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44話
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防衛戦から一夜明けた。
まだ朝もやが空気を染めている。
早朝の空気はひんやりと冷たい。
俺は一睡もしていない。
べつに敵の悲鳴が脳裏に焼きついたからじゃないぞ。
良知智晃がどうなったのか気がかりなのだ。
雷の音が鳴らないか、ヒヤヒヤしていた。
それはもう嵐の夜の子供みたいに。
しかし、とても静かな夜だった。
自宅を出て堤防に向かう。
地面に刺さった矢はクラスメイトの手で回収ずみだ。
焦げ跡が地面に点在している。
まだ熱をもっていそうで嫌な感じだ。
堤防のうえにあがる。
水堀の向こうには数千人の死体。
が、あるはずだった――。
「え?」
鎧が、服が、靴が、転がっている。
剣が、盾が、弓が、残されたまま。
まるで人間だけが溶けて消えたかのように、人の形を保ったままの装備が散らばっていた。
地面に血の跡はなく、骨すら残っていない。なので魔物が食い散らかしたとは考えにくい。
「どうなっている?」
「おはようございます」
背後から声がした。
我が愛しの鬼頭日香莉だ。
セーラー服姿に俺の心は癒される。
早朝でもかわいい!
けれど眠れなかったのだろう。表情は暗い。
俺の隣に並んだ。
二人きりで話すのは初めてかもしれない。
シチュエーションは最悪だが地味に嬉しい。
早起きは三文の徳と誰かが言った。
たぶんソイツは予言者だ。
「えっ? アレ、おかしいですよね?」
「やっぱり、目の錯覚じゃないんだな。ここからだとはっきり見えないが死体だけ消えている気がする」
「はい。わたしにもそう見えます」
「もしかすると死体の処理に苦労しないよう、人体だけ消す効果を財前が加えたのかもしれない」
「完全犯罪できますよね、それ」
「川に死体を落とせば同じ結果になるけどね」
「苦瓜君って、けっこう怖いこというんだね」
――しまった! キモイヤツだと思われたか?
「この世界にきて悪い影響を受けたかもしれない」
「いっしょだね。わたしも剣をもつなんて思わなかったもの」
「索敵役、どうして買って出たの?」
連城敏昭に、無線で指示を送る役目を彼女は自らやりたいと申し出た。
石亀永江や俺たちは止めたのに譲らなかった。
間接的ではあるけれど、彼女は敵の死に深くかかわったのだ。
「覚悟が必要かなって。戦闘系の加護をもっているのに、まだ、魔物を一匹も倒してない。これじゃみんなを守れない」
「守らなくていいじゃん」
「えっ?」
こちらをむいた!
美少女を真正面から見る度胸はない。
俺は敵がいた場所から視線をはずさないようにした。
「加護は本人の適正を無視してるんだ。鬼頭さんに戦いはむいてないよ」
「みんなの役に立ちたいよ」
「加護の力を使うことだけが村への貢献だとは思わないけどね」
「わたしにできることなんて、ないもの……」
「畑仕事や料理の手伝い。やれることはいくらでもあるよ」
「それじゃあみんなと釣り合わない」
俺は大げさに溜息をついた。
「鬼頭さんとこんなに話すのは初めてだけど、ちょっとイメージと違ったな」
「えっ?」
「仕事に貴賤をつける人なんだね」
「違うっ! 畑仕事や料理を見下してないわ!」
あ~っ、ムッとした表情もかわいい。
「たとえばさ、気仙は堤防や家をひとりで造った。アレ凄いよね! それに釣り合う仕事ってどのくらい? クラスメイトの誰が釣り合ってるの?」
「それは……。いないと思うわ」
「たとえばさ、キミががんばって気仙と釣り合う成果を出したとしよう。自分にできたからという理由で、俺にも強要する?」
「しません」
キリッとした表情で断言する。
その目は、失礼なこと言わないでくれと俺を戒めているようだ。
「良かった~っ、すべての仕事量は平等にすべきだ。仕事量の低い人は死ぬほど働けって言われたのかと思ったよ、いやぁ~助かった。俺なんて村にきてからなんの仕事もしてないからね、そろそろ追い出されるかとヒヤヒヤしてたよ」
お~っ、にらまれてる。冷たい視線でにらまれてるっ!
「わたしも苦瓜君にたいするイメージが違いました。もっと優しい人だと思ってたのに!」
ぷいっと顔をそらすと、そのまま堤防の下へおりていった。
憎まれ役を演じるのにもなれてきたな。
あれだけ言えば気負うことも減るだろう。
石亀永江は個人の意見を尊重するタイプ。
鬼頭日香莉が戦うと言えば、それは戦いを求めていると捕らえるはずだ。
不釣り合いでも止めないのだ。
彼女が自ら弱みを見せて戦いたくないと言わないかぎり、危険な立場のままだ。
それはクラスメイトを危険に晒す行為でもあるのだと気づいて欲しい。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼
「――では、苦瓜君が見たときには死体は消えていたんだね」
「ああ、夜が明けてすぐだった。消えたのなら夜中だろう。財前、毒薬に死体を消す効果はないんだな」
「そのはずだよ。試したことはないから、隠し効果かもしれないね」
石亀永江と財前哲史が首をひねる。
朝食前に、村の中央広場で偶然あったので話をしたのだ。
「消えたのは不思議だが、死体を処理しなくていいのは正直助かる。それよりも懸念があるんだ。良知は死んだと思うか?」
敵兵よりも良知のほうが俺にとって脅威。
「わからない。そもそもあの場にいたのだろうか」
「委員長は倒れていたから聞いてないのか。指揮官が同胞の力と言った。たぶん良知のことだよ」
「ふむ……。なら遺品を探してみよう」
朝食の最中、石亀永江が個別に声をかけ、捜索隊が編成された。
鍛冶屋の儀保裕之と革使いの嘉門剛平。
二人は剣や鎧などを加護収納で回収し、資源の補充を狙う。
服屋の新垣沙弥香がいれば服を簡単に収納できたのだが、追放したので手で集めるしかない。
なので力仕事にむいている連城敏昭が運搬役として選ばれる。
剣道部の瀧田賢は護衛だ。刀をもっているのでこのなかでは戦えるほうだ。
そして鬼頭日香莉。彼女は自分から名乗り出た。
もしかしたら俺の話でムキになったのかもしれない。
逆効果だったか……。
正門広場に捜索隊が集まる。
連城敏昭は大きなバックパックを十個ほど両手にもっていた。
跳ね橋がおりると、捜索隊の五人は戦場跡地へと向かう。
俺たちは堤防の上から彼らの様子を見守る。
鬼頭日香莉と瀧田賢は周囲の警戒。
儀保裕之と嘉門剛平は武器や防具を手早く集める。
残された服を連城敏昭が回収。
満杯になったバックパックはその場に置いておき、空のバックパックに詰めていく。
下着は回収しないことに決めたので、戦場に汚いパンツの花が咲いた。
戦場のもっとも遠くで何かあったらしい。
野球場の外野席からキャッチャーを見るようなもので、俺には米粒にしか見えない。
回収を終えた五人が戻ってきた。
みんな満杯になったバックパックを手にもっている。
それでも数千人の衣類は回収しきれていない。
俺は話を聞くため正門広場に向かう。
見張りをつづける人を残し、石亀永江もついてきた。
「お疲れ様、なにかあったようだけど」
「良知の死体があった」
「やっぱり」
瀧田賢の報告を聞いても石亀永江は驚く様子を見せなかった。
「予想してたのか」
「なんとなく、ね。――敵になったけどクラスメイトだし埋葬してあげたいんだけど」
「反対だ。ここは異世界だ、ゾンビやスケルトンになって墓から出てくるぞ」
「ありえな……くはないのかな?」
「知らん。用心するにこしたことはない」
誰も疑問に感じないのだろうか。
兵士たちの死体は消えたのに、良知智晃の死体だけ残っていた。
それは、誰かの意図的な仕業なのだ。
たぶん死体を消すことのできる加護持ちがクラスメイトのなかにいる。
考えられるのは弓道部の由良麻美。彼女は獲物を加護収納に入れられる。
しかし、探求部隊なので今は村にいない。
次に両津朱莉。食材として人体を加護収納に入れた?
いやいや、彼女じゃないと思いたい。
いったい誰だ……。
「川に捨てましょう」
「えっ?」
みんながいっせいに驚く。発言したのが鬼頭日香莉だったからだ。
「キミからそんな言葉が出るなんて、以外だな」
石亀永江が複雑な表情をした。
たぶん彼女の意図が読めないからだろう。
「誰かさんの影響です。わたしも強くならないとダメですし」
鬼頭日香莉がジトッとした目で俺を見ている。
朝の仕返しかな? 案外かわいいところがあるんだな。
儀保裕之が察したようで、俺の顔を見ながらニヤニヤする。
「……なあ、みんな。弱音を吐いていいだろうか」
石亀永江が思いつめた表情で呟いた。
「もちろんいいぜ~」
ムードメーカーの儀保裕之が少しでも場を明るくしようと軽く返事をした。
彼女は覇気の抜けたような声で話をつづける。
「人の死について、わたしは無力で臆病だ。敵を殺す決意も揺らぐ。遺体の処理すら即断できない。もう委員長の仕事の範疇を超えている」
「そのとおりだと思うぜ」
「わたしにリーダーなんてむいていない。しょせん学校という檻のなかでイキっていた小娘でしかない」
「そうは思わないぜ」
アイツの意見に同意だ。
俺もフォローしておこう。
俺は石亀永江の手を取る。
すると彼女は手をぎゅっと握り返してきた。
「愚民は苦情を吐くだけで責任は取らない。野次なんて気にしなくていい」
「苦情があるほうが楽なんだ、何を考えているかわかるからね。彼らは決定事項に素直に従う。まるでわたしは独裁者だ」
「独裁者いいじゃん!」と儀保裕之は爽やかに答えた。
「なら儀保君が代わってくれるか?」
「やってもいいけど、誰も俺のいうことなんて聞かないぜ」
「そうだな、コイツじゃすぐにクーデターだ。委員長への信頼は実績のうえに成り立っている。けっして独裁者じゃないぞ」
「苦瓜君に愚痴を聞いてもらうと心が軽くなるよ」
それは俺の加護。メンタルケアの効果だよ。
俺にできるのはせいぜい傷心を癒すくらいだ。
彼女には辛いまとめ役をずっと担ってもらっている。
さぞ心に負担がかかっているだろう。
けれと彼女の代役はいないのだ。
「ありがとう、もう少しがんばれるよ。――良知君の死体は川へ流そう。クラスメイトへの説明はわたしがする。悪いけど作業は任せるよ」
「おっけ~だぜ」
儀保裕之は死体処理を任されたというのに嫌な顔ひとつしない。
彼なりの気遣いだが、そんな対応が、自分は独裁者ではないかと彼女に勘違いさせるきっかけなのかもな。
「衣類の回収も何往復かしなくてはダメだ」
「わかった。バックパックを集めるよう伝える」
連城敏昭がバックパックをひっくり返し、衣類を出すと、男臭い匂いがむわっと広がる。
空のバックパックをもつと、捜索隊はふたたび戦場跡地へ向かう。
「さあ、この衣類の山を運ばないとな」
臭い兵士の服は触りたくないが仕方ない。
あれ? なぜか石亀永江が握った手を放してくれない。
「苦瓜君、いつもありがとう」
「お互い様だ」
「あの……。病院でわたしにキスしてたよね?」
「薬を飲ませただけだ」
彼女は俺から手を放した。
「そう、だよね」
その表情は、寂しいような、残念なような、なにか物足りなさを漂わせていた。
まだ朝もやが空気を染めている。
早朝の空気はひんやりと冷たい。
俺は一睡もしていない。
べつに敵の悲鳴が脳裏に焼きついたからじゃないぞ。
良知智晃がどうなったのか気がかりなのだ。
雷の音が鳴らないか、ヒヤヒヤしていた。
それはもう嵐の夜の子供みたいに。
しかし、とても静かな夜だった。
自宅を出て堤防に向かう。
地面に刺さった矢はクラスメイトの手で回収ずみだ。
焦げ跡が地面に点在している。
まだ熱をもっていそうで嫌な感じだ。
堤防のうえにあがる。
水堀の向こうには数千人の死体。
が、あるはずだった――。
「え?」
鎧が、服が、靴が、転がっている。
剣が、盾が、弓が、残されたまま。
まるで人間だけが溶けて消えたかのように、人の形を保ったままの装備が散らばっていた。
地面に血の跡はなく、骨すら残っていない。なので魔物が食い散らかしたとは考えにくい。
「どうなっている?」
「おはようございます」
背後から声がした。
我が愛しの鬼頭日香莉だ。
セーラー服姿に俺の心は癒される。
早朝でもかわいい!
けれど眠れなかったのだろう。表情は暗い。
俺の隣に並んだ。
二人きりで話すのは初めてかもしれない。
シチュエーションは最悪だが地味に嬉しい。
早起きは三文の徳と誰かが言った。
たぶんソイツは予言者だ。
「えっ? アレ、おかしいですよね?」
「やっぱり、目の錯覚じゃないんだな。ここからだとはっきり見えないが死体だけ消えている気がする」
「はい。わたしにもそう見えます」
「もしかすると死体の処理に苦労しないよう、人体だけ消す効果を財前が加えたのかもしれない」
「完全犯罪できますよね、それ」
「川に死体を落とせば同じ結果になるけどね」
「苦瓜君って、けっこう怖いこというんだね」
――しまった! キモイヤツだと思われたか?
「この世界にきて悪い影響を受けたかもしれない」
「いっしょだね。わたしも剣をもつなんて思わなかったもの」
「索敵役、どうして買って出たの?」
連城敏昭に、無線で指示を送る役目を彼女は自らやりたいと申し出た。
石亀永江や俺たちは止めたのに譲らなかった。
間接的ではあるけれど、彼女は敵の死に深くかかわったのだ。
「覚悟が必要かなって。戦闘系の加護をもっているのに、まだ、魔物を一匹も倒してない。これじゃみんなを守れない」
「守らなくていいじゃん」
「えっ?」
こちらをむいた!
美少女を真正面から見る度胸はない。
俺は敵がいた場所から視線をはずさないようにした。
「加護は本人の適正を無視してるんだ。鬼頭さんに戦いはむいてないよ」
「みんなの役に立ちたいよ」
「加護の力を使うことだけが村への貢献だとは思わないけどね」
「わたしにできることなんて、ないもの……」
「畑仕事や料理の手伝い。やれることはいくらでもあるよ」
「それじゃあみんなと釣り合わない」
俺は大げさに溜息をついた。
「鬼頭さんとこんなに話すのは初めてだけど、ちょっとイメージと違ったな」
「えっ?」
「仕事に貴賤をつける人なんだね」
「違うっ! 畑仕事や料理を見下してないわ!」
あ~っ、ムッとした表情もかわいい。
「たとえばさ、気仙は堤防や家をひとりで造った。アレ凄いよね! それに釣り合う仕事ってどのくらい? クラスメイトの誰が釣り合ってるの?」
「それは……。いないと思うわ」
「たとえばさ、キミががんばって気仙と釣り合う成果を出したとしよう。自分にできたからという理由で、俺にも強要する?」
「しません」
キリッとした表情で断言する。
その目は、失礼なこと言わないでくれと俺を戒めているようだ。
「良かった~っ、すべての仕事量は平等にすべきだ。仕事量の低い人は死ぬほど働けって言われたのかと思ったよ、いやぁ~助かった。俺なんて村にきてからなんの仕事もしてないからね、そろそろ追い出されるかとヒヤヒヤしてたよ」
お~っ、にらまれてる。冷たい視線でにらまれてるっ!
「わたしも苦瓜君にたいするイメージが違いました。もっと優しい人だと思ってたのに!」
ぷいっと顔をそらすと、そのまま堤防の下へおりていった。
憎まれ役を演じるのにもなれてきたな。
あれだけ言えば気負うことも減るだろう。
石亀永江は個人の意見を尊重するタイプ。
鬼頭日香莉が戦うと言えば、それは戦いを求めていると捕らえるはずだ。
不釣り合いでも止めないのだ。
彼女が自ら弱みを見せて戦いたくないと言わないかぎり、危険な立場のままだ。
それはクラスメイトを危険に晒す行為でもあるのだと気づいて欲しい。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼
「――では、苦瓜君が見たときには死体は消えていたんだね」
「ああ、夜が明けてすぐだった。消えたのなら夜中だろう。財前、毒薬に死体を消す効果はないんだな」
「そのはずだよ。試したことはないから、隠し効果かもしれないね」
石亀永江と財前哲史が首をひねる。
朝食前に、村の中央広場で偶然あったので話をしたのだ。
「消えたのは不思議だが、死体を処理しなくていいのは正直助かる。それよりも懸念があるんだ。良知は死んだと思うか?」
敵兵よりも良知のほうが俺にとって脅威。
「わからない。そもそもあの場にいたのだろうか」
「委員長は倒れていたから聞いてないのか。指揮官が同胞の力と言った。たぶん良知のことだよ」
「ふむ……。なら遺品を探してみよう」
朝食の最中、石亀永江が個別に声をかけ、捜索隊が編成された。
鍛冶屋の儀保裕之と革使いの嘉門剛平。
二人は剣や鎧などを加護収納で回収し、資源の補充を狙う。
服屋の新垣沙弥香がいれば服を簡単に収納できたのだが、追放したので手で集めるしかない。
なので力仕事にむいている連城敏昭が運搬役として選ばれる。
剣道部の瀧田賢は護衛だ。刀をもっているのでこのなかでは戦えるほうだ。
そして鬼頭日香莉。彼女は自分から名乗り出た。
もしかしたら俺の話でムキになったのかもしれない。
逆効果だったか……。
正門広場に捜索隊が集まる。
連城敏昭は大きなバックパックを十個ほど両手にもっていた。
跳ね橋がおりると、捜索隊の五人は戦場跡地へと向かう。
俺たちは堤防の上から彼らの様子を見守る。
鬼頭日香莉と瀧田賢は周囲の警戒。
儀保裕之と嘉門剛平は武器や防具を手早く集める。
残された服を連城敏昭が回収。
満杯になったバックパックはその場に置いておき、空のバックパックに詰めていく。
下着は回収しないことに決めたので、戦場に汚いパンツの花が咲いた。
戦場のもっとも遠くで何かあったらしい。
野球場の外野席からキャッチャーを見るようなもので、俺には米粒にしか見えない。
回収を終えた五人が戻ってきた。
みんな満杯になったバックパックを手にもっている。
それでも数千人の衣類は回収しきれていない。
俺は話を聞くため正門広場に向かう。
見張りをつづける人を残し、石亀永江もついてきた。
「お疲れ様、なにかあったようだけど」
「良知の死体があった」
「やっぱり」
瀧田賢の報告を聞いても石亀永江は驚く様子を見せなかった。
「予想してたのか」
「なんとなく、ね。――敵になったけどクラスメイトだし埋葬してあげたいんだけど」
「反対だ。ここは異世界だ、ゾンビやスケルトンになって墓から出てくるぞ」
「ありえな……くはないのかな?」
「知らん。用心するにこしたことはない」
誰も疑問に感じないのだろうか。
兵士たちの死体は消えたのに、良知智晃の死体だけ残っていた。
それは、誰かの意図的な仕業なのだ。
たぶん死体を消すことのできる加護持ちがクラスメイトのなかにいる。
考えられるのは弓道部の由良麻美。彼女は獲物を加護収納に入れられる。
しかし、探求部隊なので今は村にいない。
次に両津朱莉。食材として人体を加護収納に入れた?
いやいや、彼女じゃないと思いたい。
いったい誰だ……。
「川に捨てましょう」
「えっ?」
みんながいっせいに驚く。発言したのが鬼頭日香莉だったからだ。
「キミからそんな言葉が出るなんて、以外だな」
石亀永江が複雑な表情をした。
たぶん彼女の意図が読めないからだろう。
「誰かさんの影響です。わたしも強くならないとダメですし」
鬼頭日香莉がジトッとした目で俺を見ている。
朝の仕返しかな? 案外かわいいところがあるんだな。
儀保裕之が察したようで、俺の顔を見ながらニヤニヤする。
「……なあ、みんな。弱音を吐いていいだろうか」
石亀永江が思いつめた表情で呟いた。
「もちろんいいぜ~」
ムードメーカーの儀保裕之が少しでも場を明るくしようと軽く返事をした。
彼女は覇気の抜けたような声で話をつづける。
「人の死について、わたしは無力で臆病だ。敵を殺す決意も揺らぐ。遺体の処理すら即断できない。もう委員長の仕事の範疇を超えている」
「そのとおりだと思うぜ」
「わたしにリーダーなんてむいていない。しょせん学校という檻のなかでイキっていた小娘でしかない」
「そうは思わないぜ」
アイツの意見に同意だ。
俺もフォローしておこう。
俺は石亀永江の手を取る。
すると彼女は手をぎゅっと握り返してきた。
「愚民は苦情を吐くだけで責任は取らない。野次なんて気にしなくていい」
「苦情があるほうが楽なんだ、何を考えているかわかるからね。彼らは決定事項に素直に従う。まるでわたしは独裁者だ」
「独裁者いいじゃん!」と儀保裕之は爽やかに答えた。
「なら儀保君が代わってくれるか?」
「やってもいいけど、誰も俺のいうことなんて聞かないぜ」
「そうだな、コイツじゃすぐにクーデターだ。委員長への信頼は実績のうえに成り立っている。けっして独裁者じゃないぞ」
「苦瓜君に愚痴を聞いてもらうと心が軽くなるよ」
それは俺の加護。メンタルケアの効果だよ。
俺にできるのはせいぜい傷心を癒すくらいだ。
彼女には辛いまとめ役をずっと担ってもらっている。
さぞ心に負担がかかっているだろう。
けれと彼女の代役はいないのだ。
「ありがとう、もう少しがんばれるよ。――良知君の死体は川へ流そう。クラスメイトへの説明はわたしがする。悪いけど作業は任せるよ」
「おっけ~だぜ」
儀保裕之は死体処理を任されたというのに嫌な顔ひとつしない。
彼なりの気遣いだが、そんな対応が、自分は独裁者ではないかと彼女に勘違いさせるきっかけなのかもな。
「衣類の回収も何往復かしなくてはダメだ」
「わかった。バックパックを集めるよう伝える」
連城敏昭がバックパックをひっくり返し、衣類を出すと、男臭い匂いがむわっと広がる。
空のバックパックをもつと、捜索隊はふたたび戦場跡地へ向かう。
「さあ、この衣類の山を運ばないとな」
臭い兵士の服は触りたくないが仕方ない。
あれ? なぜか石亀永江が握った手を放してくれない。
「苦瓜君、いつもありがとう」
「お互い様だ」
「あの……。病院でわたしにキスしてたよね?」
「薬を飲ませただけだ」
彼女は俺から手を放した。
「そう、だよね」
その表情は、寂しいような、残念なような、なにか物足りなさを漂わせていた。
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