世界は嘘であふれてる

雪代

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嘘つき姫は小屋を建てる

姫の一日

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 私の朝は、毎日同じ言葉から始まる。
「まだ寝ていらっしゃるんですか?真夜まや姫様、朝ですよ」
「むー……」
 私は寝起きが悪い。
 その上この枕は最高に気持ちいい。
 つまり、この言葉を出さずにはいられない。
「あとごふんー」
「はいはい、失礼いたしますよ」
 でも、メイド長の百夜ももよさんから首元に冷たいタオルをあてられて、渋々目を覚ます。
 仕事歴二十年を超えるベテランの百夜さん。私が一番頼りにしている人だ。
「お目覚めですね?じゃあお風呂に参りましょうね」
「はーい」

 百夜さんについて、隣の浴室へ。
 お風呂の世話をされるのにも、ようやく慣れてきた。
「ねー、百夜さん」
「いつも申し上げていることですが姫様、さん、じゃございませんでしょう?百夜、とお呼びくださいませ」
 もったいないことでございます、と続ける百夜さんは、気にしている訳ではなさそうだった。
「いいじゃない、誰もいないし」
「いけません」
「……わかった」
 私は後ろにいる百夜さんのために、少し上を向いた。
「神命によりて命じます。わた」
「なりません!!」
 途端に頭からかぶせられたのは、目が覚めるほど冷たい水。
「ひぁっ!」
「姫様!ご神命を何に使おうとお思いですか!なんと、なんと恐れ多いこと!」
 今度は見なくても分かる。はっきりと、これ以上ないほど怒っている。
「はーい……」
 体育座りで、私は適当に答えておいた。

 お風呂を終えて部屋に戻ると、3人のメイドさんが待っている。
 これは、メイド長以外に肌を見せるのははしたないってことらしい。――だったらお風呂くらい一人で入らせてくれたらいいのに。
「おはよう。今日もよろしくね」
「おはようございます、姫様」
 今日の予定や会う人について話しながらやってもらうのは、朝食の給仕、お化粧、着替え。
 私が就寝の時以外着ている十二単という故郷の正装は二十キロ以上あるそうで、最近の肩こりの原因はこれなんじゃないかと思っている。
「ありがとう、皆」
「行ってらっしゃいませ」
 支度が済んだらメイドさん達とはここでお別れ。私がいない間に部屋の掃除や小物の手入れなんかをしてくれているそうだ。
「参りましょうか、姫様」
「うん」

 ゆっくりと扉が開けられる。
 そこに立っているのは、私よりずっと背の高い男の子だ。
 白髪交じりの黒髪に、私よりほんの少し浅黒い肌。出身は同じ国だし身体が大きい訳でもないけれど、なんだかとてもたくましく見える。
 彼が着ているのはメイドさんのスカート姿と同じく、西洋で一般的な正装。いわゆる騎士服という奴だ。
 胸元には、近衛隊を意味する勲章とその長を意味する勲章の2つがついている。
「おはようございます、姫様。お目覚めはいかがですか?」
「うん、おはよう、れいくん」
 彼の名前は穂積黎くん。私の近衛隊の隊長だ。
 だからといってとんでもないキャリアがある訳ではない。ただ、その――とある事件から、私を追いかけて猛勉強して、ここまで来てくれたらしい。
 そんな事を聞いてしまうとちょっとだけ、彼の背中が近く見える。
 私の前には黎くんが、後ろには百夜さんがつき、広い石造りの回廊を歩いて5分。十字路に到着すると、全く同じタイミングでやってきた二人に出会う。

 私と同じく聖姫と呼ばれる存在。つまりライバルだ。
 一番年上の暁姫は一番この場所に似合う西洋のドレス。年下の夕霧姫は細かい金細工の刺繍が鮮やかな、線の細いドレスに、たくさんの宝石をを身に着けている。
 それぞれ出身の国の正装で過ごすことになってるんだけど――正直、夕霧姫が一番過ごしやすそうで羨ましい。
「ごきげんよう」
「ごきげんよう」
「ごきげんよう」
 あくびが出るほど毎朝同じ挨拶。
 そしてここから、妙にささやかな戦いが始まる。
 十字路から礼拝堂までは歩いておよそ3分。
 近衛隊長達が横に下がり、同時に礼をした瞬間がこのくだらない短距離走のスタート。
 いかに上品にしずやかに、しかし一刻も早く聖女様へ祈りを捧げたいという信仰心をはやる気持ちに代えて……なんとかかんとか。面倒くさい決まりだ。
 でも。
 小学校の頃、マラソン大会では上位常連だった私を舐めてもらっちゃ困る。
 40日連続、私が一番に礼拝堂の扉を潜り抜けた。
 そして、教典の暗唱では夕霧姫に、祈祷で奏でる琴の練習では暁姫に負けて、今日も日が暮れた。

「つかれた……」
 会食予習復習お祈り着替えお風呂肌と髪のケア予定確認お祈り。
 くたくたになって、ようやくベッドに潜った。
「おやすみなさいませ、姫様」
 私が横になってきっちり60秒後に、百夜さんとメイドさん達が扉の前で挨拶してくれる。これも毎日の決まりだ。
「おやすみ、皆。今日もありがとう……ね……」
 こうして今日も、一日が終わる。
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