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そうこうしているうちに倖がおばあさんを抱き起こしにかかっていたので、慌てて反対の肩に体を入れ込んで持ち上げた。
「よし、行くぞっと!」
倖の掛け声に、2人でおばあさんを抱えて浴室へと足を踏み出す。
意識のない人間というのは思った以上に重たくて、たった一歩踏み出しただけだというのに、りんはよろよろとたたらを踏んでバランスを崩す。おまけにりんよりもおばあさんの方が身長が大きいので、足を引きずってしまっていた。
「風呂の外まででいいから頑張れ!」
「う、……は、い、」
先程りんが水を出してしまったせいで、濡れて滑りやすくなったタイル張りの浴室をよたよたと進み、狭い勝手口を倖からゆっくりと抜ける。
外の通路に出た倖はりんからおばあさんを背中へと受け取り、そのまま背負って1人で外へと連れ出して行った。
外にいた人達が、わっ、と大きな歓声があげるのが聞こえた。
それにほっとして、浴室を出ようとしたその時、先ほどの光景がりんの脳裏をよぎった。
りんは背後を振り返る。
まだそこにいるような気がして。
煙はもうほとんどない。
眼鏡をそっと押し上げると、果たしてそこに『彼』はいた。
どうしてこんなところに人が、とりんは驚き動きを止める。
そうして慌てて声をかけた。
「か、火事、ですよ?外、行きましょう!」
同じ高校の生徒だ。
倖と同じ制服を着て、脱衣所の床に正座をしている。そして只静かに『彼』はりんを見ていた。
微動だにしない『彼』に業を煮やし、りんは脱衣所へと駆けよりかけて、また、足を止めた。
いない。
今、目の前に、確かに。
そうして気づく。
手を、離した。
裸眼で『視る』ために押し上げていた眼鏡から、手を、離した。
まさか、とりんは震える手でゆっくりと眼鏡を上にずらした。
精悍な顔つきの青年が、そこにいた。
その顔や半袖のシャツからすらりと伸びた骨太の両腕は、健康的な色に日焼けしている。
短髪にきれいに整えられた髪がよく似合っていた。
運動部にでも入っていたのかもしれない。
逞しい体躯をぴしりと伸ばして、その『彼』が、今にも泣き出しそうな顔で少し笑い、外を指差す。
そうして、ゆっくりと、深く頭を下げた。
「おい!」
ぼぅっと視ていたりんの二の腕が、強く外に引かれた。
そのままよろけて、ぽすりと頭が何かに当たる。
『彼』が着ていたシャツと同じデザインの、長袖。
見上げるとピンクのゴーグルとマスクを外した倖が恐ろしい形相で睨んでいる。
「何やってんだ。」
「え、えっと、」
「えっとじゃねぇ。」
そうしてぐいっと引かれて浴室から通路へと降りた。
歩き出す前にもう一度脱衣所へと視線を向けたけれど、今度は眼鏡をしっかりかけていたから。
そこにはもう、何も視えなかった。
視えなかったことを残念に思ったのは、初めてだった。
「よし、行くぞっと!」
倖の掛け声に、2人でおばあさんを抱えて浴室へと足を踏み出す。
意識のない人間というのは思った以上に重たくて、たった一歩踏み出しただけだというのに、りんはよろよろとたたらを踏んでバランスを崩す。おまけにりんよりもおばあさんの方が身長が大きいので、足を引きずってしまっていた。
「風呂の外まででいいから頑張れ!」
「う、……は、い、」
先程りんが水を出してしまったせいで、濡れて滑りやすくなったタイル張りの浴室をよたよたと進み、狭い勝手口を倖からゆっくりと抜ける。
外の通路に出た倖はりんからおばあさんを背中へと受け取り、そのまま背負って1人で外へと連れ出して行った。
外にいた人達が、わっ、と大きな歓声があげるのが聞こえた。
それにほっとして、浴室を出ようとしたその時、先ほどの光景がりんの脳裏をよぎった。
りんは背後を振り返る。
まだそこにいるような気がして。
煙はもうほとんどない。
眼鏡をそっと押し上げると、果たしてそこに『彼』はいた。
どうしてこんなところに人が、とりんは驚き動きを止める。
そうして慌てて声をかけた。
「か、火事、ですよ?外、行きましょう!」
同じ高校の生徒だ。
倖と同じ制服を着て、脱衣所の床に正座をしている。そして只静かに『彼』はりんを見ていた。
微動だにしない『彼』に業を煮やし、りんは脱衣所へと駆けよりかけて、また、足を止めた。
いない。
今、目の前に、確かに。
そうして気づく。
手を、離した。
裸眼で『視る』ために押し上げていた眼鏡から、手を、離した。
まさか、とりんは震える手でゆっくりと眼鏡を上にずらした。
精悍な顔つきの青年が、そこにいた。
その顔や半袖のシャツからすらりと伸びた骨太の両腕は、健康的な色に日焼けしている。
短髪にきれいに整えられた髪がよく似合っていた。
運動部にでも入っていたのかもしれない。
逞しい体躯をぴしりと伸ばして、その『彼』が、今にも泣き出しそうな顔で少し笑い、外を指差す。
そうして、ゆっくりと、深く頭を下げた。
「おい!」
ぼぅっと視ていたりんの二の腕が、強く外に引かれた。
そのままよろけて、ぽすりと頭が何かに当たる。
『彼』が着ていたシャツと同じデザインの、長袖。
見上げるとピンクのゴーグルとマスクを外した倖が恐ろしい形相で睨んでいる。
「何やってんだ。」
「え、えっと、」
「えっとじゃねぇ。」
そうしてぐいっと引かれて浴室から通路へと降りた。
歩き出す前にもう一度脱衣所へと視線を向けたけれど、今度は眼鏡をしっかりかけていたから。
そこにはもう、何も視えなかった。
視えなかったことを残念に思ったのは、初めてだった。
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