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第64章:聖女の生まれ変わりが想像以上に問題児だった件について(頭痛)②
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「やっぱりお前が光琉に知らせたのか、俺が何者かに呼び出されたことを」
俺は光琉への疑念を一旦脇に置いて、そう奥杜に訊いてみた。半分は照れ隠しである。
妹はさっき、俺が敵から呼び出されたことを"聞いた"と言った。しかしうちの高等部の校内放送は、中等部までは流れない。つまり事情を知る誰かが光琉に情報を与えたことになるが、そんな真似をする奴は目の前の風紀委員以外思い当たらない。
「ええ。光琉さんの助力が必要になると思ったし、第一あなたの危機を知らせなかったら後で私が怒られるわよ」
「携帯を使って?」
「授業中に携帯電話を使えるわけないでしょ。"こうやったのよ"」
台詞の後半はささやくような小さな声だったが、俺の耳元ではっきりと聞こえた。無論、奥杜が顔を近づけたわけではない。奥杜が発した小さな声を、風が――空気の流れが俺の鼓膜まで運んだのだ。
「なるほど、"風文"か」
風魔法の一種である。自分、あるいは近くの人間が立てた音声を魔法の風に乗せて遠隔地まで届ける魔法。また、逆に遠隔地から風を呼びこんで、そこの物音を術者側で聞き取ることも可能だ。
魔王がいる暗黒大陸へ向かう旅の途上、この魔法も重宝した。電話もネットも存在しない、遠方とのやり取りは紙の文や口伝えがデフォルトのフェイデア世界にあって、リアルタイムで離れた場所と連絡を取り合うことのできるいくつかの魔法は、まさに神秘の業だった。
授業中、携帯電話がダメで魔法での遠隔通話なら良いという理屈も妙な気はするが、そこは流すことにしよう。
「あなたが教室を飛び出してすぐ、中等部にいる光琉さんの魔力を探知して、風の回線を開いて小声で呼びかけてみたの。でも中々返答がなくて、ここに来るのが遅れてしまったわ」
「返答がない?」
"風文"の魔法は術者から一定の距離内にある地点としか、風を介した音のやり取りができない。全世界が対象となる光琉の"瞬燐"に比べれば、随分制約の大きい魔法だ。とはいえ中等部を含めた静芽学園敷地内であれば、たとえ端から反対端まででも「風の回線」をつなげることは十分可能だろうし、奥杜=カーシャの力量を持ってすればおのれのささやき声が直接光琉の鼓膜まで送達される――それこそ周囲のクラスメイトには物音ひとつ聞き取らせずに――よう風をコントロールすることもさして難しくはあるまい。
無論、それに対する光琉の返事を自分の耳元まで、密やかに風で届けることも造作もないはずだ。それなのにすぐには返答がもらえなかったとは、一体?
「あなたがピンチだといくら伝えても一向にリアクションがないから、妙だと思ってこちらからの発信は一旦ストップしてあちらの音を聴きとることに――つまり風に乗せて私の耳元まで運ぶことに集中してみたの。そしたらクークーと、可愛らしい寝息がすぐに聞こえてきたわ……」
アホ妹め、授業中に居眠りしてやがったな!
「くおらオジャ魔女、何ちくってんのよ!」
こちらのやり取りが聞こえていたらしく、光琉が大声で苦情をわめきながら駆けてきた。ようやく竜崎のハグから解放されたらしい。
「大体あんたがもっと大きな声で呼びかけないのがいけないんでしょうが。おかげでにいちゃんのピンチだってのに、凶悪な魔力の波動を感知するまで気づかなかったじゃないの。ソーコーのツマとして、こんな不面目なことはないわ」
見事なまでの逆ギレである。普段の授業態度について、後できつく問い詰めねばならんな。
「授業中にそんな大声で話せるわけないでしょ」
「おーおー、ご立派ですこと。でも時と場合ってもんがあるでしょが。そもそも、規則第一のユートーセーさまが何で授業中にこんなとこ来てんのよ」
「ち、ちゃんと先生にはことわってきたわよ。「緊急の用ができたので授業を抜けさせていただきます、後で補習でも何でも受けます」って」
「いや、それもいかがなものだろう……」
とは俺。
そもそもよく通ったな、その言い分。よほど奥杜が教師たちから信頼されているのか、「この頑固者に何を言っても無駄だ」とある意味匙を投げられているのか。まあその直前に、見え透いたホラを押し通して教室を飛び出した俺がとやかく言えた義理でもないが。
そこでふと、俺は気にかかった。はて、我が妹の方はどうやって授業を抜けてきたのか?
「おい光琉、お前まさかあわてるあまり、教室の中で"瞬燐"を発動させたりしてないだろうな?」
「しつれーな! にいちゃん、あたしがそんなソコツモノだと思ってんの?」
思ってるから訊ねとるんだがなあ。
「不穏な魔力を感じて目を覚ましてすぐに、もちろんダッシュで教室を飛び出したわよ。背中から先生の呼び止める声が聞こえてたけど無視して屋上まで駆け上がって、人気がないのを確認してから"瞬燐"を使ったってわけ! だから誰にも発動の瞬間を見られてないよ、どう、安心した?」
「ちっとも安心できねえよ、この超問題児め!」
授業中に居眠りしていた生徒が突然目を覚まして教室を飛び出していく……もはや学級崩壊じゃねえか! これ、後日家庭訪問とか喰らわないだろうな? もしそうなったら先生様には何とか親父が留守のタイミングに来てもらって、俺が必死に誤魔化すしかない。うう、考えただけで頭痛がしてきやがる。
まあこれも俺の身を案じればこそ、の行動だろうから……いや例えそうでも、兄としてこのレベルの暴挙を不問に付していいものか? 光琉の将来のためを考えるなら、ここはガツンと言うべきでは? ううむ……
「あのう……そろそろうちらも話に混ぜてもろてええやろか?」
控えめな声の関西弁で問いかけられた。
そうだ、竜崎たちのことをすっかり失念していた。
俺は光琉への疑念を一旦脇に置いて、そう奥杜に訊いてみた。半分は照れ隠しである。
妹はさっき、俺が敵から呼び出されたことを"聞いた"と言った。しかしうちの高等部の校内放送は、中等部までは流れない。つまり事情を知る誰かが光琉に情報を与えたことになるが、そんな真似をする奴は目の前の風紀委員以外思い当たらない。
「ええ。光琉さんの助力が必要になると思ったし、第一あなたの危機を知らせなかったら後で私が怒られるわよ」
「携帯を使って?」
「授業中に携帯電話を使えるわけないでしょ。"こうやったのよ"」
台詞の後半はささやくような小さな声だったが、俺の耳元ではっきりと聞こえた。無論、奥杜が顔を近づけたわけではない。奥杜が発した小さな声を、風が――空気の流れが俺の鼓膜まで運んだのだ。
「なるほど、"風文"か」
風魔法の一種である。自分、あるいは近くの人間が立てた音声を魔法の風に乗せて遠隔地まで届ける魔法。また、逆に遠隔地から風を呼びこんで、そこの物音を術者側で聞き取ることも可能だ。
魔王がいる暗黒大陸へ向かう旅の途上、この魔法も重宝した。電話もネットも存在しない、遠方とのやり取りは紙の文や口伝えがデフォルトのフェイデア世界にあって、リアルタイムで離れた場所と連絡を取り合うことのできるいくつかの魔法は、まさに神秘の業だった。
授業中、携帯電話がダメで魔法での遠隔通話なら良いという理屈も妙な気はするが、そこは流すことにしよう。
「あなたが教室を飛び出してすぐ、中等部にいる光琉さんの魔力を探知して、風の回線を開いて小声で呼びかけてみたの。でも中々返答がなくて、ここに来るのが遅れてしまったわ」
「返答がない?」
"風文"の魔法は術者から一定の距離内にある地点としか、風を介した音のやり取りができない。全世界が対象となる光琉の"瞬燐"に比べれば、随分制約の大きい魔法だ。とはいえ中等部を含めた静芽学園敷地内であれば、たとえ端から反対端まででも「風の回線」をつなげることは十分可能だろうし、奥杜=カーシャの力量を持ってすればおのれのささやき声が直接光琉の鼓膜まで送達される――それこそ周囲のクラスメイトには物音ひとつ聞き取らせずに――よう風をコントロールすることもさして難しくはあるまい。
無論、それに対する光琉の返事を自分の耳元まで、密やかに風で届けることも造作もないはずだ。それなのにすぐには返答がもらえなかったとは、一体?
「あなたがピンチだといくら伝えても一向にリアクションがないから、妙だと思ってこちらからの発信は一旦ストップしてあちらの音を聴きとることに――つまり風に乗せて私の耳元まで運ぶことに集中してみたの。そしたらクークーと、可愛らしい寝息がすぐに聞こえてきたわ……」
アホ妹め、授業中に居眠りしてやがったな!
「くおらオジャ魔女、何ちくってんのよ!」
こちらのやり取りが聞こえていたらしく、光琉が大声で苦情をわめきながら駆けてきた。ようやく竜崎のハグから解放されたらしい。
「大体あんたがもっと大きな声で呼びかけないのがいけないんでしょうが。おかげでにいちゃんのピンチだってのに、凶悪な魔力の波動を感知するまで気づかなかったじゃないの。ソーコーのツマとして、こんな不面目なことはないわ」
見事なまでの逆ギレである。普段の授業態度について、後できつく問い詰めねばならんな。
「授業中にそんな大声で話せるわけないでしょ」
「おーおー、ご立派ですこと。でも時と場合ってもんがあるでしょが。そもそも、規則第一のユートーセーさまが何で授業中にこんなとこ来てんのよ」
「ち、ちゃんと先生にはことわってきたわよ。「緊急の用ができたので授業を抜けさせていただきます、後で補習でも何でも受けます」って」
「いや、それもいかがなものだろう……」
とは俺。
そもそもよく通ったな、その言い分。よほど奥杜が教師たちから信頼されているのか、「この頑固者に何を言っても無駄だ」とある意味匙を投げられているのか。まあその直前に、見え透いたホラを押し通して教室を飛び出した俺がとやかく言えた義理でもないが。
そこでふと、俺は気にかかった。はて、我が妹の方はどうやって授業を抜けてきたのか?
「おい光琉、お前まさかあわてるあまり、教室の中で"瞬燐"を発動させたりしてないだろうな?」
「しつれーな! にいちゃん、あたしがそんなソコツモノだと思ってんの?」
思ってるから訊ねとるんだがなあ。
「不穏な魔力を感じて目を覚ましてすぐに、もちろんダッシュで教室を飛び出したわよ。背中から先生の呼び止める声が聞こえてたけど無視して屋上まで駆け上がって、人気がないのを確認してから"瞬燐"を使ったってわけ! だから誰にも発動の瞬間を見られてないよ、どう、安心した?」
「ちっとも安心できねえよ、この超問題児め!」
授業中に居眠りしていた生徒が突然目を覚まして教室を飛び出していく……もはや学級崩壊じゃねえか! これ、後日家庭訪問とか喰らわないだろうな? もしそうなったら先生様には何とか親父が留守のタイミングに来てもらって、俺が必死に誤魔化すしかない。うう、考えただけで頭痛がしてきやがる。
まあこれも俺の身を案じればこそ、の行動だろうから……いや例えそうでも、兄としてこのレベルの暴挙を不問に付していいものか? 光琉の将来のためを考えるなら、ここはガツンと言うべきでは? ううむ……
「あのう……そろそろうちらも話に混ぜてもろてええやろか?」
控えめな声の関西弁で問いかけられた。
そうだ、竜崎たちのことをすっかり失念していた。
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