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第11章:”勇者”を無下にあつかう奴は、俺が許さない(義憤)②

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「……なあ、さっきから、まるでダメージを与えられてないように見えるんだけど」

「この勇者は貧乏でロクな剣を持ってなくてな、初期装備では最弱モンスターのキノポンにすら、ほとんどダメージを与えられないんだ」

世知辛せちがらッ!」

 いらねえだろ、その設定! いや、たしかに勇者は経済的に苦しいものだけどさ。どの国も、”機関”も、無茶な任務を押し付けてくるくせに、支出する資金はギリギリまでケチってきやがったけどさ!……いかんいかん、前世の嫌な思い出がフラッシュバックしてしまった。

 ともかく、そんな事情をゲームで再現する必要はないだろう。プレイヤーのストレスを蓄積するだけである。

「……これってやっぱ、クソゲーなんじゃねえの?」

「クソゲーじゃねえよ! 強力な武器さえ購入すれば、ちゃんとダメージとおるようになるんだよ」

「でも、武器を購入するための金って、結局モンスターを倒さないとはいらないんだろ?」

「……いや、このゲームのアイテムはすべてDLC(ダウンロード・コンテンツ)で、購入するには逐一リアルマネーを課金しなければならない」

「クソゲーじゃねえか! 聞いたことねえよ、そんなな仕様!?」

「ちなみに、一番安い武器の”こん棒”をDLするのにも、一葉いちようさんが飛ぶ」

「高ッ! 今時ぼったくりバーでも、もうすこし良心的なんじゃないか!?」

「何でもグラフィックに力を入れ過ぎてしまったから、そうでもしないと開発費が回収できないらしい」

「本末転倒の極み!」

 そもそも、その仕様にしたからって回収できるものなのか? ここまでプレイヤーの足元を見たゲームのために課金しようとする物好きが、そうそういるとも思えないのだが……

「でもさ、現実でも武器になるようなもの、たとえば警棒とかを買おうとしたら、それくらいの金は必要じゃないか?」

「”リアリティを追求している”ってそういうこと!? だったら追求せんでいいわ、んなもん!」

 そうこうするうちに、画面内ではキノポンが勇者を攻撃してきた。愛らしい顔の真ん中にある口が大きく開くと、中には先端が針のように尖った牙が無数に生えそろっている。そのグラフィックも非常にリアルで、口中では紫色の粘液がてかっておぞましさを増加させていた。子供が見たら泣くだろう、これ。

 キノポンのギザギザ牙に勇者がかまれると、派手なダメージエフェクトが発生し、画面右上にあるライフゲージが大幅に減少した。三分の一は持っていかれただろうか。

「貧乏だから当然、防具もまともなものは着ていない。最弱モンスターからでも攻撃を受ければ、大ダメージを受ける。この辺もリアリティの追求に妥協がないんだ。もちろん、防具もすべて購入にはリアルマネーが必要だね」

 もう突っ込む気力もない。説明を聞けば聞くほど、頭が痛くなってくる。

 思うにこのゲームは……おそらく「ネタレベルのクソゲー」として、ネット上で話題になっているのだろう。そして石田はその騒ぎを見て、"純粋に評価されて盛り上がっている"と勘違いしたのではなかろうか。まあ実際プレイして楽しんでいるようだから、本人の嗜好には合っているんだろうが……

 やがて、敵の攻撃を3回喰らい、勇者のライフが0になってしまった(はやっ)。勇者が倒れ、画面が暗転する。そして、アルファベットと数字を組み合わせた文字列が画面中央に浮かぶ。

「……って、パスワードォ!? このご時世のゲームで、セーブ機能なしのパスワードシステムなのかッ!?」

「ふっ、入力画面に直接文字列を打ち込まないと、前回進めたところからやり直せないんだ。斬新だろ?」

 現代っ子の石田にはパスワードシステムはめずらしいようだ。でもそれ、太古の仕様だから! ◯ーファミユーザーの俺ですら、あまりお目にかからないロストテクノロジーである。というか、スマホゲーでパスワードシステム搭載してもスクショすれば一発で保存できるから、ただ入力の手間がかかるだけなんじゃ……

「な、再開がこれだけ面倒となれば、ちょっとやそっとでやられるわけにはいかないのさ。しかも今月、俺は小遣いをもう使い果たしてしまったから、強力な武器や防具を購入することもできない……ふう、だが、この緊張感がたまらない! これだけやりがいを感じるゲームは、はじめてだ! 俺はこいつと出会うために、生まれてきたのかもしれない」

 石田は天を、要は教室の天井を見上げながら恍惚の表情を浮かべる。俺は内心でますますわずらわしさとあわれみをつのらせながら、この腐れ縁の友人が、流行には過敏なくせに特殊な感性により結局世間からどこかズレてしまう残念な性分だという点に、あらためて思いを馳せた。

 ところで、そんなにやりがいのあるゲームに飢えているならレトロゲームをプレイすればいいのに。今と違ってかゆいところに手の届かない不親切設計は、石田にとって絶品だろう。レゲーはいいぞ?

「昨晩から寝る間を惜しんでプレイしているんだが、いまだに最初の平原を抜かられないんだ! だからますます燃える」

「……己の時間の使い方に、疑問をおぼえないか?」

「もう300回も、ゲームオーバーになったかな? その度に勇者がキノポンに殺されるところを目の当たりにしたのだけど」

 ここで石田は、知らず俺の逆鱗に触れたのだった。

「しかし俺は、その悔しさをバネn」

「お前との付き合いもここまでだ。二度と俺に話しかけるな」

「ゲームの話をしていただけなのに、友人に絶交された!?」

 当然だ。勇者にそこまで無体な真似をする人非人にんぴにんに、慈悲などない。たとえゲーム中の勇者といえど、今の俺には他人事とは思えない。

 それに「繰り返し死ぬ」という現象が、前世で暗黒神官が使う"夢惑ゆめまどい"の魔法にかかり、無間地獄むげんじごくの悪夢に捕らえられた時のことを連想させるではないか! あの時はメルティアに助けられてなんとか脱出できたが……うう、思い出しただけで気持ち悪くなってきた。

「な、なんだ。どうしたんだ、いきなり。俺、何かわるいことしたか?」

「だまれ。勇者ってのはな、大変なんだぞ。世間がイメージするような、華やかな立場じゃないんだ。日々鍛錬を欠かさず、命がけの戦いを続けるなんて当たり前。それでいて見返りはすくなく、休日もなく、上からの命令がくだればすぐさま何ヶ月にも渡って旅に出させられ、その間モンスターから命をねらわれ、気の休まる間もなく、苦労して使命を果たしたかと思えば各国の権力者から妬みを買い……」

「な、なんだか妙に真に迫っているな……」

 口を動かしていたら段々当時の記憶が具体的によみがえってきて、止まらなくなってきた。よく考えたら、ブラック企業も真っ青の環境で酷使されていたんだよな、前世の俺サリス

「そんな可哀そうな勇者を、昨夜から今朝にかけてだけでさ、300回も死なせたって……てめえには人の心がないのか! プレイするならもっと上手く操作してやれよ!」

「いや、上手くなるためには練習しなきゃならんし、そしたら結果的にもっと勇者が死ぬことになると思うけど……というかお前の言っている勇者、このゲームと設定ちが」

「口ごたえするなっ!! 勇者を死なすことなく、上手くなれる工夫をしろ。これ以上勇者さんをないがしろにすることは俺が許さん」

「お前は一体勇者の何なんだッ!?」

 前世で同業者だった、とは言えない。事情を把握していない石田には何のことかさっぱりりわからんだろうな、と理解しつつも、俺は義憤ぎふんに駆られるままに石田の非道をなじり、勇者のジンケンとフクリコウセイを主張し続けた。

 ひとつの足音が、俺たちの方へ向かってくることに気づいたのは、そんな時だった。





※(著者より)……本文中に登場する『魔滅の刃』は、言うまでもなくフィクションのゲームです。描写されているシステムの主だったものは著者の空想の産物ですし、いかなる現実のゲームソフト・アプリを示唆する意図もありません。ご了承ください。
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