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第59章:油断? これは余裕というもん……なのかなあ(胡乱)②
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「終わりだ、勇者サリス」
「あのなあ、今の俺は勇者なんかじゃないとさっきも……」
「貴様は罠にかかったのだ、周りをよく見てみろ!」
男の言葉にうながされるように、反射的に周囲に眼を配った。
俺がこの場に到着してからの変化といえば、火球によって地面にいくつもの穴が穿たれたくらいのものである。それこそ俺の前にも、右にも、左にも、後ろにも。
「!?」
全身の神経を電流が駆け抜けた。火球が生み出した穴は、俺の四方に、万遍なくほぼ均等に、まるで俺を取り囲むように散在していた。これは偶然か? いや!
”魔覚”を研ぎ澄ませる。ひとつひとつの穴から、魔力反応が伝わってきた。まだ魔気が拡散していない。まずい、一刻もはやくこの包囲網から抜け出さなければ。
「もう遅い。出てこい、蛇ども!」
男が叫びながら、右手を勢いよく振り上げる。
直後、”火玉”によって穿たれたすべての穴が、上空に向けて勢いよく炎の柱を吐き出した。噴出した炎はすぐに収縮し、細長い棒状に固まったかと思えば、やがてうねうねと動き始めた。さながら蛇のように。
地面に埋没した火球は、消滅していなかったのだ。いわば伏兵として潜伏していた。まぬけな獲物が乱戦の中でそれに気づかぬ内にいくつもの伏兵が地中に送りこまれ、やがて十分な数がそろうや一斉に蛇へと変化し、獲物の包囲を完成させ退路を断ったというわけだ。
もちろんこれらの炎の動きがすべて、術者である半竜人男の画策どおりであることは疑う余地がない。竜人に変化した直後から、ここまでの戦闘プランを立てていたのだろう。現世での戦闘経験が浅い俺は、まんまと思惑に嵌ってしまったことになる。
卑怯、とは言うまい。これは対等な戦いの中で交わされる駆け引きの範疇だ。見抜けなかった己の迂闊を悔やむしかない。
「さあ蛇ども、絡めとれ。何なら勢いあまって嚙み殺しても、一向に構わんぞ!」
男は紐状の炎を「蛇」と呼び続けているが、これはフェイデアの人間界でも”炎蛇”と呼ばれる魔法だった。このあたりのセンスは、人間も竜人も大差ないということか……などと悠長に考えている場合ではないな。
四方を取り囲んでいた炎の"蛇"たちが、猛然とおそいかかってきた。俺も捕まるまいと必死で動きまわるが、とてもかわしきれる数ではない。制服の端々を蛇がかすめていき、焦げくささが増していく。
地中に埋まった火球の状態を維持し、はなれた場所から別の魔法に切り替える――それもほぼ全ての火球を同時に――などという芸当は、並の魔導士にはとても真似できない高等技術だ。こいつは外見から受ける印象どおりの力押しタイプではない、奥杜と同じ、魔法を変幻自在に操って戦う技巧派タイプなのだ。
先入観を持って戦いに臨むなど、何たる失態か! 前世のサリスの叱責、あるいは嘲笑が聞こえてくるようだった。
とうとう蛇の一匹が俺の左腕をとらえた。巻きつかれ動きがにぶったところで、他の蛇どもも右腕、右脚、左脚と次々に絡んでくる。4匹の蛇に四肢を左右に引っ張るように拘束された俺は、身動きが取れなくなってしまった。いわゆる「くっころ」状態というやつ……か?
「ふん、手こずらせやがって。これでもうちょこまか動くこともできんだろう」
「くそ、てめえ、男をこんな風に拘束して楽しいか、そういう趣味か!?」
「? 何わけのわからんことをわめいてやがる」
爬虫類の瞳が、心底から「何言ってんだこいつ」と思っていると分かる純粋な輝きを宿してこちらを見つめてくる。やめろ、そんな眼で見るな、俺がものすごく穢れたヤツみたいじゃねえか!
昨日、今後は光琉が妙なドラマを観すぎないよう注意していかねばと秘かに決意したものだが、どうも妹のことばかり言えんようだなあ。俺もネット等現世の情報媒体にやや毒されすぎているのかもしれない、多少は自戒せんと脳みそが作者並になってしまうぞ。
……なんてことを考えている場合でもねえな。おい、戦闘に集中しろ。
「死を目前にして正気を失ったか、無様なヤツめ。ならば貴様の名誉を救ってやる。引導をわたして、世迷言もほざけなくしてやるぞ!」
そう、今はいわゆる「大ピンチ」というやつなのだ。にも関わらず、どうもさっきからやたら雑念が頭をよぎる。自分でも不思議だが、今ひとつ深刻になりきれないというか。心のどこかが、依然余裕をたもっているのか?
男は新たな火球を放ってくることも、炎の蛇を俺に向かって伸ばしてくることもなかった。そんな必要もなかったのだ。俺の両手両脚を拘束している4本の蛇が、次第に赫い輝きを増していく。より濃く、深い色合いへと変じていく。
炎の温度が上がっているのだ! 男は4本の蛇の熱を高めることで、このまま俺を焼き殺す魂胆らしい。蛇に巻きつかれた制服の袖と裾が燃えあがり、まばゆい炎が全身を侵食していく。
「この時を待ちわびたぞ、前世のうらみは現世の俺が晴らす!」
「そんな『◯ッコロ大魔王のかたきはピッ◯ロ大魔王が~』、みたいな……」
「やかましい、死ね!」
「え、やべ……ぐあああああああああ!!!」
蛇たちの輝きは、とうとう熔岩を思わせる真紅にまで達した。
俺の絶叫が、周囲に響きわたった。
「あのなあ、今の俺は勇者なんかじゃないとさっきも……」
「貴様は罠にかかったのだ、周りをよく見てみろ!」
男の言葉にうながされるように、反射的に周囲に眼を配った。
俺がこの場に到着してからの変化といえば、火球によって地面にいくつもの穴が穿たれたくらいのものである。それこそ俺の前にも、右にも、左にも、後ろにも。
「!?」
全身の神経を電流が駆け抜けた。火球が生み出した穴は、俺の四方に、万遍なくほぼ均等に、まるで俺を取り囲むように散在していた。これは偶然か? いや!
”魔覚”を研ぎ澄ませる。ひとつひとつの穴から、魔力反応が伝わってきた。まだ魔気が拡散していない。まずい、一刻もはやくこの包囲網から抜け出さなければ。
「もう遅い。出てこい、蛇ども!」
男が叫びながら、右手を勢いよく振り上げる。
直後、”火玉”によって穿たれたすべての穴が、上空に向けて勢いよく炎の柱を吐き出した。噴出した炎はすぐに収縮し、細長い棒状に固まったかと思えば、やがてうねうねと動き始めた。さながら蛇のように。
地面に埋没した火球は、消滅していなかったのだ。いわば伏兵として潜伏していた。まぬけな獲物が乱戦の中でそれに気づかぬ内にいくつもの伏兵が地中に送りこまれ、やがて十分な数がそろうや一斉に蛇へと変化し、獲物の包囲を完成させ退路を断ったというわけだ。
もちろんこれらの炎の動きがすべて、術者である半竜人男の画策どおりであることは疑う余地がない。竜人に変化した直後から、ここまでの戦闘プランを立てていたのだろう。現世での戦闘経験が浅い俺は、まんまと思惑に嵌ってしまったことになる。
卑怯、とは言うまい。これは対等な戦いの中で交わされる駆け引きの範疇だ。見抜けなかった己の迂闊を悔やむしかない。
「さあ蛇ども、絡めとれ。何なら勢いあまって嚙み殺しても、一向に構わんぞ!」
男は紐状の炎を「蛇」と呼び続けているが、これはフェイデアの人間界でも”炎蛇”と呼ばれる魔法だった。このあたりのセンスは、人間も竜人も大差ないということか……などと悠長に考えている場合ではないな。
四方を取り囲んでいた炎の"蛇"たちが、猛然とおそいかかってきた。俺も捕まるまいと必死で動きまわるが、とてもかわしきれる数ではない。制服の端々を蛇がかすめていき、焦げくささが増していく。
地中に埋まった火球の状態を維持し、はなれた場所から別の魔法に切り替える――それもほぼ全ての火球を同時に――などという芸当は、並の魔導士にはとても真似できない高等技術だ。こいつは外見から受ける印象どおりの力押しタイプではない、奥杜と同じ、魔法を変幻自在に操って戦う技巧派タイプなのだ。
先入観を持って戦いに臨むなど、何たる失態か! 前世のサリスの叱責、あるいは嘲笑が聞こえてくるようだった。
とうとう蛇の一匹が俺の左腕をとらえた。巻きつかれ動きがにぶったところで、他の蛇どもも右腕、右脚、左脚と次々に絡んでくる。4匹の蛇に四肢を左右に引っ張るように拘束された俺は、身動きが取れなくなってしまった。いわゆる「くっころ」状態というやつ……か?
「ふん、手こずらせやがって。これでもうちょこまか動くこともできんだろう」
「くそ、てめえ、男をこんな風に拘束して楽しいか、そういう趣味か!?」
「? 何わけのわからんことをわめいてやがる」
爬虫類の瞳が、心底から「何言ってんだこいつ」と思っていると分かる純粋な輝きを宿してこちらを見つめてくる。やめろ、そんな眼で見るな、俺がものすごく穢れたヤツみたいじゃねえか!
昨日、今後は光琉が妙なドラマを観すぎないよう注意していかねばと秘かに決意したものだが、どうも妹のことばかり言えんようだなあ。俺もネット等現世の情報媒体にやや毒されすぎているのかもしれない、多少は自戒せんと脳みそが作者並になってしまうぞ。
……なんてことを考えている場合でもねえな。おい、戦闘に集中しろ。
「死を目前にして正気を失ったか、無様なヤツめ。ならば貴様の名誉を救ってやる。引導をわたして、世迷言もほざけなくしてやるぞ!」
そう、今はいわゆる「大ピンチ」というやつなのだ。にも関わらず、どうもさっきからやたら雑念が頭をよぎる。自分でも不思議だが、今ひとつ深刻になりきれないというか。心のどこかが、依然余裕をたもっているのか?
男は新たな火球を放ってくることも、炎の蛇を俺に向かって伸ばしてくることもなかった。そんな必要もなかったのだ。俺の両手両脚を拘束している4本の蛇が、次第に赫い輝きを増していく。より濃く、深い色合いへと変じていく。
炎の温度が上がっているのだ! 男は4本の蛇の熱を高めることで、このまま俺を焼き殺す魂胆らしい。蛇に巻きつかれた制服の袖と裾が燃えあがり、まばゆい炎が全身を侵食していく。
「この時を待ちわびたぞ、前世のうらみは現世の俺が晴らす!」
「そんな『◯ッコロ大魔王のかたきはピッ◯ロ大魔王が~』、みたいな……」
「やかましい、死ね!」
「え、やべ……ぐあああああああああ!!!」
蛇たちの輝きは、とうとう熔岩を思わせる真紅にまで達した。
俺の絶叫が、周囲に響きわたった。
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