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8話

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 食堂にマルコス工房の弟子たちが集まり夕食を食べていた。
 お酒は出ていないのにとても賑やかだ。
 笑い声が絶えることがなく、ここがとても良い職場なのだとわかる。

 柔らかいパンが食べ放題と、肉と野菜が入ったスープ。
 マルコスが『たいしたもてなしはできない』と言っていたが俺には十分な食事だった。
「いっぱい食べるんだぞ」
 横に座るラシアがコクコクと頷く。
 もう少し太ってくれれば健康的に見えるからな。

 ちなみに、ウィンプル(頭を覆う頭巾)がないと落ち着かないとエリノが言うので夕食前に町で買い物をした。
 それは口実で下着を買うのが目的だったらしいが、紳士な俺は気づかないフリをした。
 綺麗なブロンドの髪が見れなくなるのは嫌だと反対したのだが修道女としての誓が優先された。
 教会を抜けたのだから気にすることはないと思うのだが、譲れない思いがあるらしい。

 弟子たちがチラチラとエリノを見る。
 どうやら工房に修道女がいるのが珍しいらしい。
 と言うか、このテーブルだけ女性が四人もいるので華やかなのだ。

「まあまあな食事やなぁ」
「そうか? 俺は美味しいと思うぞ」
「ウチは味覚も一級やさかい」
「勝負に負けそうで半泣きだったのは誰かな」
「姉ちゃんは黙っといて~」
「食事が頂けるのは神様のおかげです」
「エリノが治癒をしたからお礼されたわけで、だからエリノのおかげだよ」
「そんな、それなら私を助けてくれたミズキ様のおかげになります」
「俺の……ね。え~第二回、家族会議を始めます」
「なんやねんいきなり」

 周囲の弟子たちに聞こえないよう声のトーンは落とし気味に話を続ける。
「ウィリーに加護を与えて欲しいとエリノがお願いしています。エリノ、理由を説明して」
「はい。コンテストの主催者が動物をモチーフにした彫刻を禁止にしたためウィリー君が困っています。私は助けられるのなら助けてあげたいと思います」
「皆の意見を聞かせてくれないか」
「私は反対だ。ミズキ殿の手を煩わせたくないのが主な理由だが、ウィリーだけ贔屓ひいきするのは間違えている。他の弟子だって修行して上達しようと頑張っているのだ」
「ウチも姉ちゃんと同じ意見や。たまたまマルコス工房に寄っただけで特別親密な関係やあらへん。他の工房にもライバルはいるはずや。その人ら~も同じ条件でコンテストに出品するんや、ズルは良くない」
「ラシアは意見ある?」
 パンを咀嚼そしゃくしながら首を横に振る。
「俺も二人と同じ意見だ。ウィリーが自分の力で乗り越えるべき試練だと思う。エリノの優しさは大事にしたい、けど見境のない優しさはエリノを追い詰める気がするんだ。全ての人間を救うことはできないのだから」
「……確かにそうですね。全ての人を平等に救うなんて無理ですよね。ミズキ様、お願いは取り下げます」
「わかった。これからもみんなで話し合って解決していきたい。だから気兼ねなく相談して欲しい」

 ふぅとアラニスが溜息を漏らした。
「ミズキはん、もっとガツンと言ってもええんやで。ウチら~はミズキはんの言うことなら何でも聞くよって」
「柄じゃないんだよ。頼りないかもしれないけど、そこは助けてくれないか」
「ミズキ殿は頼りがいはあるぞ。そうだな……強引に抱きしめてキュンとさせてくれても良いのだ」
「姉ちゃん、ウチの言いたいことと違う~。えっとな、家族会議って言うんならもっと家族らしく接してくれてええねん。遠慮はいらん、まだウチらのことをお客さん扱いしとるで。まぁ、ウチもキュンとさせてくれるなら嬉しいけどな……」
「なるほど、アラニスの言うとおりかもしれない。ありがとう」

 人との距離感は難しい。
 踏み込み過ぎると馴れ馴れしいと言われるし、かと言って距離を取ると冷たいと言われる。
 正直に言うと四人の美女たちに緊張しているのだ。
 短期間で親密になったから、どう接していいのか未だに決められない。

 ティルダは隠すことなく俺を好きだと言ってくれる。
 それはとても嬉しいし光栄だ。
 けれど彼女の気持ちに応えて良いのだろうか。
 神の加護がなければ俺なんて歯牙にもかけていないだろう。
 それは恋愛感情じゃなくて感謝の気持ちなのではないか……。

 アラニスは純粋に金目当てだ。
 割り切った関係なので他の子と比べれば接しやすい。
 たまにヤキモチを焼くが、これはリップサービスだろう。
 ティルダへの対抗心も含まれているかもしれない。

 エリノは騒動に巻き込んでしまった責任がある。
 だから無意識に彼女には極力優しく接しようとしているのかもしれない。
 それをアラニスはお客さん扱いと言ったのだろう。
 トビアス司祭が命令したらしい誅罰隊ちゅうばつたいもここまでは来ないだろう。
 そうなれば俺たちと行動を共にする理由がない。
 彼女は次の教会に到着したら別れると思う。

 ラシアも騒動に巻き込んでしまった被害者だ。
 彼女が素敵な男性を見つけて嫁ぐまで俺が責任をもって育てる。
 父親が務まるかわからないが努力しよう。
 素直で良い子だが、暴走すると恐ろしいので注意が必要だ。

「お二人はほんとうにミズキ様が好きなのですね」
「あたりまえだ、正妻の座は誰にも譲らん」
「ウチは二号でええ。世界で最も愛するのは金や。エロ修道女は愛人枠で我慢しとき」
「私は神様に身も心も捧げましたから、愛人にはなりませんよ」
「この中でいちばんエロい体しとるのに、なんや無駄エロかいな」
「むだって……酷いです」
「商売は損得勘定が大事や、利益が出せそうな商品を放置するなんて我慢できへん。まわりの視線が気にならへんか~、弟子たちがその体を見とるで~」
「えっ?」
 エリノが周囲に気を配る。
 視線を向けられていたことに初めて気づいたようだ。
 弟子たちも慌てて視線をそらした。

「な、芸術家たちはその体にご執心なんやで。モデルを頼まれたら断ったらあきまへんで。価格交渉はウチがしたるさかい安心せ~」
「そ、そんな……私が?」

 ラシアは満腹になったのだろうウトウトし始めている。
「ラシアが眠そうだ、寝かしてくるよ」
 軽々とお姫様抱っこをする。
 痩せているのでとても軽い。
 俺の食器はティルダが片付けてくれるようだ。
 ウィリーの案内で寝室へ向かう。





 弟子たちが寝泊まりする部屋が空いているらしいのでそこへ案内してもらった。。
 二段ベッドが二組備え付けられている。
 マットレスなんて上等な物はないので板の上に直接寝るのだ。

「アカン、こりゃアカンで」
 女性三人が困った顔をしている。
「何が?」
「こないな所で寝れるかいな、もっとええ部屋はないんか?」
「ちょっとアラニス、図々しくないか?」
「ミズキはんが知らんのは仕方ない、ウチらはそれなりの生活をしてきたんや。馬車で一夜明かすのとワケが違うで」
 エリノは助祭、ティルダは神殿騎士、アラニスは店のオーナー。
 この世界では富裕層なのだ。
「そうなのか」
 俺は納得するしかない。
 この世界の常識と、元の世界の常識は違うのだ。

「すみません、ベッドが四つある部屋はここだけなんです。賓客用の部屋もあるのですが、そこにはベッドが一つしかなくて」
「あるんやないか~、そこでええで」
「でも……」
 ウィリーはちらりと俺を見た。
 まあ、女性四人と寝る男なんて常識的に考えてありえないよな。
「問題あらへん、ウチら四人はミズキはんの妻や」
「ええっ!!」
 ウィリーが驚くのも無理はない、俺だって今初めて聞いたんだ。
 まあ、すぐにエリノが止めるだろう。

 ……止めなかった。
 どうやら板の上で寝るのは嫌らしい。
 誰も否定しないので賓客用の部屋へ案内された。





 買い付けに来た金持ちが止まる部屋だそうだ。
 調度品も豪華で、ベッドもフカフカだ。
 ベッドに寝ているラシアを寝かすとふわりと体がマットに沈みこむ。
 エリノたちもご満悦の様子。
 これからの旅、もしかするとこのクオリティを要求されるのだろうか。
 俺には金がないんだぞ、プレッシャーで胃が痛む。

「じゃあ俺はさっきの部屋で寝るから、みんなオヤスミ」
「待つのだミズキ殿。離れていては護衛が務まらない。一緒に寝れば良いではないか」
「ウチもかまわへんで。姉ちゃんの家でも一緒に寝てたんや、今更やで~」
 ティルダとアラニスがエリノを見た。

「えっ? 私? 結婚前の男女が同衾どうきんするのはいけません、ハレンチです!」
「ほな仕方ないなぁ、エロ修道女はさっきの部屋。ミズキはんがこっちで解決や」
「ええっ!? どうして?」
「ワガママいうとんのはエロ修道女だけや」
「貞操を守ることががワガママ……うそぉ……」
 まるで『ムンクの叫び』のように頬を押さえ口を開くエリノだった。

「アラニス、あまりエリノをイジメないでくれ」
「いじめちゃうわ、これは民主主義にのっとった多数決や、ウチと姉ちゃん対エロ修道女。な、公平やろ。ラシアも加えてええで。もちろんウチらに賛成やろうけどな」
「ううう……、ミズキ様、襲わないと神様に誓えますか?」
 涙目で俺を見てくる。
 こんな質問をされるなんて思いもしなかったよ。

「正直に言うと自信がない。だから逆にお願いするよ、俺を誘惑しないでくれ」
「ええっ!!」
 エリノだってこんな返事をされるとは思ってなかったのだろう。
 美女が頭を抱えている姿はシュールだ。

「それは難しいで、ウチから溢れ出る色気は押さえられへんからな」
「あ、アラニス、君だけは大丈夫だ。俺にはロリコン趣味はない」
「なんやて!!」
「ミズキ殿心配いらない。男のような私にはもとから色気などないのだ」
「それは違う。ティルダには他の人には無い魅力がある、だから誘惑禁止だ」
「そうか! 私にも魅力があるのだな!」
 くるくる回りながら喜んでいる。

「私は修道女ですから色気はありませんよね!」
「エリノは自覚したほうがいい、そのボディーは破壊力抜群だ。俺にとって君が一番の猛毒なのだよ」
「あぁ神様、アナスタシア様、どうか明日の朝まで私の貞操をお守りください」
 天に向かって必死に祈りを始めた。

「あ、あの……問題ないようでしたらボクは行きますね、オヤスミなさい」
 すっかりウィリーの存在を忘れていた。
「オヤスミ、ウィリー」

 相談の結果、エリノ、ティルダ、アラニス、俺、ラシアの順で寝ることになった。
 俺の両隣にロリを配置することで禁欲させる作戦らしい。
 もちろん提案者はエリノだ。
 無駄な足掻きだとは教えないでおこう、彼女が安心して眠れるに越したことはないからな。





 朝、目を覚ますと俺の隣にはエリノがいた。
 アラニスは先に目を覚ましていたらしく、椅子に座り窓の外を眺めていた。

「おはようミズキはん」
「アラニス、おはよう」
「さすがはエロ修道女やで、口では嫌と言いつつちゃっかり隣で寝とるで」
「どうやってティルダを超えて来たんだ?」
「さぁ? エロパワーちゃうか~、そろそろ離れんと、目を覚まして騒ぎだすで」
 俺は三人を起こさないようにそっとベッドから降りた。

「アラニスは朝早いんだな」
 小さなテーブルを挟んで彼女の前に座る。

「商人の間には、三日早起きすると一人分の働きになるっちゅう言葉があんねん。そやからウチは早起きしとるんよ」
「俺のいた世界でも早起きは三文の徳って言葉があるよ」
「ミズキはんの世界では文が通貨なん?」
「昔はね、今は円だよ」
「おもろいな、通貨が変わるんか~。こっちはずっとリントやね」
 こちらの相場は10リントがほぼ一食代になる。
「なあ、このくらいの部屋に泊まろうとすると、いくらぐらいになる?」
「そうやねぇ、貧乏宿は70リント、このクラスやと三倍の210リントやろか」
「稼ぎの良いバイトで一日100リントだぞ、俺には無理だ」
「ウチに任せとき、しっかり稼いだるわ」
「アラニス様、頼りにしてます」
 俺はアラニスに頭を下げた。

「そない卑屈にならんでええ、ウチの夢はミズキはんと一緒に世界一の金持ちになることや、もっと豪華な部屋に泊まれるようにしたるわ」
「合法でだぞ。もし非合法な商売をする気なら――」
「見くびらんといて、ウチは真っ当な商売人や。人の道は踏み外さん。まあ、ちょ~っと性倫理に欠けるかもしれへんけど、そこは大目に見てや」
「あまり過激なのはナシな。ラシアの教育上良くない」
「了解や」
 いったい何をする気なんだろう……。
 不安だけど貧乏は辛い。
 アラニスが稼ぐと言うのなら任せようじゃないか。
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