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第50章:この俺が親父の苦労を察してこともあろーか思いやったぜ、少しは成長したかな(自問)
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光琉は俺の上半身を丁寧に治癒し終えると、当然のように下半身へと移ろうとした。つまり俺が履いているズボンをおろしにかかったのである。さすがにそれは看過しかねて思いとどまらせようとしたが、「何言ってんの、直に肌を見ながら治癒していかなきゃ危険だってさっき説明したでしょ!」と逆に叱られてしまった。
それ以上は抵抗できず、為すに任せることとなった。足から太ももにかけても筋肉痛で動かせないことは事実だったし、回復魔法を行使する光琉は前世で傷病者を癒していた聖女の顔にもどっている。普段のアホ妹からは考えられないその真剣な様子を見せられては、口をつぐむしかなかった。
考えてみれば相手は妹――家族なんだから、神経質になることもないか。あんまり恥ずかしがってたらかえって意識してるみたいだしな。こっちは光琉のおしめを取り替えたことだってあるんだ、ズボンおろされるくらいどうってことないぞ……頭の中で必死に理屈をならべては自分を納得させようとする俺だった。
しかし如何にやましい気持ちがないとはいえ、歳頃の兄妹が薄暗い部屋の中でひとつベッドに共に乗っているという絵面は、李下に冠を正しすぎているきらいがある。その上妹が兄のズボンをおろして下半身を露出させているのだから、不名誉な誤解を招くには十分すぎる状況だろう。とてもじゃないがこの様を他人には見せられないなあ、などと思ったタイミングで。
コン、コン、とドアをノックする音。
「おーい、なんだか騒がしいけど、こんな朝っぱらからどうしたんだ?」
ぎゃああああ、親父殿襲来! 俺たちが奏でる不協和音は、家の中にはしっかり響き渡っていたらしい。というか昨日から、なんでこうも最悪なタイミングで親父が登場するんだよ! 展開の幅が狭すぎるだろ、この作者。
俺は光琉を押し退けると、急いで立ち上がってズボンを直した。不平をわめく妹を無視してドアまで駆け寄る。両脚の回復はまだ殆ど済んでないというのに、いざとなると動くもんだな。これが火事場の何とやらいうやつだろうか? 屁のつっぱりはいらんですよ。
ドアを開けると、廊下に怪訝そうな表情を浮かべて父が立っていた。すぐに俺も廊下に出て、背中でドアを閉めた。光琉を隠したいということもあったが、今、ベッドやカーテンがズタボロになった部屋の惨状を目撃されるわけにもいかなかった。父には魔法や異世界についてはだまっておくと決めたのだ。
それでも俺がドアを開けてから閉めるまでの一瞬で、薄暗い室内の様子がかすかに目に入ったらしい。
「あれ、やっぱり光琉もこの中にいるのか? 光琉の部屋のドアが開きっぱなしだったから、そうじゃないかとは思ったんだが……それにしても真人のベッドの上で、一体何をやってるんだ?」
「ま、マッサージ! 光琉に俺の身体をマッサージしてもらってたんだよ、うん!」
父の疑問が不審に変わる前に、俺はあわてて釈明した。あながち嘘でもない! 光魔法をマッサージ扱いしたとエウレネ教の信徒に知られたら、宗教裁判にかけられるかもしれないが。
「マッサージってお前なあ、今何時だと……」
「き、昨日体育でランニングをさせられてさ、朝起きたらバッキバキに全身痛えの! 我慢できなくなって、悪いとは思ったけど光琉に頼んだんだよ。あ、あいつマッサージ上手いからさ! 騒がしくしちゃってごめんな」
「そーそー、にいちゃんったら揉まれながらイチイチ痛がって声あげるんだもん、コラエショーがないったら。ま、あたしも眠かったんだけどね、「おねがいします光琉ダイミョージンさま、マッサージしてください今月のおこづかい全部オフセしますから!」って泣きつかれちゃってー。かわいそうだからジヒをほどこしてあげることにしたの」
ひょいとドアの隙間から光琉が顔を出して、よく回る舌をフル稼働させた。俺は咄嗟に妹の首根っこをつかまえ、部屋から引きずり出す。一々室内を隠すようにドアを閉めるのは、そういうお年頃故だと父には思ってもらいたいものだ。
所々ツッコミをいれたい箇所はあるものの、妹が援護射撃してくれたこと自体はありがたかった。でも小遣いはやらねーからな?
「……へえ、光琉がマッサージをできるなんて知らなかったな」
「へへ、最近おぼえたんだ。おとーさんも凝ってたり痛かったりするところがあったら言ってね、あたしがすぐに治してあげるから」
「余計なことまで言わんでいい!」という喉元まで出かかった叫びを、俺はどうにか飲みこむ。
と。
「光琉!!」
父は娘の名を叫ぶと俺を押しのけ、光琉の両肩を自分の両手でがっしりとつかんだ。
ま、まずい! ほらみろ、調子に乗ってしゃべりすぎるから不審を抱かれてしまったでは……
「お、お前はがんばり屋さんにも程があるよ。そこまで完璧じゃなくてもいいんだよ!? こんなに美人で料理も上手いのにその上マッサージまで出来るようになってしまったら、世のむさ苦しい体育会系男子どもがお前を放っておかないじゃないか!! お前にまとわりつく悪い虫は、夕べ聞いたひとりだけで十分だ……いや、そいつも絶対許さんけどな。どこのどいつかしらないが!!」
「お、おとーさん、落ち着いて……」
どうやらいつもの親バカモードに突入しただけらしい。た、助かった。魔物に遭遇した時よりもビビったかもしれん。
胸を撫で下ろすと、余裕が生まれたせいかそこではじめて父親の格好に気がついた。すでにスーツをピッチリ着こなし、ネクタイもしめている。
「おい、そっちこそもう仕事に行くつもりなのかよ、親父」
「ああ、起こしちゃ悪いから黙って行くつもりだったんだけどな。期せずして出発前にお前たちと顔を合わせることができて良かったよ」
そう応じる父の顔には、昨夜の酒気の名残りはもう見当たらなかった。
「えー、もう!? せめて朝ごはんくらい食べて行けばいいのに」
とは光琉。
「それがこの時間に家を出ないと、予定の便に乗れないんだ。今度帰ってくる時はゆっくり過ごさせてもらうよ」
その"今度"が具体的にいつになるか、父は明言しなかった。本人にもわからないのだろう。
俺は何だか急に、父に頭を下げたくなった(照れ臭いので実行には移さなかったが)。飄々とした態度だが、激務による疲労は相当溜まっているはずだ。俺たち家族のために、身を削って働いてくれている。それが父の"戦い"だ。フェイデアの人々を守る勇者たちの戦いにも、決して価値の面で劣るものではない。大体あいつら、任務に私情を持ち込み過ぎだし。
わだかまりがなくなったわけでもないが、どうも昨日から父親を見直してばかりいる。前世の体験が自分の中にプラスされたことで多少は視野が広くなった、ということだろうか。生まれ変わりの俺が言うのもなんだが、サリスの人生も決して楽なものではなかった。
だとすると今までの自分がどれだけ苦労知らずだったかを突きつけられているようでもあり、顔が熱くなってくるのだが。
「真人、俺が留守の間、またこの家と光琉のことをよろしく頼むからな」
ぐずる光琉の頭をなでながら、父は最後にお決まりの言葉を投げかけてきた。俺は素知らぬ顔でうなずきながらも、後ろめたいものを感じずにはいられなかった。
まさか父も信頼を寄せる息子が、自分が思い描く悪い虫だとは夢にも思うまい。もちろん昨夜光琉から聞いた調子の良すぎる説明を真に受けられても困るのが、俺自身、妹を異性として意識してしまっているのはたしかなので、清廉潔白だと胸を張れる身分でもなかった。
うーむ、一刻もはやく、この気の迷いを俺の中から追い払わねば……
それ以上は抵抗できず、為すに任せることとなった。足から太ももにかけても筋肉痛で動かせないことは事実だったし、回復魔法を行使する光琉は前世で傷病者を癒していた聖女の顔にもどっている。普段のアホ妹からは考えられないその真剣な様子を見せられては、口をつぐむしかなかった。
考えてみれば相手は妹――家族なんだから、神経質になることもないか。あんまり恥ずかしがってたらかえって意識してるみたいだしな。こっちは光琉のおしめを取り替えたことだってあるんだ、ズボンおろされるくらいどうってことないぞ……頭の中で必死に理屈をならべては自分を納得させようとする俺だった。
しかし如何にやましい気持ちがないとはいえ、歳頃の兄妹が薄暗い部屋の中でひとつベッドに共に乗っているという絵面は、李下に冠を正しすぎているきらいがある。その上妹が兄のズボンをおろして下半身を露出させているのだから、不名誉な誤解を招くには十分すぎる状況だろう。とてもじゃないがこの様を他人には見せられないなあ、などと思ったタイミングで。
コン、コン、とドアをノックする音。
「おーい、なんだか騒がしいけど、こんな朝っぱらからどうしたんだ?」
ぎゃああああ、親父殿襲来! 俺たちが奏でる不協和音は、家の中にはしっかり響き渡っていたらしい。というか昨日から、なんでこうも最悪なタイミングで親父が登場するんだよ! 展開の幅が狭すぎるだろ、この作者。
俺は光琉を押し退けると、急いで立ち上がってズボンを直した。不平をわめく妹を無視してドアまで駆け寄る。両脚の回復はまだ殆ど済んでないというのに、いざとなると動くもんだな。これが火事場の何とやらいうやつだろうか? 屁のつっぱりはいらんですよ。
ドアを開けると、廊下に怪訝そうな表情を浮かべて父が立っていた。すぐに俺も廊下に出て、背中でドアを閉めた。光琉を隠したいということもあったが、今、ベッドやカーテンがズタボロになった部屋の惨状を目撃されるわけにもいかなかった。父には魔法や異世界についてはだまっておくと決めたのだ。
それでも俺がドアを開けてから閉めるまでの一瞬で、薄暗い室内の様子がかすかに目に入ったらしい。
「あれ、やっぱり光琉もこの中にいるのか? 光琉の部屋のドアが開きっぱなしだったから、そうじゃないかとは思ったんだが……それにしても真人のベッドの上で、一体何をやってるんだ?」
「ま、マッサージ! 光琉に俺の身体をマッサージしてもらってたんだよ、うん!」
父の疑問が不審に変わる前に、俺はあわてて釈明した。あながち嘘でもない! 光魔法をマッサージ扱いしたとエウレネ教の信徒に知られたら、宗教裁判にかけられるかもしれないが。
「マッサージってお前なあ、今何時だと……」
「き、昨日体育でランニングをさせられてさ、朝起きたらバッキバキに全身痛えの! 我慢できなくなって、悪いとは思ったけど光琉に頼んだんだよ。あ、あいつマッサージ上手いからさ! 騒がしくしちゃってごめんな」
「そーそー、にいちゃんったら揉まれながらイチイチ痛がって声あげるんだもん、コラエショーがないったら。ま、あたしも眠かったんだけどね、「おねがいします光琉ダイミョージンさま、マッサージしてください今月のおこづかい全部オフセしますから!」って泣きつかれちゃってー。かわいそうだからジヒをほどこしてあげることにしたの」
ひょいとドアの隙間から光琉が顔を出して、よく回る舌をフル稼働させた。俺は咄嗟に妹の首根っこをつかまえ、部屋から引きずり出す。一々室内を隠すようにドアを閉めるのは、そういうお年頃故だと父には思ってもらいたいものだ。
所々ツッコミをいれたい箇所はあるものの、妹が援護射撃してくれたこと自体はありがたかった。でも小遣いはやらねーからな?
「……へえ、光琉がマッサージをできるなんて知らなかったな」
「へへ、最近おぼえたんだ。おとーさんも凝ってたり痛かったりするところがあったら言ってね、あたしがすぐに治してあげるから」
「余計なことまで言わんでいい!」という喉元まで出かかった叫びを、俺はどうにか飲みこむ。
と。
「光琉!!」
父は娘の名を叫ぶと俺を押しのけ、光琉の両肩を自分の両手でがっしりとつかんだ。
ま、まずい! ほらみろ、調子に乗ってしゃべりすぎるから不審を抱かれてしまったでは……
「お、お前はがんばり屋さんにも程があるよ。そこまで完璧じゃなくてもいいんだよ!? こんなに美人で料理も上手いのにその上マッサージまで出来るようになってしまったら、世のむさ苦しい体育会系男子どもがお前を放っておかないじゃないか!! お前にまとわりつく悪い虫は、夕べ聞いたひとりだけで十分だ……いや、そいつも絶対許さんけどな。どこのどいつかしらないが!!」
「お、おとーさん、落ち着いて……」
どうやらいつもの親バカモードに突入しただけらしい。た、助かった。魔物に遭遇した時よりもビビったかもしれん。
胸を撫で下ろすと、余裕が生まれたせいかそこではじめて父親の格好に気がついた。すでにスーツをピッチリ着こなし、ネクタイもしめている。
「おい、そっちこそもう仕事に行くつもりなのかよ、親父」
「ああ、起こしちゃ悪いから黙って行くつもりだったんだけどな。期せずして出発前にお前たちと顔を合わせることができて良かったよ」
そう応じる父の顔には、昨夜の酒気の名残りはもう見当たらなかった。
「えー、もう!? せめて朝ごはんくらい食べて行けばいいのに」
とは光琉。
「それがこの時間に家を出ないと、予定の便に乗れないんだ。今度帰ってくる時はゆっくり過ごさせてもらうよ」
その"今度"が具体的にいつになるか、父は明言しなかった。本人にもわからないのだろう。
俺は何だか急に、父に頭を下げたくなった(照れ臭いので実行には移さなかったが)。飄々とした態度だが、激務による疲労は相当溜まっているはずだ。俺たち家族のために、身を削って働いてくれている。それが父の"戦い"だ。フェイデアの人々を守る勇者たちの戦いにも、決して価値の面で劣るものではない。大体あいつら、任務に私情を持ち込み過ぎだし。
わだかまりがなくなったわけでもないが、どうも昨日から父親を見直してばかりいる。前世の体験が自分の中にプラスされたことで多少は視野が広くなった、ということだろうか。生まれ変わりの俺が言うのもなんだが、サリスの人生も決して楽なものではなかった。
だとすると今までの自分がどれだけ苦労知らずだったかを突きつけられているようでもあり、顔が熱くなってくるのだが。
「真人、俺が留守の間、またこの家と光琉のことをよろしく頼むからな」
ぐずる光琉の頭をなでながら、父は最後にお決まりの言葉を投げかけてきた。俺は素知らぬ顔でうなずきながらも、後ろめたいものを感じずにはいられなかった。
まさか父も信頼を寄せる息子が、自分が思い描く悪い虫だとは夢にも思うまい。もちろん昨夜光琉から聞いた調子の良すぎる説明を真に受けられても困るのが、俺自身、妹を異性として意識してしまっているのはたしかなので、清廉潔白だと胸を張れる身分でもなかった。
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