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第31章:妹が何か企むと、大体ろくなことにならない(経験)

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 光琉ひかるの手を引いて、ゲーセンの階段を上がっていく。

 1階フロアはクレーンゲームなどプライズゲームがメインのコーナー、2階フロアはプリクラコーナーとなっているが、うちの妹は一般論として女子が好むようなそれらのコーナーには目もくれない。光琉とて普段ならクレーンゲーム内の愛嬌あるぬいぐるみを欲しがることだってままあるのだが、現在は頭の中が昨晩のリベンジ一色に染まっているらしかった。

 3階に到着すると、室内の明度が途端にさがった。ここは"ビデオゲーム"のコーナーで、入り口近くには最新のレーシングゲームやオンライン式対戦カードゲーム、○ンダムのアクションゲームなどの筐体きょうたいが並んではでな音響を奏でている。客入りはまずまずといったところだったが、ほとんどがそれら最新機種群が置かれた手前側のエリアに固まっていた。ちなみに4階はダーツや麻雀ゲームなどがある、ややシニア向けのフロアとなっている、というのがこのゲーセンの構造だ。

 俺たちは最新機種がひしめく一帯を素通りし、3階フロアの最奥まで足を運ぶ。入り口付近に比してめっきり人口密度の減ったその辺りには、薄汚れた旧い型の筐体群がひっそりと並んで画面から光を放っていた。まるで墓標を思わせる佇まいだが、もちろん全て正常にプレイが可能だ。ここは前世紀から稼働しているような年季の入ったゲーム筐体たちが、まとめ置かれているコーナーなのだ。

「ああ、これこれ。このカクカクした画面とチープな効果音、やっぱり落ち着くわねえ」

 妹が令和の女子中学生とは思えない感慨を口にする。かくいう俺も、目の前のレトロゲーム(=レゲー)たちの味のある画面を見ている内に、気持ちがほぐれるのを実感する。

 幼い頃、父親からお古の○ーパー○ァミコンを投げ与えられ、レゲーの魅力に取りつかれた。以来、最新のゲーム機を欲しいと思ったことはなかった。画面がリアルすぎたり操作性がスムーズすぎたりすると、「ゲームをしている」という実感が沸かないのである。おかげで同年代のゲーム好き連中とはまるで話が合わない俺だったが、妹は家のリビングで夢中で○ーファミをプレイする兄を見ているうちにいつしか興味をおぼえたらしく、物心つく頃には俺と並んで○ーファミのコントローラーを叩いていた。こうして自分たちが生まれる前に流行ったゲームにばかり没頭する、妙な兄妹が誕生した。

 そんな俺たちなので、ゲーセンでも当然のようにふるい台を求める。この3階フロア奥は近辺で唯一と言ってもいい、前世紀の筐体が充実しているコーナーなので、普段から重宝しているのだった。

 俺たち、というかリベンジを期する光琉の目当ては当然、昨晩遊んでいた某超有名格ゲーのアーケード版だったが、めずらしくその台には先客がいた。

「おや、真人まさと氏に光琉氏、お久しぶりですな」

 筐体の前に座っていた中年男が、画面から顔をあげて俺たちに声をかけてきた。旧知の人物だった。それまで繋いでいた妹の手を、あわてて離した。

「あ、ショーさんだ。ひさしぶりー」

 光琉が気安く”ショーさん”と呼びかけた人物は、本名を白石しろいしのぼるという。痩せぎすな身体つき、髪は丁寧に撫でつけられ、縁の太い眼鏡をかけた顔には柔和な笑みを浮かべている。正確な年齢は定かではないが、40を下回るということはないだろう。

 先ほどは"先客"と表現したが、彼はこの店の客ではない。身につけている青みがかったポロシャツは紛れもなくこの店のスタッフ用のユニフォームである。彼はこのゲーセンの職員、もっと言えば歴とした店長だったりする。

「いや、店長が商売道具の場所ふさいで何やってんすか……今更ですけど」

 この店長はこれまでもたびたび、ユニフォームのまま店のゲームと戯れている姿が目撃されている常習犯なのだった。

「今は休憩中なのでね、ハイスコアの更新に挑戦しておるのですよ。もっとも、本来の休憩時間は10分前に終了してしまいましたが」

 それは"休憩中"とは言わない。

「いやあ、ここにある台たちで遊んでくれるお客さんは、今や君たち兄妹くらいのものですからねえ。せっかく名作ぞろいなのに、なんだか可哀想で……たまにはこうして、作動チェックがてらに遊んであげないとねえ」

 ショーさんは子供の頃から今に至るまでゲーム好きで、目の前の台たちが新作として稼働し始めた当時からプレイしているという筋金入りである。俺たち兄妹がショーさんと知り合ったのもこのコーナーで、レゲーを愛する者同士意気投合したのだった。

「それは熱心なことで……ところで、その世にも珍しい客たちが、その台をプレイするためにこうしてやって来たんですがね」

「それはありがたいですな。乱入はいつでも歓迎しますぞ!!」

 うむ、客に席を譲る気は微塵もないようだ。大丈夫か、この店?

 本人に歓迎されても、格ゲーでショーさんに挑む気にはなれなかった。これまでに何度か対戦したことがあるが、俺程度の腕では手も足も出なかった。噂では現役プロゲーマーすら一目置いているほどの実力で、近辺のゲーマーたちの間ではちょっと名が知れ渡っているのだとか。そんな相手に蟷螂とうろうの斧を振るっても、虚しいだけである。

 仕方ないから店長がソロプレイを終えるまで、おとなしく他のゲームでもして時間をつぶすか。心中でそうつぶやいた時、光琉がずいと身を乗り出した。

「わかった、じゃああたしがショーさんに挑戦する。もし勝てたら、その席をにいちゃんに譲ってよね!」

 俺は膝から崩れそうになった。昨日俺に15連敗した雑魚プレイヤーの妹が、雲上人に挑みかかろうとしている。井の中のかわずでももう少し身の程を弁えてそうなものだが。

「お、おい、やめとけって。お前がショーさんの相手になるわけないだろ? 必殺技だってまともに出せないのに」

「だいじょーぶだって、にいちゃん。あたしに良い考えがあるのよ」

 嫌な予感しかしない応えが返ってきた。

「まかせといて、絶対台をゲットしてみせるから。せっかくのデートなのに、一緒に遊べなきゃつまんないもんね!!」

「お願いだから、少しは口を開く前に考える癖をつけてくれない!?」

 知り合いが間近にいるのに平気で「デート」とか口にしてしまう妹に、俺は半ば涙目で懇願した。今日だけでいくつ、あらぬ誤解が生みだされたことだろうか。

「はっはっは、兄妹でデートですか。仲がよろしくてうらやましいですなあ」

 光琉の失言を聞いても、ショーさんには大して気に留めた様子はなかった。「デート」という言葉にそこまで深い意味を読み取らなかったのか、それとも冗談だと思ったのか。

 うーむ、俺も少し神経質になりすぎているのだろうか……?

「それでは久しぶりに対戦しますか、光琉氏。謹んでお相手させていただきますぞ」

 光琉も過去何度かショーさんとゲームで手合わせをしたことがある。無論、戦績は光琉の全敗である。腕前的には象と蟻ほどの差がある両者だったが、店長は我が妹に対して少しも偉ぶった態度を見せない。それがかえって、強者の風格を漂わせていた。こういうところは実に立派な人物である。勤務中に台を占拠するのはどうかと思うけど。

 ショーさんのお許しが出たので光琉は向いあった台の席に着くと、コインを投入して乱入した。すぐにキャラクター選択画面に移り、妹は躊躇なく髪が逆立ったアメリカ軍人を選択した。

 一般的に強キャラと言われているキャラだが、同時に上級者向けのキャラとしても知られている。コマンド入力もまともにできない妹が使ってもその性能を十全に発揮することはできないのだが、それでも光琉は頑なに持ちキャラとして使い続けていた。

 ちなみに、相手のショーさんが使用するのはお団子頭をしたチャイナ娘である……この辺に関しては色々察して欲しい!

「今日こそショーさんから1勝を奪ってみせるわ。前回までのあたしと同じは思わないでよね!」

「お手柔らか」

 弱い何とかほどよく吠えるの構図そのままに、対戦が始まった。こうなるともう、俺は光琉の後ろからベガ立ちで見守るしかない。

 果たして妹は何秒持つことやら。そう思いながらゲーム画面を眺めていたが、事態は意想外の方向に進んだ。なんと、光琉が操るアメリカ軍人が、ショーさんのチャイナ娘を押しているではないか!

 ショーさんの繰り出す攻撃が、ことごとく空振りする。そのモーションの隙をついて、光琉の攻撃がヒットする。大抵は必殺技の入力をミスったと思われる不恰好な通常攻撃だったが、確実に相手のライフゲージを削っていく。

 目の前の光景が信じられなかった。あるいはショーさんの方で光琉を気遣って手加減しているのか、と思って筐体の向こう側の様子をうかがってみたが、店長の表情は真剣そのもので焦燥の色さえ浮かんでいる。光琉相手に本気を出し、苦戦を強いられているのは間違いないようだった。

 昨晩まで俺にさえまるで歯が立たなかった妹が、プロゲーマー顔負けのプレイヤーを圧倒している。一体何が起こったんだ!? まさかこれも聖女の力が覚醒した影響じゃあるまいな。いくら魔力が蘇ったからって、ゲームの技能向上には繋がらんと思うが……

 そこまで考えた時、画面内のショーさん操る中華娘の動きが、不自然なことに気づいた。明らかに敵が射程外の遠くにいるのに、小パンチの連打を繰り出している。光琉側のアメリカ軍人がしゃがんでいる時に、ジャンプして空中で攻撃している。ガードのタイミングも大幅にズレている。まるで実際の相手とは違う、見えない別の敵と戦っているかのようだ。

 これは……俺は眼を閉じて"魔覚まかく"を研ぎ澄ませた。

 感じる。筐体付近に、微かに魔力のうごめきを感じる。今現在、何らかの魔法が発動している証拠だ。そしてこの場に、そんな真似ができるヤツはひとりしかおらん!
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