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第53章:勇者から魔王に転向しました……ってんな訳あるかっ!(濡衣)①
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「……今日は別の道を行こうか」
俺は光琉に提案した。できるだけさり気なさを装ったつもりだが、成功したかはわからない。
光琉は昨日この公園で土僕たちと戦い、その爪を胸に受けて重傷を負った。幸い"女神の加護"が発動して身体の傷はすぐに癒えたが、だからと言って心の傷まで治ったという保証はない。再度自分が血を流した場所に足を踏み入れることで、恐怖と痛みがフラッシュバックしてしまうことも十分考えられる。兄としては、慎重にならざるを得なかった。
「もう、にいちゃんってば。朝からダイタンなんだからッ」
「……はい?」
「でもいいよ、さんせー! デートは少しでも長い方が良いもんね、うんと遠回りしちゃおー」
ガクッ。
妹の能天気さに膝の力が抜けていった。ほんっとさっきからそればっかだな、お前! そりゃ怯えたり塞ぎこんだりされるよりは、はるかにマシだけどさあ……
「気を使った俺がバカだったよ」
「へ、何のこと?」
「昨日ここであったことをもう忘れたんかい!」
俺が思わず声を大にすると、それでようやく思い出したらしい。光琉は口を大きくあけながらポンと両手を打ち合わせたと思ったら、突然自分の身体を抱きすくめるようにしてガクガクふるえだした。うーん、わざとらしい。
「アーレー、コワーイ、トラジマがよみがえるー」
「トラウマ、な? いつから阪神ファンになった」
「キャー、フルエガトマラナーイ、にいちゃん、あたしをなぐさめてーー」
棒演技とともに俺の方へ身を投げ出してきたので、ひょいとかわしてやった。光琉は地面につんのめりそうになり、両手をパタパタさせながらバランスをとろうとする。
「ちょっと、カヨワイ乙女がふるえてるのに、その塩対応は何事!? 労わってくれてもいいじゃない!!」
「か弱い乙女がどこにいるんだよ、魔銀並に頑強な神経しやがって」
「にいちゃんの鬼、悪魔、聖女たらし!!」
「お、お前だって前世で勇者をたらしこんだだろうが!!」
毎度毎度、俺たち兄妹の言い争いは不毛である。わかってはいるんだ、うん。
「おい、そろそろ落ち着け。人目につくだろ」
往生際悪く身体を強引にすり寄せてこようとする妹を押し返しながら、俺はあわてて注意した。この辺りまでくると、登校途中にある我が校の生徒たちをちらほら見かけるようになる。妹に(ぱっと見)じゃれつかれている現在の様を知り合いにでも目撃されたら、面倒なことになりかねない……
「一応、人に見られたらまずいという自覚はあるのね。感心なことだわ」
突然、真空の刃よりも鋭利な皮肉が飛んできた。思わず天を仰ぐ。ほらあ、厄介なやつに見咎められちまったじゃねえか!
声の方を向くと案の定、地獄の閻魔もとい我がクラスの風紀委員殿が直立していた。片手で眼鏡をくいと押し上げたポーズのまま、ぴくぴくとこめかみを痙攣させている。
「出たわね、オジャ魔女。何でいつもいつも、良いところで現れてはボーガイしてくるのよっ!」
「あなたたち兄妹がいつもいつも、不純な行為に耽っているからでしょうが!」
「"たち"って、俺は無実だ!」
などと主張しても聞く耳を持たれないだろうことは予測できたので、無駄な労力は費やさずに黙っておく。苦難を乗り越えて、人間は成長するのだ。
それにしても、光琉と真っ向からやり合う様子をみるに、奥杜楓は昨夜の失調からすでに立ち直っているようだ。重畳というべきだろう。光琉を囮にした件を忘れたわけではないが、いつまでも落ち込まれたからといってどうなるものでもない。
「おはよう、奥杜。随分早いんだな」
様々な感情を四捨五入して、俺は無難かつ非個性的なあいさつを述べた。
「私はいつもこの位の時間に登校しているわよ。それに、この公園のことも気になったしね」
奥杜は公園の入り口から中を覗きこんだ。鬱蒼と茂る林にさえぎられ、ここからでは昨日襲撃を受けた付近の様子は確認できない。
「なるほど。だが差し当たって、大きな騒ぎにはなっていないようだな。魔の気配も、今は全く感じない」
「どうやらそのようね」
うなずく奥杜に、俺は顔を近づけてそっと囁きかけた。
「なあ、昨日の電話のことは……」
「わかってるわ。光琉さんにはまだ話さないわよ」
前世の相棒の心得た返答は、満足のいくものだった。妹には、タイミングをみて俺から告げるつもりだった。
「そこ、正妻の前で堂々とくっつかないッ!」
光琉の憤激には何重もの錯誤があったが、もう面倒なのでスルーしてさっさと学校へ向かう。噴水広場周辺は依然アスファルトが破損し、土塊が散らばった状態のままだろう。放っておくのに多少引け目はあったが、被害者である俺たちに責任があるわけでもない。苦情は襲撃してきた側に言ってもらうしかなかった、その正体が判明すればの話だが。
へらへら笑いながら現場を撮影して動画投稿でもすれば炎上案件になってバズるかもしれないが、品性をなげうってまで注目を集める趣味は俺にはない。
俺は光琉に提案した。できるだけさり気なさを装ったつもりだが、成功したかはわからない。
光琉は昨日この公園で土僕たちと戦い、その爪を胸に受けて重傷を負った。幸い"女神の加護"が発動して身体の傷はすぐに癒えたが、だからと言って心の傷まで治ったという保証はない。再度自分が血を流した場所に足を踏み入れることで、恐怖と痛みがフラッシュバックしてしまうことも十分考えられる。兄としては、慎重にならざるを得なかった。
「もう、にいちゃんってば。朝からダイタンなんだからッ」
「……はい?」
「でもいいよ、さんせー! デートは少しでも長い方が良いもんね、うんと遠回りしちゃおー」
ガクッ。
妹の能天気さに膝の力が抜けていった。ほんっとさっきからそればっかだな、お前! そりゃ怯えたり塞ぎこんだりされるよりは、はるかにマシだけどさあ……
「気を使った俺がバカだったよ」
「へ、何のこと?」
「昨日ここであったことをもう忘れたんかい!」
俺が思わず声を大にすると、それでようやく思い出したらしい。光琉は口を大きくあけながらポンと両手を打ち合わせたと思ったら、突然自分の身体を抱きすくめるようにしてガクガクふるえだした。うーん、わざとらしい。
「アーレー、コワーイ、トラジマがよみがえるー」
「トラウマ、な? いつから阪神ファンになった」
「キャー、フルエガトマラナーイ、にいちゃん、あたしをなぐさめてーー」
棒演技とともに俺の方へ身を投げ出してきたので、ひょいとかわしてやった。光琉は地面につんのめりそうになり、両手をパタパタさせながらバランスをとろうとする。
「ちょっと、カヨワイ乙女がふるえてるのに、その塩対応は何事!? 労わってくれてもいいじゃない!!」
「か弱い乙女がどこにいるんだよ、魔銀並に頑強な神経しやがって」
「にいちゃんの鬼、悪魔、聖女たらし!!」
「お、お前だって前世で勇者をたらしこんだだろうが!!」
毎度毎度、俺たち兄妹の言い争いは不毛である。わかってはいるんだ、うん。
「おい、そろそろ落ち着け。人目につくだろ」
往生際悪く身体を強引にすり寄せてこようとする妹を押し返しながら、俺はあわてて注意した。この辺りまでくると、登校途中にある我が校の生徒たちをちらほら見かけるようになる。妹に(ぱっと見)じゃれつかれている現在の様を知り合いにでも目撃されたら、面倒なことになりかねない……
「一応、人に見られたらまずいという自覚はあるのね。感心なことだわ」
突然、真空の刃よりも鋭利な皮肉が飛んできた。思わず天を仰ぐ。ほらあ、厄介なやつに見咎められちまったじゃねえか!
声の方を向くと案の定、地獄の閻魔もとい我がクラスの風紀委員殿が直立していた。片手で眼鏡をくいと押し上げたポーズのまま、ぴくぴくとこめかみを痙攣させている。
「出たわね、オジャ魔女。何でいつもいつも、良いところで現れてはボーガイしてくるのよっ!」
「あなたたち兄妹がいつもいつも、不純な行為に耽っているからでしょうが!」
「"たち"って、俺は無実だ!」
などと主張しても聞く耳を持たれないだろうことは予測できたので、無駄な労力は費やさずに黙っておく。苦難を乗り越えて、人間は成長するのだ。
それにしても、光琉と真っ向からやり合う様子をみるに、奥杜楓は昨夜の失調からすでに立ち直っているようだ。重畳というべきだろう。光琉を囮にした件を忘れたわけではないが、いつまでも落ち込まれたからといってどうなるものでもない。
「おはよう、奥杜。随分早いんだな」
様々な感情を四捨五入して、俺は無難かつ非個性的なあいさつを述べた。
「私はいつもこの位の時間に登校しているわよ。それに、この公園のことも気になったしね」
奥杜は公園の入り口から中を覗きこんだ。鬱蒼と茂る林にさえぎられ、ここからでは昨日襲撃を受けた付近の様子は確認できない。
「なるほど。だが差し当たって、大きな騒ぎにはなっていないようだな。魔の気配も、今は全く感じない」
「どうやらそのようね」
うなずく奥杜に、俺は顔を近づけてそっと囁きかけた。
「なあ、昨日の電話のことは……」
「わかってるわ。光琉さんにはまだ話さないわよ」
前世の相棒の心得た返答は、満足のいくものだった。妹には、タイミングをみて俺から告げるつもりだった。
「そこ、正妻の前で堂々とくっつかないッ!」
光琉の憤激には何重もの錯誤があったが、もう面倒なのでスルーしてさっさと学校へ向かう。噴水広場周辺は依然アスファルトが破損し、土塊が散らばった状態のままだろう。放っておくのに多少引け目はあったが、被害者である俺たちに責任があるわけでもない。苦情は襲撃してきた側に言ってもらうしかなかった、その正体が判明すればの話だが。
へらへら笑いながら現場を撮影して動画投稿でもすれば炎上案件になってバズるかもしれないが、品性をなげうってまで注目を集める趣味は俺にはない。
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