世界は嘘であふれてる

雪代

文字の大きさ
上 下
3 / 18
嘘つき姫は小屋を建てる

夜のお散歩

しおりを挟む
 この世界には、『法』と呼ばれる力を持った人間が存在する。
 『法』は、この世をあまねく司る唯一の存在『聖女』様が、自らお選びになった人々にのみお与えくださる力。
 ほとんどの持ち主は、国王家や貴族、その流れをくむ名家に生まれ、人々を治める立場となる。
 とはいえ、神聖視された法が市井の人のために使われることはほぼない。
 精々何かの祝いの席で余興としてだとか、宗教上の儀式の一部としてだとか――ああ、後は去年災害現場で支援のために使った政治家の息子がいて、称賛の嵐が巻き起こっていたか。そんなポイント稼ぎが精々だ。
 この世界が剣と魔法ではなく工事とシステムに支配される世界になったのは、きっとこの、意地でも法を人の役には立てさせないという、確固たる利己主義のおかげなのだと思う。

 そんな特別な力だが、稀に身分や血統など関係なく、極々普通の家にある日ぽんと能力を持った子供が生まれてくることがある。
 聖女様と同じく必ず女の子として生まれ落ちるこの子は、聖女様から特別な任を受けた者としてしかるべき場所に捧げられる。
 その先がここ。
 宗派や主張は違えど全世界の人に信奉される聖女教総本山、通称『本島』だ。
 本島へ捧げられた少女は、聖女様からのお言葉を全世界へと広める聖女教最高位、『預言者』を目指して修行を重ねる。
 スマホもテレビも漫画も雑誌もなし。
 お姫様扱いされる以外は大した得もない存在、それが私、真夜も含めた三人の預言者候補『聖姫せいひ』だ。

 私が『法』を持っていると分かったのは今から3年前、12歳の時だった。
 これにはまあ色々と事情があったわけだけれど、要するにただ偶然それらしいことができる奴が現れたので、とりあえずぽいっと『本島』に入れられた。私の認識としてはそれだけだ。
 12歳からこの島の教会に入った私は、それぞれ3歳と1歳から修行を重ねてきた他の2人の姫達よりあらゆる面で劣る。私が預言者になることなんて、きっとないだろう。
 そんなことより、預言者にならなかった時の方が重要だ。
 預言者の任命は、聖姫全員が16歳になった時。
 ここで預言者に選ばれなかった少女には、二つの道が与えられる。
 一つは、このまま本島の修道院に入って生涯を聖女教に捧げること。大抵はこっちを選ぶらしい。他の2人も多分そうするのだろう。
 そしてもう一つが、本島を出て自分の力で生きること。
 要するに平民に戻るということだ。
 私はむしろこっちを目指している――というか、こっちになるものとほぼほぼ確信している。
 一番年下の夕霧姫が16歳になるまであと3年。
 預言者様の決定さえ終われば、私は小学4年生の時に書いた将来の夢の作文通り、実家に帰って小さな造り酒屋で杜氏を目指せる。そして、適当にいい感じのサラリーマンを見つけて結婚するんだ!
 ――手を合わせるたびそんなことを思っていると知れたら、皆怒るだろうか。
 

*  *
 たまに、遅くなっても眠れない日がある。
 そんな時は決まって、こっそりと部屋を出る。
 他の姫達の部屋との分かれ道までの広い廊下。他に部屋も通用口もない、ある意味では真夜姫のパーソナルスペースとも言えるそこを、小さな声で歌いながら歩くのだ。
 歌うのは讃美歌でも詩篇でもない、12歳で家を出る前に流行っていたアイドルソング。

 ――君のこころの内側 見せておくれよ

 ――僕が守ってあげるから

 ――四角いその心を削り取っていく

 真夜というのは、私の本名ではない。
 教会に入った順に朝・昼・夜に関係する名前をという慣習にのっとってつけられた、いわゆる戒名だ。
 この歌を歌うと必ず思う。
 私をあの名前で呼んで、今も思ってくれる人は、どのくらいいるのだろう、と。

 ――君はいつも

 ――僕の前では

 その時。
 女の子の、すすり泣くような声がした。
「……えっ?」
 ざわっと全身の毛が逆立つ。
 ここは宗教施設だ。
 まさか、救いを求める亡霊って奴が……?
 恐る恐る、顔半分だけ出して柱の向こう側を盗み見る。
 そこにいたのは、一人のメイドさんだった。
 とりあえずほっとして、その子に近付く。
「どうしたの?」
 彼女は目線を合わせて膝をついた私の姿に、ひっ、と声を上ずらせた。
「大丈夫?何か、辛いことでもあった?」
「な、何でもございません!真夜姫様、なにとぞご容赦を!」
 必死になって床に額をこすりつける、そんな女の子を放っておけるほど私は強くない。
「いいえ、許しません」
 手が震えている。
 寒いのかな、と思って、上着を肩にかけてあげた。
「そうね、丁度話し相手が欲しかったの。命令です、私の部屋に来なさい」
 相変わらず震えたまま、ようやく顔を上げてくれた。
「ね?」
 笑顔には、なかなか自信がある。


*  *
「えーっと、確かこの辺に……あった!」
 私の部屋のメイドさん達が掃除の合間にお茶を飲んでいるのは、なんとなく知っていた。
「ふっふっふー、この真夜姫様に隠れてこんな美味しそうなもの飲んでるから悪いんですよーだ!」
 同じく隠してあった電気式の湯沸かし機とポットで、安眠効果のあるカモミールティーを入れる。
 水場から戻っても彼女は相変わらず、ドアの前に立っていた。
「こっちのソファ、座って?命令です」
 緊張した様子の彼女は、でもようやく礼をしてから向かいのソファに腰掛けてくれた。
「明日も目が腫れちゃったら困るでしょ?こういう時は、化粧水をしみこませたコットンがいいんですって」
 鏡台からコットンと化粧水を取り出すと、今度は酷く慌てられた。
「も、もったいないことで……!」
「あれ、嫌だった?」
 お化粧落ちちゃうのが、という意味だったんだけど、ひょっとしたら脅してるように聞こえたかも知れない、と直後に思った。
 とにかく彼女はありがとうございます、ありがとうございます、と言いながら、コットンを目に当てた。
 改めて向かいの席から彼女を見る。
 歳は私と同じ、15歳くらいだろうか。見たことのない子だ。多分、他の姫のメイドだろう。
 でもまあ、これを言うのに垣根なんて必要ない。
「ちょっと疲れちゃうことくらいあるよね。いつもありがとう。すごく感謝してます」
「――!」
 うっ、うっ、と、彼女は声を抑えながら泣き始めた。
「ああ、泣かないでー。大丈夫よ、大丈夫だから」
 つい抱きしめたくなったけど、身体に触らないのは教会の掟だ。もし私が破ったら、この子も傷つくだろう。
 そう思って、ただカモミールの香りに包まれながら、彼女を見守ることにした。


*  *
「――ってことがあったのよ。あっ、どんな子かは内緒ね、内緒。でもあんな時間にうろつくなんてどうかしたのかなって思ってね」
 次の日、朝の身支度の最中に、いつものメイドさん達へその話をした。
「……左様でございますか」
 百夜さんも含めて、皆の顔は暗い。
「どうしたの?私何か悪いこと言っちゃった?」
「いいえ。訳については、お聞きにならなかったので?」
「ううん、私に話したら後々気にしちゃうかなって。しばらくしたら落ち着いたみたいだったからカモミールティー飲んでもらって寮に帰したの。……やっぱり黎くん呼んだ方が良かったかな?あんな時間に女の子一人なんて危ないもんね」
「わたくしどもが夜に近衛兵と歩くのは少々問題がございますので。聖姫様方がおわすこの建物に近衛以外の男子は禁制ですし、人に見られなければその方がよろしいでしょう」
「そっか」

 後ろで髪を梳かしてくれていたメイドさんの一人が、急に笑いかけてきた。
「姫様ぁ、今日は一段と御髪がお綺麗でいらっしゃいますぅ。まるで絹のようですわぁ」
 ――話そらしたな。
 まあ仕方ない、わーありがとう、と返しておいた。
 髪漉き担当の彼女は話し方がゆったりしていて、なんだかこっちまで癒される。
「でも朔夜ちゃんのおかげよ。この油も朔夜ちゃんが選んでくれてるんでしょう?とってもいい香り」
 いかにも高級そうなラベルつきの瓶を手に取る。
「オーガニックって、やっぱり何か違うのかな。お高かったり?」
 メイドさんの中には、美容師や看護師といった資格を持つ人が何人かいる。
 この朔夜ちゃんは確か、美容師の国家資格を持っていたはずだ。
「ええ、お高いですよぉ。ですが姫様の御髪はしっかりしていらっしゃいますので、このくらいのぉ――」
「朔夜」
 百夜さんに呼びかけられて、朔夜ちゃんはさっと肩を上げた。
「失礼いたしましたぁ、姫様!」
 そのまま、黙って作業に戻ってしまう。
「いいじゃない、百夜さん。私だってちょっとくらい皆とお話したいよ」
「なりません。姫様のようなお高きお方が、わたくしどもなどと」
「しんめ」
「なーりーまーせん!」
「ちぇー」
 お化粧の道具が来たので、そのまましばらく黙る。
 ここにも、有名なブランドがちらほら混じっている。
 ――本当に、私なんかがこんなもの使っていていいんだろうか。
 家に帰った時、高級化粧品じゃなきゃ満足できないなんて生意気なこと言う奴にだけはならないようにしようと、心の中でひそかに誓った。
 
「姫様」
 衣装の準備がほぼ終わった頃、ふいに、百夜さんが話しかけてきた。
「姫様は、12の歳まで学校に通われていたのですよね」
「ん?ええ、そうよ?」
 毎朝思うことだけど、この衣装はすごく重い。
「とても、色々なお友達がいらしたことでしょう」
「え?えーまあ、普通かな」
 そこそこ色んなクラスメイトと話す方ではあったけれど。
「では、先生方はいかがでしたか?」
「先生?」
 担任の先生は、私の本島行きの日に見送りに来てくれた。
 音楽の先生はとてもゆったりした人。
 体育の先生は、正直ちょっと苦手だった。いい人ではあるんだろうけど、声が大きくて少し怖い。
「『色々な先生』が、姫様やご友人の方々の上に立ってご指導をなされたことでしょう?」
「……え?」
 ――まさか。
「お待たせいたしました、ご用意全て完了してございます」
 とんでもない想像をしてしまった私の前でも、皆の態度は全く変わらなかった。


*  *
 聖姫には各2人ずつ、密偵を役目とする『小間使い』がついている。
 本当は聖姫同士蹴落としながら預言者を目指すためのものなんだろうなと思いつつ、私は初めて彼女を呼び出した。
 結果が出るまでに、3時間もかからなかった。
「……嘘でしょ?」
「恐れながら姫様」
 分かっている。こんな写真を合成したところで何の意味もない。でも、でも――。
「これが真実でございます」
 ――私以外の姫が2人とも、メイドを虐待していたなんて!
 差し出されたタブレットには、ひざまずいたメイド服の子を棒で殴ったり、物を飛ばしたりする、暁姫と夕霧姫が写っている。
 あまりの恐ろしさに、ベッドへ腰を落としてしまった。
「で、でも、だって、いつもお世話してくれるじゃない。ずっと一緒でしょう?メイド長はともかく、皆同年代の女の子なのよ?そうだ、あなたひょっとして、私が望む答えを探そうとしてくれているの?そんなの要らない、とにかく私は本当のことが知りたいだけなんだから」
「姫様」
 頭から被る黒布と作業服のようなズボンをはいた彼女は、頭を伏したまま、彼女ははっきりと断言した。
「わたくしの調査に、嘘偽りも間違いもありえません」
「そんな……」

「聖姫様方によるメイドへの暴力というのは、何代と数えることもできぬほど以前から行われてきたことにございます。幼き頃から友人を作ることも叶わず人と話すこともなく、日夜修行にお励みになる聖姫様方にとって、側で微笑みあう同年代の人々というのは独特に映るのでございましょう」
 ――考えたこともなかった。
「姫様。こちらの画像、いかがなさいますか?」
「……消していいよ」
「かしこまりました」
 彼女は深く礼をする。
「ありがとう。お疲れさまでした、下がってください」
「はっ」
 次の瞬間には、小間使いは窓の外へと消えていた。
 私は大きく息を吐く。
 ――やらなきゃいけないことがある。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

貧乏男爵家の末っ子が眠り姫になるまでとその後

空月
恋愛
貧乏男爵家の末っ子・アルティアの婚約者は、何故か公爵家嫡男で非の打ち所のない男・キースである。 魔術学院の二年生に進学して少し経った頃、「君と俺とでは釣り合わないと思わないか」と言われる。 そのときは曖昧な笑みで流したアルティアだったが、その数日後、倒れて眠ったままの状態になってしまう。 すると、キースの態度が豹変して……?

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

処理中です...