それにそっちの男の手にある杖……そこからも凄まじい魔力を感じるぞ」

 それを見たウーノムが感心したように言葉を発する。そのまま二人に向けて右手を突き出し、呪を唱え始める。

「ギース、イセシア! 何か来るぞ、気を付けろ!!」

 ヤッシュがギースたちへ声を飛ばすのとほぼ同時に、ウーノムのそばに立っていたトロルが襲い掛かって来た。手にした巨大な樹の棒をヤッシュ目掛けて力任せに振り下ろす。

「チィッ!」

 ヤッシュがトロルの一撃をかわすのと、ウーノムがどす黒い波動をギースたちへ放つのはほぼ同時だった。

* * * * *

「ーっ!」

 マチーナが息を飲む。だが、フラッドは首を横に振り、彼女の頭にあった想像を否定した。

「その時はまだ、マチーナの両親がやられた訳じゃないんだ」
「えっ?」
「どういう事ですか」
「そこから、俺たちは窮地に絶たされる事になるんだが……!?」

 その時だった。辺りを震動が襲ったのは。

『フラッド……。どうやら侵入者のようだ』
「ここを嗅ぎ付けたか」

 精霊の言葉に、フラッドは少し険しい顔をして言う。マチーナもまたハッとした顔を浮かべていた。

『この洞穴は我の張り巡らせた魔力の結界に守られてはいるが……。この様子では長くは保つまい』
「迎え撃つしかないか。そっちの方はまだ時間が掛かりそうか?」
『今しばらくの時を要するな。これが終わるより、連中の来る方が早かろう』
「そうか。ティート、マチーナ。お前たちはここで待っていろ、敵はオレが相手をしてくる」
「待ってください!」

 言って立ち上がるフラッドを、ティートが呼び止めた。その顔にフラッドは不意に懐かしさを覚える。

「僕も一緒に行きます! 役には立てないかもしれませんが……」
「いや、お前はここにいて、親父さんの……ヤッシュの形見を受け取るんだ。オレの方に来るのはそれからで構わない」
「でもっ!」
「ティート、今はフラッドさんに従いましょう。元々アタシたちをここへ連れてきたのは、それが目的だったんだから」

 食い下がるティートをマチーナが説得する。彼女の顔にもまた、フラッドは懐かしさを感じた。
ティートとマチーナ、二人には確かにかつてフラッドが尊敬の念を抱いた三人の面影が覗いていたから。

「ティート、今起きている災厄を止めるためにはヤッシュの剣が必要になる。だからそれを受け取るまでここにいるんだ。それにマチーナも守らないとダメだろう?」
「ですが……。いえ、わかりました。父さんの剣を受け取り次第、すぐに駆け付けますから。それまで持ちこたえて下さいます、フラッドさん」
「無茶はしないでくださいね、フラッドさん。信じてますから!」
「あぁ。じゃ、行ってくるぜ!」

 二人へと頷き、フラッドは階段を駆け上がって行った。再び辺りを震動が揺らす。
フラッドの背中をティートとマチーナの二人は、厳しい表情で見送っていた。

* * * * *

 階段を駆け上がり建物の中に出ると、先程よりも強い震動がフラッドの身体に伝わってきた。

「どうやら前回よりも力を増してるようだな……」

 呟きながら建物を後にし、洞穴の入口に向けて走り出す。洞穴の壁をほのかに照らす光が弱々しく明滅をしていた。
 やがて入口に辿り着くと、そこには黒いローブの男と共に、二体の大型のモンスターの姿を認める。

「ほぉ、わざわざ出迎えに来たか。だがこの邪魔な結界も丁度破れるところでな」
「知ってるか、そういうの不法侵入って言うんだぜ?」
「くくっ、戯れ言を!」

 フラッドの軽口を一笑に伏し、結界に向けた両手からローブの男の魔力が放出される。何もないはずの空間に亀裂が生じ、直後に音もなく崩れ去った。

「前よりも力を上げてるな、その様子だと」
「わかるか? あの時よりもさらに私は力を高めているのが」
「まぁ、な。それにお供の方もなかなかの強面だしな」

 ローブの男に付き従っていたのは、トロルよりもさらに巨大な体躯を備えたモンスター・オーガであった。全身が筋肉の塊といった風体で、その手に握られたのはフラッドの身長よりも長く幅の広い大剣が一振り。
そんな強靭なモンスターを、ローブの男は二体も従えていた。

「さすがにオーガ二体を相手にするのは、荷が勝ちすぎるな……」
「そうだろう。死にたくなければ大人しく私を奥へ通すことだな」
「通したからって、見逃してくれるとは思えないがな?」
「くくっ、よくわかっているじゃないか……! お前たち、あの男を始末しろ!!」
『グオオオオッ!』

 ローブの男の号令に従い二体のオーガが同時に吠えて、フラッドとオーガの戦いが幕を開けた。
巨大な体躯をそのままに感じさせる重い足取りで突進するオーガへ、フラッドが背中から剣を引き抜きながら迎え撃ちに走っていく。

「ヌオオオッ!」

 巨大な刃を片手で力任せにオーガが振り抜いてくる。姿勢を低くしたフラッドの頭上すれすれを刃が薙ぎ、遅れてやって来た風圧に動きが一瞬鈍らされてしまう。

「ガアアアッ!」

 動きを鈍らせたフラッドに、もう一体のオーガが振り上げていた刃を振り下ろして来た。まだ残る風圧に逆らわず、フラッドはそのまま後ろへと跳び退いてそれを避ける。

(こんなもの受け止めたら、剣ごと真っ二つだな)

 胸の内で呟くフラッドへ、オーガが迫り来る。今度は突進をしながら刃を握る手を出鱈目に振り回して来た。
再び後ろへ下がる……と見せかけて、オーガの刃が後ろを引かれた瞬間を見計らい、フラッドは地面を蹴った。

「グアッ!?」

 敵の予想外の動きに戸惑うオーガが体を一瞬停め、横をすり抜けていくフラッドを目で追い掛ける。と、その直後にオーガの脇腹から、鮮血が噴き出した。
すれ違い様に一閃したフラッドの剣が、オーガの胴を薙いだ結果だったが……

「さすがに筋肉が鎧みたいになってるな」

 硬い筋肉に覆われたオーガを浅く斬りつけるに留まり、フラッドは素早く距離を取った。

「無駄だ。剣などでオーガの肉体を斬るなど、ただの剣士には到底不可能。諦めて大人しくやられるがいい!」
「冗談! オレはそんなに殊勝でも無ければ、ただの剣士でも無いんでね!!」

 勝ち誇った声を上げるローブの男に言葉を返しながら、フラッドが身体を急転回させる。しっかりと柄を両手で握り締め、もう一体のオーガとの距離を縮めていき。

「はああああっ!!」

 気合いと共に放った一撃が、反撃の態勢を取っていたオーガの首を斬り飛ばした。

「なんだと!?」

 それを余裕の表情で見ていたローブの男の顔に、驚きの色が差し込む。着地したフラッドの背後、首から上を失ったオーガの肉体が仰向けに倒れ込み震動を発生させる。

「悪いね。オーガとの戦い方も経験済みなもんでね」
「貴様……!!」

 言ったフラッドの飄々とした表情と真逆に、ローブの男の顔には激しい怒りが浮かんでいた。
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