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桃の章
桃くんの怒り
しおりを挟む体育倉庫を目指して一人で彷徨っていた時、
「うわっ」
何かに腕を引かれて建物の影に入った。
「お前、いい加減にしてよ。」
僕の手を引いたのは桃くんだった。
「あんな人前で友だち宣言しやがって、早く離れろって言ってるのに。お前のせいで一仁は僕を見てくれない。僕の方がお前の何倍も役に立つし一仁のことを支えられる。なのに一仁はお前の事ばっか、ずっとお前のこと話してるしずっとお前を見てる、僕のことなんて見てくれない! 僕が一仁の運命なのに……」
僕は今すごい怒られている。でも桃くんが苦しそうだったから手を差し伸べた。
「だ、大丈夫……? 顔色わる」
パシッッ
手を振り払われてしまった。
「はぁ、うぅっ、お前が、お前さえいなければ……」
そう言って桃くんは手を振りかざす……
「いっ、は、あっぶな。」
僕の頭に振り下ろされたはずの手は当たらなかった。恐る恐る顔をあげるとそこには一仁の同室の、長谷川くんがいた。桃くんの手にははさみが握られていて、止めた長谷川のてから血が出ていた。
「えっ、あっ、涼……」
「おい!! 桃、何してんだ!」
長谷川くんが桃くんの腕を掴んだまま聞いた。すごい、怒ってる。怖い、なんか息が苦しい感じがする。
「……涼には、関係ないでしょ。」
「あっそう。謝らないの?」
「……僕、悪くないもん。」
「そうかよ……、よっと。」
「わぁっ!?」
長谷川くんが桃くんを持ち上げた。なんか昔の人が米俵担ぐみたいな。色々びっくりしすぎて僕は声が出なくて、ただ上を見上げた。
「ごめんね、今日のところはここで許して。また後日謝らせに行くから。怪我してない?、どこか痛かったら保健室か一仁のところに行って手当てしてもらって。本当にごめんね。」
僕は声は出せなかったが頑張って首を縦にいっぱい振った。
「はぁ?、ちょ、涼、何勝手に…離して!」
「長谷川くん!、手、血が!」
「俺はへーき。」
そのまま桃くんは担がれて行ってしまった。胸にもやもやがあったけど、結局なんだったんだと思いつつ、僕は走ってみんなのところへ戻った。
戻ってもみんなはいなくて、一仁だけがいた。 一仁が気づいて駆け寄ってきてくれる。
「唯、片付けお疲れ様。帰ろうか。」
「うん」
そう言って一仁と歩き出そうとしたが、急に腰が抜けてその場に座りこんでしまった。
「唯?、どうしたの」
「あ、なんか、立てなくて」
一仁が心配してるから立たなきゃと思うんだけど力が入らない。焦る気持ちからか涙も出てくる。
「ごめん、大丈夫。一仁見て、ちょっと安心しただけ。」
「怖いことあった?」
一仁が地面にへたった僕を抱っこした。その間にどんどん涙が溢れてくる。僕は一仁の方を見れないから肩に顔を埋めた。
「なんでもない。けど、ちょっとおさまらなくって」
「そんなになってて、なんでもないことないと思うんだけど。ちょっと落ち着けるところ行こうか。」
一仁が僕を抱えたまま歩き出した。
校舎に入っていって誰もいない教室に連れてかれた。そのまま抱っこされた状態で一仁が座った。一仁はずっと泣いてて何も言えない僕の背中をさすりながら少しづつ聞いてくれる。
「片付け中に何かあった?」
「うん」
「誰かに会った?」
「ん、桃くん」
「何かされた?」
「ううん」
「何かされた訳じゃないけど、泣いちゃうようなことがあったんだ?、何か悲しいこと言われたかな?」
「わかんない、けど、けんかした。僕が知らないうちに、桃くんをおこらせた、みたい。」
さっき怒鳴られたことを思い出して少し引っ込んでた涙が戻ってきた。
「そっか、喧嘩しちゃったの悲しいね。じゃあさっきまでのことは全部忘れな。唯には僕がずっとついてるからね。僕がずっと一緒にいるから、他の人なんて要らないよ。」
あんなに怒りを向けられたのは初めてで怖かったし、悲しかったのは事実だ。でもそれ以前に僕は、
「僕、桃くんとお友達になりたかったのに。でも僕、ずっと桃くんに嫌なことしてたみたい。」
高校生になって、光くんとか璃来くんとか、一仁以外のお友達になって、楽しくなって浮かれてた。だから桃くんのことちゃんと考えてなかった。わかんなかった。
「ごめんなさい。ごめん、なさい」
僕、人と関わるの下手だからわかんないけど、とにかく謝らなくちゃ…………
○一仁視点
「唯……寝た?」
返事がない。唯の背中を撫でてるうちに嗚咽が止まって、見てみると眠っていた。体育祭も頑張ったし泣いて疲れちゃったかな。
それにしても急に泣き出したからびっくりした。けどやっぱり原因はあいつだった。次はないって言ったし、タイムアップかな。体に傷一つないが、唯をこんなに泣かせるなんて許せない。可愛い顔が涙でびしょびしょだ。ついでに俺のジャージも。あいつと友達になりたいって言った唯には悪いけどあの子はもうさよならだ。ずーっと俺の邪魔してきたし、長谷川はどうにかするって言ったのに全然仕事しないし。だいたい唯も欲張りだ、俺がいれば十分なのにまだお友達が欲しいなんて。でも謝りたいなんて、本当に唯は健気で可愛い。その気持ちは俺だけに向けて、他人にはもっと自分勝手になっていいのに。ほんと、どうしようもなく可愛い俺のΩ。
吉川の処理の予定を決め、ついでに長谷川にも連絡を入れる。
唯も寝ちゃったし、俺はΩ館入れないし、これは俺の部屋にお持ち帰りでいいよね。
俺の腕の中で眠る唯の頭にそっと口付けをして俺は校舎を後にした。
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