上 下
43 / 93

間章-糸を引く者(陰影)

しおりを挟む
 天代あましろ真人まさと光琉ひかるの兄妹が廃工場を去っていく様子を頭上、キャットウォークに立って眺める者たちがいる。

 影は2つ。若い男と女だった。どちらも静芽しずのめ学園高等部の指定制服に身をつつんでいる。

「……俺たちがここにいることに気づいていましたね、あいつ」

 男が女にへりくだった物言いで話しかける。小柄な体格。背中まで伸ばした長髪を、1本のゴムで無造作にまとめている。

「そらそうやろ。こんだけ近くに潜んでいる者がいて、あの男が感知せんはずがあらへん。たとえこっちが、極力気配を断っているとしてもな」

 男とは対照的な長身、ショートカットの髪型をした女が、関西なまりで応じる。

「昼間、ちょいと魔力をこめた殺気を放ってやった時も、即座にこっちに目を向けおったわ。勘のするどさは、転生しても錆びついとらんようやで」

「やはり、間違いないのですか」

「あの直感力、今の立ち回りでみせた剣さばき、何より最後に連れの女が全身から発した光魔法の波動……」

 数えあげる女の口ぶりは、どこか愉快げだった。

「もう確定やな、天代真人は"勇者"サリスの生まれ変わりや。しかも"光の聖女"メルティアまで一緒におるときた。あの2人も地球に転生していたんやな、うちらと同じように」

「それを確認できただけでも、あの連中をけしかけた甲斐がありましたか」

 男はそう言うと、蔑みの視線を階下に投げた。コンクリートの床の上に、けばけばしい格好に身をつつんだ8人の男たちが無様に転がっている。

「せやなあ……しかし最初から勝てるとは思とらんかったけど、大の男が9人も雁首そろえてたった1人に手も足も出んっちゅうんやから、情けない話やでほんま。ま、ガッコの中で肩をそびやかすのがせいぜいのどもに異世界の英雄を相手どれいうのが、土台無理な注文やったっちゅうことやろなあ」

「これ以上、あの連中を使う必要はないでしょう。どうします、今度は別のグループに襲撃を命じますか。何なら俺が出向いても」

「やめえや」

 男が提案を挙げていくのを、女はにべもなくさえぎった。

「あんたらはもうええ。次はうちが直接当たることにするわ」

「お嬢自ら!? 何もそこまでしなくても……」

「この制服着ている時は、その"お嬢"いう呼び方はよさんかい。いつも言うとるやないか」

 物分かりの悪い子供を諭すような口調で女が注意すると、男は素直に「すいません」と頭を下げる。

「天代真人がサリスだと分かった以上、もう様子見の小細工は必要ないやろ。それに誰を差し向けたところで、相手があのサリスじゃあ今日の二の舞を踏むのがオチや。、たとえあんたでもな」

 男が悔しそうに唇をかむ。

「あんたが前世からサリスを憎んどるのはよう知っとる。せやけど、くれぐれもうちが出向く前に暴発したりしたらあかんで。この件からはあんたはもう手を引け、これは命令や」

「……承知しました」

 断固とした女の指示に男は首肯したが、その表情には不満と不本意がありありと浮かんでいた。女は眉をひそめる。

「あんた、ほんまにわかったんかいな」

「わかりましたよ。お嬢……先輩が奴の元におもむくまで、俺は一切手を出しません」

 心にもない返事をしながら、男は頭の中でまったく別のことを考えていた。

 天代真人――勇者サリスの転生体である少年は、自分が討つ。奴だけは、この手で八裂きにせねば気が済まない。たしかに容易ならな相手だが、先程の戦いぶりにはどことなくぎこちない処があった。少なくとも、前世で目の当たりにしたような圧倒的なは感じなかった。おそらく覚醒してまだ間がないのだろう、だとすれば付け入る隙は十分あるのではないか?

 それに、いざとなれば一緒にいた小娘――聖女メルティアをこちらの掌中に収めてしまうという手もある。聖女の光魔法は自分たちにとって脅威だが、所詮相手は年端もいかぬ少女である。前世でのメルティアは白兵戦の技能は皆無に近かったはずだし、現世でも戦争や紛争とは縁遠い日本に転生した以上、あの年齢ですでに本格的な戦闘訓練を受けているとは考えにくい。ふところに潜りこんでしまえば、いくらでもやりようはある。

 聖女を盾にしてしまえば、勇者サリスといえど手の出しようがないだろう。後は生殺与奪も思いのまま……

「念のために言うておくけどな、間違っても聖女の方にちょっかいを出したらあかんで」

 おもむろに女が口を開いた。内心を見透かしたようなその忠告に、男は反射的に背筋を伸ばした。

「お嬢、だから俺は、もう何もしないと言って」

「人質なんてみっともないからやめろ言うてるんやない。あんたの身のためを考えて注意してやっとんのや。万が一にもあの嬢ちゃんをおそったりしてみい、生命はないで」

「……どういうことですか、それは?」

 女が何を言いたいのか分からず、思わず男は問い返した。それが己の内心を吐露する結果になっているとは気づいていない。

「あんたが聖女は勇者のアキレス腱だと考えているとしたら、それは大きな間違いや。アレは逆鱗げきりんや、下手に触れるもんやない」

「逆鱗、ですか」

「もしも天代真人のあの嬢ちゃんを想う気持ちが前世と変わらんとしたら……嬢ちゃんの身に危害を及ぼされたとき、確実にあの男はキレるで。それも並のキレ方やない、怒りで理性が吹き飛んで獣のように荒れ狂うことやろう。もう手がつけられへん。ひょっとしたら、魔王様より恐ろしいかもしれんな」

「そんな馬鹿な」と笑い飛ばそうとして、男は失敗した。女の表情と声が、あまりにも真に迫っていたからだ。

「あの男と前世で幾度も死闘を繰りひろげたうちが言うんや。勇者サリスを怒らせたらあかん。眠れる竜をいたずらに刺激するのは、阿呆のやることや。せやから後のことは全部うちに任しとき、ええな」

「はいっ」

 と男が甲高い返事をしてしまったのは、明らかに女の話に気圧されたからであった。一瞬後にそんな自身の心理を理解して、彼は少なからぬ羞恥と苛立ちをおぼえた。あろうことか、背中に冷たい汗までかいているではないか……

 その時、廃工場の西側にある窓から夕陽が差しこみ、両者を照らした。彼女たちの後方で影が伸び、壁に映し出される。

 その場に第三者がいて、ほこりまみれの壁に突如現出した黒影を目にしたとしたら、その者は驚倒を免れなかったであろう。頭の両側から伸びる角、不気味に凸凹した手足の輪郭、何より背中から生えた一対の翼……明らかに人ならざる魔性の影が2つ、そこには生じていたのである。

 そのような禍々しい、しかしどこか人間に近い姿を有する存在を、異世界フェイデアの住人たちはこう呼んでいる。

 半魔の種族――"亜人デミン"、と。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

勇者をしている者なんですけど、キモデブ装甲のモブAにチェンジ魔法を使われて、身体が入れ替わった!? ありがとうモブA!やっと解放された!

くらげさん
ファンタジー
 雑草のように湧いてくる魔王の討伐を1000年のあいだ勇者としてこなしてきたら、キモデブ装甲のモブAに身体を取られてしまった。  モブAは「チェンジ魔法」のユニークスキル持ちだった。  勇者は勇者を辞めたかったから丁度良かったと、モブAに変わり、この姿でのんびり平和に暮らして行こうと思った。  さっそく家に帰り、妹に理由を話すと、あっさりと信じて、勇者は妹が見たかった景色を見せてやりたいと、1000年を取り戻すような旅に出掛けた。  勇者は勇者の名前を捨てて、モブオと名乗った。  最初の街で、一人のエルフに出会う。  そしてモブオはエルフが街の人たちを殺そうとしていると気付いた。  もう勇者じゃないモブオは気付いても、止めはしなかった。  モブオは自分たちに関係がないならどうでもいいと言って、エルフの魔王から二週間の猶予を貰った。  モブオは妹以外には興味なかったのである。  それから妹はエルフの魔王と仲良くなり、エルフと別れる夜には泣き止むのに一晩かかった。  魔王は勇者に殺される。それは確定している。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

メインをはれない私は、普通に令嬢やってます

かぜかおる
ファンタジー
ヒロインが引き取られてきたことで、自分がラノベの悪役令嬢だったことに気が付いたシルヴェール けど、メインをはれるだけの実力はないや・・・ だから、この世界での普通の令嬢になります! ↑本文と大分テンションの違う説明になってます・・・

実妹と恋愛するのは間違っているだろうか!?

明日録
恋愛
主人公『澄谷優人』は実の妹である『澄谷由衣』の事を女性として愛していた。 自分の気持ちは間違いだと理解し、その想いを隠しながら日々を過ごす。 表面上は良き兄を演じ、妹からも慕われて、周りから見れば仲の良い兄妹にしか見えないだろう。 自分を偽っていたとしても妹との生活はかけがえのないものだ 家族としての幸せを享受し、それが今後も続いていくのだと思ってのだが―― とある事件でそれは崩壊する。 普遍的な兄妹の関係は終わりを迎え、互いの想いが複雑に絡み合っていく。

母親に家を追い出されたので、勝手に生きる!!(泣きついて来ても、助けてやらない)

いくみ
ファンタジー
実母に家を追い出された。 全く親父の奴!勝手に消えやがって! 親父が帰ってこなくなったから、実母が再婚したが……。その再婚相手は働きもせずに好き勝手する男だった。 俺は消えた親父から母と頼むと、言われて。 母を守ったつもりだったが……出て行けと言われた……。 なんだこれ!俺よりもその男とできた子供の味方なんだな? なら、出ていくよ! 俺が居なくても食って行けるなら勝手にしろよ! これは、のんびり気ままに冒険をする男の話です。 カクヨム様にて先行掲載中です。 不定期更新です。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

断罪イベント返しなんぞされてたまるか。私は普通に生きたいんだ邪魔するな!!

ファンタジー
「ミレイユ・ギルマン!」 ミレヴン国立宮廷学校卒業記念の夜会にて、突如叫んだのは第一王子であるセルジオ・ライナルディ。 「お前のような性悪な女を王妃には出来ない! よって今日ここで私は公爵令嬢ミレイユ・ギルマンとの婚約を破棄し、男爵令嬢アンナ・ラブレと婚姻する!!」 そう宣言されたミレイユ・ギルマンは冷静に「さようでございますか。ですが、『性悪な』というのはどういうことでしょうか?」と返す。それに反論するセルジオ。彼に肩を抱かれている渦中の男爵令嬢アンナ・ラブレは思った。 (やっべえ。これ前世の投稿サイトで何万回も見た展開だ!)と。 ※pixiv、カクヨム、小説家になろうにも同じものを投稿しています。

処理中です...