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第16章:前世では本当にスマンかった(低頭)
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魔導士カーシャ。前世のフェイデア界において、魔王討伐へとおもむく旅を共にした勇者パーティーの1人である。
それ以前には傭兵を生業としており、その頃から強力な攻撃魔法を駆使する黒魔導士として、同業者の間では一目置かれていた。とりわけ彼女が得意としていたのが、風魔法だった。亜麻色の髪をたなびかせながら自在に大気の流れをあやつって敵を切り裂き、吹き飛ばし、屠る様から、"疾風の魔女"の二つ名で呼ばれるほどだった。
サリスも勇者に就任前から、カーシャとは顔見知りだった。いく度か魔族掃討の任で同じ領主や商会の軍に雇われ、肩をならべて戦ったことがあった。そしてそのような時は決まって、普段に増しておびただしい戦果をあげることができた。共に秀でた力量を有していたのに加え、こと戦闘に関しては不思議なほど2人の息があったのである。
カーシャが風魔法で魔族の群れを撹乱し、隙が生じたところにサリスが斬り込む。2人の連携は敵にとって災厄以外の何物でもなく、数多の魔族を屍と変え、味方には一方的な勝利をもたらした。馴れ合いを嫌うサリスは、同業の傭兵たちとさえほとんど交渉を持たなかったが、カーシャの実力は評価していた。魔王討伐任務のパーティーを組むに際して、彼女を一員として推薦したのも、他ならぬサリスだった。
そのカーシャが今、風紀委員の奥杜楓に生まれ変わり、俺の前に立っている……
「どうやら、思い出してくれたかしら。久しぶりね、サリス」
そう言って、奥杜は微笑んだ。軽やかな口ぶりだったが、声には深い情感がこもっていた。
奥杜は両手を降ろし、魔法の発動を解除した。超常の風は瞬時に止み、再び初夏の静穏がよみがえる。魔力がおさまると同時に、彼女の髪も亜麻色から元の黒色にもどっていた。
「ずいぶんと、驚いているようね」
「……そりゃ驚くさ」
前世の仲間の転生体が、こんな身近にいたのだ。どんな確率だよ、まったく。"ご都合主義"のそしりを受けても、文句は言えん展開だぞ?
「まあ現代転生もので、この手の偶然はつきものだしな」
「急に何を言っているの?」
「……口が勝手に動いた」
主人公に作者の言い訳を代弁させとらんで、さっさと話を進めんかい!
ひとつ咳ばらいをして、気を取り直す。たずねたいことは山ほどあったが、まずは。
「カーシャ……いや、奥杜、と呼んでいいかな?」
「そうね、今の私は"疾風の魔女"カーシャではなく、奥杜楓ですもの。私もあなたのことを、サリスではなく、これまでどおり天代くんと呼ぶわ」
「それじゃあ奥杜。君がこうして地球に転生しているってことは、やっぱり前世のカーシャは、その……」
「もちろん死んだわ。あなたとメルティアが討たれた後、間もなくね」
ある程度予想していたものだったとはいえ、こちらの意図を先回りした奥杜の返答に、俺は苦みをおぼえずにはいられなかった。
前世で魔王討伐の旅に出た勇者パーティーは、勇者本人を含め計6名だった。その構成は勇者、聖女、魔導士、司祭、狩人、商人……
あらためて振り返ると、バランス悪いな!? 前衛が俺=サリスだけじゃねえか! なんだこの遠距離厨が好みにまかせて組んだようなパーティー、これ絶対後半に耐久力が足りなくなって苦労するパターンだろ? FC版サマルトリアの打たれ弱さに泣いた経験があるやつだったら、まずこんな編成にはしないね(いつもいつも棺桶になりおってからに!)。
まあ実際、前世ではこのパーティーで魔王討伐に成功したわけだから、結果論的には正解だったというべきだろう。単に運が良かっただけかもしれないが……
問題は魔王がたおれた後だった。サリスとメルティアが、主要各国が参加する人類連合から"叛逆者"の烙印を押されたとき、旅を共にした仲間たちの対応は分かれた。
司祭と狩人は人類連合――というより実質的にそれを主導するガルベイン帝国に恭順を示し、かつての勇者と聖女を討伐するための部隊に参加した。商人は、いずこへともなく行方をくらました。
サリスとメルティアの側に立ってくれたのは、魔導士――カーシャだけだった。討伐軍への参加を半ば強要されながらもかたくなに拒む一方、逃走と潜伏をくり返す俺たちに、密かに援助の手を差しのべてくれた。
帝国や各主要国の要人たちからは、さぞ目をつけられていたことだろう。その記憶がじわりと脳の奥でよみがえっただけに、サリスとメルティアが死んだ後は彼女にも災禍が飛び火したのではないかととっさに思いいたったのだが……どうやら懸念が的中してしまったようだった。
「あなたたちが非業の最期をむかえてすぐ、私にも兵が向けられたわ。逃走の手引きに物資の供給、"叛逆者"に協力した証拠はいくらでも残っていたのね。たかが魔女1人を討つために聖騎士や賢者、各国の精鋭がぞろぞろと派遣されたのは、光栄というべきかしら。魔王討伐を果たしたパーティーのメンバーとして、よほど虚像が肥大化していたみたいね。抵抗はしたけどもちろん敵うはずもなく、最期は魔力も尽きて無数の凶刃に囲まれてしまったから、観念して懐に忍ばせておいた毒をあおったわ。ちょうど"眠るように死をむかえる"毒薬の調合を研究していた最中で、試作品が残っていたの。あまり苦しむこともなく命を絶てて、まだしも幸運だったと考えるべきでしょうね」
落ち着いた奥杜の口調に反して、語られる内容は凄絶なものだった。俺は前世の相棒に向かって頭を下げた。
「すまん。俺やメルティアに協力してもらったばかりに、奥杜――カーシャまで巻き込んでしまって……」
「やあね、止してよ。天代くんは本当に、サリスとは全然違うのねえ。あのふてぶてしい男だったら、そんな風に頭を下げることなんて死んでもしないわよ」
生まれ変わりの俺よりも、サリスのことをよく知っている風な口ぶりである。俺がまだ、ぼんやりとしかサリスの記憶を取りもどせていないということもあるだろうが……
「それにあくまで、前世でのことよ。たとえ服毒して生き絶えた記憶が残っていようとも、あれは今の私とは別人の身に起きたことだと割り切っているわ。幼い頃はずいぶん悩んだし、発作的に叫んじゃったりすることもあったけどね」
「奥杜はいつ頃から、前世の記憶を持ってたんだ?」
「断片的には4,5歳の頃からあったかな。徐々に思い出せることが増えていって、今から2年前にはカーシャの生涯をあらかた把握していたわ。前世で身につけた魔法がほぼ使えるようになったのも、その頃ね。天代くんは、どうもフェイデアのことを思い出して間もないようだけど」
「正解。今朝起きたら、急に記憶がもどっていたんだ。といっても、はっきり思い出せない部分も多くて、まだ霞がかかっている感じなんだけどな」
奥杜は細い指先で唇をなぞりながら、何やら考えはじめた。口から漏れる微かなつぶやきが、俺の耳にも届いてくる。
「記憶がよみがえるのにここまでかかったということは、やはり私より天代くん――サリスの封印の方が強かった、ということかしら。これまでは外見から受ける心証も遮断されていたから、こんなに前世とそっくりでもサリスだと気づけなかったのね。これは女神エウレネの意思? それとも……」
奥杜が眉根を寄せながら独り言を発しているのか、俺に話しかけているのか、判断がつかなかった。仮に話しかけられているのだとしても、その内容はほとんど理解できなかったが。
それ以前には傭兵を生業としており、その頃から強力な攻撃魔法を駆使する黒魔導士として、同業者の間では一目置かれていた。とりわけ彼女が得意としていたのが、風魔法だった。亜麻色の髪をたなびかせながら自在に大気の流れをあやつって敵を切り裂き、吹き飛ばし、屠る様から、"疾風の魔女"の二つ名で呼ばれるほどだった。
サリスも勇者に就任前から、カーシャとは顔見知りだった。いく度か魔族掃討の任で同じ領主や商会の軍に雇われ、肩をならべて戦ったことがあった。そしてそのような時は決まって、普段に増しておびただしい戦果をあげることができた。共に秀でた力量を有していたのに加え、こと戦闘に関しては不思議なほど2人の息があったのである。
カーシャが風魔法で魔族の群れを撹乱し、隙が生じたところにサリスが斬り込む。2人の連携は敵にとって災厄以外の何物でもなく、数多の魔族を屍と変え、味方には一方的な勝利をもたらした。馴れ合いを嫌うサリスは、同業の傭兵たちとさえほとんど交渉を持たなかったが、カーシャの実力は評価していた。魔王討伐任務のパーティーを組むに際して、彼女を一員として推薦したのも、他ならぬサリスだった。
そのカーシャが今、風紀委員の奥杜楓に生まれ変わり、俺の前に立っている……
「どうやら、思い出してくれたかしら。久しぶりね、サリス」
そう言って、奥杜は微笑んだ。軽やかな口ぶりだったが、声には深い情感がこもっていた。
奥杜は両手を降ろし、魔法の発動を解除した。超常の風は瞬時に止み、再び初夏の静穏がよみがえる。魔力がおさまると同時に、彼女の髪も亜麻色から元の黒色にもどっていた。
「ずいぶんと、驚いているようね」
「……そりゃ驚くさ」
前世の仲間の転生体が、こんな身近にいたのだ。どんな確率だよ、まったく。"ご都合主義"のそしりを受けても、文句は言えん展開だぞ?
「まあ現代転生もので、この手の偶然はつきものだしな」
「急に何を言っているの?」
「……口が勝手に動いた」
主人公に作者の言い訳を代弁させとらんで、さっさと話を進めんかい!
ひとつ咳ばらいをして、気を取り直す。たずねたいことは山ほどあったが、まずは。
「カーシャ……いや、奥杜、と呼んでいいかな?」
「そうね、今の私は"疾風の魔女"カーシャではなく、奥杜楓ですもの。私もあなたのことを、サリスではなく、これまでどおり天代くんと呼ぶわ」
「それじゃあ奥杜。君がこうして地球に転生しているってことは、やっぱり前世のカーシャは、その……」
「もちろん死んだわ。あなたとメルティアが討たれた後、間もなくね」
ある程度予想していたものだったとはいえ、こちらの意図を先回りした奥杜の返答に、俺は苦みをおぼえずにはいられなかった。
前世で魔王討伐の旅に出た勇者パーティーは、勇者本人を含め計6名だった。その構成は勇者、聖女、魔導士、司祭、狩人、商人……
あらためて振り返ると、バランス悪いな!? 前衛が俺=サリスだけじゃねえか! なんだこの遠距離厨が好みにまかせて組んだようなパーティー、これ絶対後半に耐久力が足りなくなって苦労するパターンだろ? FC版サマルトリアの打たれ弱さに泣いた経験があるやつだったら、まずこんな編成にはしないね(いつもいつも棺桶になりおってからに!)。
まあ実際、前世ではこのパーティーで魔王討伐に成功したわけだから、結果論的には正解だったというべきだろう。単に運が良かっただけかもしれないが……
問題は魔王がたおれた後だった。サリスとメルティアが、主要各国が参加する人類連合から"叛逆者"の烙印を押されたとき、旅を共にした仲間たちの対応は分かれた。
司祭と狩人は人類連合――というより実質的にそれを主導するガルベイン帝国に恭順を示し、かつての勇者と聖女を討伐するための部隊に参加した。商人は、いずこへともなく行方をくらました。
サリスとメルティアの側に立ってくれたのは、魔導士――カーシャだけだった。討伐軍への参加を半ば強要されながらもかたくなに拒む一方、逃走と潜伏をくり返す俺たちに、密かに援助の手を差しのべてくれた。
帝国や各主要国の要人たちからは、さぞ目をつけられていたことだろう。その記憶がじわりと脳の奥でよみがえっただけに、サリスとメルティアが死んだ後は彼女にも災禍が飛び火したのではないかととっさに思いいたったのだが……どうやら懸念が的中してしまったようだった。
「あなたたちが非業の最期をむかえてすぐ、私にも兵が向けられたわ。逃走の手引きに物資の供給、"叛逆者"に協力した証拠はいくらでも残っていたのね。たかが魔女1人を討つために聖騎士や賢者、各国の精鋭がぞろぞろと派遣されたのは、光栄というべきかしら。魔王討伐を果たしたパーティーのメンバーとして、よほど虚像が肥大化していたみたいね。抵抗はしたけどもちろん敵うはずもなく、最期は魔力も尽きて無数の凶刃に囲まれてしまったから、観念して懐に忍ばせておいた毒をあおったわ。ちょうど"眠るように死をむかえる"毒薬の調合を研究していた最中で、試作品が残っていたの。あまり苦しむこともなく命を絶てて、まだしも幸運だったと考えるべきでしょうね」
落ち着いた奥杜の口調に反して、語られる内容は凄絶なものだった。俺は前世の相棒に向かって頭を下げた。
「すまん。俺やメルティアに協力してもらったばかりに、奥杜――カーシャまで巻き込んでしまって……」
「やあね、止してよ。天代くんは本当に、サリスとは全然違うのねえ。あのふてぶてしい男だったら、そんな風に頭を下げることなんて死んでもしないわよ」
生まれ変わりの俺よりも、サリスのことをよく知っている風な口ぶりである。俺がまだ、ぼんやりとしかサリスの記憶を取りもどせていないということもあるだろうが……
「それにあくまで、前世でのことよ。たとえ服毒して生き絶えた記憶が残っていようとも、あれは今の私とは別人の身に起きたことだと割り切っているわ。幼い頃はずいぶん悩んだし、発作的に叫んじゃったりすることもあったけどね」
「奥杜はいつ頃から、前世の記憶を持ってたんだ?」
「断片的には4,5歳の頃からあったかな。徐々に思い出せることが増えていって、今から2年前にはカーシャの生涯をあらかた把握していたわ。前世で身につけた魔法がほぼ使えるようになったのも、その頃ね。天代くんは、どうもフェイデアのことを思い出して間もないようだけど」
「正解。今朝起きたら、急に記憶がもどっていたんだ。といっても、はっきり思い出せない部分も多くて、まだ霞がかかっている感じなんだけどな」
奥杜は細い指先で唇をなぞりながら、何やら考えはじめた。口から漏れる微かなつぶやきが、俺の耳にも届いてくる。
「記憶がよみがえるのにここまでかかったということは、やはり私より天代くん――サリスの封印の方が強かった、ということかしら。これまでは外見から受ける心証も遮断されていたから、こんなに前世とそっくりでもサリスだと気づけなかったのね。これは女神エウレネの意思? それとも……」
奥杜が眉根を寄せながら独り言を発しているのか、俺に話しかけているのか、判断がつかなかった。仮に話しかけられているのだとしても、その内容はほとんど理解できなかったが。
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