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スマホを向けるばかりで倖に続こうという男性など皆無だった。
腹がたったが、怖くて竦んで動けない自分に、一番腹が立った。
辺りの空気がほんわりと熱を帯びる。
それはちょっと暖かいかな、という程度のものだったが、中にいる倖は、きっと、もっと。
焦燥で涙が滲んだ、その時。
視界の隅にチラリと赤いものがよぎった。
咄嗟に眼鏡を上にあげて店の横手を見ると、いつもは正面の扉から入っていくそれが、店とブロック塀の間の通路のようなところを這いつくばって進んで行くのが煙の向こうに微かに視えた。
あちらからも入れるのだろうか。
店の扉からは大量の煙が吐き出されているが、あれが行った先からは少しの煙しか出ていない気がする。
私でも、中に入れるかもしれない。
そう決断してしまえば、後は早かった。
りんは2つのリュックをその場に置き、もうもうと煙を吐き出す店へと向かって走り出した。
◇◇◇◇◇◇
通路と思われた場所は、物干し場となっていた。そこを少し進むとすぐに行き止まりで、正面に物干し竿、その一番奥にはゴミ置き場が見て取れる。
左手には蓋の外れた洗濯機が設置されている。倖が壊したというのは、きっとこの洗濯機のことだろう。
奥の左手に店の勝手口があり、銀色のドアが開けっ放しになってゆらゆらと揺れている。
思った通り、その勝手口からはたなびくような細い煙しか出ていない。
思い切って一歩中に入ってみる。中はいきなり浴室になっていた。レトロなタイル張りをそろそろとすすむと目の前に脱衣所へと続くだろう引き戸が目に入る。りんはその引き戸を躊躇いもせずに思い切り引き開けた。
直後に真っ黒な煙に襲われ慌てて袖で口を覆うが間に合わず、思い切り煙を吸い込みげほごほと咳き込んでしゃがみこんだ。
煙が目にしみてぼろぼろと涙が出る。りんは咳き込みながら浴室にとって戻りポケットからハンカチを取り出した。浴槽の蛇口をひねってハンカチをバシャバシャと濡らし、絞ることもままならず、そのまま涙の止まらない目を拭く。ハンカチから零れ落ちる水が制服を濡らしたが構ってなどいられなかった。少し落ち着いてからハンカチを絞り、それで鼻と口を覆うと姿勢を低くして再び脱衣所へと向かった。
煙は上を通って外へと流れてゆく。それをごく薄目で見上げながら脱衣所に足を踏み入れ、りんは盛大につんのめって転んだ。
「っっ!?」
正確には、何かに乗り上げて前のめりに床にりんは突っ込んでいた。
下半身はその何かにまだ乗り上げたままだ。咄嗟に出した両手で顔は庇ったがかしゃりと音を立てて眼鏡が落ちる。じん、と痛む手のひらをゆっくりと動かして眼鏡を確保し、いったい何があったのかとチラリと背後に視線をやって、りんは大きく目を見開いた。
あの、真っ赤に爛れたアレが、何かに覆い被さるようにしてうずくまっていた。
けれど、薄もやのように漂う煙とド近のせいでそれ以外のものがさっぱり見えなかった。りんが震える手で眼鏡をつけて見ると、茶色のカーデガンをつけた人物が横倒しに倒れている。
腹がたったが、怖くて竦んで動けない自分に、一番腹が立った。
辺りの空気がほんわりと熱を帯びる。
それはちょっと暖かいかな、という程度のものだったが、中にいる倖は、きっと、もっと。
焦燥で涙が滲んだ、その時。
視界の隅にチラリと赤いものがよぎった。
咄嗟に眼鏡を上にあげて店の横手を見ると、いつもは正面の扉から入っていくそれが、店とブロック塀の間の通路のようなところを這いつくばって進んで行くのが煙の向こうに微かに視えた。
あちらからも入れるのだろうか。
店の扉からは大量の煙が吐き出されているが、あれが行った先からは少しの煙しか出ていない気がする。
私でも、中に入れるかもしれない。
そう決断してしまえば、後は早かった。
りんは2つのリュックをその場に置き、もうもうと煙を吐き出す店へと向かって走り出した。
◇◇◇◇◇◇
通路と思われた場所は、物干し場となっていた。そこを少し進むとすぐに行き止まりで、正面に物干し竿、その一番奥にはゴミ置き場が見て取れる。
左手には蓋の外れた洗濯機が設置されている。倖が壊したというのは、きっとこの洗濯機のことだろう。
奥の左手に店の勝手口があり、銀色のドアが開けっ放しになってゆらゆらと揺れている。
思った通り、その勝手口からはたなびくような細い煙しか出ていない。
思い切って一歩中に入ってみる。中はいきなり浴室になっていた。レトロなタイル張りをそろそろとすすむと目の前に脱衣所へと続くだろう引き戸が目に入る。りんはその引き戸を躊躇いもせずに思い切り引き開けた。
直後に真っ黒な煙に襲われ慌てて袖で口を覆うが間に合わず、思い切り煙を吸い込みげほごほと咳き込んでしゃがみこんだ。
煙が目にしみてぼろぼろと涙が出る。りんは咳き込みながら浴室にとって戻りポケットからハンカチを取り出した。浴槽の蛇口をひねってハンカチをバシャバシャと濡らし、絞ることもままならず、そのまま涙の止まらない目を拭く。ハンカチから零れ落ちる水が制服を濡らしたが構ってなどいられなかった。少し落ち着いてからハンカチを絞り、それで鼻と口を覆うと姿勢を低くして再び脱衣所へと向かった。
煙は上を通って外へと流れてゆく。それをごく薄目で見上げながら脱衣所に足を踏み入れ、りんは盛大につんのめって転んだ。
「っっ!?」
正確には、何かに乗り上げて前のめりに床にりんは突っ込んでいた。
下半身はその何かにまだ乗り上げたままだ。咄嗟に出した両手で顔は庇ったがかしゃりと音を立てて眼鏡が落ちる。じん、と痛む手のひらをゆっくりと動かして眼鏡を確保し、いったい何があったのかとチラリと背後に視線をやって、りんは大きく目を見開いた。
あの、真っ赤に爛れたアレが、何かに覆い被さるようにしてうずくまっていた。
けれど、薄もやのように漂う煙とド近のせいでそれ以外のものがさっぱり見えなかった。りんが震える手で眼鏡をつけて見ると、茶色のカーデガンをつけた人物が横倒しに倒れている。
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