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少女期~新しい日々と、これからのあれこれ~
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アリスンの部屋を辞した後、自室に戻るとナンシーがまだ準備をしている最中だった。
「ああ、お嬢様、申し訳ありません。まだ少しお時間を頂いてもよろしいでしょうか?」
「手伝うわ、後は何を出せばいいの?」
「コルセットと……後は履物の箱がどこかに」
「靴?だって靴はこれしか……」
ミーティアは自分のつま先を見る。すると、ナンシーが母から渡された物があると教えてくれた。
「もしかすると少しきつくていらっしゃるかもしれませんが、奥様が入学する時に荷物に一緒に入れてくださっていた物です。ええっと……確か、この辺に……あ、ありました」
見たことのない箱から出て来たのは、薄茶の革に、赤やエメラルドグリーンの宝石を模したビジューの付いた可愛らしい靴だった。
「お母さまがこれを?」
「ええ、直してしまいましたが、あのドレスに合わせてお作りになったとか。お嬢様はお金に厳しいから内緒よと笑っておいででした」
「お母さまったら」
ミーティアは小さく笑った。確かに借金返済も大事だが、貴族として恥ずかしくない装いというのも大切だと改めて実感した。今回のように、急に王城に呼ばれて毎回あたふたするのも惨めすぎる。
それに、自分が身に付けた何かが王妃さまや王女さまの目に留まるかも……。あ、そういえば持ってきていたのに忘れていたとミーティアはクローゼットを探す。
「忘れるところだったわ、これをオルヴェノクの伯母様に差し上げようと思っていたのよ」
それは、ミーティアが一番最初に織らせた赤と青の玉虫色の生地で作った、夜会用のショールだった。
「この間のシフォンも素敵だけれど、これも綺麗だと思わない?」
「わぁ……美しいですね……」
ナンシーはうっとりと見ていた。
こちらのショールはフリンジを赤の絹糸で作り、その先にクリスタルをあしらってある。これはオルヴェノクで取れた石英から作った物だ。オルヴェノク伯爵夫人の装いとして相応しいだろう。
「それにしても……これ、着けなきゃ駄目?」
ミーティアはコルセットを持つとうんざりとした声を出す。ナンシーは気の毒そうな顔をしながらも、首をゆっくりと振った。
「それはレディの嗜みでもありますもの。王城へいらっしゃるのですから、尚のことです」
「レディの嗜み、ねぇ……」
これを作り出した人間を絞め殺したいと思う淑女はたくさんいるだろう、その内の一人は間違いなく自分だとミーティアは思う。これを着けるのは正気の沙汰ではない、お陰で今日のお昼を抜く羽目になっているというのに。
「そういえば、ナンシーはお昼はどうしたの?」
「私は、その……お嬢様がお帰りになる、少し前に起きましたので……」
ナンシーはまた申し訳なさそうな顔をしていたが、謝るとミーティアに怒られるので、首を竦めただけだった。
「なら平気ね、準備は整った?」
「はい、これで全てです」
ナンシーが返事をしたタイミングで、ミーティアの部屋がノックされる。ナンシーが急いで扉を開けると、そこにはホリー寮監が立っていた。
「ミーティア嬢に紳士のお迎えが来ているよ」
「畏まりました、すぐ参ります」
ナンシーが返事を返すと、ホリー寮監が去って行く。
「お嬢様、参りましょう」
「ええ」
ナンシーは恐縮していたが、自分の為の荷物なので、二人で抱えて寮の廊下を通り、寮監室を出ると、そこにはジルベルトの従者である、カインが立っていた。
「お迎えに上がりました、マッコール伯爵令嬢。お荷物をお持ちしましょう」
「ありがとう、カイン」
カインに連れられ、正面玄関のアーチを潜ると、扉にオルヴェノクの家紋が付いた馬車が停まっていた。
馭者が扉を開けてくれると、中にはジルベルトが座っている。
荷物は後ろに括りつけて運ぶので、ナンシーとカインはまだ外でその作業をしていた。ミーティアはジルベルトの向かいに座ると、改めて礼を言う。
「ジル、今日は本当にありがとう」
「……いや、礼はもういい。それより昼はどうした?」
「食べていないわ、だって食べられないもの」
ミーティアは唇を突き出して、文句を言った。
「食べられない?」
「これからコルセットを着けるのよ、あんなものを考え出した人の気が知れないわ」
ミーティアの文句を聞いて、ジルベルトは吹き出した。
「ぷ…クックック……相変わらずだなぁ、エマは」
「どうして?だってそう思わない?」
「……紳士用のもあるって知ってたか?」
「そうなの?!」
ミーティアは知らなかったが、フロックコートは前裾が短いので、少々お腹の出っ張りが目立つ紳士はコルセットを着けることもあるんだそうだ。
思わず、ジルベルトの腹回りを見てしまう。その視線に気付いたジルベルトは軽くミーティアを睨みつけた。
「俺が必要なわけがないだろう、失礼な」
「今はなくとも……ねぇ?」
「なんだと?!」
「あら?図星?」
「相変わらず口の減らない女だな!」
「そうやってすぐ怒る、いつまでたっても子供ねぇ」
ーーーその様子を、ナンシーとカインは呆れた顔をして見ていた。
「坊ちゃん、その辺にしてくださいませんか」
カインの疲れたような声に、二人ははっとする。
「お嬢様も、いい加減になさいませ」
ナンシーが呆れた顔でミーティアを諫める。
ナンシーとカインから見れば、言葉遊びでじゃれ合っているようにしか見えなかったが、二人にはその自覚はないらしい。
「さぁ、お嬢様はオルヴェノク卿のお隣へどうぞ」
「え?な、なんで、ちょ、ちょっと」
ナンシーは無理矢理ミーティアをジルベルトの隣へ座らせると、自分は向かい側の席に座る。
「従者は反対側に座ると決まっているのです、ねぇ?カイン殿」
その言葉にカインは大きく頷く。二人の息の合った様子にミーティアは何も言えずに、ジルベルトの隣に大人しく座るしかなかった。
四人を乗せた馬車はオルヴェノクの街屋敷へと出発する。ミーティアとジルベルトは二人ともそっぽを向いて反対側の窓をそれぞれ見ていた。その様子をナンシーとカインが顔を見合わせて微笑んでいたことには気付かずに。
*****
オルヴェノクの屋敷に到着すると、玄関にはヘンリーが待ち構えていた。四人が馬車を降りると玄関の扉が開けられ、ジルベルトの母であり、ミーティアの伯母である、キャスリーン・オルヴェノクが立っていた。
「初めまして、ミーティアです。この度は私のことで色々とお心を砕いて頂き、ありがとうございます」
ミーティアは淑女の礼を執り、伯母に挨拶をする。
「よく来たわね、ジルベルトから聞いているわ、お茶でも、と言いたいところだけど、それはまた今度にしましょう。さぁ、支度をしないとね」
ジルベルトは髪色は父に似ているようだが、顔形は母似なのだろう、髪色は濃いブロンドで瞳も濃い青を持つ伯母は、鼻筋は通り、目は大きな二重で、全ての形が整っていてかつ配置も完璧な、美貌のご婦人だった。
キャスリーンに連れられ、二階の客間に通される。
「ジルベルトは駄目よ。あなたも支度があるでしょう?早くなさい」
客間まで付いてきたジルベルトは、キャスリーンに早々に追い立てられ、少し不満そうにしながらも廊下の奥へと消えていった。
「伯母様、本当はきちんとご挨拶に伺った時にお持ちしようと思っていたのですが」
ミーティアはショールの入った包みをキャスリーンへ差し出した。
「あら、これはなぁに?」
「私が一番最初に領地で織らせた絹で作ったショールです。ぜひ、伯母様に差し上げたくてお持ちしました」
「開けてみてもいいかしら?」
「はい、気に入っていただけると嬉しいのですが」
キャスリーンが包みを開けるのを、ミーティアはじっと眺めていた。その間にもナンシーとオルヴェノクの侍女たちが、忙しなく荷物を解き、着替えの準備を着々と進めている。
「あら……これは、クリスタル?もしかして我が領地の物かしら?」
「ええ、オルヴェノク領で取れた物です」
「まぁ、こんな素敵なショール、見たこともないわ!ありがとう、ミーティア」
キャスリーンは感激のあまり、ミーティアを抱き締めていた。
「伯母様に喜んでいただけて、何よりですわ」
ミーティアは微笑んで、そっとその背中に手を添えた。
「はっ!そうよ、急いで支度をしなくてはね、私としたことが。さぁ、あなた達、ミーティアをしっかり飾り立ててちょうだいね」
「はい、奥様」
何人かの侍女たちが、物凄く張り切って見えるのは気のせいだろうか……ミーティアは眩暈がしてきた。
「ぐっ……」
「お嬢様、お苦しいでしょうが、もう少し辛抱してくださいませ」
ナンシーがコルセットの紐を一本一本締め上げながら交差させていく。
「ぐぇっ……」
ミーティアの喉からは先ほどから蛙のような音しか聞こえて来ない。
「ナンシー、い、息が……」
「もう少しですよ、後一つです」
「………っぐ」
どうして窒息寸前までいかなくちゃいけないのか、意味わからんのだけど!とミーティアは頭の中で悪態を吐いていた。
コルセットをようやく着け終わると、それからドレスに着替える前に靴下を履き、それからパニエを付けられてドレスを着せられ、やっと終わったと思ったら、化粧台の前に座らされた。
「お嬢様の御髪は艶やかですわね、これは結い甲斐がありますわ」
オルヴェノクの侍女の一人がうっとりとした顔をして髪にブラシをあてる。
「あら、お肌もきめが細かくて白いですわ、唇もバラのように色づいて、紅など必要ありませんわね」
ミーティアはお尻の辺りがムズムズして仕方なかった。これほどに褒められたことなど、かつての人生でも一度もない。褒められ慣れていないミーティアは、侍女たちに曖昧な微笑みしか返せなかった。
「お嬢様、本来でしたらば湯浴みをしてお身体と御髪に香油を塗り込んで、それからこういったお支度をなさるのですよ。今日はお時間がございませんので、だいぶ端折っておりますが」
ミーティアの疲れた顔を見て、年嵩の侍女が告げる。
話には聞いていたけど、貴族って大変なのね……ミーティアは無言で頷くのが精いっぱいだった。
ようやくミーティアの支度が整った頃ーーー。
ノックの音がして、キャスリーンがジルベルトを伴って入ってきた。
「まぁ、すっかり綺麗になって。ミーティアはお化粧映えするのね」
キャスリーンがにっこりしていたが、傍らのジルベルトはポカンと口を開けて呆けていた。
「伯母様、今日は本当にありがとうございました。そしてジルベルトお兄様も、今日は本当にありがとう」
ミーティアの言葉に、はっとしたジルベルトは、なぜかそっぽを向いてしまう。
「あら、ジルベルトったら……仕方のない子ね。さ、しっかりエスコートをしていらっしゃい」
「……はい、母上」
ジルベルトは決してミーティアのほうを見ようとしない。何かおかしいのかと心配になるが、伯母も綺麗だと言ってくれたし、例えお世辞でも皆が一生懸命やってくれたのだ、感謝しないといけないだろうとミーティアは思った。
ジルベルトは登城するために礼装に着替えたのか、濃いダークグレーのフロックコートに黒のトラゥザーズ、それに黒のエナメルで出来た靴を履いていて、いつもより年上に見える。
そっぽを向いていたジルベルトだが、諦めたのか、ミーティアに左手を差し出した。
「お手をどうぞ、ミーティア嬢」
「喜んで」
少し背伸びしたレディとジェントルマンが、連れ立ってオルヴェノクの屋敷の階段を降りると、ヘンリーが恭しく礼をしていってらっしゃいませと告げる。
後に続くナンシーとカインと共に、ようやく王城へ向けて出発したのだった。
「ああ、お嬢様、申し訳ありません。まだ少しお時間を頂いてもよろしいでしょうか?」
「手伝うわ、後は何を出せばいいの?」
「コルセットと……後は履物の箱がどこかに」
「靴?だって靴はこれしか……」
ミーティアは自分のつま先を見る。すると、ナンシーが母から渡された物があると教えてくれた。
「もしかすると少しきつくていらっしゃるかもしれませんが、奥様が入学する時に荷物に一緒に入れてくださっていた物です。ええっと……確か、この辺に……あ、ありました」
見たことのない箱から出て来たのは、薄茶の革に、赤やエメラルドグリーンの宝石を模したビジューの付いた可愛らしい靴だった。
「お母さまがこれを?」
「ええ、直してしまいましたが、あのドレスに合わせてお作りになったとか。お嬢様はお金に厳しいから内緒よと笑っておいででした」
「お母さまったら」
ミーティアは小さく笑った。確かに借金返済も大事だが、貴族として恥ずかしくない装いというのも大切だと改めて実感した。今回のように、急に王城に呼ばれて毎回あたふたするのも惨めすぎる。
それに、自分が身に付けた何かが王妃さまや王女さまの目に留まるかも……。あ、そういえば持ってきていたのに忘れていたとミーティアはクローゼットを探す。
「忘れるところだったわ、これをオルヴェノクの伯母様に差し上げようと思っていたのよ」
それは、ミーティアが一番最初に織らせた赤と青の玉虫色の生地で作った、夜会用のショールだった。
「この間のシフォンも素敵だけれど、これも綺麗だと思わない?」
「わぁ……美しいですね……」
ナンシーはうっとりと見ていた。
こちらのショールはフリンジを赤の絹糸で作り、その先にクリスタルをあしらってある。これはオルヴェノクで取れた石英から作った物だ。オルヴェノク伯爵夫人の装いとして相応しいだろう。
「それにしても……これ、着けなきゃ駄目?」
ミーティアはコルセットを持つとうんざりとした声を出す。ナンシーは気の毒そうな顔をしながらも、首をゆっくりと振った。
「それはレディの嗜みでもありますもの。王城へいらっしゃるのですから、尚のことです」
「レディの嗜み、ねぇ……」
これを作り出した人間を絞め殺したいと思う淑女はたくさんいるだろう、その内の一人は間違いなく自分だとミーティアは思う。これを着けるのは正気の沙汰ではない、お陰で今日のお昼を抜く羽目になっているというのに。
「そういえば、ナンシーはお昼はどうしたの?」
「私は、その……お嬢様がお帰りになる、少し前に起きましたので……」
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「なら平気ね、準備は整った?」
「はい、これで全てです」
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「ミーティア嬢に紳士のお迎えが来ているよ」
「畏まりました、すぐ参ります」
ナンシーが返事を返すと、ホリー寮監が去って行く。
「お嬢様、参りましょう」
「ええ」
ナンシーは恐縮していたが、自分の為の荷物なので、二人で抱えて寮の廊下を通り、寮監室を出ると、そこにはジルベルトの従者である、カインが立っていた。
「お迎えに上がりました、マッコール伯爵令嬢。お荷物をお持ちしましょう」
「ありがとう、カイン」
カインに連れられ、正面玄関のアーチを潜ると、扉にオルヴェノクの家紋が付いた馬車が停まっていた。
馭者が扉を開けてくれると、中にはジルベルトが座っている。
荷物は後ろに括りつけて運ぶので、ナンシーとカインはまだ外でその作業をしていた。ミーティアはジルベルトの向かいに座ると、改めて礼を言う。
「ジル、今日は本当にありがとう」
「……いや、礼はもういい。それより昼はどうした?」
「食べていないわ、だって食べられないもの」
ミーティアは唇を突き出して、文句を言った。
「食べられない?」
「これからコルセットを着けるのよ、あんなものを考え出した人の気が知れないわ」
ミーティアの文句を聞いて、ジルベルトは吹き出した。
「ぷ…クックック……相変わらずだなぁ、エマは」
「どうして?だってそう思わない?」
「……紳士用のもあるって知ってたか?」
「そうなの?!」
ミーティアは知らなかったが、フロックコートは前裾が短いので、少々お腹の出っ張りが目立つ紳士はコルセットを着けることもあるんだそうだ。
思わず、ジルベルトの腹回りを見てしまう。その視線に気付いたジルベルトは軽くミーティアを睨みつけた。
「俺が必要なわけがないだろう、失礼な」
「今はなくとも……ねぇ?」
「なんだと?!」
「あら?図星?」
「相変わらず口の減らない女だな!」
「そうやってすぐ怒る、いつまでたっても子供ねぇ」
ーーーその様子を、ナンシーとカインは呆れた顔をして見ていた。
「坊ちゃん、その辺にしてくださいませんか」
カインの疲れたような声に、二人ははっとする。
「お嬢様も、いい加減になさいませ」
ナンシーが呆れた顔でミーティアを諫める。
ナンシーとカインから見れば、言葉遊びでじゃれ合っているようにしか見えなかったが、二人にはその自覚はないらしい。
「さぁ、お嬢様はオルヴェノク卿のお隣へどうぞ」
「え?な、なんで、ちょ、ちょっと」
ナンシーは無理矢理ミーティアをジルベルトの隣へ座らせると、自分は向かい側の席に座る。
「従者は反対側に座ると決まっているのです、ねぇ?カイン殿」
その言葉にカインは大きく頷く。二人の息の合った様子にミーティアは何も言えずに、ジルベルトの隣に大人しく座るしかなかった。
四人を乗せた馬車はオルヴェノクの街屋敷へと出発する。ミーティアとジルベルトは二人ともそっぽを向いて反対側の窓をそれぞれ見ていた。その様子をナンシーとカインが顔を見合わせて微笑んでいたことには気付かずに。
*****
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「初めまして、ミーティアです。この度は私のことで色々とお心を砕いて頂き、ありがとうございます」
ミーティアは淑女の礼を執り、伯母に挨拶をする。
「よく来たわね、ジルベルトから聞いているわ、お茶でも、と言いたいところだけど、それはまた今度にしましょう。さぁ、支度をしないとね」
ジルベルトは髪色は父に似ているようだが、顔形は母似なのだろう、髪色は濃いブロンドで瞳も濃い青を持つ伯母は、鼻筋は通り、目は大きな二重で、全ての形が整っていてかつ配置も完璧な、美貌のご婦人だった。
キャスリーンに連れられ、二階の客間に通される。
「ジルベルトは駄目よ。あなたも支度があるでしょう?早くなさい」
客間まで付いてきたジルベルトは、キャスリーンに早々に追い立てられ、少し不満そうにしながらも廊下の奥へと消えていった。
「伯母様、本当はきちんとご挨拶に伺った時にお持ちしようと思っていたのですが」
ミーティアはショールの入った包みをキャスリーンへ差し出した。
「あら、これはなぁに?」
「私が一番最初に領地で織らせた絹で作ったショールです。ぜひ、伯母様に差し上げたくてお持ちしました」
「開けてみてもいいかしら?」
「はい、気に入っていただけると嬉しいのですが」
キャスリーンが包みを開けるのを、ミーティアはじっと眺めていた。その間にもナンシーとオルヴェノクの侍女たちが、忙しなく荷物を解き、着替えの準備を着々と進めている。
「あら……これは、クリスタル?もしかして我が領地の物かしら?」
「ええ、オルヴェノク領で取れた物です」
「まぁ、こんな素敵なショール、見たこともないわ!ありがとう、ミーティア」
キャスリーンは感激のあまり、ミーティアを抱き締めていた。
「伯母様に喜んでいただけて、何よりですわ」
ミーティアは微笑んで、そっとその背中に手を添えた。
「はっ!そうよ、急いで支度をしなくてはね、私としたことが。さぁ、あなた達、ミーティアをしっかり飾り立ててちょうだいね」
「はい、奥様」
何人かの侍女たちが、物凄く張り切って見えるのは気のせいだろうか……ミーティアは眩暈がしてきた。
「ぐっ……」
「お嬢様、お苦しいでしょうが、もう少し辛抱してくださいませ」
ナンシーがコルセットの紐を一本一本締め上げながら交差させていく。
「ぐぇっ……」
ミーティアの喉からは先ほどから蛙のような音しか聞こえて来ない。
「ナンシー、い、息が……」
「もう少しですよ、後一つです」
「………っぐ」
どうして窒息寸前までいかなくちゃいけないのか、意味わからんのだけど!とミーティアは頭の中で悪態を吐いていた。
コルセットをようやく着け終わると、それからドレスに着替える前に靴下を履き、それからパニエを付けられてドレスを着せられ、やっと終わったと思ったら、化粧台の前に座らされた。
「お嬢様の御髪は艶やかですわね、これは結い甲斐がありますわ」
オルヴェノクの侍女の一人がうっとりとした顔をして髪にブラシをあてる。
「あら、お肌もきめが細かくて白いですわ、唇もバラのように色づいて、紅など必要ありませんわね」
ミーティアはお尻の辺りがムズムズして仕方なかった。これほどに褒められたことなど、かつての人生でも一度もない。褒められ慣れていないミーティアは、侍女たちに曖昧な微笑みしか返せなかった。
「お嬢様、本来でしたらば湯浴みをしてお身体と御髪に香油を塗り込んで、それからこういったお支度をなさるのですよ。今日はお時間がございませんので、だいぶ端折っておりますが」
ミーティアの疲れた顔を見て、年嵩の侍女が告げる。
話には聞いていたけど、貴族って大変なのね……ミーティアは無言で頷くのが精いっぱいだった。
ようやくミーティアの支度が整った頃ーーー。
ノックの音がして、キャスリーンがジルベルトを伴って入ってきた。
「まぁ、すっかり綺麗になって。ミーティアはお化粧映えするのね」
キャスリーンがにっこりしていたが、傍らのジルベルトはポカンと口を開けて呆けていた。
「伯母様、今日は本当にありがとうございました。そしてジルベルトお兄様も、今日は本当にありがとう」
ミーティアの言葉に、はっとしたジルベルトは、なぜかそっぽを向いてしまう。
「あら、ジルベルトったら……仕方のない子ね。さ、しっかりエスコートをしていらっしゃい」
「……はい、母上」
ジルベルトは決してミーティアのほうを見ようとしない。何かおかしいのかと心配になるが、伯母も綺麗だと言ってくれたし、例えお世辞でも皆が一生懸命やってくれたのだ、感謝しないといけないだろうとミーティアは思った。
ジルベルトは登城するために礼装に着替えたのか、濃いダークグレーのフロックコートに黒のトラゥザーズ、それに黒のエナメルで出来た靴を履いていて、いつもより年上に見える。
そっぽを向いていたジルベルトだが、諦めたのか、ミーティアに左手を差し出した。
「お手をどうぞ、ミーティア嬢」
「喜んで」
少し背伸びしたレディとジェントルマンが、連れ立ってオルヴェノクの屋敷の階段を降りると、ヘンリーが恭しく礼をしていってらっしゃいませと告げる。
後に続くナンシーとカインと共に、ようやく王城へ向けて出発したのだった。
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