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少女期~新しい日々と、これからのあれこれ~
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オルヴェノク伯爵家に到着するまで、ジルベルトは一言も口を開かなかった。ミーティアも黙ったまま、外を眺めていたのだが、ナンシーと侍従が居心地悪そうに座っているのを見て、少々申し訳なくなってきた。
ジルベルトが俺様なのは今に始まったことじゃない、ここはかなり年上、下手をしたら息子というより孫って言ってもおかしくないんじゃないか、おい!と気付いたら、愕然として落ち込みそうになったが、ここは大人らしく、なんとかせねばとようやく思い至る。
どうしてやろうかと思いつつ、ジルベルトに続いて馬車を降りようとすると、すっと手が差し出された。
一瞬躊躇うが、ジルベルトの手を掴んで馬車を降りる。
玄関に降り立つと、オルヴェノク伯爵家の執事が扉を開けてくれた。
「お帰りなさいませ、ジルベルト様。お初にお目にかかります、ミーティア・マッコール伯爵令嬢、私は当家の執事をしております、ヘンリーと申します」
「ミーティア・マッコールと申します、どうぞよろしくお願いいたします。この度は、突然の訪問で申し訳なく思っております」
淑女の礼を取りながら、ヘンリーに詫びると、ヘンリーは緩やかに首を振った。
「当家にお越しくださるのに、遠慮はいりません。グロリア様のご実家でもあるのですから、どうぞゆるりとお過ごしくださいませ 」
「ありがとう、ヘンリー殿」
玄関ホールでのミーティアとヘンリーのやり取りを見ていたジルベルトは、一通りの挨拶が終わるのを見計らって、ヘンリーに告げた。
「食事の用意はまだだったな。中庭に茶器の準備を頼む」
「畏まりました」
え、ちょっと待って、伯父様へのご挨拶は?……ミーティアの頭の中の疑問に、誰も答えてくれるはずもなく、ジルベルトに促され、長い廊下を通って中庭に足を踏み入れた。
夕日が沈むまで、あと少しだろうか。西日が眩しいが、花の甘い香りが立ち込めている。庭師が丹精込めて手入れしているのだとわかる、そんな庭だった。
「とっても綺麗…」
「ああ、母上の自慢の庭だ」
「ジル、私、伯父様と伯母様にご挨拶したいんだけど……」
「いない」
「……は?」
「父上は王城だし、母上は妹を連れて実家に帰っている。母上の妹が出産の為に里帰りしているそうで……」
「ちょ、ちょ、ちょっと待って。じゃあ、今このお屋敷にいるのは……」
「俺だけだ」
「はあぁぁぁ?!」
一体、どういうことなのだ。自分で挨拶に来ないのかとキレたんじゃなかったのか、おい、馬鹿野郎、この野郎!ミーティアはまた怒りが込み上げてきたが、ここで怒鳴ったらまた元の木阿弥だと、必死に怒りを押し殺す。と、とりあえず、訳を聞こう、訳を。冷静に、冷静に、、、。
ミーティアが深呼吸をして、どうにか怒りを収めている間に、茶器の用意を整えて、侍女が静々とこちらへ向かってくる。
ジルベルトはミーティアに椅子に座るよう促し、椅子を引いてくれた。そうだ、ジルベルトはきちんと紳士教育を受けているんだったと今更思い出す。
侍女がミーティアとジルベルトの前にカップを置くと、ポットから紅茶をそっと注ぐ。爽やかな香りが広がって、血が昇っていた頭もゆっくりと冷える気がした。
「……ずっと」
「え?」
「ずっと、話がしたかったんだ。でも、なかなか会う機会もないだろう?……それで、夕食に誘おうと思っていたんだ」
ジルベルトが珍しく素直に話しているなら、ここは黙って聞いてやるのが大人の女だろう。
「今日、王都に寄った帰りに学園に寄ろうと思っていて。事務棟に行って呼び出してもらおうと考えていたんだ、それなのに、お前は」
ルシアンと一緒だったから、と言外に告げられた気がする。ルシアンと一緒にいるのがそんなに問題なのだろうか。確かに今後、冷酷な遊び人となるのだろうが、まだ13歳の少年だ、今はそんなに心配することもないだろうに。
「母からヴァランタイン侯爵家に挨拶に行くように言われていたの。我が家の後見人でもあるし、領地にいる母と弟のこともあるしね……父がいないのは、やっぱり心配なのよ」
ミーティアはカップを見つめたまま、ジルベルトに告げる。
「わかっている。お前の家の状況ぐらい、俺だってわかっているんだ……俺はまだまだだな」
ジルベルトは自嘲気味にカップを手にすると、紅茶を煽るように飲んだ。
「そうかしら?」
ミーティアはカップにそっと手を添えて、そのままの姿勢でジルベルトに話しかけた。
「まだまだってこともないんじゃないかしら?確かに、淑女ともあろう者が、婚約者でもない男性と二人きりで話し込んでいたら、誰かに何か言われても仕方ないものね」
その言葉に、ジルベルトはギョッとした顔をする。
「ふ、二人きりって、お前……」
「ご心配なく。二人きりではなかったわよ、ちゃんとナンシーがいるもの。でも、気を付けるわ、それは例えジルでも同じなのよね、従兄だからって甘えていたわ」
ーーー話が明後日の方向になっていっている気がするのは気のせいだろうか?……ジルベルトは自問する。
「ありがとう、ジル。あなたのお陰よ、淑女らしく、気を付けるわ」
ミーティアはにっこりと笑って、ジルベルトを見る。
「あ、ああ……」
その顔には、企みがあるようには見えない……おかしい、方向性が、全体的におかしい気がする。どちらかというと、自分にも不利な方向に話が纏まってやしないか?……ジルベルトは複雑な気持ちで、曖昧に相槌を打った。
その後、オルヴェノク伯爵邸で、今まで食べたことがないような豪華な晩餐を、ミーティアは心ゆくまで堪能した。デザートまですっかり平らげると、さすがにお腹いっぱいで、ふぅーっと気付かれないように息を吐いた。
その様子を若干呆れた顔をして、ジルベルトが見ていた。
「お前、食い意地が張ってたんだな。女ってものはもっと……こう、適度に残すもんなんじゃないのか」
「あら、何を言うの。出された物は、感謝をもって全ていただくのがいいに決まってるじゃないの。残すなんてもっての外、作ってくれた人に申し訳ないわ」
ミーティアの返答を聞いて、ジルベルトは吹き出した。何がおかしいのかと、ミーティアは不思議そうにジルベルトを見ている。
ああ、そうだった。この従妹のこういうところが好ましいと思えたんだ。見た目がどんどん可愛くなってきたとしても、中身が変わったわけじゃない。俺は一体、何を心配していたんだろうとジルベルトは思う。
「私は残すぐらいなら、最初から頂かないわ。だから、料理長にとっても美味しかった、ありがとうと伝えてね、ジル」
「わかった、必ず伝えよう」
ジルベルトは頷くと、ミーティアの満足そうな笑みを見て、自身も温かい気持ちになった。
食後の紅茶をゆっくりと飲み干すと、はたと思い至る。そういえば……寮則をまだよく読んでいなかったけれど……もしかして、いや、絶対あるはずだ、『門限』が。ミーティアの頭は一気に冷えた。ヤバい、初日早々門限破りか、どうしよう、罰はなんだろう、トイレ掃除?それとも風呂掃除?いずれにしても早く帰らなきゃ!
ミーティアはバッと立ち上がると、ジルベルトに告げる。
「帰るわ!ジル、悪いけど、馬車を貸してくれる?」
「ああ、もちろんだ。送ろうと思っていたからな。どうしたんだ、急に」
「門限よ、門限!あるでしょ?あるわよねぇ?!」
ジルベルトはうーんと首を傾げた。そりゃそうだ、ジルベルトは屋敷から通っているんだもの、ジルベルトに聞いた私が間違っている。
「初日に門限破りなんて、激ヤバじゃないの!帰るわ、ナンシーはどこ?!」
激ヤバ?……どういう意味なんだろう?……そういえば、ミーティアは時々、よくわからない単語を使っているな……と、慌てているミーティアを横目に、暢気に考えているジルベルト。
食堂にいた侍女に呼ばれて、使用人用の食堂で夕食をよばれていたナンシーが、食堂の扉を開けると、血相を変えたミーティアがちょうど出てくるところだった。
「ナンシー、帰るわよ!」
「ど、どうされたんです?お嬢様」
「門限破りよ!早く帰るわよ!」
ミーティアはナンシーの手を掴むと廊下を駆けだした。
玄関ホールで、執事のヘンリーが慌てた様子のミーティアに、何があったのかと駆け寄る。
「ミーティア様、いかがなさいましたか?」
「ヘンリー殿、私、門限が……」
「ああ、そのことでしたら、坊ちゃん……ああ、いえ、ジルベルト様からお夕食の件を伺った時に、寮にも使いを出しておきましたので、ご安心ください」
「へ……?」
ミーティアはその場に崩れそうになったが、なんとか堪える。
「全く……お前という奴は……クックック……」
後ろから追いついたジルベルトは、手を顔にあてて、笑いを堪えそこなっていた。
「もう!そんなに笑わなくたっていいじゃないの!」
「そう言うが、あの時のお前の顔……クッ……ハハハハ……」
真っ赤になったミーティアは、ジルベルトを睨みつけるが、その笑い声はしばらく玄関ホールに響いていた。
*****
翌朝ーーー。
「お嬢様、そろそろお時間ですよ」
ナンシーがさっと部屋のカーテンを開けると、明るい陽射しが眩しくて、反射的に顔を背けるミーティア。
「今日はいいお天気ですよ」
ナンシーはさっさと洋服ダンスを開けると、仕立てたばかりの制服を取ってくれる。
「何色になさいますか?」
「そうねぇ……やっぱり紺がいいかしらね」
ミーティアは一つ、伸びをすると、ベッドから這い出た。部屋に備え付けられている洗面所で、ナンシーが汲んできてくれた水で顔を濡らすと、冷たい水に一気に目が覚めた。
清潔なタオルで顔を拭い、ドレッサーの前に座ると、腕まくりをしたナンシーが出番とばかりにブラシを手にミーティアの髪に触れる。
「美しい御髪ですわね、日に透けると金糸のようですわ」
「そう?お父様と同じ栗色だから、私としてはロビンのような金髪がよかったんだけれど」
「お嬢様の栗色は、薄いお色目ですわ。お洋服を選ばなくてよろしいと思いますけれど」
「そうかしら?」
話ながらも、ナンシーの手は忙しく動いている。腰近くまである、ミーティアの髪を左右にリボンを絡ませて編み込んで、後ろで低い位置のシニヨンに纏めてくれた。
ピンの使い方もとても上手だ。頭に刺さると、時間が経つにつれ頭痛がしてくるので、領地にいる頃は、ハーフアップがほとんどだったミーティアには、この髪型は新鮮だった。
「御髪が、お邪魔になってはいけませんからね」
「さすが、ニナ仕込みね」
ミーティアがそう言うと、ナンシーははにかんだ。
「さぁ、朝食をいただきにいきましょうか」
「はい!」
今日は、入学式だ。そう、入学式。ーーー何か、大事なことを忘れてやしないだろうか……。
あーーーっ!!
ミーティアは心の中で思い切り叫んだ。正確には、実際に叫びそうになるのを賢明にも堪えたと言ったほうが正しい。
どうしよう、ついに、ついに、会えるんだわ!ミーティアは歓喜に震えていた。
ゲームの攻略対象の中で、ミコトの推しは、セドリック王子だった。何事にも動じずクールだが、この王子、ルートに入ると、デレる。そりゃあ、もう、今まで出し惜しみしてたんだなというぐらい、デレる。そのデレ具合も非常に好ましく、ミコトはゲーム機片手に、何度萌え死したことか。その王子も入学してくるのだ。ついに、あの生セドリックに対面出来るかと思うと、つい鼻息が荒くなってしまうのも、仕方ないと思うのだ。
ミニキャラカプセルも出るまで回し、掛け軸はもちろん、痛バッグもセディ仕様。ちなみに痛バッグとは、透明なバッグに、これでもかというほど缶バッジを付けて全面推しキャラに彩ることを言う。もちろん、セディ仕様の熊さんも所有し、フィギアも3体ほど所有していた。
あの、液晶を突き破った日から幾年。ようやく、この日が訪れたのだった。
ジルベルトが俺様なのは今に始まったことじゃない、ここはかなり年上、下手をしたら息子というより孫って言ってもおかしくないんじゃないか、おい!と気付いたら、愕然として落ち込みそうになったが、ここは大人らしく、なんとかせねばとようやく思い至る。
どうしてやろうかと思いつつ、ジルベルトに続いて馬車を降りようとすると、すっと手が差し出された。
一瞬躊躇うが、ジルベルトの手を掴んで馬車を降りる。
玄関に降り立つと、オルヴェノク伯爵家の執事が扉を開けてくれた。
「お帰りなさいませ、ジルベルト様。お初にお目にかかります、ミーティア・マッコール伯爵令嬢、私は当家の執事をしております、ヘンリーと申します」
「ミーティア・マッコールと申します、どうぞよろしくお願いいたします。この度は、突然の訪問で申し訳なく思っております」
淑女の礼を取りながら、ヘンリーに詫びると、ヘンリーは緩やかに首を振った。
「当家にお越しくださるのに、遠慮はいりません。グロリア様のご実家でもあるのですから、どうぞゆるりとお過ごしくださいませ 」
「ありがとう、ヘンリー殿」
玄関ホールでのミーティアとヘンリーのやり取りを見ていたジルベルトは、一通りの挨拶が終わるのを見計らって、ヘンリーに告げた。
「食事の用意はまだだったな。中庭に茶器の準備を頼む」
「畏まりました」
え、ちょっと待って、伯父様へのご挨拶は?……ミーティアの頭の中の疑問に、誰も答えてくれるはずもなく、ジルベルトに促され、長い廊下を通って中庭に足を踏み入れた。
夕日が沈むまで、あと少しだろうか。西日が眩しいが、花の甘い香りが立ち込めている。庭師が丹精込めて手入れしているのだとわかる、そんな庭だった。
「とっても綺麗…」
「ああ、母上の自慢の庭だ」
「ジル、私、伯父様と伯母様にご挨拶したいんだけど……」
「いない」
「……は?」
「父上は王城だし、母上は妹を連れて実家に帰っている。母上の妹が出産の為に里帰りしているそうで……」
「ちょ、ちょ、ちょっと待って。じゃあ、今このお屋敷にいるのは……」
「俺だけだ」
「はあぁぁぁ?!」
一体、どういうことなのだ。自分で挨拶に来ないのかとキレたんじゃなかったのか、おい、馬鹿野郎、この野郎!ミーティアはまた怒りが込み上げてきたが、ここで怒鳴ったらまた元の木阿弥だと、必死に怒りを押し殺す。と、とりあえず、訳を聞こう、訳を。冷静に、冷静に、、、。
ミーティアが深呼吸をして、どうにか怒りを収めている間に、茶器の用意を整えて、侍女が静々とこちらへ向かってくる。
ジルベルトはミーティアに椅子に座るよう促し、椅子を引いてくれた。そうだ、ジルベルトはきちんと紳士教育を受けているんだったと今更思い出す。
侍女がミーティアとジルベルトの前にカップを置くと、ポットから紅茶をそっと注ぐ。爽やかな香りが広がって、血が昇っていた頭もゆっくりと冷える気がした。
「……ずっと」
「え?」
「ずっと、話がしたかったんだ。でも、なかなか会う機会もないだろう?……それで、夕食に誘おうと思っていたんだ」
ジルベルトが珍しく素直に話しているなら、ここは黙って聞いてやるのが大人の女だろう。
「今日、王都に寄った帰りに学園に寄ろうと思っていて。事務棟に行って呼び出してもらおうと考えていたんだ、それなのに、お前は」
ルシアンと一緒だったから、と言外に告げられた気がする。ルシアンと一緒にいるのがそんなに問題なのだろうか。確かに今後、冷酷な遊び人となるのだろうが、まだ13歳の少年だ、今はそんなに心配することもないだろうに。
「母からヴァランタイン侯爵家に挨拶に行くように言われていたの。我が家の後見人でもあるし、領地にいる母と弟のこともあるしね……父がいないのは、やっぱり心配なのよ」
ミーティアはカップを見つめたまま、ジルベルトに告げる。
「わかっている。お前の家の状況ぐらい、俺だってわかっているんだ……俺はまだまだだな」
ジルベルトは自嘲気味にカップを手にすると、紅茶を煽るように飲んだ。
「そうかしら?」
ミーティアはカップにそっと手を添えて、そのままの姿勢でジルベルトに話しかけた。
「まだまだってこともないんじゃないかしら?確かに、淑女ともあろう者が、婚約者でもない男性と二人きりで話し込んでいたら、誰かに何か言われても仕方ないものね」
その言葉に、ジルベルトはギョッとした顔をする。
「ふ、二人きりって、お前……」
「ご心配なく。二人きりではなかったわよ、ちゃんとナンシーがいるもの。でも、気を付けるわ、それは例えジルでも同じなのよね、従兄だからって甘えていたわ」
ーーー話が明後日の方向になっていっている気がするのは気のせいだろうか?……ジルベルトは自問する。
「ありがとう、ジル。あなたのお陰よ、淑女らしく、気を付けるわ」
ミーティアはにっこりと笑って、ジルベルトを見る。
「あ、ああ……」
その顔には、企みがあるようには見えない……おかしい、方向性が、全体的におかしい気がする。どちらかというと、自分にも不利な方向に話が纏まってやしないか?……ジルベルトは複雑な気持ちで、曖昧に相槌を打った。
その後、オルヴェノク伯爵邸で、今まで食べたことがないような豪華な晩餐を、ミーティアは心ゆくまで堪能した。デザートまですっかり平らげると、さすがにお腹いっぱいで、ふぅーっと気付かれないように息を吐いた。
その様子を若干呆れた顔をして、ジルベルトが見ていた。
「お前、食い意地が張ってたんだな。女ってものはもっと……こう、適度に残すもんなんじゃないのか」
「あら、何を言うの。出された物は、感謝をもって全ていただくのがいいに決まってるじゃないの。残すなんてもっての外、作ってくれた人に申し訳ないわ」
ミーティアの返答を聞いて、ジルベルトは吹き出した。何がおかしいのかと、ミーティアは不思議そうにジルベルトを見ている。
ああ、そうだった。この従妹のこういうところが好ましいと思えたんだ。見た目がどんどん可愛くなってきたとしても、中身が変わったわけじゃない。俺は一体、何を心配していたんだろうとジルベルトは思う。
「私は残すぐらいなら、最初から頂かないわ。だから、料理長にとっても美味しかった、ありがとうと伝えてね、ジル」
「わかった、必ず伝えよう」
ジルベルトは頷くと、ミーティアの満足そうな笑みを見て、自身も温かい気持ちになった。
食後の紅茶をゆっくりと飲み干すと、はたと思い至る。そういえば……寮則をまだよく読んでいなかったけれど……もしかして、いや、絶対あるはずだ、『門限』が。ミーティアの頭は一気に冷えた。ヤバい、初日早々門限破りか、どうしよう、罰はなんだろう、トイレ掃除?それとも風呂掃除?いずれにしても早く帰らなきゃ!
ミーティアはバッと立ち上がると、ジルベルトに告げる。
「帰るわ!ジル、悪いけど、馬車を貸してくれる?」
「ああ、もちろんだ。送ろうと思っていたからな。どうしたんだ、急に」
「門限よ、門限!あるでしょ?あるわよねぇ?!」
ジルベルトはうーんと首を傾げた。そりゃそうだ、ジルベルトは屋敷から通っているんだもの、ジルベルトに聞いた私が間違っている。
「初日に門限破りなんて、激ヤバじゃないの!帰るわ、ナンシーはどこ?!」
激ヤバ?……どういう意味なんだろう?……そういえば、ミーティアは時々、よくわからない単語を使っているな……と、慌てているミーティアを横目に、暢気に考えているジルベルト。
食堂にいた侍女に呼ばれて、使用人用の食堂で夕食をよばれていたナンシーが、食堂の扉を開けると、血相を変えたミーティアがちょうど出てくるところだった。
「ナンシー、帰るわよ!」
「ど、どうされたんです?お嬢様」
「門限破りよ!早く帰るわよ!」
ミーティアはナンシーの手を掴むと廊下を駆けだした。
玄関ホールで、執事のヘンリーが慌てた様子のミーティアに、何があったのかと駆け寄る。
「ミーティア様、いかがなさいましたか?」
「ヘンリー殿、私、門限が……」
「ああ、そのことでしたら、坊ちゃん……ああ、いえ、ジルベルト様からお夕食の件を伺った時に、寮にも使いを出しておきましたので、ご安心ください」
「へ……?」
ミーティアはその場に崩れそうになったが、なんとか堪える。
「全く……お前という奴は……クックック……」
後ろから追いついたジルベルトは、手を顔にあてて、笑いを堪えそこなっていた。
「もう!そんなに笑わなくたっていいじゃないの!」
「そう言うが、あの時のお前の顔……クッ……ハハハハ……」
真っ赤になったミーティアは、ジルベルトを睨みつけるが、その笑い声はしばらく玄関ホールに響いていた。
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翌朝ーーー。
「お嬢様、そろそろお時間ですよ」
ナンシーがさっと部屋のカーテンを開けると、明るい陽射しが眩しくて、反射的に顔を背けるミーティア。
「今日はいいお天気ですよ」
ナンシーはさっさと洋服ダンスを開けると、仕立てたばかりの制服を取ってくれる。
「何色になさいますか?」
「そうねぇ……やっぱり紺がいいかしらね」
ミーティアは一つ、伸びをすると、ベッドから這い出た。部屋に備え付けられている洗面所で、ナンシーが汲んできてくれた水で顔を濡らすと、冷たい水に一気に目が覚めた。
清潔なタオルで顔を拭い、ドレッサーの前に座ると、腕まくりをしたナンシーが出番とばかりにブラシを手にミーティアの髪に触れる。
「美しい御髪ですわね、日に透けると金糸のようですわ」
「そう?お父様と同じ栗色だから、私としてはロビンのような金髪がよかったんだけれど」
「お嬢様の栗色は、薄いお色目ですわ。お洋服を選ばなくてよろしいと思いますけれど」
「そうかしら?」
話ながらも、ナンシーの手は忙しく動いている。腰近くまである、ミーティアの髪を左右にリボンを絡ませて編み込んで、後ろで低い位置のシニヨンに纏めてくれた。
ピンの使い方もとても上手だ。頭に刺さると、時間が経つにつれ頭痛がしてくるので、領地にいる頃は、ハーフアップがほとんどだったミーティアには、この髪型は新鮮だった。
「御髪が、お邪魔になってはいけませんからね」
「さすが、ニナ仕込みね」
ミーティアがそう言うと、ナンシーははにかんだ。
「さぁ、朝食をいただきにいきましょうか」
「はい!」
今日は、入学式だ。そう、入学式。ーーー何か、大事なことを忘れてやしないだろうか……。
あーーーっ!!
ミーティアは心の中で思い切り叫んだ。正確には、実際に叫びそうになるのを賢明にも堪えたと言ったほうが正しい。
どうしよう、ついに、ついに、会えるんだわ!ミーティアは歓喜に震えていた。
ゲームの攻略対象の中で、ミコトの推しは、セドリック王子だった。何事にも動じずクールだが、この王子、ルートに入ると、デレる。そりゃあ、もう、今まで出し惜しみしてたんだなというぐらい、デレる。そのデレ具合も非常に好ましく、ミコトはゲーム機片手に、何度萌え死したことか。その王子も入学してくるのだ。ついに、あの生セドリックに対面出来るかと思うと、つい鼻息が荒くなってしまうのも、仕方ないと思うのだ。
ミニキャラカプセルも出るまで回し、掛け軸はもちろん、痛バッグもセディ仕様。ちなみに痛バッグとは、透明なバッグに、これでもかというほど缶バッジを付けて全面推しキャラに彩ることを言う。もちろん、セディ仕様の熊さんも所有し、フィギアも3体ほど所有していた。
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