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第26章:雨の日の◯バンストラッシュは水飛沫が他人にかからないよう気をつけよう……もちろん傘を直接当てるのもだめだよ?(忠告)

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「ギャハハ、なんだこいつ、超だっせえ!」

「やっぱりただのハッタリだったのかよ。雑魚のくせにイキがりやがって!」

 まわりのヤンキーたちがはやしてる中、スキンヘッド男はなおも追撃を仕掛けてきた。あわてて立ち上がった俺に向かって再度はなたれた右ストレートを、身体をかたむけることでどうにかかわす。だがその攻撃はブラフだった。直後、体勢をくずし動きが止まった俺の顔面に、待ちかまえていたようなスキンヘッドの左フックが炸裂した。頬に灼熱の衝撃が生まれ、怪力でふっ飛ばされた身体が地面につっ伏した。

「おいおい、ひとりで楽しんでんじゃねえよ」

「俺らも混ざるぜ。袋にしろってのがの命令だからな」

 俺が見た目どおりケンカ慣れしていないとわかると、それまで様子見していた連中もぞろぞろと前に出てきた。弱者を痛ぶる機会を逃す手はない、と考えたのだろう。とことん下種な連中だが、残念ながら今の俺にはなすすべがない。

「はー、結局、気がすむまでやりたいようにさせるしかないわけか……」

 ジンジンと痛む頬を押さえながら立ち上がり、俺は肩をすくめた。まったく、やりきれない気分である。

「……おい、やっぱこいつ、何か変だぜ」

「殴られてあんだけ頬をはらしておきながら、まるでビビった様子がねえな」

「場慣れしてねえシャバ僧なら、チビっててもおかしくねえ状況なのによ……」

 ふたたびざわつくヤンキーたち。そら、前世で拷問を受けたり瀕死の重傷をおった時に比べれば、頬を殴られたくらいでは何とも思わないけど……だからと言って反撃ができるわけでもないのだ、そう警戒する必要はないぞ。

「やっぱ気味がわりいやつだ。さっさとボコっちまおうぜ」

 誰かが音頭をとるや、一斉におそいかかってくる。俺は暴力の嵐がこの身を通りすがるまでこらえる覚悟を決め、ひそかに下腹に力をこめた。

 その時。

「にいちゃんッ!」

 殺伐とした廃工場に不似合いな、鈴のような声が聞こえてきた。次いでパタパタとひびく軽やかな足音。

 動きを止めたヤンキーたち越しに入口へ目を向けると、薄闇の中に美しい黄金こがね色の髪が揺れている。

光琉ひかる!? バカ、なんできたんだよッ!」

 闖入ちんにゅうしてきたのは、先ほど帰宅させたはずの妹だった。兄の言いつけを平然と無視していたようである。両腕で何かを抱えながら、息を切らせてこちらへと走ってくる。

「こっちはあぶないぞ、俺のことはいいから帰れ!」

 反射的に妹に向かって声を張りあげたが、例によって聞く耳をもってくれる様子はない。

「にいちゃん、新しい剣よ!」

 ◯ンパンマンの新しい顔を届けにきた◯タコさんみたいなイントネーションでさけぶと、手に持った細長い物体をこちらへと放り投げてきた……剣?

 ヤンキーたちの頭上を通過して飛来したを反射的につかむと、何やら柔らかくすべすべした感触が掌に生まれる。まじまじと観る。生地は透明なビニール製、ハンドルは白いプラスチック製、生地が巻かれバンドで止められているので、全体として棒状の形になっている。

 これは……うん、傘だね。どっからどう見ても、コンビニとかで数百円で売ってそうな安物のビニール傘だよね。さっき「剣」とか聞こえた気がするけど、間違ってもそんな物騒な代物ではない、雨の日のマストアイテムである。

 いや、これを渡されたから、一体どうしろと!? ものすごくリアクションに困るんですけど。これが「剣」として機能するのはせいぜいチャンバラごっこの時くらいだぞ!? それもあんまり強く打ちつけあったら折れてお母さんに怒られちゃうから、皆んな気をつけような!!

 ポカーンとして一部始終を黙ってみていたヤンキーたちだが、俺が手に持ったのが傘だとわかると、またしてもめいめいで爆笑しはじめた。笑うのが好きな連中である、肺が疲れないのか?

「ふひゃひゃひゃ、剣って…その傘が剣って!! やめろよ、笑い殺す気かよ、ひゃっひゃ……」とパンチパーマ。

「さすがは勇者様だぜ。その剣で魔王を倒しにいくのか? カッカッカ!!」とドレッドヘアー。

「◯バンストラッシュでも放つのか? Aタイプは雨の日しかできないから注意しろよwwwwゲラゲラゲラ」とポンパドール氏……お前、絶対そっち方面のオタクだろ!?(余談だが作者は未だに雨が降ると、人目のないところで濡れた傘で◯バンストラッシュの真似をしながら水飛沫を飛ばして喜んでいるらしい。ダメだあいつ……)

 ほとんどのヤンキーが馬鹿にしたような笑い声をあげていたが、スキンヘッドは同調しなかった。顔を真っ赤にして茹でダコみたいになりながら、怒りの形相で俺をにらんでいた。

「てめえ、どこまでもふざけやがって……もう許さねえ、ぶっ殺してやるっ!!」

 さけぶと同時に、先ほど以上の勢いでこちらに向かって突進してくる。俺は無意識のうちに傘のハンドルを片手でにぎって垂らしながら、猛牛と化したスキンヘッドに相対した。すると、

「……あれ?」

 何かのスイッチが入る音を聞いた、そんな気がした。

 直後、不思議な感覚が全身を包む。

 向かってくるスキンヘッドの勢いは先ほどよりも明らかに増している。増しているはずなのに……その速度が、ひどく緩慢に感じるのである。

 巨体から発せられていた威圧感も消えている。そして大きすぎる攻撃モーションから、相手が次にどのような動きをするか、その細部にいたるまで手に取るように読めた。脳が考えるのではない、直感が瞬時に分析し、演算し、予測を形成する。そうとしか、説明ができない。

 把握できるのは、スキンヘッドだけではなかった。この場にいるヤンキーたち、その全員の動作がひどくゆったりとしている。そのことを、俺は感じ取れている。五感が研ぎ澄まされ、一人ひとりの一挙手一投足を、目を向けることもなく正確に認識することができるのだ。

 まるで時間の流れが停滞したかのような錯覚。その中にあって、自分だけが例外だった。身体がやけに軽かった。緩慢な人間たちの中にあって、自分のみが普段以上になめらかに動けるだろうという確信。まるで眠っていた運動神経が呼び覚まされたような……いや違う、俺の深層意識がそれらの使、といった方が正しいか。

「しねえええッッ!!」

 スキンヘッドが左手でジャブを打ち出してくる。するどさがなく、フェイントなのは明らかだった。もっとも、傘をにぎる前だったらそんなことも判別できなかっただろうが。

 俺は微動だにせず、ジャブを見逃す。案の定、左の拳が俺の目の前数センチで止まると、本命の右ストレートが奥から迫ってきた。予測どおりのその攻撃を、俺はわずかに首をかしげることでやり過ごした。

 先ほどまであわてて逃げていたのとはまるで違う、完全に見切った上での最小限の動作による回避。パンチが空を切ったスキンヘッドは慣性のままに俺の脇を通り過ぎ、背中が無防備にさらされる。

「いけえー、にいちゃん!」

 光琉の能天気な声援が耳にとどく。それに後押しされたわけでもないが、相手の綺麗に剃りあげられた後頭部へと、俺は右手に持った傘のハンドルを撃ちつけた。力加減は、身体が勝手にしてくれた。

 鈍い音と、鈍い感触。

 直後、スキンヘッドは振り向くこともなく前のめりに昏倒した。
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