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第42章:中二病の黒歴史を掘り返すのはやめろ……やめろ……(切願)

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 奥杜おくもりがこちらに近づいてくる足音が聞こえたので、俺は光琉ひかるから身を離した。妹はまだ名残惜しそうだったが、さすがに他者の前で密着しつづけるのは気恥ずかしい。

 奥杜は顔面を蒼白にしていた。よほど心配してくれたらしい。

「大丈夫なの!? 光琉……さん」

「あんたに心配されるようじゃ、聖女サマもおしまいねえ」

 スナオじゃない妹は憎まれ口で応じたが、風紀委員は乗ってこなかった。

「ごめんなさい。私のせいで、あなたをあんな危険な目に……」

「ちょ、ちょっと、何マジになってんのさ。大体、あんたのせいってどゆこと?」

「私がこの公園を通ろうなんて言い出さなかったら、そもそも土僕ゴーレムに襲撃されることもなかったはずよ」

「はあ!? そ、そんなの前もって予想できるわけないでしょ。つまんないことで落ちこんでんじゃないわよ」

 思いがけない奥杜の反応に、光琉も面食らったようだ。何とか立ち直らせようと、ぶっきらぼうながらも慰めの言葉を次々とかけていたが、風紀委員は沈痛な表情のまま頭を下げつづけるばかりだった。

 そんな2人の様子を、俺は無言で見つめていた。

「ちぇ、調子狂うなあ。これだから真面目すぎるユートーセーは……」

 天敵(?)がしゅんとしているのも、落ち着かないものらしい。途方に暮れたように天をあおいだ妹だったが、ふと何かを思いついたように口元をゆがめた。どう見ても聖女の慈愛あふれる微笑、などではなく、イタズラ小僧のニヤつきだった。

「ねえねえ、そんなことよりさ」

「そんなことって! 私は真剣に……」

 なお風紀委員は悲壮な様子で言葉を続けようとしたが、元聖女は無情にも取り合わなかった。

「いいからいいから。あんたさ、さっき魔法を発動させる時、イタい呪文みたいなの唱えてたよね」

「い、イタい呪文とは何ですか! あの詠唱は、魔法を発動させるための術式で、」

「ふーん。でもさ、あたしの記憶が確かなら、前世で"疾風の魔女"が利用していた術式は、詠唱するタイプじゃなかったと思うんだけどなあ」

 光琉の指摘を受けた風紀委員に、グッと言葉を飲みこむ気配が生まれた。どうやら図星をつかれたようだ。

 光琉の言うことは頷けるものがあった。先ほど"風織かざおり"を施してもらった際、俺が覚えた違和感はこれだったのだ。

 前世の記憶をたどるかぎり、"疾風の魔女"カーシャが詠唱による術式を用いたことはなかったはずだ。彼女は必ず、片手または両手の指で印を結んだり中空に図形を描いたりすることによって、魔法を発動させていた。いわばカーシャは視覚効果を利用した象印しょういん型の術式を用いる流派に属する魔導士であり、音響効果によって魔法をイメージする唱韻しょういん型の術式を用いる流派とは対極に位置する存在だった、といえる。

 いや、前世だけの話ではない。つい先刻の土僕ゴーレムとの戦闘中にも、奥杜は何度も詠唱を用いず、指の動きだけで風魔法を発動させていた。あまつさえ、詠唱を途中で省略するという雑な真似までしたのに、"風裂ふうれつ"は問題なくその効果を発揮したではないか。唱韻型の術式を学んだ魔導士が聞いたらキレるぞ、あんなの?

 つまり。以上のことから導かれる結論は。

「あんたの詠唱、魔法の発動には何の関係もないわね。言いたいから言ってるだけでしょ」

「うぐッ!!」

 奥杜が本日最大のダメージを受けたようなうめき声をあげる。

 ……要するにうちのクラスの風紀委員は、こじらせたオタクであるだけでなく重度の中二病だったようだ。思い起こせば、それを匂わせる節は随所にあった。公園に入る前に「逢魔時おうまがとき」なんて表現を大真面目に使っていたが、あれだっていかにも中二病が好みそうなフレーズである。何故それがわかるかと言えば、俺も一時期同じ病にかかっていたからだ……(作者にいたっては、最早回復不可能だろう)

「ぶふっ、あんた、高校生にもなって……なに、あの呪文みたいなの、自分で考えてるわけ?」

「わ、悪かったわね! 別にいいでしょっ。魔法の術式は、どれだけ術者の集中力を高められるかが重要なんだから。私の場合、前世からの象印術式に加えて詠唱も声に出した方が、より精神を研ぎ澄ますことができるのよ!」

「へえ、つまり唱えた方が気分が乗るんだ。じゃ、やっぱり、ああいうのが趣味ってわけね」

「べべべ、別に趣味で文言を決めてるわけじゃないわ! 魔法ごとの特性にあった内容にした方が、イメージも固めやすいし……」

「ええと、何だっけ、そはきりさくものなりー、ここうなりしー……」

「ぎゃー、真似するんじゃないわよ!!」

 奥杜は両耳を塞ぎながら半狂乱になっている。たしかに、自分の考えた詠唱を他人に繰り返されるなど、黒歴史ノートを読み上げられるようなものである。中二病者にとっては、拷問にも等しいだろう。つーか、なんでこういう時だけ精密な記憶力発揮するんだよ、あの自称聖女!

 ……だがまあ、あれは光琉なりに気を使っているのだ。髪を振り回しながら悲鳴をあげている奥杜は、ついさっきまで抱いていた罪悪感を思い出す暇もないようだ。沈みこんでいた表情も、随分生き生きとしてきた。

 責任を感じていた奥杜の意識を別の方向へ転換させるため、敢えてからかってみせたに違いない。多少ひねくれてはいるが、我が妹もなかなかあじな真似をするではないか。そのような気遣いができるまでに成長してくれたことを、兄として誇らしく……

「ねえねえ、"つるぎの王"って何? "千の獣"ってどこから来たの? そういうアニメあるの?ww」

「お、お願い、もうやめ……て……」

 やりすぎオーバーキルだ! 風紀委員がもう息も絶え絶えじゃねえかっ。

「限度をわきまえんか、たわけもん!」

 俺が光琉の頭頂部に(軽く)チョップを喰らわせると、元聖女の無慈悲な舌はようやく回転を止めたのだった。壊れたラジオか、お前は。

「そうだ、こんなことしてる場合じゃなかった!」

 代わりに、何かを思い出したように大声をあげる。別のチャンネルに切り替わったらしい。

「あたし達をこんな目にあわせた奴を、とっちめに行くところだった! 土僕ゴーレムを呼んだ召喚士は、今どこに……」

「どうやら、退散したみたいだな」

 光琉に指摘されるまでもなく、俺は”魔覚まかく”で奴の動向に気を配っていた。さっきまで召喚士がいた地点からは、今は魔力の気配が伝わってこない。少なくとも、公園内にはもういないようだった。

 何者かはわからないがあれだけ多数の土僕ゴーレムを繰り出したのだ、奴とて相当の魔力を消耗しょうもうしたはずだ。ひとまず窮地を脱した、と判断していいだろう。無論、あちらにまだ他の仲間がいる可能性も残っているので、気は抜けないが……

「逃げられた、あたしが気を失って、にいちゃんの手をわずらわせてしまったから……あたし、足引っ張っちゃった……」

 今度は光琉がしょげかえってしまった。うな垂れて、悔しそうに地面を見つめている。

「なんだなんだ、お前も奥杜のこと言えないぞ? そんなの、気にすることじゃないだろ」

「だってあたし、戦闘での足手まといにだけは、絶対なりたくないんだもん。そう、誓ったんだもん……」

 妹はやや混乱しているようだった。「にいちゃん」が唐突に「サリス様」に変わった。あるいは”光琉”の自我と”メルティア”の自我の境界が、一時的に曖昧になっているのか。

「私はサリス様のお邪魔をしたくはありません。もし足手まといになるような時は、迷わずお見捨てくださいますよう」

 ……記憶の奥で声がする。そうだ、俺は前世で、たしかにメルティアからそう告げられたことがある。責任感の強い彼女は、戦場で体術の使えない自分が重荷になることを、極度に恥じていた。

 しかし、ここは戦乱の絶えないフェイデア界ではなく地球だ。何より、

「バカだな。わかってたことだが、やっぱり光琉おまえはバカだなあ」

「しみじみ言わないでよ!」

「朝も言ったろ、お前とメルティアは別の人間なんだ、無理して彼女の真似をする必要なんかない。大体、俺に迷惑かけるのはお前の専売特許だろ。今更気にするなんざらしくないぞ」

 我ながら結構良いことを言ったと思ったのだが、顔をあげた妹は唇をとがらせた。

「……何だかまるで、あたしじゃメルティアに敵わないからあきらめろ、って言われてる気がするんだけど」

「何だ、勝てるとでも思ってたのか?」

「もう、にいちゃんのいじわる! がないんだから!!」

、な」

 俺の訂正にも耳を貸さず、ぷいと横を向いてしまった。うーむ、妹心オンナゴコロはむずかしいなあ。まあ、怒るだけの元気を取り戻したようだから、良しとするか。

 話も一段落(?)したところで、俺と奥杜は光琉に"慈光じこう"をかけてもらい先刻の戦闘で受けた傷を癒した。学生服は所々切り裂かれたままだが、これはどうしようもない。

 あとはさっさとこの場を離れることにしよう。ひょっとしたら戦闘の騒音を聞きつけて、かけつけてくるやからがいるかもしれない。広場のコンクリートはえぐれ、土塊つちくれが散乱し、俺たちの服はボロボロ……この状況を第三者に目撃されたら面倒だ。

 明日にでも持ち主の子供が取りにくるかもしれないので、付加魔法バフ効果がきれたDXデラックス獣の刀は砂場に戻しておく。世話になったな、今度アニメ観るよ。

 3人で公園内を通り抜け、入ってきた出入り口とは反対側にある門をくぐった。閑静な住宅街の狭い道路に出たところで、俺たち兄妹と奥杜の帰る方向が分かれた。

「なんなら、あんたんまで送ってあげてもいいわよ。また敵の襲撃があるかもしれないし」

 妹の口調は横柄だが、奥杜のことを案じているらしい。風紀委員は手を振って謝絶した。「自分の心配だけしてなさい、あなたたちよりはこういう状況に慣れてるから」と理由を述べたが、どこか心ここにあらずといった様子だった。

「じゃ、私はこれで……」

 奥杜は俺たちに背中を向けた。その背中が少し離れたところで、「ちょっと待っていてくれ」と光琉に声をかけて、俺は風紀委員の方へ小走りで駆け寄った。妹はまだへそを曲げているらしく、何も言い返してこなかった。

「奥杜、待ってくれ」

 風紀委員が振り向くと、俺はポケットからスマホを取り出した。

「やっぱり、俺とも連絡先を交換してくれ」

「あら、光琉さんの許可は降りたの?」

「あとで上手く言っておく」

「また浮気を疑われるわよ」

 奥杜には珍しく冗談を言ってきたが、俺は取り合わなかった。表情を変えず、じっと彼女を見つめた。こちらが真剣なのが伝わったらしく、奥杜も笑いを引っ込めてスマホを手にした。2回目だからか、連絡先交換は先ほどよりもいくらかスムーズに済んだ。

「今晩、電話をかける。大事な話がある」

「……分かったわ」

 こちらの意図は、あらかた察しているようだった。静かにうなずくと、奥杜は先刻よりも心持ち早足で俺から離れていった。

 俺は頬に手を当てた。今、奥杜と話をした時、自分の顔はこわばっていなかっただろうか。
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