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幻想と偶像

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 刑事部捜査第一課の京本宣裕きょうもとのぶひろ警部補が警察署の休憩コーナーで缶コーヒーを片手に放心していた。
 動物園の熊が餌を与えられず落ち込んでいるような姿だ。

「おや、京本君じゃぁないか、焼き肉ご馳走様ね」
「あ、ああ、露守つゆもりか」
 露守は自販機で紅茶を購入すると京本の隣に座る。
「久々にお腹いっぱい高いお肉を食べたからね、力があり余ってるわよ!」
 力こぶを出す仕草は可憐な少女なら可愛らしいが、体格の良い露守がやると喧嘩を売っているようだ。
「そのぶん僕の財布は軽くなったけどね」
「なによ~、嫌々奢ったの?」
「そんなことはないさ、君の満腹顔が拝めて満足してるよ」
 覇気のない笑顔はどことなく哀愁を感じさせた。
「その割には元気ないじゃない。どうしたの? お肉のお礼に聞いてあげるわよ」
 京本はふぅと溜息をついたあと、
「先日の銀行強盗、聞いてるだろ」
「ええまあ。全身タイツの不審者がいたんですってね」
「これ、どう思う」
 京本はポケットから小さなビニール袋を取り出した。中には弾丸が入っている。
「ホローポイント弾ね。それが何?」
「これ発射された弾丸なんだ」
「変形してないじゃない。……冗談でしょ?」
 京本は首を横に振る。

 ホローポイント弾とは、弾頭の先端に穴が空いており着弾時に花が咲いたように開く銃弾の総称だ。
 ビニール袋の中にある弾頭は円錐形。とても発射された弾丸には見えない。

「空にむけて発砲すればどこにも当たらずその形になるでしょ」
「室内だし、防犯カメラの映像では不審者に命中しているように見えた。まあハイスピードカメラではないから弾丸が映っていたわけじゃないけどね。線条痕も一致しているし間違いなく現場で発射された弾だよ」
「ありえないわ」
「そう、ありえないんだよ……。僕は狐にでも化かされているのかなあ?」
「情けない! 熊と戦えそうな図体して何が狐よ!」
 露守は京本の背中を平手で叩いて活を入れるが、痛がる様子もなく表情は沈んだままだった。
「いや熊は無理だし」
「どうしてここの男どもは冗談が通じないのかしら……。いい? そんなのは逮捕してから調べればいいのよ。重要なのは弾じゃなくて星よ! 不審者の目星は?」
「遺留品、指紋、声、靴跡なし、侵入経路、逃走経路、どれも不明だ。残されているのは防犯カメラの映像のみ」
「……ねぇ、ファントムの現場と似てない?」
「ファントム? あぁ空き巣犯のね。僕も考えたさ。でもそっちは幽霊だろ」
「幽霊の正体見たり枯れ尾花よ、逮捕したら誰かの変装だったってオチかもしれないでしょ」
「その口ぶり、進展あったのか?」
藍川瑠子あいかわるりこの関係者に気になる男がいるのよ。その男の家にあった靴とコンビニの防犯カメラに写っていた女性の履いている靴が一致。さらに、ネット通販で女性の衣服を購入した履歴があって、その服も一致したの」
「濃厚じゃないか。で、その男が女装をしたわけだな」
「それは無理、サイズが違いすぎるの。だから男の知り合いに女性がいないか酒田さかた君が調査しているところよ」
 暗雲に光明。先ほどまで沈んでいた京本の顔に笑みが戻りつつあった。
「興味深い話をしているな」と、声をかけてきた女性は科学捜査研究所の砂金蘭奈いさごらな
 糸目に大きな黒縁のメガネ、腰まで伸びたポニーテールに白衣。
 スーツ姿の男性が多い署内ではなかなかの異色で目を引く存在だ。
 露守が来る前から京本の隣に座り暖かいお茶を飲んでいたが、体が小さいので京本の影に隠れ露守からは見えていなかった。
「悪い、盗み聞きするつもりはなかったのだけど、幽霊なんて非現実的な単語が飛び出すものだから我慢できなくてね」
「十年以上前に亡くなった人が出歩いてたら誰だって幽霊だと思いますよ」と、京本が説明をする。
 砂金いさごと会話をするのは二人とも初めてだが、署内ではわりと有名人なので顔と名前は知っていた。
「特殊メイクや整形でいくらでも人相なんて作れるんだ。私ならまず整形外科医に確認するね。それに同じ服を買っただけで被疑者扱いは乱暴だよ。ショップのコーディネイトを検索したかい? 同じ姿のモデルがいるのではないかね」
「それは調査してませんが……」
 刑事のプライドにチクリと針が刺さるが、露守は表情に出さないよう平静を装う。
「この弾はどう説明つきますか?」
 京本は弾丸の入ったビニール袋を砂金いさごに見せる。
「高性能な衝撃吸収素材だろうね。普通の防弾チョッキでは弾頭が潰れるから、それを上回る性能だろうね。不審者の着ていた服は可視光域全反射率が極端に低い特別な素材で作られていたそうじゃないか。まだ実用段階ではない素材が使えるんだ、かなり高度な技術力をもつ機関がバックにいると考えるね」
「未知の機関なんてそれこそSFの世界でしょ、幽霊と同レベルですよ!」
 温和な京本が珍しく興奮している。
「君らをバカにしたわけじゃないのだが、気を悪くしたのなら謝るよ。私は笑っていると勘違いされることが多くてね。糸目に産んだ両親を恨んでいるんだ。まぁ、科学で説明できない事象は無いと信じている頭のおかしい科捜研の戯言だと聞き流してくれると有難い」
 砂金はふざけた敬礼をしながらヘヘッと笑い休憩室を後にした。
 残された二人は何とも言えぬ苦い気分を残したままそれぞれの仕事へ戻っていった。


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 日曜日の午前。数名の私服刑事が久崎のマンションを張り込んでいた。
 もちろん露守と酒田も覆面パトカーの中から様子を伺っている。久崎と面識があるため車中待機だ。
 二人が久崎へ接触した後もファントムは出没していた。
 警告に気付いていないのか、気づいているが無視しているのか、久崎とファントムは無関係なのか。判断材料が少ないため結論が出せずにいた。

 コンコンと車のガラスが叩かれた。
 半分ほど開いていた窓から男が中を覗き込んでくる。
「あんたか」と、運転席に座る酒田がため息交じりに睨みつける。
「いやぁ~ど~もど~もご無沙汰しております~」
 樽野公哉たるのきみや、フリーのカメラマンだ。
 骸骨に皮が張り付けてあるような痩せこけた顔にギョロリとした目が特徴的。四十歳を過ぎ白髪が混じる頭に野球帽のつばを後ろにしてかぶっている。
「露守さんも! ご無沙汰です~」
「はいはい」と、顔も見ずに軽くあしらう。
「つれないなあ。で、で、いったい何の捜査ですか?」
「言えるわけないだろ」
「もちろんですよ守秘義務でしょ、知ってます、知ってます、でもヒントぐらいはいいでしょ~」
「邪魔するんじゃないよ」
「へぇ~、そんな態度するんだ~。ん”ん”あ~、あ~、発声練習しようかな~」
「オマエ! 公務執行妨害だぞ」
「触れてません~、暴行してません~」と、樽野たるのは両手を上げて手をヒラヒラと振っている。
「脅して聞き出すのは脅迫罪だ」
「ちっ。若いのに融通が利かないなあ、持ちつ持たれつの関係じゃないか」
「聞屋に助けられた覚えはないないね」
「酒田君、無視よ無視。時間稼ぎして私たちが痺れを切らすのを待ってるんだから」
「ネタバレ早いですよ~露守さ~ん」
被疑者マル被出てきます」と、無線に連絡が入る。
 タイミングの悪さに、
「チッ」と酒田が舌打ちする。

 樽野たるのは素早く交差点の角に行き周囲を注意深く観察する。
 見覚えのある私服警官がマンションから出てきた男を監視していた。
 カメラを構え久崎にピントを合わせシャッターボタンを押す。デジタルカメラなのでシャッター音はオフにしている。
「おい!」
 車から降りた酒田は樽野の肩を掴み撮影をやめさせる。
 まるで親の仇を睨むような視線を酒田に向け、
「邪魔すんな! 報道の自由だ、ひっこんでろ」と、押し殺した声で威嚇し、掴まれた肩を振り払い撮影を続行する。
「オマエ~」
「酒田君、行くわよ」
 露守に声をかけられ渋々車に戻る。
「ほっといていいんですか」
「実害が出たら逮捕すればいいわ」
「捜査の邪魔ですよ」
「邪魔するかもしれないという憶測で逮捕できないのが警察なのよ。アイツも一応プロよ、突撃取材なんてしないわ」
「納得いきません」
 酒井は怒りが収まらず、運転席から交差点の角にいる樽野を睨みつける。
「私たちが注意すべきは、久崎が肖像権の侵害を訴え出た時にマスコミの近くに刑事がいたのに止めなかったというケースよ。だから君が樽野たるのを止めようとした事実さえあれば今は十分なのよ」
「……俺たちは何を守っているんでしょうか」
「市民の財産。それは樽野や久崎、それに私たちも含まれるわ。マスコミは嫌いだけど彼の仕事を邪魔する権利は私たちにないのよ」
「ん~、モヤモヤします!」
「安心なさい、私もだから」
「とても冷静に見えますけど?」
「刑事じゃなければ投げ飛ばしているわ。他人のプライバシーを侵害しといて何が報道の自由よ」
 露守は助手席に座ったまま握り拳を樽野に向ける。
「へへっ、露守さんも怒っていると知れて、なんだか少しスッキリしました」
「そぉ? 犯人を逮捕すればもっとスッキリするわ、捜査続けるわよ」
「はい!」



 ラフな服装の久崎はマンションを出ると駅の方角へと歩き出す。
 駅まで徒歩五分の距離。私服刑事が尾行を開始。その後ろを樽野もついて行く。

 久崎は電車に乗り、二駅先で下車。
 大きなショッピングビルの前に到着すると、考えごとをしているようだ。
 露守たちは車移動なので少し遅れてビルの近くに到着した。

「女性と接触」と、無線に連絡が入る。
 尾行している刑事が携帯で隠し撮りをし共有ネットサーバーにアップロードする。
 携帯端末で写真を見た酒田が、
「この子はマル被の同僚、小井戸沙来こいどさきです」と無線で尾行中の刑事に伝達する。
「背格好も監視カメラの映像に近いようね」
藍川瑠子あいかわるりことタイプは違いますがこの子も可愛いですね。もしかして久崎はモテるのか?」
「なんの分析してるのよ!」

 樽野も尾行を継続していた。
 街中でカメラを構えていると不審者として通報されることが多々ある。
 なので決定的瞬間が訪れるまでカメラは小脇に抱えたままにしていた。

 久崎と小井戸はしばらくその場で会話をしたあと一緒にビルへと入る。
 婦人服のブランドショップで服を見ているようだ。
 尾行班の隠し撮りした写真が何枚もアップロードされる。
 酒田はその写真を見つつ、
「デートですかね? しかし釣り合わない二人だな」
「不謹慎、と言いたいとこだけど同意するわ。とても恋人同士には思えないわね」
「年の差もかなりありますよね。まさかパパ活?」
「二人の勤める会社は結構な所よ、収入も良いはずだからそれは無いでしょ」
「弱みを握っている可能性が……。あんな可愛い子を、卑劣なヤツだ」
「よく見なさい! 彼女笑顔でしょ。少なくとも嫌々付き合っているわけではないわ」

 久崎は小井戸が選んだ服を購入する。
「マル被、服を購入。同行者へ渡す」と無線が入る。
「もし二人が交際しているなら、ネットで購入した服もプレゼントだった可能性がありますね」
「そうかもね……」
 露守は砂金いさご研究員に指摘された後、ショップのコーディネイト例を検索し、同じ服を着たモデルを発見していた。
 女性の服に疎い久崎も同じ画像を見て選んだのだから同じコーディネイトになって当然である。
 久崎を尾行しているのは刑事の意地ではない、手がかりが他に無いから仕方ないのだ。事件と無関係と判明するまで追い続けるしかない、それが無駄足になる可能性が高くてもだ。
 露守は無線のスイッチを入れると、
「私たちは小井戸沙来こいどさきのアリバイを調べます。尾行班は久崎がアパートへ戻るまで尾行を続行。他にも女性と接触しないか注意してください」
「了解」


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 ダブルベッドの上で気怠そうに男性の腕にからまっているのは小井戸沙来こいどさき、久崎の同僚だ。
「そういえば、今日ね、町で久崎さんに偶然あったわ」
「久崎……。ああ部下の久崎か。あいつ印象が薄いからな」
 煙草を吹かしながら情事の余韻を冷ましているのは高羽祥幸たかばよしゆき、久崎の上司で部長だ。
 ここは彼の自宅。高級マンションの寝室だ。
 四十歳と二十一歳。年の差はあるが、二人とも独身なので不倫関係ではない。
「久崎さんってどんな人なの?」
「君も話してるじゃないか、僕に聞かなくてもわかるだろ」
「お茶を渡すときに世間話を少しですよ」
「久崎ねぇ……。仕事はできるが人付き合いが致命的でね、出世できないタイプだ。僕が飲みに誘っても来たためしがない」
「あらっ、飲みニケーションなんて死語でしょ、むりにお酒を飲ませるなんて古いわ」
「お酒を飲む必要はないんだよ、場を盛り上げるテクニックさえあればね。仕事は結局のところ人付き合いが必須なんだ。上司を練習相手にしてやるぞーぐらいの気持ちで来きたらいいのに、怖がって避けるから上達しないんだ」
「でも失敗したら叱るんでしょ」
「取引先の前で失敗するよりかマシだ。自分の限界を知らず本番なんてできるものか」
「失敗して恥をかきたくないのかも」
「若い頃の失敗なんて武勇伝じゃないか、それこそ笑い話のネタになるだろう」
「笑われたくないのかな」
「他人と笑いを共有できるなんて素晴らしいことなのになあ」
「へぇ~そんな風に考えてたのね」
「社交性の高い君には関係のない話だろ」
「私だって最初から人付き合いが得意だったわけじゃないもの、練習の成果だわ」
「僕も練習台なんだね」
「そんな酷い女に見えるのかしら?」
「はっはっは冗談だよ。で、久崎がどうしたんだい、わざわざ報告するなんて君らしくもない」
「親戚の女の子に服を贈るから選ぶのを手伝って欲しいってお願いされたの。いきなりよ」
「あいつの親戚に女子? ……いや、いないはずだ。それは遠回しに君へのプレゼントだったんじゃないかな」
「最初はね、私もそうかな、とは思っていたの。別れ際に服を預かってくれって渡されて、家に置いておくとサプライズにならないからって」
「はっはっは。渡す直前で臆病風にふかれたんだね、情けない男だ」
「でもね、女性にイヤリングをプレゼントされたとも言ってたわ」
「あいつが? それはないだろう」
「ホントよ。最近いつも付けてるもの」
「良く見てるね」
「お茶を渡すときに視界に入るからよ」
「ふ~ん、まあいいや。でも、あいつに女の影は信じられないな」
「どうして? 見た目もそれほど悪くはないし、モテない程じゃないでしょ」
「信じられないかもしれないが、あいつ、欲望が欠落してるんだよ」
「どういうこと?」
「人、金、物に執着がないのさ。恋人はつくらない、風俗にも行かない、酒も飲まない、煙草も吸わない、ギャンブルもしない、車も買わない。いったい何が楽しくて生きているんだか」
祥幸よしゆきさんの知らない趣味があるのかも」
「それなら良いのだが……。欲望のある人間は強いんだよ。欲を満たすためにお金を稼ぐ。たとえそれが他人に言えない趣味だろうとね。だが欲望のないやつはいきなり会社を辞めるんだ」
「久崎さんは最近楽しそうよ、パソコンの画面を見ながらニヤニヤしてたし。彼女のことでも思い出してるんじゃないかしら」
 なぜニヤついている顔を見ていたのか確認したいが、あまりしつこく聞くと嫌がられるので彼は聞くのをやめた。
「へぇ~……。まあ、女性と交際を始めたのなら喜ばしいことだよ」
「部下が交際を始めると嬉しいの?」
「所帯を持ち、子が生まれれば嫌でも稼がないとダメだろ。そうなれば会社は儲かるのさ。うちの会社に『お茶くみ手当』があるの変だとは思わないか?」
「入社したときからあったし、特に気にしたことないけど」
「世間がお茶くみは女性差別だと言い始めた後、うちの会社でもお茶くみは自分でするようになった。結果、社内結婚の件数が減少したんだ」
「お茶くみが交際のきっかけになっていたってこと?」
「『お茶くみ手当』を導入した後は社内結婚の件数も前の水準に戻ったからそう言えるだろうね」
「『お茶くみ手当』は誰が言い出したの?」
天白てんぱく社長だよ。あの人は改革が好きだから」
「へぇ~、うちの社長は有能なのね」
「しかし、あいつに彼女ができるの初めてじゃないかな。失敗しなければいいが……」
「アナタは経験豊富ですものね」
「練習の成果だよ」
「私は練習台なのね」
「そうさ、僕は妥協しないよ、世界一の女性と交際するために練習してるんだ」
「失礼な人」
「なにをスネているんだ、世界一は君だよ」
 煙草を灰皿に押し付けて消したあと二回戦が開始された。


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 ノミは湯船につかりながら久崎と思念伝達で会話をしていた。
 滑らかな肌は十代の少女と寸分違わぬ触り心地で、適度の油分により肌の上を水玉が転がるほどだ。
 産毛まで再現されており間近で見てもアンドロイドとは気づかないだろう。
 上気した顔には、ほのかな色気が漂っている。

『しかし警察もしつこいな』
『仕方なかろうて。他に手がかりもないじゃろうからのぅ』
『まさかネット通販の履歴まで調べるとは。プライバシーの侵害で訴えてやろうか』
『刑事に盗聴器をしかけさせた男の言葉とは思えぬのう』
 もちろん刑事とは露守のことだ。
『人をのぞく時、相手もまたこちらをのぞいているのだ。……誰の言葉だったかな』
『盗撮魔じゃ』
『ピカソだよ。まぁ、小井戸こいどさんには悪いけど、警察の監視が分散してくれるとありがたいね』
『小娘を利用するなど、主殿はほんとうに酷いのう』
『そうか? 無料タダでボディーガードが雇えたのだから感謝されるべきだろ』
『そんな押し売り聞いたこともないわい。それより、なぜ服をやらなんだ? 一時的に預かってくれなど意味がわからぬ』
『若い女性に誕生日でも、記念日でも、何かのお礼でもなく、突然服をプレゼントするなんて気味悪がられるだけだ』
『ヘタレめ』
『彼女は、そうだな……。誰も踏み込んではいけない花壇に咲く一輪の百合なんだ。俺が服を贈るのは白い花弁に泥を塗る行為なんだよ』
『気持ちわるっ。いきなりポエムを読むでないわ。主殿は女に幻想を抱きすぎじゃ、同じ人間、糞もするしゲロも吐く』
『そんなのあたりまえだろ。でも、臭くはないんだろうな』
『重症じゃ』
『まあ臭いは冗談だけど、プレゼントの失敗は冗談では済まないんだよ。もし会社に報告されてみろセクハラだと言われ、冷たい目で見られ、辞職に追いやられるんだ。俺は安定志向なんだよ。波風立てず平凡でいいから平和に暮らしたいのさ。そんな俺の一番の懸念は、神! なぜ神罰が下らない?』
『そうじゃのう。前向きに考えるならあの失態は罰する程ではなかった。後ろ向きに考えるなら主殿など眼中にない、かのう』
『ノミが楽観的で羨ましいよ。俺は執行猶予だと思ってる。今まさに地球消滅スイッチに人差し指が置いてある状況だ。神に人差し指があるか知らんけどな』
『主殿の思い描く神様は過激じゃのう』
『ノミに力を与えた神だぞ、普通じゃないのは確定だ』
『その根拠は何じゃ』
『おまえエロいことしか考えてないだろ』
『な、なにをバカな。撤回を要求するぞ』
『なんでアンドロイドが風呂に入ってるんだよ。その体に新陳代謝の機能はないだろ』
『外気に触れれば少なからず汚れる。体を洗うのは洗車とおなじ理由なのじゃ』
『ほぉ~~~』
『そ、そんなことはどうでも良い、神へ尻尾を振る活動は続けるのかね』
『それなんだが……、前回の失敗で悟った。一人の力では限界があるのだ。ノミ、仲間を増やすぞ!』
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